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    花束を渡されたり渡したりする露康 成立してない

    きみは花言葉なんて知らない 初めてそれをもらったのは、最初の夏が終わる頃だった。おそらく花屋に行って、この予算で作ってください、なんて頼んだのだろうその花束は、よく言えば無難、悪く言えばありきたりで、彼らしさは微塵も感じられなかった。
    「きみなあ、こういったものを持ってくるなら、きみが選んでくれよ」
     文句を言いながら受け取ったそれは、ぼくの家の玄関をしばらく彩った。
     次にそれをもらったのは、季節は巡って春、桜の花芽がほころび始めた頃だった。
    「あんなふうに言ったから、きみからはもう二度ともらえないんじゃあないかと思ってた」
     今思えば、ぼくも相当動揺していたのだろう。ついこぼれ落ちた言葉に、花束を抱えた康一くんはあの大きな目をさらに大きく見開いて驚いていた。
    「でも先生、あの花束飾ってくれてたじゃあないですか」
     そう言った彼の、柔らかな笑みは目に焼き付いている。
     彼の持ってきた花束はお世辞にも彩りが良いとは言えなかったし、気に入ったものを片っ端から集めたような乱雑さがなんとなくあったが、それでも最初のものよりは随分と康一くんらしくてぼくは好きだった。
     色彩理論に真っ向から反対するようなその花束は、しばらく玄関を飾った後、ドライフラワーになった。
     夏が来た。
     玄関のベルが鳴るたび、ぼくはどこか期待しながら扉を開けた。両手でぎゅっと鞄の肩紐を握りながら敷居をまたぐ康一くんはその度に何か言いたげな目をしていたが、そんな時に限って言葉は喉奥で凍りついたまま出てくることはなくて、ぼくは気味の悪い塊を無理やり飲み下しながら彼を迎え入れた。
    「夏休みは、何か用事があるのかい?」
     他愛もない会話ならいくらでもできるのだ。ペンをとって、ショートケーキにフォークを立てる康一くんの横顔の輪郭をなぞる。夏期講習ならありますけど。そう言って生クリームとスポンジに包まれた柔らかな黄色い果実を齧った康一くんは、幸せそうに顔を綻ばせた。
    「これ、美味しいですね!」
    「そうかい」
     ぼくは特別甘いものが好きなタチじゃあないから、康一くんが気に入ったのならそれ以上ケーキには興味がない。スケッチブックを捲れば、そこはまた白紙に戻る。そんなことよりもずっとぼくの頭を占めていることがあった。
    「夏期講習以外は、特に用事はないんだね?」
     銀のフォークの先を行儀悪くペロリと舐めて、ケーキを熱心に眺めていた康一くんの目がぼくへ向く。
    「今度少し遠くに取材に行こうと思ってさ、泊まりになるんだ。是非一緒に来てほしくてね」
    「え、泊まりですか?」
     泊まりと聞いて思った通り難色を示した彼は、食べかけのケーキに目を落として少し考えているようだった。フォークを摘んだままの指が所在なげに揺れる。
    「先生は、誰かに取材についてきて欲しいんですか? それとも、僕と取材に行きたいんですか?」
     ショートケーキのてっぺんを飾る果実をいじりながら呟かれた言葉は、痛いほどに胸を突いた。
    「……きみと、行きたいと思っている」
    「そうですか」
     少し掠れたぼくの声に目を瞬かせて、康一くんはとろとろに熟した果実を口に入れた。白い生クリームに果汁の跡が残っている。
    「じゃあ僕、母さんに聞いてみますね」
     やはり幸せそうに目を細めて、彼はそう言うと微笑んでみせた。
     その二日後、許可が取れました、という言葉と共に手渡された花束は、鮮やかなひまわりが目を引いた。
    「なかなかいいじゃあないか」
     なんだかきみみたいで。ふとよぎった言葉が口から出ることはなかったが、その考えはなんだかぼくの気持ちをふわふわと浮つかせた。
     彼の持ってきた花束を置いたリビングは、どことなく明るくなったような気がした。
     楽しかった夏休みはあっという間に過ぎて、いつのまにか風は秋めいていた。まだ青いイチョウを見上げながら「ここが紅葉したら、きっと綺麗なんでしょうね」なんて言う康一くんの、木漏れ日に照らされた頬は少し紅潮している。きっと少し前のぼくならすぐに誘い文句が口をついて出ていただろう。
     今は言えない。
    「きみもそういうの、興味あるんだな」
     代わりに出てきた憎まれ口に、彼は頬を膨らませはしたものの嫌な顔はしなかった。
    「ありますよ、僕だって。先生と一緒に取材に行くのだって、結構楽しみにしてるんですから」
     そんな彼が渡してくれた花束は、彼の好みではなさそうな奇抜な花弁の花がメインだった。
    「これ、なんだか先生みたいだなと思って」
     ぼくはなんと返せばよかったのだろう。よく回るはずの口は意味のない言葉を二、三個紡いだだけで、ようやく絞り出せたのは当たり障りのないありがとうだけだった。
     日を当てるとキラキラと輝くその花のために、ぼくは少しブラインドを開ける時間を増やした。
     骨の髄から凍りつくような……と言うにはまだ早いか、指先が凍えるような冬が来た。あの銀杏並木はいつの間にかイルミネーションで彩られ、その青白い光は日のすっかり沈んだ後の一帯を煌々と照らしている。
    「わあ、きれいですね!」
     負けじと目をキラキラ輝かせる彼を見て、ぼくは初めてイルミネーションも悪くないな、と思った。
    「なあ、康一くん。ずっと言おうと思ってたんだが」
     飾り付けられた銀杏並木に奪われていた康一くんの視線がぼくに向く。唇から漏れた吐息が白く広がっては消えていった。
    「やっぱりきみにはああいうの、向いてないぜ」
     『ああいうの』が何かなんて言わなくても、ぼくの言いたいことは伝わったらしい。目をぱちぱちと瞬かせた康一くんはぱっと音がしそうなほどの勢いで顔を赤らめると、照れ隠しのように頬を掻いた。顔を背けた拍子に見えた耳が赤い。
    「じゃあ、先生がお手本を見せてくださいよ」
    「そう言うと思って、今日はぼくが用意してきた」
     手が震えるのは寒さのためだけではないだろう。目の前に差し出された一ダースの薔薇の花束を、彼はどう思うだろうか。それでも康一くんに渡すなら、ぼくにはこれしか思い浮かばなかったんだ。
     襟元から吹き込む北風に冷える体とは裏腹に、首から上が燃えるように熱い。氷点下に片足を突っ込んだ気温の中、背中がじっとりと汗ばんでいる。
     きょとんとした顔でぼくと花束を交互に見つめた彼が、眉を下げて笑った。
    「クリスマスに薔薇の花なんて、やりすぎじゃあないですか?」
     小さな手のひらが花束を抱える。一瞬触れたそれはひどく冷たくて、今度手袋をやらなくちゃあな、なんて考えが閃いて消えていった。
    「でも、先生はやっぱりこういうの、サマになりますね」
     真紅の花びらを見下ろして目を細める、きみは花言葉なんて知らないんだろう。それでも受け取ってもらえた、それだけで今はいいんだ。
     きみはそれをどこに飾るんだろう。
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