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    nighthawks_l

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    いつか作品にしたいパイレーツ捏造モリモリ小説!まだ肉付け前ですが載せちゃう。ほんのりヒュチャ(雨想)です

    あの夜から、どれだけの時間が経っただろうか。
    暗い闇の中、幽霊船は永遠に近い時間を彷徨い続けていた。感じるのは船の揺れと波の音だけ。あたりは真っ暗だが、波や風はずっと穏やかだ。進んでいるのか止まっているのかも分からない。
    何もない、何も──この身体になってから、食事も睡眠も必要なくなった。思いつく暇つぶしは最初の数年でぜんぶ終えてしまって、あとはただ、何もない日々の記憶で過去が上書きされてゆくだけ。こんな暮らしを続けているとかつての人格も何もかもが曖昧になるような心地がして、だから、この船は、在りし日の美しい姿のまま、少しずつ狂っていったのだろう。

    最初に"消えた”のはエドワードだった。彼はこの船の航海士をしていた青年で、一番最初にこの生活に根を上げた。憂鬱に飲み込まれて船室から出てこなくなって、数ヶ月だったか数年だったか──皆が彼の名前すら忘れてしまった頃、ふと疑問に思ったフリオが開かずの間となっていた彼の船室の扉を開けた。ずっと動かしていないにもかかわらず、錆びついた音も立てずにゆっくりと開いた扉の先には、大量に積まれた書籍のみがあって誰も居なかった。
    「どうしてここは使われていないんでしたっけ?」
    フリオが問いかけると、皆首を横に振った。
    「誰が使っていたか覚えている人はいますか?」
    この問いにも誰も答えられない。開けてはいけないという事実だけが船員たちに共有されていて、そこがどうしてそうなったのかは誰も覚えていなかったのだ。
    以来、船員は皆不気味がってその部屋に入ろうとしなかったが、チャールズはおそろしさを感じる心がいつしか欠けてしまったため、好奇心のままにその部屋を訪れていた。人の匂いのしない暗い部屋のなか、雑然とした机の上にはその部屋を使っていたらしい人物の手記が置かれており、手に取ると裏表紙に『エドワード』という名前が書かれていた。チャールズは少し考えてページを捲り、その手記がかつての船員によるものらしいと確認した。らしい、というのは、『エドワード』の日記に書かれている人物も出来事も全てチャールズの知っているものと同じだが、チャールズは彼の顔や声を思い出すことはできなかったからだ。それは他の船員たちも同じで、誰もエドワードの名を聞いて航海士の青年を挙げるものはいなかった。故郷の友人だとか、港町の商人だとか、皆の遠い記憶の中から掘り起こした人物のことを聞くのは、それはそれで興味深かったとチャールズはわらう。

    その後、同様のことが二、三度起きた。船員の数は記憶よりも減っており、残った船員たちは皆その異常に気づきつつあった。しかし、消えた船員の名前を覚えているものはいない。誰かがいたということは朧げに覚えていることもあったが、どんな人物だったか、詳細なことはみんな忘れてしまっていた。
    チャールズは誰にも言わずに船員の名簿を作った。日記もこまめにつけた。他にやることなんてなかったからだ。日記の冊数が増えるにつれて、船員たちが消える原因がわかってきた。

    この船の船員は、船長に──ヒューゴに忘れられると消えてしまうのだ。

    消えた船員の動向を辿ると、ヒューゴとの接触を拒んだものから消えていくことが分かった。エドワードのようにひとり篭って消えていくものもいたが、ヒューゴと喧嘩なんかをして接触を避けた末に消えるものもいた。その船員は他の船員とは接触していたのにも関わらず、ある日を境に姿を消していた。忘れられると消えるというのは昔聞いた言い伝えのようなものから着想を得たが、あながち間違いでないような気がする。

    その仮説と数年分の日記を携えて、チャールズはヒューゴに報告をしに行った。ヒューゴは船員が減っていることには気づいていたが、原因まで突き止めるに至れていなかったので彼の話を興味深く聞いていた。原因を思うと、彼が辿り着けないのは致し方ないことであるが。
    彼はそれを聞くとすぐに船員にその旨を伝えた。チャールズの言葉を彼はすぐに信じたし、船員たちも彼の言葉を疑うことはしなかった。それが嘘か真かよりも、先ず思うのは自分のことだ。消えたくないと願うものもいれば、こんな生活を終わりにしたいと考えるものもいるだろう。
    その日を境に、ヒューゴが船長室から出ることはなくなった。


    この船が仮初のものだということを、チャールズは知っていた。チャールズよりもずっと賢いフリオもおそらく知っている。チャールズが抱くヒューゴへの好意も美しい記憶も、彼の存在自体も、全てこの船の夢を見ているヒューゴが作り出したもので、まやかしにすぎないのだ。
    チャールズはそれを思うと足元がぐらつくような感覚に陥るが、良いことだってあった。おかげで彼は苦しいことを思い出さずにいられているのだ。ヒューゴと出会ってからの日々はずっときらきらと輝いていて、それより前の記憶はどこか他人事で実感が伴わない。ただ辛く苦しかったということだけを覚えていて、その記憶に比べたら、今の、終わりを待つだけのまやかしですら美しく思える。
    チャールズは、ヒューゴの知らない自分など無くてもいいとさえ思っていた。それが自分の意思なのかは、自分にすら分からないままに。

    ーー
    「さようなら、チャールズ」
    フリオはそう言うとチャールズの額にそっと口付けた。
    「あなたがたの旅が幸せでありますように」
    チャールズはそれを聞くと小さく微笑んだ。別れを思うと目の奥がつんとするが、フリオは美しく笑っているのだから、こちらも泣いて縋るわけにいかなかった。彼だけはチャールズを子供扱いしなかったのだから、彼の前だけでもそう在りたいと思っていた。
    「キャプテンには挨拶したの?」
    「いいえ、これからです」
    フリオは船長室のほうへ視線を向ける。
    「チャールズ、賢いあなたなら気づいているでしょう」
    返答を待たず、彼は言葉を続ける。
    「このままではキャプテンもあなたも救われることはない」
    救いってなんだろう。チャールズは目を伏せた。もちろん、その可能性にはとっくに気づいている。忘れられたら消えてしまう、その理がヒューゴには適用されない理由について。ただ、確証の持てないことを信じることはできなかった。その仮説がもし間違っていたら、彼は。
    「それでも……僕は、キャプテンをこの暗い海に一人にしたくない」
    いつか皆で冒険した、遠い海の色をした瞳が揺れる。あの嵐の夜から、この船の船員全てが同じ色になった、美しくかなしい呪いの色。
    「……あなたの選択を尊重します。愛していますよ。あなたも、キャプテンも、この船も」
    「僕もだよ。フリオ」
    偽物の存在だって、愛おしいのに変わりはない。チャールズもフリオも、この感情だけは船長に作られたものだけでないという確信があった。

    ーー
    「キャプテン」
    静かな部屋に、凛とした声が響く。ヒューゴは聞き慣れた船員の声を聞くたび、まだ忘れていないことに安堵する。ヒューゴは本当はもう誰も失いたくないと思っていた。それが叶わぬ願いだとしても。
    「フリオか」
    フリオは視線を下げ、言葉を詰まらせる。彼がこんな様子を見せるようになったのはこうなってからだ。昔はもっと──追憶は身を蝕む毒だ。ヒューゴは思考を振り払う。
    「その……ずいぶん悩んだのですが、私ももう終わりにしようと思いまして。今までありがとう。ヒューゴ」
    最後はまっすぐとヒューゴの目を見つめ言い切った。彼の決意は揺らがないのだと、聞かずともわかる。元来、思いつきで行動するタイプではないことはよく知っている。彼の思慮深さには何度も助けられたものだ。
    「そう呼ばれるのはずいぶん久しいな……」
    ヒューゴは深く息を吐いた。腰かける椅子が軋む。
    「チャールズには断られてしまいましたが……このままではきっと、お互いを認識し続ける限りこの地獄は終わりません。あなたたちも、もう会うのをやめた方がいいかと」
    地獄、か。ヒューゴは心の中で呟く。
    「俺はあいつに付き合うさ」
    「……私もチャールズもわかっています。この船はあなたの作ったものです。あなたはすべてまやかしだと思うかもしれませんが、私はそうだとは思いません」

    「あの最期はあんまりでした。私たちみんな。だからもう一度穏やかな死を迎えさせてくれること、感謝しています」
    あの夜、フリオは1番初めにチャールズを庇って倒れた。他のものの最期まで知っているような口ぶりだということは、余計な記憶まで与えてしまっているのか。それでもなお、そんな言葉を吐くのか。ヒューゴは自嘲するように笑った。
    「都合のいい言葉だな」
    「そう思うでしょうね。ですが、もし霊魂の類があるのであれば……私の魂は、あなたに惹かれてここに辿り着くと思いますよ」
    フリオは目を伏せる。フリオにとっても、この船の思い出は美しいものだった。まだ未熟な青年だったころ、自分よりもずっと大人びて見えたヒューゴの手を取ったことを、後悔したことなど一度もない。

    「きっとあなたは知らないことを教えてあげましょう。チャールズは──」

    ーー

    「キャプテン」
    今日もヒューゴは扉に背を向けて暗い海を眺めている。
    「もうおれたち二人だけになっちゃった」
    「そうか」
    ヒューゴは静かに目を閉じた。最後に消えていった彼のことだけは絶対に忘れないだろうと思っていたのは、きっと2人とも同じだった。特別な存在だったということだけが残っていて、あの夜からずっと胸で燻り続けている喪失感が青く燃えあがる。
    「おれはキャプテンとずっと一緒にいたいな、だめ?」
    「……チャールズ」
    「うん」
    「歌を……歌ってくれるか」
    チャールズは目を見開いた。
    「おれ、キャプテンの前で歌ったことないよね?」
    「そうだな」
    「ああ、そうだ……一回だけ、船員の誰かに聞かれたことがあって……でもその人は絶対内緒って約束してくれたから、死ぬまで言わないって、おれ、あの人が嘘をつかないって知ってたから、だから」
    チャールズは記憶を辿りながら涙が頬を伝うのを感じた。ヒューゴは黙ってチャールズの涙を拭う。ヒューゴが知り得ない秘密を知っていて、こうなってから、それを教えた人がいる。空白のピースが柔らかな光で埋まって、それがどうしようもなく嬉しかった。
    「一曲しか知らないんだよ。それでもいいなら……」
    「なんだっていい。レパートリーを増やしたいなら俺が教えてやってもいい」
    「キャプテンも歌ったりするんだ」
    「さてな。お前の腕前次第だ」

    「知らない曲だ」
    「ほんとうに?じゃあおれからも教えてあげられるね」

    2人だけの船はそれからも漂い続ける。
    もう誰にも見つけてもらえなくなった世界で。
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