来添!はまほ寿司昼下がりの魔法舎、人の少ない談話室にあっという間に不穏な空気が立ちこめる。
「薄情なネロはお腹が空いている僕に、何も用意しないでサ○ゼリアに行っちゃうんだね」
どこかに行こうとしていたネロの肩を掴んで引き止める。面倒なことになったという顔を隠さないネロに、僕はますますちょっかいをかけてやりたくなる。
「いや、朝賢者さんが言ってた通り、今日は魔法舎の配管点検があるからキッチンは使えないんだってば。他の奴らも外に食べに出てるよ」
「聞いてない」
「ええ〜……」
ネロは呆れているが、その話は本当に聞いていない。ネロは恐らく、僕が自分の非を認めたくなくて嘘をついてるんだろうと思っている。別にその認識を正すつもりもないけれど、朝のことを思い出すとまたイライラしてきた。
というのも、今日は朝からミスラに殺されていたのだ。寝巻きのまま吹っ飛ばされた身体が完全に再生したのは昼前のこと。ちなみに、何が原因で殺しあったかはもう覚えてない。
賢者が件の話をしたのはどうせ朝食の席でのことなのだろう。もちろん僕は間に合っていない。誰もその話を持ってこなかったあたり、やっぱりここは薄情者だらけだと薄ら愉しくなる。
実のところ、ヒースクリフやクロエたちはオーエンのことに思い当たってはいたのだが、手負いのオーエンに声をかけに行くのを躊躇っていたのだ。これは紛れもなくオーエンの日頃の行いなのだが、オーエンがそれを知る由もない。
ミスラに倒され、朝食も食べ損ねた。最悪な一日の幕開けに嫌気が差して、そこにいた奴を適当にいじめてやろうと談話室へとやってきた。そこで自分の顔を見るなりそそくさと席を立とうとしたネロは格好の獲物だった。
談話室にはミスラも転がっていたけれど、それは無視した。無駄な足掻きだというのに寝ようとしているミスラを刺激しても、いいことなど何一つない。また唐突に殺されるのがオチだ。でも、珍しく僕がネロ話しているのを聞いていたのか、ぼんやりと目を開けたミスラがぼそりと呟く。
「今日昼飯ないんですか」
ネロが唖然としているのが分かる。だって、ミスラは確実に朝食の時にいただろう。食うと寝るには人一倍貪欲なミスラが朝食を食べ損ねるなんてあるわけが無い。というか、食事を逃したミスラが大人しく転がっているはずがない。あれはとりあえずなんでもいいから何か―――本当になんでもいいところが理解できないが―――を食わせておいて初めて会話ができるケダモノだ。
余談はさておき、ミスラは賢者の話は聞いていたけれど覚えていなかったようだった。ミスラだから当然だ。呆れているネロに、畳み掛けるようにさらに言葉を重ねてやる。
「サ○ゼリア、僕もついて行ってあげるよ。ミスラも行きたいって」
東の魔法使いは一人が好きだ。ならばみんなで食事に行くのが一番の嫌がらせになる。
「いや、あんたら暴れたから魔法舎前のサ○ゼ出禁じゃん」
前に魔法舎の皆で行った時にそんなこともあったかもしれない。もちろん僕は覚えていないから関係はない。
「魔法で姿を変えればそんなの誰も分からないよ」
あっけらかんとして言うと、ネロが顔をしかめる。人間の決め事に従わされて生きるなんて、東の奴らは馬鹿ばっかりだ。
「そういうの困るんだって……」
「何?弱いくせに僕に文句があるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……飲食店やってた身としては、一応さ……」
ネロが慌てて首を横に振った。こいつは自分の力量と立場を弁えているのが美点であり、面白くないところだ。
けれど顔を青くするネロの様子に、ようやく溜飲の下がる思いがした。ネロはこういう風に悪意をぶつけた時、反応が素直なのでやりやすい。身体の修復のために消耗した魔力が幾分か回復していくのを感じた。うるさい双子やフィガロの気配もないからまだまだ遊んであげようとしたところで、誰かが談話室へと向かってきているのを感じた。
「話は聞かせてもらった!!」
そこにいたのは、東の魔法使いファウストだった。
「これを使いなさい」
歩み出てきたファウストは、なんだか妙に聞き覚えのあるセリフを口にしながら、ネロへ何かを手渡した。ピンク地に金の縁どりのその紙を横から伺い見ると「はまほ寿司全品10%オフ」と書かれており、お得感が満載だ。
「先生……!」
「じゃあ僕はやよ○軒行くから」
渡すだけ渡すと、そそくさとファウストは談話室から出ていこうとする。その背中をネロが呼び止めた。面倒な僕たちを押し付けようっていうんだ。本当に薄情者だねと言ってやろうとすると、ネロの口から発されたのは予想外のセリフだった。
「先生、このクーポン券適用四人からって書いてあるんだけど……」
ファウストがゆっくりと辺りを見渡す。この部屋にいるのは僕、ミスラ、ネロ、ファウストの四人だけだ。恐らくネロの話からすると他の奴らは残っていないんだろう。
「じゃあ僕はやよ○軒行くから」
ファウストはさっと踵を返すと、再び出ていこうとする。その姿はよっぽどネロより薄情だったが、ファウストはあんまりいじめがいがないのだ。何を言っても響いていない感じがして苛つくことが多い。僕は何も言わずにその背中を見送ろうとした。
「ま、待って先生……!」
すかさずネロがファウストにみっともなく追いすがる。当然、薄情なネロは一人でも多くの道連れを作りたいんだろう。
「じゃあ僕はやよ○軒行くから」
ファウストはネロの話を聞き入れる気はなさそうだ。もちろん僕だってこんなメンバーで寿司屋に行くのは御免だった。
「僕ケーキが食べたい。サ○ゼにしようよ」
するとどこまで話を聞いていたのかは知らないが、ミスラも口を挟んできた。
「俺は肉がいいです」
なんで一緒に行くような口ぶりなのかは置いておいて、これは好機だ。肉が食べたいなら寿司屋という選択肢はなくなる。
「ほら、やっぱりサ○ゼだ。魚臭い店に用はないよ」
勝ったな、とネロの方を見る。そんな時、声を張り上げたのはファウストの方だった。
「最近の回転寿司には肉もケーキもラーメンもある!寿司屋で寿司しか食べられないと思ったら大間違いだ!」
「せ、先生……?」
「寿司屋に行くぞ!僕についてこい!!」
そして急に熱くなったファウストの勢いに押されて、僕たちは四人ではまほ寿司に行くことになってしまった。お前回転寿司のなんなの?
ミスラに扉を出させて店に入る。本当は魔法舎からちょっと歩いたところにあるからわざわざ空間魔法を使うまでもないんだけど、ミスラはそういうのを気にしていないから便利だ。
四人がけの席の対面に、僕とミスラが奥に入る。僕の横にはネロが、ミスラの横にはファウストがそれぞれ座った。
じゃあ早速食べよう、というところでミスラが声を上げた。
「これなんですか?」
ミスラが指さした先には、壁から伸びる小ぶりな蛇口の様なものがあった。どうやらミスラは寿司屋に来たことがないみたいだ。
「よく見れば分かるでしょ。手を洗うところだよ」
もちろん僕は西の国の奴らに「ウチアゲ」とかいうパーティとして連れてこられたことがあるから知ってる。
「へぇ」
まんまと手を差し出すミスラ。馬鹿だなあ!そこはお茶用の熱湯が出るところなんだよ!
しかし、その手は蛇口を超えて、僕側へと伸びてくる。何?と思う間もなく伸びてきた手は、がしりと僕の手首を掴んだ。
「え?」
抵抗する隙も与えないまま、掴まれた手は蛇口へと押し付けられる。こいつまさか。
「アアアアア!!!」
ジャアア、という流水音が響き渡る。熱い!こいつ本当に最悪!
「「ミスラ!?」」
手を振り払って回復の魔法をかける。酷い目にあった。
「ミスラ、なんでこんなこと……!?」
ファウストがミスラを問いただす。でも、正直ミスラに行動の理由なんて聞くだけ無駄だ。
「は?これが正しい使い方なんでしょう?」
「なんでオーエンの手でやろうとしたんだ?」
「だってあの人よく食べる時に清潔だなんだって言ってるじゃないですか」
「はぁ……分かった」
ファウストは大きくため息をつく。だからミスラの行動原理なんか聞いても無駄なんだ。
「とりあえず寿司を食べよう」
なのに次に出てきた言葉がこれで、ファウストのことも理解できないと思った。
席に取り付けられたタブレットで、片っ端からデザートを注文していると、急にネロが身を乗り出してきた。
「何」
「いや、サーモン流れてたから……」
レーンから皿を取ったネロが言う。そう、奥の席はタブレット操作やレーンの皿を取るのに不自由がないが、外側に座っている人がなにかする度に食べるのを邪魔されるのだ。
「邪魔だからじっとしてて。自分でできないっていうなら動けなくしてあげる」
「えーっと、それじゃ何も食べられなくなってしまうんデスケド……」
「魔法で皿を取ればいい」
ファウストが顔を上げる。ファウストもネロと同じく外側の席だが、座ったまま魔法で皿を取っているようだ。まぁ、食事中のミスラの邪魔なんかしたら何をされるか分からないし、賢明だ。
「えーなんか、回転寿司感薄れちゃわねぇ?」
「回転寿司でラーメンを食べながら言われても説得力がないな」
「ついつい食っちまうんだよな……」
呆れるファウストを前に、ネロはラーメンを啜った。
「……おいミスラ、何度言ったら分かるんだ。寿司は皿ごと取るんだ」
「はぁ……はい」
もう何度目かというやり取り。ミスラには回転寿司なんていう文明的な食事はまだ早かったんだと思う。何回も直接レーンから寿司を取ってはその度にファウストが魔法で皿を回収している。
「もういい。《サティルクナード・ムルクリード》」
ファウストが呪文を唱える。詳細はよく分からないが、レーンに何か仕掛けをしたらしい。
「空になった皿が勝手に回収されるようにしたから、好きなだけそのまま食べるといい」
「そうですか……皿なんか集めてどうするんですか?特に何の効果もないただの皿に見えますけど」
「皿を集めると、『ビッはまほポン』ができる」
「なんか語感悪くない?」
別に何を知っている訳でもないのに思わず突っ込みを入れてしまった。よく分からないけれど、なんかものすごく語感が悪い気がする。
「深く考えるな。ほらミスラ、積んである皿をここに入れるんだ」
お腹が満たされて機嫌が良いのか、ミスラは素直に言うことを聞いて皿を投入口へ持っていった。すると、タッチパネルがアニメーションに切り替わる。ややあって出てきた文字は……ハズレ。ミスラはさらに皿を投入した。
「ハズレばっかりじゃないですか。馬鹿にしてるんですか?」
「そう怒るな。ビッはまほポンはなかなか当たらないんだ」
「そもそも今って当たると何が貰えんの?」
ネロの言葉でみんなで上を見上げる。ビッはまほポンは当たるの上から景品が出てくるのだ。
「『中央の国 賢者の魔法使いミニフィギュアシリーズ』……」
ネロの声色が次第にどんよりとしていく。なにこのラインナップ。ハズレばかりなのは腹立たしいけど、当たったら当たったでいらない。
けど、とちらりと景品案内のフィギュアの写真を見る。技術の限界なのか、ぺったりとした顔に間抜け面の騎士様を見ているとなんだか笑えてきた。おまけにむさくるしさを削ぎ落として喧しさを抑えたデフォルメは、いかにも量産品といった風体だ。街でこんな風に馬鹿にされていたとカインに見せたらきっと気分がいい。
「ほらミスラ、遊んでないでとっとと食べなよ」
レーンを流れている皿を適当に取ってミスラの前に置く。サーモンとトロサーモンと炙りサーモン。みんなサーモンになってしまったけれどミスラは味なんて分からないだろう。
「どうも」
ミスラは目の前に食べ物を置くととりあえず食べる。すぐにビッはまほポンには興味を失ったようで、代わりに僕が投入口へと皿を押し込んでいく。
そうしてもう何皿かミスラに追加で食べさせたところで、ついにタブレットはファンファーレと共に「おめでとう!」の文字を映し出した。
ころころと転がり出てくるカプセルに、自然と胸が弾む。魔法使いも人間も、「何が出てくるのか分からない」が好きなのだ。
カプセルを手に取り捻ると、それはぱかりと簡単に開いた。そして中から出てきたのは……オズだった。
「…………ミスラにあげるよ」
「なんかオズみたいですし、いらないです」
オズみたいっていうかオズを模して作ってるんだけど。ミスラがオズ人形なんかを受け取るわけがないのは分かりきっているので、ファウストに視線を移す。
「じゃあファウストにあげる」
「いらない」
こいつ、断る時は本当にはっきり断るんだよな。仕方がないのでネロの前にオズ人形を置いた。
「じゃあネロだ」
「えっ……俺もいらないんだけど……」
「拒否権なんてないよ」
「ええ……」
「それにしても本当にオズに似ていますね。ムカついてきたな……」
「僕も。ねぇ、オズ殺しに行こうよ」
「いいですね」
ミスラが魔法舎へと繋がる扉を開く。きっとオズももう帰ってきているだろう。
「じゃあね」
オズ人形をネロの前に残して扉をくぐる。ネロとファウストが何かを言っているが、見慣れた景色に降り立つともう聞こえなくなった。
オズの気配を探しながら、あそこは出禁にならなくて良かったような、そんな気がした。