蕾「あの、遠野くん、お疲れ様!」
練習試合の後、会場を出たところで遠野は女子に呼び止められた。その光景に、隣を歩いていた君島はぴしりと固まる。
「ああ。……あ、そういやこの前もらった差し入れ、悪くなかった」
「ほんとに⁉︎良かった」
小柄で可愛らしい彼女は嬉しそうに破顔し、君島に気づくとぺこりと一礼して去っていった。いつもと真逆のポジションに立たされた衝撃か、それとも遠野を慕う女性がいることに対する驚きか、君島は額に青筋を浮かべた。
「……アナタにも、ファンがいらっしゃるんですね」
「アァ?まあな」
否定をしない遠野に、君島はまた胸騒ぎを覚える。あくまで驚愕しただけであり、それ以上の感情などない。
「驚きましたよ、意外とちゃんと対応していて」
「アイツはこの処刑のどこが良かったとか、いちいち手紙に書いてきやがるからな。なかなか見どころのある女だぜ」
手紙まできちんと読んでいるまめさに、眩暈がした。自分とてファンは何よりも大事にしており、ファンレターには欠かさず目を通している。だが、タレントである自分と異なり、ただの一般人である遠野にファンがいて、しかもあんな野蛮なプレイスタイルが好きだという女性が存在するだなんて。君島は次々と発覚する事実に、足元がぐにゃりと歪んでいくような気がした。
「随分と風変わりな……いえ、面白い女性ですね。……遠野くんは、ああいう方がタイプなんですか」
「は?」
遠野の素っ頓狂な声に、君島はとんだ失言をしてしまったことを自覚した。こんな考えなしの発言をするなんて、まったくもって自分らしくない。だが、背の高い遠野と華奢な彼女が寄り添うシルエットが何故か脳裏に浮かんできてしまい、勝手に口から滑り出ていたのだ。
「バーカ、それとこれとは別だ」
「そう、ですか」
「お前がそんなこと聞いてくるなんて、珍しいじゃねーか」
「……私も、そう思います」
どこか不貞腐れたような顔をする君島に、遠野は小さく苦笑する。
「……君島って、案外鈍いのな」
「鈍いって、何がです」
「そういうところだよ」
遠野は君島の頭をくしゃりとひと撫ですると、すたすたと先に歩いていってしまった。取り残された君島は、じわりと熱くなる頬を押さえ、やっぱり苦手だ、と呟いて俯く。木枯らしが乱れた前髪を揶揄うように吹きつけていった。
End.