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    まさん

    とても人見知り
    トンデモ設定のオンパレード
    アイコンは白イルカのはずだった

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    まさん

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    🦐に不思議な話をしてもらう🦈の話

    それはフロイドと監督生がモストロラウンジで使う食材のおつかいに、街へ行った時のこと。
    仕入数を間違えて足りなくなった果物を業務用スーパーで求めて、フロイドがリンゴ10個とオレンジ6個を、監督生がイチゴを1パックぶら下げててくてく帰路を歩いていた時のこと。

    「フルーツティーが思ったより好評でさあ。テーブルにキャンドルセット置いてティーポットの中でゆっくり煮出すんだけど、帰ったら小エビちゃんにもサービスしてあげんね」

    「楽しみです」

    「その前に喉渇いて干からびそお。あそこのカフェ入ろ」

    くるるる、とフロイドの喉が器用にも鳴った。それは彼女だけにしか聞かせない、甘ったれたい時のとっておき。頭二つ分低い位置にある右側を見下ろして、落ち着いた色味の大きな瞳をとろりと見つめる。

    「…………もうちょっと歩いたとこにある喫茶店にしませんか」

    フルーツティーという言葉に目を輝かせていた監督生が、珍しくフロイドの申し出を遮って提案をしてきた。その発言に彼はちょっとだけ目を見開いて、それからすぐにおっとりと笑んで「いーよ」と返す。ただの気まぐれ、あのカフェにさしたる執着もなかったから、ふたりはそこを通りすぎた。大きな窓ガラスの向こうは人っ子ひとりいない。気難しそうなマスターがカウンターの向こうで新聞を広げているところまでは通り過ぎるまでに見ることができた。

    「…なあに小エビちゃん、あのマスターの顔が怖かったの?」

    くすくすとからかった声色でフロイドが問うのに対し、監督生がまるで舌を出すようないたずらっ子のように「えへへ」と笑ってみせる。イチゴの入ったビニール袋がかさかさと揺れた。
    彼女が促した喫茶店は昼下がりのお茶を楽しむ女性たちがちらほら、休憩中のサラリーマンがうとうとしているような易しい雰囲気を備えていた。こちらの店主は白髪のおばあちゃんひとり。カウンター席にいるおじいちゃんと何やら話していて、ころころ笑っている。

    「あっクリームソーダがあんじゃん。注文お願いしまあす」

    「ま、待って、まだ決まってません…」

    優柔不断な監督生がメニューをおろおろ視線を左右に動かしている間、穏やかな店主が「はいはい」とゆっくりやってきた。途中でペンを忘れたのかUターンもした。
    そのおかげで監督生は無事にココアを選ぶことができて、ほうと安息の溜め息を吐いた。深紅の柔らかいソファがお尻に優しい。なるほど確かにこれは長居してしまいそうだ。周囲のお客さんたちはお話に夢中、薄いクラシックのメロディが聞き取れないが、暖色の視界は監督生にも、フロイドにも心地好かった。

    「ねーねー、なんか不思議な話してよ」

    ほつりと落とされた水滴のように、フロイドがいつものように話し掛けてきた。その問いに彼女は思案の表情をしてから、ゆっくりまばたきをしながら答えることにした。

    「─これはわたしが、元の世界で父の運転する車に乗っていた時のことです。」

    その日、わたしはいつものように運転席側の後部座席に座っていました。
    乗り物酔いしやすいわたしは窓を開けて、運転席と窓の間に顔を寄せて信号待ちをしていた父とあれこれ話していました。その時、突然父が「窓を閉めて」と言ったのです。会話の流れそのまま、いつもの口調で。
    いつものわたしなら何故かと訊ねていたでしょう。ですがその時は不思議と、素直に従ったのです。

    注文したクリームソーダとココアが運ばれてきて、語り部である監督生の話は一瞬、遮られた。ふたりは店主に会釈して、それから立ち去るのを待ってから飲み物に口をつけた。

    そうそう。それでわたしが窓を閉め終わった瞬間、対向車線側で事故が起きたのです。車がガードレールにぶつかり、パーツが飛び散り、そして、

    「閉めた窓ガラスに、ぱらぱらと破片がぶつかってきました」

    「予知?」

    「わかりません。父に訊ねてもにっこりするだけで、答えは教えてくれませんでした。どうです、不思議でしょう」

    フロイドがさっさとクリームソーダのアイスをぱくぱくと頬張るなか、答えを探すように目がゆらゆらと泳ぐ。その様子を見つめた監督生が、ココアをひとくち飲んで「オイチ」とひとこと漏らした。

    「小エビちゃんにそーゆーのは受け継がれてないの」

    「ご覧の通りからっきしです」

    ココアにテーブル備え付けのザラメをふた掬い溶かした監督生はお得意の曖昧な愛想笑いを柔らかく頬に乗せる。鮮やかなクリームソーダはごくごくとフロイドに飲み干されていき、氷が空っぽになったことを教えるように鳴った。

    「ふーん」

    それからフロイドは監督生の分までお会計をし、ぶらぶらと学園の更に奥にあるモストロラウンジまで彼女を連れて戻った。ココアを飲んだばかりの監督生にフルーツティーを提供しようと考えていたからである。これは買い出しの対価。ちょっとくらい多めに果物を入れたって咎められることはないだろう。
    厨房にいたジェイドが退屈そうだったから、果物を切りながら街にあるカフェの話をしてやった。小エビちゃんが怖がる店主がいる、なんてことは隠したまま。彼は「おやおや」と唇に馴染んだ相槌のあと、フロイドにこんなことを話した。

    「数年前、スーパーの近くにあるカフェの前で刃傷沙汰があったそうですよ」

    今も未解決なんだそうで。

    「へー。ちゃんと受け継がれてんじゃん」

    フロイドのぼそりと呟いた声は、ビシソワーズを下拵えするジェイドの手元にあるミキサーが掻き消していった。
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