all year around falling in love------------------------
2月 / February
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決行する。ぜったいに。
受け取ってもらえるかはわからない。それどころか、殴られたり、気持ち悪いと言われたり、ヘンなものを見る目で見られたりするかもしれない。それでもいい。来年にはもう日本にいない男に、冗談だろ、罰ゲームだろと思われてもいいから、伝えたかった。その両腕に抱えてるチョコレート全部よりもずっと、自分の方がお前を想っているのだと。
フラれたいわけじゃないけど、可能性はゼロであることも重々承知しているけれど、それでももう黙っていることはできそうになくて、女性であふれかえる売り場に目を回しながらも目当てのものを確保する。あいつは口も小さいし甘いお菓子はそれほど好きじゃないと言っていたから、形や甘さにこだわった。自分の手のひらにちょこんとおさまる程度の紙袋に入ってしまった。
黙っていたら誰かに取られてしまう。
めったに見せない微笑やずっと自分を鼓舞し続けるその姿に、もうずっと前から夢中で虜だ。どうかお前も、少しでも俺のことを特別に思ってくれていたら。
「オレもお前にコレ・・・」
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3月 / March
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恋人が休みに会うと言ったらデートだと思うだろう、普通。
デートとなったら張り切ってオシャレするだろう、普通。
オシャレっていうのはトレーニングウェアではないだろう…たぶん。
自分が一番カッコよく見えるような服装で、かと言ってあんまり気合を入れ過ぎていると思われるのは恥ずかしいから少しだけ抜け感を出したりして。その日が来るまでそうやって花道は何度も何度も試行錯誤した。それなのに流川ときたら、今すぐバスケが出来そうなスポーツブランドのセットアップで、持ってきたものと言えばバスケットボール。
「バスケするんだと思ってた」
そうだろうなぁ。
「まあ、バスケはするけどよ」
それよりもまずは恋人としてしてみたいことがある。花道はそう言ってボート乗り場への流川の腕を引いて行った。
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4月 / April
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「今日、誕生日だったのか」
「・・・まぁな」
流川は何か文句がありそうに、機嫌が悪そうに、じっと桜木の方を睨みつけている。もしかしたら睨んでいるのではなくてただ単に何か別の言いたいことがあるだけなのかもしれない。期待したい。誕生日おめでとう、と言ってもらえたら、流川の中で自分が特別な存在になれそうな予感がする。桜木は散っていく桜の花びらを視界の中におさめながら、目の前の恋人にだめもとでそう願った。
言ってくれ。誕生日おめでとうって。
「まだ今月の小遣いもらってねーから、金が無ぇ」
「ん?」
「誕生日プレゼント、オレだって何か買ってやりたかったのに。もっと早くに言えってんだ、どあほう」
流川は機嫌を損ねていたのではなく、悔しがっているのか。
「…金がなくても、テメーにだけしかできねぇことは、ある」
流川はピク、と動物のように反射して、「なんだそれは、言え」と、ずずいと近づいてきた。こんなに積極的に興味を示してくれるなんて思ってもみなかったので、桜木は、少し詰まってしまい、「も、もしかしたらテメーはイヤだって言うかもしれねえけど」とあらかじめ逃げ道を用意する。そっと流川の両肩に手をおくと、怪訝そうな顔をされた。
「キス、したい。誕生日プレゼントはそれがいい…」
驚いた双眸は春の光と桜の影を映していた。
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6月 / June
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桜木と喧嘩した。と、思う。
いつもの殴り合いのケンカじゃない。あれなら殴り合ってしまえばお互いにすっきりできるし、その後は案外いつも通りに話せたりする。
でもこの喧嘩は違う。たぶん自分が言った何かがあの男のどこかを抓ったのだろう。じゃあ言い返してくればいいのに、変な顔してぎゅっと唇を噛み締めて、うつむいてしまった。そうかよ、それだけ言って背を向けてしまった。
なんと言ったんだっけ。
桜木を傷つけるつもりも、ケンカするつもりもなかった。
何を言ってしまって、あんな顔させてしまったんだろう。
雨が強い。踏切の警戒音が鳴りだして、少し走れば間に合ったかもしれないのにそんな気になれず、目の前で遮断機が降りてくるのをじっと待っていた。もうすぐ電車がやってくる。走行音で全部、この頭の中のぐちゃぐちゃもつぶされてしまえばいいのに。全部かっさらってしまってくれればいいのに。桜木を傷つけた自分の言葉も、そんなことしか言えない自分のこの口も、こうやってらしくもなくうじうじと考えている自分も。
短い編成の車両が過ぎ去る頃、隣に立つ男の存在に気がついた。
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7月 / July
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キラキラ、視界のうちで輝くものが目の前にあった。
流川は浮き輪にのってぷかぷかと海を漂っている。
遠くに江の島が見えて、だからここは湘南のはずなのに、周りには誰もいない。波の音だけ。とても静かだ。見上げれば海鳥も何羽か、風に乗るようにしてゆったりと飛んでいる。
「おい、見てみろよ、ルカワ」
いつからそこにいたのか、流川の浮き輪に手をかけた桜木が海面から顔を出して笑っていた。
桜木が手に持っているものは、それはそれは大きな貝で、電気が光っているみたいにぴかぴかとしている。
桜木が笑って言う。お前のために取ってきたんだぜ。
流川はうなずいた。宝物にする。
すると桜木はまたまた嬉しそうに笑って、何かとても大切なことを。
リィンリィンと鳴る音に目を覚まされる。頭上で揺れるガラスの風鈴が夏の陽光を反射してときどき光り、目に刺さる。毎年飾ってるんだそうだ。流川は初めて見た。流川が桜木の家にやってくるようになって、初めての夏だからだ。
「お前、なんか嬉しそうにもぐもぐ言ってたぞ」
いい夢見てたのか?
ちゃぶだいで雑誌を読んでいたらしい桜木が、流川が起きたことに気づいてのそりと近寄ってきた。少し汗ばんだ肌、夏の午後の日差しを見せて光る瞳。
「まぶしー」
寝言のような流川の一言に、桜木が破顔した。
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8月 / August
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流川といわゆるお付き合いをすることになって、初めて訪れる夏だ。だから、今年の夏のイベントはなんでも流川と一緒に過ごしたいと思っていた。近所の神社での宵宮、海水浴、アイスやすいかを一緒に食べたり、江の島に釣りに行ってもいい、それからもちろん、花火大会。湘南の夏はとにかく花火大会が多い。観光客も相当だ。住人は混雑を避けてむしろ家の窓から見て終わる、なんて人もいる。桜木はそんな人いきれは夏を感じさせて嫌いではないのだが、きっと流川は人混みが嫌だとか言うだろう。けれど一度くらいなら一緒に行ってくれないだろうか、と期待していた。それなのになかなか予定が合わない。平日は暗くなるまでバスケ三昧だし、たまに部活が休みのときでも流川の方で家の用事があったりして。
その日も流川は、親戚と一緒に夕食を摂ることになっているとかで、遅くならないうちに帰ってきなさいと言われていた。部活のない日曜日の午後、公園でのワンオンワンを終えて、ライトが必要になるくらいに暮れ始めた頃、流川はそろそろ帰ると汗をぬぐった。桜木が、もう少し一緒にいたいという気持ちを素直に伝えられず、送って行くと言ったら、目を細めた。そんな些細な表情の変化にも嬉しくなってしまう。
今日は流川自身のロードバイクではなく、彼の母親の自転車で来ていたので、流川を荷台に乗せて桜木が漕いだ。思い切りバスケをしたあとに80キロ近い男を乗せての二人乗りは少々つらいものがあるが、ときどきそっと腰のあたりに添えられる手の温度とか、後ろからぼそぼそ聞こえる声の響きとか、ふざけた拍子につんつん背中をつつかれたりするその仕草などがやみつきになっている。
「やべー、ちょっと遅くなっちまったか?」
「もっと速く漕げ」
「うっせーな。あんまり速く漕いだらテメー落ちちまうだろうが」
「ドヘタな運転のせいだな」
「んだと!」
そのとき、ドン、ドンと胸に響いてくる音がした。はっと耳をすませて少し待ってみると、さらにドン、ドン、ドンと続いて聞こえてくる。自転車を止めて空を見上げるが、街灯や住宅街の明かりばかりで夜空はよく見えない。
「…花火、もう始まったか…」
独り言だった。今晩、花火大会があることは知っていたが、前もって流川の予定も聞いていたので、一緒に行くことははなからあきらめていた。けれど音を聞くとどうしてもそわそわしてしまう。
「花火、見てえの?」
「あ、いや、まあ、うむ…」
花火は好きだ。大きいのも小さいのも。でもそれだけの理由じゃなくて、お前と一緒に見たいんだ。そんな、いわゆる「恋人とやりたいこと」を伝えたところで馬鹿にされるということはもはや無いだろうが、それでも面倒くさいとか興味がないなどとは言われそうだった。
まあ、花火は今日だけじゃないし、と気持ちを切り替えてまたまっすぎに漕ぎ出そうとしたとき、「こっち」と右にそれる一本脇の道を指さされた。海岸にほど近い道を通ることになり、少し遠回りにもなるだろう。
なんでだよ、と首をひねって後ろをうかがうと、「花火、見てこ」とタンクトップの裾を掴まれた。
「帰りながら見れる」
「…おう」
桜木が花火を見たがっているから気を遣ってくれたのか、それとも流川も桜木と一緒に見たいと思ってくれたのか。そこまでは聞けないまま自転車を漕ぎだした。ペダルを踏む両足に力がみなぎる。
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11月 / November
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こっちは?帰り道じゃねーの?
ん?いや、こっちからでも帰れるぜ。行ってみるか?
うん。
いつものスーパーの裏手を通る道。何にひかれたのか流川がそちらがいいと言ったので、遠回りでも近道でもないしと、スーパーのビニール袋をガサゴソ言わせながら二人で帰る。
途中、図書館の横を通り過ぎる時に、ああ、とその赤く燃えるように色づく木に気づいた。はらはらと舞い落ちてきたのを一枚掠めとる。宙に手を伸ばしていた俺の仕草に気づいて、流川がこっちを向いた。
「楓」
その射るようでもあり、純粋なままでもある視線に耐え切れず、視界の半分、流川の顔半分に紅葉が重ねるようにかざして見えなくさせる。
「…楓」
楓、なんて呼んだことない。この葉っぱは紅葉だ。でも、紅葉と楓の違いなんてわからないし、流川の名前もこれだってことなんだろう。だったら、ちょっとくらいそう呼んでみたって。
「なに」
いつもの平坦な声が、でも少しだけ口元が緩んでいるように見える。
「なんでもねえよ」
その葉っぱを放り出して家路へと足を向けると、流川はすぐに追いついてきた。それからちょんと俺の手の甲に触れて、はなみち、と呼んだ。
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1月 / January
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古いアパートは断熱効果が薄く、昔から使っている石油ストーブだけではなかなか部屋全体が温まるまでに時間がかかる。流川は部屋に来るなりこたつの中に潜り込んで早々に丸くなってしまった。それでもちゃっかり靴下は脱いでいる。二人分のマグカップを持ってきた桜木はそれを見て苦笑いする。まるで猫だ。
こたつは流川家にないらしく、この冬に桜木がこたつを出すと目を輝かせてそこを終生の寝床と決めてしまったように定位置にしてしまった。
部屋があたたまるまではとジャージを着てはいるが、やっぱりデカい背中がはみ出ているのは寒いだろうから、あと毛布でもかけてやろうと、自身もこたつに入ってテレビをつけた。たぶん浅く眠っている流川を起こさないように音量は控えめに。みかんを向いていればそのうち匂いにつられて起き出すだろう。
「明日から仕事始めだという方もいらっしゃるかと思いますが…」
見るともなしに流していたテレビのニュースがそう伝えて、ふとカレンダーに目をやった。今日は1月4日、日曜日。どうしても目に入るのは1月1日だ。丸で囲うなんてことができないままその日は過ぎてしまった。
元旦にはバスケ部の面々で初詣に行き、そこで当然流川は口々に誕生日おめでとうと声をかけられていた。今や信頼のおけるチームメイトからの祝いの言葉に流川も当然まんざらでもなさそうで、あいつにしてはリアクションが大きかったように思う。
桜木も憎まれ口をたたきながらもどさくさにまぎれておめでとうと伝えた。もちろん知らなかったわけじゃないし、本当は誕生日プレゼントだって用意したかった。でも何をプレゼントすればいいのか、何なら流川が喜んでくれそうなので全く見当もつかないまま当日になってしまい、結局お祝いの言葉だけになってしまった。流川は嬉しそうにはにかんでくれたけど。
去年の自分の誕生日を思い出さざるを得ない。誕生日を知らなかった、プレゼントを用意していない、と拗ねそうになった流川に、それなら欲しいものがあると桜木からねだってキスをした。十分だった。あれから何度かキスはしていて、流川もまんざらではなさそうだ。…じゃあ、自分からのキスでも喜んでくれるだろうか。
健やかに眠る寝顔のその薄い唇に目線がいってしまう。そこが見た目より柔らかく、積極的に動くことをもう知っている。キスのときにどんな吐息をもらすかも。
そのことを考えてしまって足がもぞついてしまう。するとこたつの中で流川の足にぶつかった。起こしたかと焦ったが、彼は思ったより寝入っているようで、その凛々しい眉はやわらかいカーブを描いたまま、相変わらずみっしりばさばさの睫毛もぴくりとも動かない。
「どうすっかなあ…」
やっぱり何かはっきりと「プレゼント」と言えるものをあげたい。流川なら、バスケ関連のものならなんでも喜んでくれるに違いない。タオルとかリストバンド、靴下のようなものならいくらあっても困らないだろうしきっと受け取ってもらえるだろう。
自分がプレゼントしたものを身に着けてコートを駆ける流川を想像して、思わずにやけてしまった。