ベルグモン夢 ベルグモンは喋らない。理性が欠けているからか、主に鳥のような鳴き声で私の話に返事をする。それが「はい」なのか「いいえ」なのかも分からないけれど、以前よりも落ち着いているので、返事が出来るのは良い傾向なのだろう。
「今日は、まだ退化しないんだね」
「……」
「どうしたの? 何かあった?」
木陰に腰を下ろし、隣に寝そべるベルグモンに問いかける。暑いのかな、疲れてる? 聞いても返事はない。首を傾げ、戸惑う私は行き場のない手で、彼の嘴を撫でる。すると気持ちよさそうにうっすら瞳を細めた。
「……甘えたかった、の?」
「くるるる」
ダスクモンの口から甘えるなんて言葉が出てくることはない。しかし、ベルグモンは無口ではあるが、愛情表現をするタイプだ。ダスクモンの進化系とは思えない。ベルグモンになると、ダスクモンの思っていることが反映される……なんて、そんなことがあるわけないよね。でも、本当にそう思っているのなら、嬉しいな。
「ベルグモンは、思いを伝えるのが上手だね。私も、見習いたいな」
いつか言えると良い。貴方と居たいって。
「くるる」
「……慰めてくれてるの? ふふ、ありがとう」
喉から可愛らしい声を出して、私の頬に擦り寄った。大きな嘴で傷つけないように、慎重に。
そんな所は、ダスクモンそっくりだなあと笑う。
「優しいね、ベルグモンは。大好きだよ」
嘴に抱きつくように、体を傾けた。じわりと体温が伝わってくる。大きな体に走る、太い血管や筋肉、そして鼓動。生きているのだと感じる温かさに、思わず眠りこけてしまいそう。
ベルグモンの瞳と目が合う。三つある目も、すっかり慣れてしまった。最初は暴れてて、その瞳も睨んでいるようで怖かったけれど。今はそのような気配はない。ダスクモンがベルグモンを受け入れたからだろう。醜いと進化することを拒絶していたから。
私も、ベルグモンと仲良くなれて嬉しい。ベルグモンはダスクモンであるが、進化することによって多少性格が変わっている。だから、違う個体と会話しているような不思議さを持ちながらも、ダスクモンを思い出す優しさに根本的な部分は変わらなくて安心する。やっぱり、ダスクモンの影響は残っているみたい。じゃあ、甘えてくれるのも本当なのかな。
「ふふふ」
「?」
「幸せだなあって」
ベルグモンとこうやって戯れられるのは、問題が解決した後の休み時間のみ。だから、彼が退化を拒んでいる時間が長ければベルグモンと居られる時間が増えるということ。あまり触れ合うことなんて出来ないから、この時間を大切にしたい。
「おしゃべり、聞いてくれる?」
「くるる」
「えへ、ありがと」
彼の嘴に乗るように抱きしめて、瞳に語りかけるように一人話をし出す。ベルグモンはただそれを聞いてくれた。
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ベルグモンは琴葉が好きだ。それはダスクモンである時からだ。だからもっと彼女と居たい。だから暫く、このままでいようと退化を拒んだ。ダスクモンだって、琴葉の傍にいるのだから、ベルグモンの時だって長い時間一緒に過ごしても文句はないだろう。同じ個体ではあるのだから。
愛おしい人。食べてしまいたいくらい、美味しそうな人。でも、食べてしまったら、味を知ってしまったら、止まらなくなる。だからグッと我慢して、彼女の声を聞き続ける。あの惨劇から、ベルグモンは理性を僅かに覚えた。ダスクモンがそうしたいと望んだからだ。理性があると、食べたい欲望が少しだけ収まるのを感じる。これで、琴葉の傍にいられる。
「(琴葉……俺も、大好きだ…)」
彼女の言葉を、返してやることは出来ない。それでも思いは同じであると、合わさる視線に感情を乗っけて彼女に送るのだ。
琴葉はそれに気づいてはいない。いつかこの思いが知られたら、お前は…離れてしまうだろうか。
「(傍に居れたら……それで良い)」
本当に、それだけで、良いんだ。食べたいなんて思ってはいけない。居なくなってしまうから。だから、理性を繋がなくてはならない。耐えなくては、ならない。
ベルグモンはソプラノ音を聴きながら、必死に彼女の思いをしまいこんだ。
これが彼女の傍に居続けられる方法だと思い込んで。…後にこれが、世界を滅ぼす怪物になるなど、微塵も知らずに。