意外と面倒見が良いってよく言われる「では、すみませんがこれから仕事がありますので」
練習試合を終え、君島は足早にその場を立ち去ろうとした。だが、右腕に何かが引っ掛かる。
「おい待て」
「……遠野くん、その手を離していただけますか」
「離してもいいが、こっちへ来い」
この後は雑誌のインタビューに、テレビ収録も控えている。急いでいるのにどうして邪魔をしてくるのだろうかと君島は苛立ったが、遠野の目力に気圧された。
「時間がないんですが」
「五分で終わる。ちゃんとアイシングしとけ」
まっとうな指摘に、言葉が詰まった。それでも、このまま言われるがままになるのも癪で、君島はせめてもの反論をする。
「自分でできますから」
「利き腕だから俺がやったほうが早い。さっきのショット、結構負荷かかってただろ」
この男は自分勝手に振る舞っているようで、案外他人のことをよく見ている。君島は渋々ベンチに腰を掛けた。
「……」
触れた指がひんやりしていて、自分の腕が熱を持っていたことを自覚する。節くれ立った無骨な手が不思議と心地よく感じてしまうのを、認めたくない。伏せたまつ毛が白い肌に影を落とし、微かに揺れている。見慣れたはずの光景が、どうしてか脳裏に強烈に焼きついた。
「ん、終わり」
「ありがとう、ございます」
ふ、と目許を緩ませる表情に、心臓がどくんと音を立てた。君島はそれに気がつかないふりをして立ち上がる。試合のときとは対照的な静かな声色も、自分を見つめる包み込むような視線も、何もかもが落ち着かない。
早く仕事に向かって、忘れなければ。鼓動の囁きを振り払うかのように、遠野に背を向けた。
End.