堰 朝陽の話。②俺達を救ってくれる神はいないのだと、あの日知った。
妹の代わりにいなくなってしまった弟。
それをただ見ているしかなかった自分。
毎日毎日、馬鹿みたいに祈りを捧げた結果がこれなんだとしたら、
どうしたら神とやらは俺達を助けてくれたんだろうか。
足場の悪い中を進んで行き重い扉を開けると、こもった埃っぽい空気が中から漂う。息をひとつついて、その中へと足を踏み入れた。
今日は卒業式で、この場所に来るのも最後になるだろうと、あの日以来初めて旧チャペルに足を踏み入れた。結局ここは取り壊しされることもなく、今も変わらずここにある。あの日と何も変わらずに。
祭壇の前まで歩いて行き目を閉じると、今でも鮮明に思い出される。俺を見下ろし見下す男の姿、そいつの元へと歩いていってしまう夕陽の姿。
そいつは一種の神だと先生が言った。とにかく情報が欲しかった俺は、あの日俺達に声を掛けたのはお前だろ、と詰め寄った。最初はなんの事かととぼけていたが、ちょっと脅してやるとそう言ったのだ。姿形は依代により異なるが、その中身は神だと。
「神にはあんなのしかいなかったりして。」
呟いて目を開ける。そうだとしたら神なんかくそくらえだ。
それから更に先生に詰め寄り、こういった存在と戦うすべがあることを知った。
『ただ、君が相手にしようとしている存在には適わないだろう。』
それだけ強大な存在なのだと言われたが、折れるわけにはいかなかった。俺の意思が変わらないことを悟ったのか、対抗するすべを教えてくれることになった。春からは高校に通いつつ、という形になるだろう。俺としては高校に行く気もなかったが、先生は学校はある意味特殊な空間だから、怪しい出来事も多いと言っていた。情報収集の意味も兼ねて、と言われてしまえば行かないわけにもいかない。両親にも余計な事を言われなくて済むし。
あいつを探しながら力と知識を身につける必要がある。もう、何もう奪われないために。そして、こんな絶望に叩き落としたあいつに復讐するために。
「…まあ、夕陽はそんなこと望んでないだろうけど。」
そう祭壇の方を見上げる。今の俺を見たら、夕陽はなんて言うだろうか。そんなことを考えていると瞳からは自然と涙が零れる。この一年、散々泣いた。悔やんだ。死にたかった。頭がおかしくなりそうだった。
でも、ギリギリ正気を保っていられたのは、最期の夕陽の願いと、小陽の存在だった。
「絶対に殺してやる。」
喉から絞り出したその声はあまりに醜い。すべての絶望をあいつのせいにして。本当の気持ちには見ないふりをして。そうしないと、もうどうしたらいいか分からないんだ。
よくもまあ枯れずにこんなに出てくるもんだと目元を拭う。泣くのは今日が最後だ。
「……だめなお兄ちゃんでごめんな。」
そう小さく呟いた声が虚しく響いて消えた。