浪原 一正の話。この世には白か黒以外のものが存在するという。
必要悪やダークヒーロー、グレーだと言われるようなもの。
だが、俺はそんなものは存在しないと断言する。
悪は黒で、正義は白だ。
「…今回は長期任務になりそうだな。」
先日上司から伝えられた内容を確認し、そう呟く。
任務先で何があるか分からないからには、と部屋の整理を始める。
元から荷物が多い方ではないし、そのまま残して困るようなものは持ち合わせていない。いつ死んでこの部屋に戻れなくなってもいいように、長期任務の際は部屋を整理するようにしている。その話を友人にしたら、それならうちに置いておくか?と聞かれたが、まあそこまで大事なものはないし、迷惑はかけられないと断った。
生活に必要なものは最小限にしておいて、残りは出発日に捨てればいいだろうと思えば、整理はすぐ終わる。
準備もあるだろうと休みをくれたのだが、逆に時間を持て余してしまいそうだ。
走りにでも行くか、と着替えて家を出る。
身体が資本の仕事をしているから当たり前だが身体を鍛えることは好きだ。趣味といってもいいかもしれない。いつものお決まりのコースをそんなことを考えながら走っていると、言い争いをする声が聞こえて足を止める。
視線をそちらに向けてみると、そこにいたのは数名の男子学生のようだった。1人になにやら数名が詰め寄っているようだった。
「なにをしてるんだ。」
「あ?…っ、」
歩み寄ってそう声をかけると、威勢よく振り向いたものの、俺の姿を見るなり息をのむ。それに首を傾げつつ一歩踏み出すと、取り囲んでいた数名が数歩後ずさる。
「これは、あの、」
「穏やかな会話には見えなかったが?」
「~っ、なんでもねーよ!」
行くぞ!とそう周りに声を掛けると捨て台詞のようなものを吐いていなくなる。
「おい、大丈夫か?」
「あ、はい!ありがとうございました…、っ!」
座り込んでいた子にそう手を差し伸べたが、伸ばされた手は途中で止まり、苦悶の表情を浮かべる。ざっと見たところ、けがは見えないということは。
「陰湿な奴らだな、そのままでいい。」
「あ、えぇ?!」
目の前にしゃがみ込み、その子が着ていたTシャツをめくりあげると素っ頓狂な声をあげる。蹴られた跡が見えるが、そこまで重症ではない。
「これなら1日くらい安静にしてれば大丈夫だ。家まで送ろう。」
「い、いえそこまで迷惑かけるわけには…!」
「気にするな、仕事のうちだ。あ、さっきのやつら、傷害罪で捕まえるか?」
「え、えぇ!?」
「刑事さんだったんですね、改めてありがとうございました。」
近くのベンチに座らせ、一通り説明するとそう頭を下げてくる。話を聞くと、あいつらは偶然絡まれてしまったチンピラらしい。金をよこせと言われたが断わったら蹴られたとのことだ。
「気にするな。そういう奴らに襲われてしまうような治安を作る俺達が悪い。むしろすまない。」
と頭を下げると、慌てた声で刑事さんのせいじゃないですから…!と言ってくれる。
「変わってますね、刑事さん…」
「自覚はないがよく言われる。」
そう返すとおかしそうに笑っていた。
「俺、昔からああいうのによく絡まれてて…刑事さんみたいに強そうだったらよかったんですけど。」
「そう思ってるなら鍛えればいいだろ。」
「うっ、正論なんですけど…なかなか…」
項垂れてそういう姿に、まあそういうやつもいるか、と。そもそも強くないと絡まれる、なんて世界が間違ってるしな。
「よし、簡単な護身術を教えてやる。それで次からは自分で立ち向かえ。」
「…え!?」
「よし、じゃあまずは…」
「あ、え、これはやろうと思って立ち上がったんじゃなくて…き、聞いてます!?」
ケガしてるから無理するなよ、と声を掛けると、そうじゃない…!と言っていた。
結局それから真面目に取り組んでくれたその子は、次からは相手をぶちのめしてやります!と嬉しそうに帰っていった。それぐらいの心意気があるなら、次からはもう大丈夫だろう。ぶちのめすのはやりすぎじゃないか?と思わなくもないが。
空はだいぶ暗くなり始めていて、時間もだいぶ潰せたようだ。
先ほどの子と、カツアゲをしてきた相手。世間でいえばこれは弱者と強者だろうか。
弱者と強者というものはどう頑張ってもなくなるものではないが、弱者が虐げられる世界は正しくない。悪だ。
そう考えれば、強者をつくることのできる武器を取り扱う今回のターゲットもまた、悪だろうか。だが、今回のように弱者に反撃の手段を与えることができると考えれば、正義だろうか。
「それは実際に確かめればいい。」
これまでもそうしてきたように、自身の目で。
俺は俺の考えで正義を貫くだけだ。
グレーなどこの世に存在しない。
グレーは客観的に見ている他人の意見だからだ。
他人から見たグレーは、本人から見たら悪か正義だろう?