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    祝師兄✕慕情(全年齢)
    最後です。前話よりだいぶ日が経った位。ちょっと匂わせ恋愛要素あるかもしれません。苦手な方はお引き取りを。(今更)
    ⚠️妄想全開のため完全自己責任でお願いします。まだ言います、師兄はほんとはいいやつだと思います。解釈違いご注意ください。

    愛嬌なんて、くそくらえ 終太蒼山の春。
    仙楽国の太子が、皇極観の門下になってからというもの、厳かな道観に麗らかな春がやって来たかのようだった。だが裏腹に、祝安の心中は砂嵐の如く荒れ始める。

    「あの顔のいい雑用係、太子殿下の近侍になったんだってな。大した奴だ」
    「なんだって?そんな話、前代未聞だ」
    「太子殿下から直接、国師へ直談判したらしい」

    周りの道士たちが口々に言うのを、薄らと聞いてはいた。
    あの慕情が?罪人の子が?
    何を考えてるかも分からない、下賤の奴が?
    ありえない、あいつが太子殿下のお抱えになるなんて。

    「そんな簡単に、うまくやっていけるものか」

    そうやって軽くあしらい平然を装っても、少しずつ祝安の中にある強い自尊心は削れていく。

    「……あいつに、この私が負けたのか」

    太蒼山内や皇極観の敷地内で慕情を見かける機会は減った。見かけたとしても彼は質素な黒衣を纏い、太子殿下の数歩後ろで静かに控えている。
    何事もなかったかのように……あの時のような深い関係は、すでに二人の中で闇に葬られていった。



    そうしてしばらく経ったある日のこと。
    祝安が国師の遣いで太子殿の近くを通りかかった時。いつも慕情が箒を掃いていた場所で、まさに彼が刀の稽古をしていた。仙楽古来の型を手本のように次々と繰り出し、結い上げた黒髪を靡かせる姿に、祝安は思わず遠くから見入ってしまった。

    (まるであいつに、未練があるみたいじゃないか)

    祝安は心の中で、むしゃくしゃする。
    すると、太子殿のほうから長身の少年が現れた。背中には黒い弓と矢筒。体格の良さは武人らしい頼もしさを感じる。彼は確か、太子殿下とともに引っ付いて来た護衛の……風姓の者だったか。
    会話までは聞こえないが、慕情とその少年は近くもなく遠くもない距離感で、仲良さそうにも見えるがどことなくぎこちない雰囲気で話し込んでいる。
    前を通るのも慕情がいるので気まずく、暫く気づかれない遠さから様子を伺っていたが、やがて風姓の弓使いに指を差された。

    (なんだ、あいつ……人に指を差すなど、無礼な奴だ!)

    すると気づいたように、慕情がこちらをちらりと一瞥した。祝安は慌てて踵を返し、出直そうと別の道を行こうとした。しかし、後ろから誰かが駆け寄ってくる気配を感じた。

    「師兄……祝師兄!」

    そう呼ばれれば、立ち止まらないのは礼儀に欠ける。
    ゆっくりと振り返った祝安は、少し背が伸びたように感じる慕情の姿を見た。初めて会った時となんら変わらない、冷めきった黒い瞳がじっと見つめ返した。

    「ご無沙汰しています」
    「……ふん」
    「お変わりないでしょうか」
    「…………変わりない」

    淡々と紡がれる言葉はどこか無機質で、だがそれが彼らしい。その冷たさを懐かしく思いながら、次に何と言おうか迷っていた。するとすぐ、慕情はゆっくり口を開く。

    「あなたがお見えにならないので、ご挨拶が遅れましたが……私は太子殿下の」
    「知っている」

    こちらも冷ややかに視線を送れば、慕情は安堵したように小さく息を吐いた。

    「……"あんなこと"をして、私が屈するとお思いでしたか?」

    その言葉が、自分の卑劣で浅はかなやり口を嘲られたように思った。祝安は思わず慕情に掴みかかりそうになるが、ぐっと堪える。相手はもうあの時の雑用係ではないのだ。今や、簡単にはねじ伏せられない存在になってしまった。

    「私の出自が気に食わないのであれば、どうぞお好きに」

    「……可愛げのない奴め」

    それだけ言い残して、祝安は白い道袍を翻しその場を去った。どこか物寂しそうなその背に向けて、慕情は静かに供手する。

    「そんなもの、私には必要ありませんから……」

    自分にしか聞こえぬ声で、慕情は呟いた。
    熱と情欲と快楽。それらは修道の身には不必要で、邪魔なもの。これから戒律の道を修め、縁を断たなければならない。
    慕情は未だ燻る熱を封印するように、身体の奥深くにしまっておくことにした。





    太子殿下に侍る黒衣の少年、慕情。
    貧民窟の出身で、罪人の子。
    だが己を曲げず、辛抱強く、何事にも屈しない。
    慕情の出自と人となりはその後、皇極観中に広まっていった。



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