堰 朝陽の話。①小陽が生まれた日のことは、昨日のように覚えている。
生まれてくるまでも大変だったから、お母さんは入院してしまって、お父さんは病院と家を往復する日々だった。
寂しいと思っていたこともあった気がするけど、俺には夕陽がいたから。
いつでも俺の隣にいてくれる、大切な相棒。
その認識がちょっと変わったのも、この日だった。
「…小さいね。」
「生まれたばっかりなんだから、当たり前だよ。」
お母さんの腕に抱かれるその存在は、夕陽が言うようにとても小さかった。妹だって言われたけど、性別なんかわかんないな赤ちゃんって。あまりにも静かだから、人形みたいだ。
「ほら、お兄ちゃんがきてくれたわよ。」
その声に反応したのか身じろぎをしたのを見て、生きてることを実感する。ほぼ無意識に伸ばした手を、触ってもいいものかと止めてお母さんの顔を見上げると、笑顔で頷かれる。
「…あったかい。」
そっと触れた手は、熱いくらいで。何とも言い難い感情が胸いっぱいに広がる。
「あ!朝陽ばっかりずるい!僕も!」
そういうとほっぺをぷにぷにとつついている。相変わらず遠慮のないやつとため息をついていると、ぎゅっと手に感じた熱にびっくりしてそちらを見る。小さい手が俺の人差し指を握りしめていた。
「あら、お兄ちゃんだってわかったのかしら。」
「そうだよ~お兄ちゃんだよ~。」
そう言う2人の声は右から左に、握りしめられた指をじっと見つめる。
お兄ちゃん、か。
その指に感じる小さい存在の体温に、広がるこの感情は。
「…お兄ちゃんが、小陽のこと守ってあげるから。」
大切にしたい、ってことだろう。生まれたばかりの俺よりも弱い存在。新しい俺の家族。
「…ん?どうかした?」
ふと隣に立つ夕陽を見つめると、そう首をかしげる。
夕陽は俺の相棒であることは間違いないけど、その前にこいつも俺の弟だ。小陽と夕陽を交互に見つめて、一つ頷く。
俺はお兄ちゃんだから、ちゃんと二人のことを守らないと。
「がんばれ、お兄ちゃん。」
そう笑って頭をなでてくれるお母さんに力強く頷いた。
あの日、俺はお兄ちゃんになったんだ。
2人が幸せに暮らしていけるように、頑張ろうって。
誰よりも大切な2人のためにね。