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    着地点見失った雰囲気鋭百

    ##鋭百

    さいごの晩餐 大丈夫か? って聞いてくる声が優しくて、泣きたくなった。まだ目元に熱はないから、じくじくと疼いているのは胸の中だけだから、ごまかせる。そう思ったのに、大丈夫だよ、って返事しようと顔を上げて視線があって、マユミくんの目がまんまるに見開かれたのを見て。僕、そんなにひどい顔してるのかな、ってぼんやり思った。

    (キミのせいだと突き付けてやりたい。腹の中に溜った澱みを全部ぶつけてやりたい)

    「百々人、……何があった? 」
    「…………、なんにも、ないよ」
    「だが、……」

     ああ、言葉を探ってる。僕のこと、傷つけないように。心だけじゃなく、プライドとか、キャパシティとか、そういうのまで考えて、僕の為に。必死に考えてくれてる。そういうところ、が、さ。全部僕のこと、ずたずたにしてるって、キミはわからないんだろうな。

    「……ねえマユミくん、お願いがあるんだけど」
    「! ああ、なんだ」

     できることがあるってわかると嬉しそうにするの、すき。マユミくんの優しさと、ちょっとだけ年相応なあどけなさが表れてて。だけどそこが同じくらい嫌いだって。言ってやりたい。……正確には、違うけど。

    「……ほっといて、ほしい、な」
    「え……」
    「そうやって優しくされると、勘違い、しちゃうから……」
    「勘違い……? 」

     あ、……だめ、だ。これ、言っちゃだめなやつだった。なんで言っちゃったんだろ。こんなのもう、バレちゃうじゃないか。この流れで勘違いって、もう、恋愛ドラマのテンプレートだ。案の定わかってしまったらしいマユミくんが、ももひと、って。いつも通りに名前呼ぶけど、声、ちょっと震えてるし。……もう、いいや。いっか。どうせダメになっちゃうなら、もう、どうだって。
     我慢なんて、しなくても。

    「だから、マユミくんが僕のこと好きなのかなって、勘違いしたくないって。そう言ってるの」
    「……俺は、お前が好きだ」
    「っそういう! ……そういう、優しいの、ほんと、やだ」
    「…………」
    「マユミくんの優しいとこ好きだし、いろんな人にやさしくできるの、すごいなあって思ってるけど。……それ、見る度に、なんで僕以外の人に優しくするのって、そんな、バカみたいなことばっか思っちゃうのが嫌なんだよ。だから、……もう、僕に優しくするの、やめてくれない? そしたらその内もとに戻るから。忘れるから」
    「…………百々人」
    「つかれた。……も、いやだ」

     ここまで言えばもう、わかってくれるだろう。わかってよ。見限ってよ、僕のこと。おねがいだから。慰めの言葉も何も聞きたくなくて耳を塞いで蹲る。目を閉じる。真っ暗で何もない。僕だけ。マユミくんがいない世界はこんなにも、静かで、平穏で。さみしい。こわい。あの日、マユミくんに腕を掴まれる前に、ぴぃちゃんとアマミネくんと出会う前にいた世界。だけどこれからは、これが普通になるんだから。

     そう、思ってたのに。

     蹲った僕を上から包むみたいに体温が広がって、ひゅ、とみっともなく喉が鳴った。

    「……俺は、別に誰にでも優しいわけじゃない」
    「うそだ」
    「うそじゃない。それは……目の届く範囲に困っている人がいて、それを解決する手段を持っているなら、行動に移すが。……他の人と同じようにお前に優しくしたことは、ない」

     ……おまえは、特別だ。

     ひそりと囁かれた言葉に眩暈がした。これすらきっとマユミくんの優しさから出た嘘なんだ。嘘は好きじゃないって言ってたけど、だって、そんな都合のいい話なんて、ありえない。

    「いいから、そんなの、……気、使われるほうが、しんどい」
    「つかってない。百々人、なあ、信じてくれ」
    「むり、……むりだよ。だって、わかんない。みんなと一緒じゃ、おんなじように優しいんじゃ、特別の意味がわからないんだ、そんなこと言うなら、…………」

     特別なことして、なんて言いかけて止まる。そうやってまた僕はマユミくんの優しさにつけ込む気なのか。頭の中でもう一人の僕が嘲るように叫んで、眩暈がした。落ち着きたくて深呼吸しても、マユミくんの匂いが頭の中をぐしゃぐしゃにしてくる。たすけてほしい。逃げ出したい。ゆるしてほしい。

    「…………優しくするだけじゃ、信じられないと言うなら」
    「マユミく、んっ、……ぅ、あっ」

     ぎゅう、と腕に力がこもる。体が軋むくらいきつく抱きしめられて、苦しいのと嬉しいので胸の中が綯い交ぜになってる僕の、耳たぶ、を、マユミくんが。がじ、って食べて。

    「俺も、我慢を、やめる」
    「マユミ、くん……? 」
    「…………初めて、なんだ」
    「なにが……」

     ふと腕の力が緩んで。思わず目を開けた先にいたマユミくんは、やっぱりいつも通り小さく笑ってて。それはきっと他の人が見てる笑顔と同じ、……おなじ? はず、なのに。

    「誰より優しくしたいと思っているのに、おなじくらい、
     ひどいことをしたいと、思ってしまうのが」

     とん、と。肩を押されて。元々力の入ってなかった体はあっけなく倒れる。マユミくんの言ってる言葉の意味がわからない。マユミくんの笑顔の向こうに天井が見える。マユミくんが、……まゆみくん、が。

    「ま、ゆみ、く」
    「優しくしても伝わらないなら、ひどいこと、するから。全部受け取ってくれ、ももひと」
    「ぁ…………」



     そうして僕はこの後初めて、優しくないキミのことを知る。
     やっぱり優しい声のままのマユミくんが僕の首筋に乱暴に噛みつくまでの一瞬は、まるでどこか遠い世界のことみたいだった。
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