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    まさん

    とても人見知り
    トンデモ設定のオンパレード
    アイコンは白イルカのはずだった

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    POIPOI 44

    まさん

    ☆quiet follow

    卒業してから同居してる🦈🦐の話

    (………今日も遅くなるのかあ)

    わたしはとあるマンションの一室、板張りのリビングにあるソファにぼたりと身体を沈めた。ちっちゃい手には画面が点灯したままのスマホ、フロイド先輩とのメッセージのやりとりが表示されている。ここ最近の履歴を見たら「飲んでくるから先に寝てて」なんて内容ばかり。なんだか疲れちゃって、目を伏せた。それでも脳内で消えずにくるくると回るメッセージ。

    (『飲んでくるから先に寝てて』かあ……)

    いつものわたしだったらいそいそと寝る支度をして、さっさと布団に入って夢の底に落ちていったことだろう。
    けれど今日はちょっとだけ寂しい思いをしたの、こちらの世界でできた友人、エースとデュースがそれぞれいいひとを見つけて、来年の春に籍を入れるんだって。ふたりは順調に未来に向かっているのに自分だけ気まぐれな人魚、フロイド先輩のお世話になっているということが、今日だけは何だか無性に気になってしまう。
    だから、いつもの「わかりました」という返事ではなく、「早く帰ってきてください」って言った。だけどそれはいつまでも既読すらされないから、今度こそ諦めて目を閉じた。ベッドに行くのも億劫になっちゃって、手近なブランケット一枚で丸まった身体を包んだ。

    再び目を覚ました時、まだ外は薄暗く、夜に近い朝だった。スマホの画面、メッセージは未だに開封されていないみたい、午前4時。鳥も鳴かない、壁の時計の秒針だけがこちこちと音を生み出す部屋。

    (………コンビニに行こう、)

    どうしてもこの場にひとりというのが、急に耐えられなくなった。ジャケットをさっと羽織って財布をポケットに、出かけて戻ってくるまで彼からの返事は見込めなさそうだからスマホはソファに置き去りにした。

    とことこと歩くのは眠ったままの住宅街、あともうちょっとで駅の近く、というところで煌々と光るコンビニの看板に目をぱちぱち、慣らしながら先へと進む。コンビニ店員の「いらっしゃいませ」がおっとり聞こえてくる。
    だから、そう。例えばそこにフロイド先輩と、カゴを抱えた女性が並んで棚を見ていたとしても。わたしの目はとっくに光に慣れていたから見間違えることなんてなかった。
    彼らはわたしの存在に気付いていない。新商品のスナック菓子をカゴに入れて、端から見れば「仲睦まじいふたり」だった。幸いなことにこちらはカゴを取らずにいたから、すぐにUターンすることができた。出入り口のところで入店する誰かと肩が擦れたけど目も合わせずにごめんなさいとだけ言った。ずいぶん背が高そうなひとだった。

    返事を、メッセージを見ることもしないで、フロイド先輩が笑いかけてたのは誰だったんだろう。とても綺麗なひとだった。とてもじゃないけど、声を掛けられなかった。

    (だってわたしは、フロイド先輩の恋人でもなんでもない、)

    ナイトレイブンカレッジを卒業する時まで、一向に帰還方法がわからず仕舞いで途方に暮れた日、フロイド先輩が「じゃあ小エビちゃんはうちにおいで」とわたしの手を引っ張ったのだ。そうして案内されたのがあのマンションで、在学中と何ひとつ変わらない、先輩に懐く後輩という関係がそのまま生きていた。
    でも、もし、さっきのひとがマンションに来るのなら。わたしは確実に邪魔な存在になる。そんな視線を見るくらいなら自分から出ていかなければならない。大丈夫、行く場所は幾らでもある。在学中に得たコネクションは未だネットワークがしっかりしていた。
    どこに行こうか、いっそ学園に戻って購買のスタッフでもいいかな。さっきよりも早足でマンションにとんぼ返り。それから荷造りを、と言ってもスーツケースひとつに隙間すかすかで詰め終えてしまった。一週間分の衣服と小物。お気に入りのブランケットはフロイド先輩のものだから持っていけない。スマホは出かける前と変わらず、既読のマークも付かない。きっとフロイド先輩にとっての「小エビちゃん」とはそういうことだ。深呼吸をふたつして、それから渡されていたカギと退去する旨を記したメモをテーブルに置いてマンションから出て行った。



    ─────────



    『今までお世話になりました。行くところができたのでここから出て行きます。ありがとうございました。』

    小エビちゃんの丸っこい字がメモにちっちゃく書かれてて、何度も、何度も、覚えるくらい同じ文字を目で追っかける。
    あの子が卒業して、行く宛てがないって言うからさあ。変な仕事に就いて内臓売り飛ばされるのを見るのは面白くねーからさあ。だからうちに呼んだっていうのに。
    嘘。小エビちゃんが傍にいると楽しくて、胸の辺りがほわほわしたから。オレと小エビちゃんはずっとこのまま一緒にいて、自然な流れでつがいになっちゃえばいいのにって思ってた。ていうか、オレのことキライなら一緒に棲まないでしょ。わざわざ口に出して言わなくても、伝わるでしょ。

    「なんだよ、もう」

    行くとこができたんなら、もっと早く言ってほしかった。オレ、ずっと小エビちゃんが傍にいると思ってたから、そう、サプライズだって、アズールとジェイドと一緒に考えてさあ。ジェイドの婚約者が「あまり驚かせるのは毒ですよ」とか言うからちょっとだけ修正してさあ。「小エビちゃんの指、こんくらい!」って輪っか作って教えたらメジャー渡されて、これでちゃんと計ってきてください、って言われてさあ。ぴったりなの、用意したのに。
    さっき頭捻って腹減ったからコンビニに行ったら、ジェイドが小エビちゃんとすれ違ったって言うからさあ。なんだよ、話しかけてくれりゃよかったのに。見て見て、このヒトがジェイドのお嫁さん、すげーキレイでしょ。なんて教えたのに。
    それにしても、ずいぶん急に決まったんだね。直接会わずに出て行っちゃうなんてさ。スマホのメッセージはいつも「わかった」って感じの聞き分けがいい返事だったからいつも朝になってから見直してたけど、昨日の夜だけは違かった。それを見たら胸の辺りがぎゅっと苦しくなった。

    『早く帰ってきてください』

    小エビちゃんから向けられたちっちゃい願い事。もしかしてこの時に決めてたの?この時、オレがメッセージを惰性のように放置しないで、ちゃんと見てたら、それでサプライズ考える会議を切り上げて帰ってたら、もしかしたら行き先を教えてくれてた?そうして、オレがやだって言ったらやめてくれてた?

    電話が繋がらない、どこまで遠くに行ってんの?

    ジェイドがテーブルの近くでへたり込むオレのところに来て、首根っこを掴んで無理やり立たせてきたからびっくりした。

    「フロイド、彼女は勘違いをした可能性があります」

    「へ?」

    「フロイドと一緒にいた僕の妻と認識がなかったとしたら、彼女は貴方と親しい女性だと思うでしょう。メッセージも返さず、知らない女性と一緒にいるフロイドを見た彼女は僕にぶつかっても気付く余裕がないまま逃げた」

    「なんでそこで逃げんの?そいつ誰って聞けばいーじゃん」

    「自分の立場がただの居候だという認識だったら?」

    そんなの。そんなの、オレだったら誰だよって。言うけどさあ。小エビちゃんは、違う。言いたいことは飲み込んで、あのメッセージだって、よっぽどのことが、あって。
    発信履歴が小エビちゃんの名前の後にカッコ付きで999回以降カウントが増えなくなった頃、そういえば小エビちゃんがオレになにか求めたことなんて、なかったことを思い出した。先輩後輩の延長でプリンを買ってほしいなんてふざけたお願い以外、プレゼントを欲しがるとかそういう、つがいらしいなにかなんて、ちっとも口にしなかった。言わなきゃいけなかったんだ。今更知ってるよね、じゃなくて。小エビちゃんが好きだからオレの傍に居てもらってるの、って、言わなきゃいけなかったんだ。

    「ジェイド、マジカメで小エビちゃんの足跡追える?」

    「そうそう、その件ですが。エースさんとデュースさんがそれぞれ素敵なお嬢さんと結婚するらしいですよ」

    カニちゃんの投稿に貼られた写真。いちばん最新の小エビちゃんが笑顔で写ってて、日付はそう。昨日の昼間。
    彼女の気持ちを想像してみる。好きとも言ってこない奴のとこに居候して、友人は結婚するって言って、居候先の主は他の女の子とコンビニにいた。
    小エビちゃんの認識だと、確かにそう。ひとりで真相をオレに伝えずに出て行くルートを、あの子は選ぶ。掴んでいないとどっか別の海域に流れていってしまいそうな、あまりにもちっちゃくて、弱い小エビ。怖がりだからオレを掴むことなんてしない、飽きたと言って冷たく払いのける可能性をあの子は考える。そんなこと、する訳ないのに。

    「ひとつ、言葉を与えておけば防げた事案ですね」

    「待ってジェイド、どこ行くの」

    「意気消沈な兄弟を置き去りにスタンプラリーでもしようかと」

    「一緒に、行く」

    あくびをしたでかい口と、つられて涙目になったジェイドの顔。薄手のコートを羽織ったところでオレはジャケットなしでカギとスマホ、財布だけポケットにねじ込む。

    「彼女は卒業してからもNRCと交流を持っています。急遽考えた『行くところ』など、そこ以外ありません」

    「ジェイド、いつの間にかオレより小エビちゃんの気持ちわかるようになってんの悔しい」

    「僕の愛しい妻がこういうハラハラするようなストーリーの漫画をよく読むのですよ。そして情報共有してきます。つまりネタバレですね。……それはさておき、今回の件は自分のせいだと萎れていました。彼女の笑顔のために僕は仮装もしないままスタンプラリーをこの徹夜明けの身体で……ふふふふふ」

    「願い事ふたつ叶えるからもう少し付き合って」

    ジェイドの笑い方が眠いっていう雰囲気だったからオレはさっさとNRCに続く道を整える。鏡に浮かべる転移魔法、許可が降りればすぐに校門手前くらいには着地できるはず。

    「今迎えに行くから待っててね、小エビちゃん」



    ─────────



    「ふひい、母校ってこんな遠かったんだ」

    電車、フェリー、バス。フェリーの時に船酔いしてお腹の中を綺麗にしたせいか、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。フロイド先輩だって自由なひと、人魚なんだからわたしが縛れるものでもないし、好きなひとと一緒になってほしいし。わたしは、別に、ひとりでもいい、し。
    バスはぶいぶいと進んでナイトレイブンカレッジ正門前に停まった。運転手さんにお礼を言って、降り立つ久し振りの学校の雰囲気。ちっとも変わらない校舎に目を細めて、スーツケースを引っ張ろうとして、あれ?こんな重かったっけ?確かに道中、温泉まんじゅうを学園長におみやげとして買ったけど、一箱だけだし。何か引っ掛かったのかな。振り返ると、誰かがスラックスのポケットに手を突っ込んでスーツケースを踏みつけてる。あれ、意外と背が高い、顔まで視線を持ち上げる。逆光で表情が見えないけど、シルエットクイズみたい。右側に黒いメッシュがある青緑色の髪。だーれだ!

    「フロイド先輩!」

    「先に出た小エビちゃんのが遅く着くってどーゆーこと?まあいーや帰るよ」

    がこがことキャスターを無視して持ち上げられたスーツケース。反対の手はわたしの手を握って離さない。

    「学園長へのおみやげに温泉まんじゅう買ったのですが」

    「僕が食べるのでください」

    にっこりと微笑んだジェイド先輩はフロイド先輩との間にわたしを挟むようにして立っている。じゃあ、その。お茶菓子として出しましょうか。行きにあれだけ苦心した道のりは、フロイド先輩が整えた転移魔法であっという間に住み慣れたマンションのエントランスにあるエレベーターの中の鏡からずるずると帰ってこれた。乗客がいなくてよかった。唐突に3人増えたらびっくりさせちゃう。

    「ただいまあ」

    「おかえりなさい」

    主のご帰宅に、一緒に帰ってきたわたしが間抜けにも出迎えることばを口にした。もはやこれは癖のようなもの。ただいまって言われたら、おかえりって言うもの。

    「手洗いうがいしたら座ってて。お茶淹れる」

    「えっと、あの」

    「ジェイド、小エビが逃げないように見張ってて。オレが戻ったら寝ていいから」

    わたしのことを『小エビ』と表したフロイド先輩からじわじわと漏れてくる不機嫌の気配。薄ら寒い何かを感じて大人しく従うことにする。心臓がとことこと駆け足で騒がしい。ジェイド先輩が気配を消して洗面所についてきて、それから用を済ませて廊下をついてくる。何が起きたの。

    フロイド先輩はわたしにあったかいミルクティ砂糖大さじ3杯を溶かしたものを渡してくれた。食道に馴染む甘さに目を細めたところで、彼がソファにどかりと座った。そうして、隣にいたジェイド先輩が倒れて寝息を立て始めた。どうして、ジェイド先輩が眠いなんてこと、あまりなかったのに。

    「小エビちゃんさ」

    「はい」

    「今朝、コンビニでオレと女の子が一緒にいるとこ見たでしょ」

    「…………はい」

    優しかったはずのミルクティがなんだか苦く感じる。心臓の辺りがつんと痛むのは、その光景を思い出してしまったから。

    「あれね、ジェイドのお嫁さん」

    「そうですか」

    ぐるぐると渦巻く思考。どう答えたら、フロイド先輩がうざったく感じないか、わたしが傷つかなくて済むか。

    「そうですかって……知ってたの?」

    「いえ。えっと、その、」

    やっと飲み込んだもやもやをもう一度表に出させないで。思い浮かぶ答えはどれもフロイド先輩に対する不相応なものでしかない。嫉妬?違う。わたしなんかが抱いていい感情じゃない。ただ、学生だった時みたいに、笑って楽しく過ごしたいだけなんだ。こんな醜い、縋る感情なんか八つ裂きにして殺したいのに。
    深呼吸を、ふたつ。心を落ち着かせるおまじない。

    「フロイド先輩は、わたしに構わず、お過ごしください」

    吐き出したことばはミルクティの表面を波紋のように揺らして、歪んだわたしの顔の輪郭がぼんやり揺蕩う。

    「何それ。いま何を飲み込んでそう言ったの」

    顔を簡単に大きな手が掴んで、ミルクティに向けていた視線がフロイド先輩へと移動する。見たくない。付け焼き刃で歯が浮くようなことばのボロが落ちる。深呼吸のおまじない、効いて、効いて、効いて。

    「わたしが選ばれないことはわかっています。だからどうか、そっとしておいてください」

    言ってしまった。フロイド先輩のオッドアイがまばたきをやめて、はっと我に返って、自らが放ったことばの醜さに耐えられなくて、手を振り解いた。

    「ふは。くくく。うける。あははは!オレの気持ち、ぜーんぜん届いてねーじゃん。どんな気まぐれで好きでもない奴を自分のテリトリーに入れんの?有り得ないでしょ。好きだからこうして、小エビちゃんの好きな味だって、覚えて、~~~ッ、」

    ぼた、と大粒の雫がフロイド先輩の金色の目から落ちて、その後まばたきしてからオリーブ色の目からも垂れて、透明なだけでまるで血液みたいだ。わたしが突き刺したことばで、フロイド先輩がけがをした。
    彼はソファからずるずると落ちてきて、わたしの目の前で力なく上体を伏した。大きな手が腰に絡みついてきて、服をぎゅうと握り締めた。震えが伝わってくる。

    「最初からオレは小エビちゃんを選んでたの。だから、そんな悲しいこと言わないで」

    在学中だって見なかった、フロイド先輩が泣くところ。しゃがんだわたしの腿に掛かる嗚咽の吐息、じわりと湿るスカート。自分で八つ裂きにした気持ちが、少しずつ息を吹き返していく。いいの?このままわたしの気持ちが、もう一度生き返ってもいいの?

    「小エビは、先輩の傍にいていいんですか」

    ひたすら縦に振られるフロイド先輩の頭。青緑色の髪がさらさらと揺れて、ピアスが音を立てる。

    「ごめんね。言わなかったから、わかんなかったよね」

    今まで聞いたこともない、飄々としたフロイド先輩っていうレッテルが剥がされたその声は、ずいぶん透き通って聞こえた。そのぶん、素直にわたしに染み込んでいく。

    ………と。フロイド先輩の向こうでカサカサと紙が擦れる音がする。覗いてみると、目を閉じたジェイド先輩が温泉まんじゅうを器用に開封して黙々と口に運んでいた。寝たまま、包みを解いてはひとくち、ふたくちで食べ進めている。その姿をつられて見たフロイド先輩が、んだよアレ、と鼻を啜って小さく笑った。



    ─────────




    「僕は全く記憶にありませんが、まあそういうこともあるでしょう」

    すっかり空になった温泉まんじゅうの箱をジェイド先輩が寂しそうに見つめているから、自分用に買っておいたもう一箱をスーツケースの奥から取り出した。途端に明るくなるフロイド先輩とは反対のオッドアイ。お騒がせしたという意味も込めて、しずしずと献上してあげた。そんなわたしの背後には纏わりついて離れないフロイド先輩の丸まった背中。喉からきゅうきゅうと音を出して擦り寄るその姿は牙を抜かれたうつぼのよう。後ろ手で彼の頭に触ると、くすぐったそうに笑う声が聞こえてきた。
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