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    共犯(観赤)壁が薄いせいで部室棟は騒がしい。隣の部屋の笑い声や、一階なら、上階の廊下を走る足音が落ちてくる。テニス部部室からは、隣のバスケ部の喧騒がよく聞こえた。なぜなら室内が静まり返っている。
    特待生の編入は前年度から進んでいたことだったが、それを部の当人らに知らされたのは、一人目の編入生である観月が現れる直前になってからだった。
    部員らが次々に部室を後にしていく。こもっていた部活後の熱気も一緒に冷めていく。夏前は、だらだらと着替えて、理由もなく皆で残って談笑しあった。今ではそんなことはない。部活に出る人数も随分と減ってしまった。これからも減るだろう。一人、観月が声をかけている生徒がいて――青学不二の弟が、冬前には編入する。そうすればまた誰か辞めるだろう。奪われたレギュラーの席は多分戻ってこない。「三年引退したら部室堂々と使えるな」と笑っていた同級生を赤澤は思い出す。彼自身がもう来ていない。
    ぶり返した猛暑が夕陽を揺らめかせていた。窓から差し込む光が真っ赤だ。
    室内には硬質なタイピング音だけがある。観月がパソコンを打ち込んでいる。部屋には観月と赤澤の二人きりで、それほど広くはない部室だが、がらんとしている。
    観月は一先ずの作業を終え、一息ついた。今日中の分は終わった。凝った背筋を伸ばしている観月を、赤澤は見るともなしに見た。三十分以上前に開いた日誌は進んでいない。今日の出席人数を書く段階で筆が止まって、それきりだ。座りっぱなしで腰が痛い。部で引き取って以来置き去りのベンチ。観月が嫌がって自分の椅子を持ち込んだ時、「俺はこれか」と赤澤は会得がいった。
    「いい加減慣れてください」
    見上げると、観月が傍らに立っている。
    「アイツも来なくなった」
    「アイツ?」
    三年生が引退して、夏休みが終わってからも出席していた同級生。編入生が現れる前から部の中心として引っ張っていた一人だった。観月も思い当たっているはずなのに、頬被りしている。
    昨日だって散々だった。観月のやり方に溜めこんだ不満を昂らせた部員らと観月が衝突した。その中に彼もいた。彼が今日部に来なかったのは、理解したからだろう。紛糾の中で涼しい顔を崩さない観月のそれは、虚勢ではなかった。まるで興味がないのだ。観月にとって、利用価値がない者は取るに足らない。自分の怒りも、実力も、観月にとっては易いのだとわかってしまった。
    結局、傷付いた顔をしたのは観月ではなく彼の方だった。
    「別にいいだろ」と観月が言う。二人の時だけ、不行儀なものの言い方をする。
    「もうお前は十分恨まれてる」
    二年生の中で、編入生によって立場を脅かされなかったのは、赤澤だけだった。
    誰も口にはしないが、同じように考えていることだ。彼が結果を残したので、学校はテニス部の特待生の編入を決めた。観月は赤澤が連れてきたようなものだ。
    生気を失った部室で二つの生き物が息をしている。直情的な性格なのに、そのように言われても赤澤は怒りを覚えなかった。事実を言っただけの観月が、普段の微笑みを潜めて「そうだろう」と言外に訴えてくる。
    赤く照らされた肌が光っている。互いに嫌われ役だ。しかし、どうあっても進む道は一つしかない。
    慣れなければいけないんだろう――と赤澤は思う。そう観月が言うのなら。
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