38.6℃の夏少し髪が伸びた。そう感じるのは何故なのだろうか。
キラキラと光る黄金の髪は、掴めるようで掴めない。
時に見守り希望を与え、時には怒り電撃を走らせる。
慈愛や希望に縋り付く悪人を皆包み込むように放つその光の象徴である髪色は柄にもなく酒、煙草、博打をするこいつに似合うと思ったりしたのだ。
なんで似合うと思ったのかも、その髪が伸びたと感じたのかも知らないが、すべて暑さのせいにして考えるのを辞めた。
金の髪を持つ彼を横目で見ながら煙草を吹かすその男は、赤い瞳と赤い髪。長く伸ばされた髪は暑さからなのか、1つ結びでポニーテール。男の名は沙 悟浄。
ただいま隣に居る彼こと玄奘三蔵とお留守番中である。
同じメンバーの孫 悟空、猪 八戒は買い出しに行っている。
「はぁ…あっちぃ…」
団扇で扇ぎタンクトップ姿の悟浄は、今草むしりする休日のお父さんスタイルだ。
両足を机の上にあげて世間で言うお行儀の悪い体勢で何とか暑さを凌いでいた。
(これじゃあ暑すぎて女を探す気力もねぇ)
「おい、風寄越せ」
目の前で眼鏡に煙草を吹かし、新聞を読む三蔵が悟浄の方をチラリと見ることも無くそう口を開いた。
「はぁ?」
「暑くてかなわん。だからお前の扇いでいる風を寄越せ」
「そんなの自分でしてくださーい。それか扇風機を借りてきてくださーい。」
三蔵に対する悟浄の答えにフンッと鼻で笑う音が聞こえた。
「見て分かんだろ。今読んでる所が忙しいんだよ。だから暇なおめぇを使う。その方が効率良いだろうが。」
「知らねぇよ。てか、暑くて助けが欲しいなら最初から扇風機借りてくれば良かっただろうよ。効率重視の三蔵様」
「??ドアタマぶち抜いて殺すぞてめぇ。」
「ぁ …はぁ。暑くてやる気も出ねぇ。今、下で借りてくっから、それでどうにかしろてかまずその髪を結んだりすりゃぁ良いだろ!」
(っとに可愛くねぇやつ)
机の上の足を下ろし、バタンッ!と大きな音を立てて扉を閉める。
良い子の皆は決して真似してはいけません。約束ですよ By八戒
とこんな感じで、ドタドタと音を立てて下に降り、受付のおばちゃんに扇風機を借りる。
丁度ラス1だったらしく、あぶねぇ〜と内心ヒヤヒヤした悟浄であった。
部屋に戻ってきた悟浄、またわざと大きな音を立てながら、扉を開き、扇風機を床に置く。
「ほらよ持ってきてやっ」
椅子に座って居る三蔵の方を見ると、悟浄の助言のとおり髪の毛を結び、ちょろちょろ後ろの毛が項から出ている状態でやはり新聞を読んでいた。
やはりチラリとも悟浄を見ることも無く、三蔵は口を開いた。
「ご苦労」
「…」
あんぐり無言の悟浄は、まるで壊れたロボットの様にガタガタ、ギギギと動いて、三蔵の方に扇風機をセットして電源をつけた。
先程とはまるで違う涼しい風が、部屋を包み込み一気に体感温度が下がった気がした。
窓1枚隔てた向こうは、虫の音と太陽の光が地面を刺し、ジリジリと熱気が出ているのに、扇風機ひとつでこんなにも違うのかと外の様子を見て、少しため息が出る。
そして、扇風機の偉大さに頭が下がる思いだ。
今すぐ扇風機にキスしてありがとう〜愛してるぜ〜と愛の言葉を囁きたい気分な悟浄である。
そんな悟浄は扇風機から流れる涼しい風に当たる為、三蔵の後ろの壁にもたれ掛かるように立っている。
目の前に座って新聞を読んでいる三蔵の髪を扇風機の風がサラサラと金色を撫で、そして悟浄の赤く長い髪もふわふわと撫で、部屋に充満する。
三蔵のシャンプーの香りと汗、白檀の様な上品な香りと吸ってるマルボロの赤ソフトの香りが混じった、三蔵の香りが悟浄の鼻腔内を襲った。
その三蔵の香りは、徐々に悟浄自身がつけている少し爽やかで甘く最後は苦い香水と汗、そしてハイライトの香りを覆い、段々と2人の香りが混じり合う。
まるでひとつになるかのように。
そして今吸っているお互いの煙草の煙は、鼻や口に入り込み、体内に取り込まれる。
(どーしてこいつ、男なのにこんな女みてぇな良い匂いすんのかねぇ…)
天井の方に煙を吐きながらそう疑問に思うと何故か触れたくなった。甘い香りがする三蔵に。
目の前に座っているインナー姿の三蔵のうなじが良く見える。
つーっと汗がつたい、白い肌がやけに美味そうに見える。
首筋につたう汗もやっぱり甘いのだろうか。桃のような花のような。そんな味がするのだろうか。
触って啜って齧って、転がして味わって、飲み込む。
ゴクリと喉が鳴った。考え始めたらもう止まらない。
こいつに触れたい欲求、そして喉の乾きを感じる。
汗を舐めて味わいたい。その白い肌に俺の色を残して、噛みつきたい。
今、真剣に読んでいるこいつに触れたらやっぱりいつもの通り「ぶっ殺すぞ」と怒るのだろうか。
それか可愛らしく顔を赤く染め恥じらうのだろうか。
いや、きっと怒るに決まってる。
(くそ生意気なこいつの事だ。俺の前で恥じらうなんて有り得ねぇな)
ニヤニヤと悪い顔を浮かべ、そっと今吸い込んだ煙草の煙を後ろから三蔵の頭に吹きかける。
後ろで窓の外でも見ているのかと気にしていない三蔵は、その後ろにいる男が自分自身に欲情しているなど、考えすらしていない。
なんなら涼しくなって快適だくらいしか多分考えて居ないだろう。
「おっと」
丁度、煙草の灰が落ちそうだ。いい事考えたと悟浄は閃いた。
机の上にある灰皿に、落ちそうな灰を落とすには目の前に座っている三蔵に覆い被さるようにして手を伸ばすか、回り込んで灰を落としてからまたこの位置に戻るか。この二択だ。
(そんなん決まってますよね〜)
「三蔵さま〜ちょいと失礼しまーす」
静かに新聞を読んでいる三蔵に、覆い被さるように抱きつき、バレない程度につむじの所にちゅっとキスをする。
抱きついたまま、灰皿の方に手を伸ばして、指でトントンと煙草の灰を落とす。
そして今度は髪にキスをする。ニヤニヤ悪い顔の悟浄。
(これで2回目。さーて何回目で気がつくのでしょう。可愛げのない三蔵様は)
「おい、てめぇなんでくっついてきてんだ。きめぇ。しかも暑苦しい。離れろ。」
「おっとごめんごめん」
やけに聞き分けのいい悟浄に気持ち悪さを覚える三蔵であったが、悟浄の方を見る為に振り返ることも無く、また静かに新聞を読み始めた。
「なぁ、髪の毛出すぎじゃね?」
「は?知らねぇよ。」
「いや、なんで知らねぇんだよ。おめぇの髪だろうが。まぁいいや。俺が結び直してやるよ」
「いらん。てか触るな。エロガッパが移る」
「いいから、いいから」
悟浄は相変わらずの一言多い可愛くない三蔵の発言に苛つきをおぼえたが、それよりも今は触りたい気持ちの方が大きくすぐどうでも良くなった。
嫌がる三蔵を無視して三蔵の頭に触れ、髪ゴムをしゅるりと外す。
外したゴムを手首につけて、櫛で1回綺麗に梳かす事にする。
1回1回梳かしていけば、金の髪はさらに輝きが増す。暑さと汗で少し髪が肌に張り付いていたりしたけど綺麗なサラサラに戻すことが出来た。
梳かしたサラサラの髪先にまたキスをした。
何か動作をする度に三蔵の髪にキスして何回目なんだろうかと思うくらいキスを贈る。
(これで15回目。いや〜全然気が付かねぇなこいつ)
髪に触っている時の三蔵の表情はここから見えないが、嫌がるのを諦めたのは多分、[悪くない]と思っているからなのだろうと解釈し、今度は綺麗に結び直す。
襟足を手で包み込み、櫛で綺麗に整えた後手首につけた髪ゴムで結わえる。
三蔵が自分で結んだぐちゃぐちゃの1つ結びからぴょこぴょこ金色のしっぽのような綺麗な1つ結びが完成した。
「うし、できたぞ」
「…」
(無視ですか、さいですか。)
「三蔵様〜こちら無事綺麗に仕上がりましたが、出来栄えの方は如何でしょうか」
「…」
(はい。また無視。)
「なぁ…お礼、言ってくれねぇの?」
「…」
この時を待っていた。無視されるのは分かっていた。
むしろこの無視を望んでいた。…決して悟浄がマゾな訳では無い。
ニヤリとまた笑みを浮かべて、一旦三蔵の後ろを離れる。
今纏めた金色の髪をスルリと触り、離した。
鼻歌なんか歌い始めたりして、椅子を何処からか持ってきて、先程居た三蔵の後ろに置いて悟浄は持ってきた椅子に座った。
そんなやけに上機嫌な悟浄の様子に、三蔵は悪い予感がしていた。
こいつが上機嫌な時はろくな事がねぇ…と。
...全くもってその通りである。
三蔵の心情を知るはずもないとてもご機嫌くんの悟浄。
また三蔵の髪に触り始め、マッサージを始めた。
「おい、何してんだ」
「分かるでしょ〜?頭皮マッサージ。俺は優しいから、日々の疲れからくる凝り固まった筋肉を解してやろうと思ってよ。」
「それはいい、存分に俺の体を労れ。大体は貴様と悟空のせいだからな」
「いやいやいや、何言ってんだか。俺はいつもいい子でしょうが、煩いのは大体悟空だって」
そう言った悟浄はやっぱり鼻歌を歌いながら、まず最初はつむじの辺り、頭頂部を優しく触り、頭皮を動かし始めた。
「髪結んでんだから、軽くやるからな」
両手のひらで三蔵の頭を包み込むようにそっと触れて挟み、頭皮を動かす。それを3〜4回繰り返す。
「おでこ失礼しまーす」
悟浄がそう言った後、三蔵の前髪をガッ!っとあげる。
おでこに触られるのが嫌だけどマッサージは悪くない判定なのか、不機嫌そうに三蔵がチッっと舌打ちをした。
別におでこ直接肌に触れなくてもいいのだが、悟浄が触りたいので、舌打ちは知らんぷり。これは三蔵に内緒である。
知らぬが仏である。三蔵だけに()
今度はおでこの生え際を左右手のひらで挟み優しく動かしたり、押して前頭部をほぐす。まぁいいんじゃない?くらいまで。
次は頭頂部を十字に手を重ね、前後左右に動かして解していく。
頭皮が全体的にポカポカしてきたら最後、耳の後ろや襟足、首ら辺をほぐす作業だ。
どうして悟浄は三蔵の髪を結んだのに、頭皮マッサージを始めたのかは、容易く首筋に触れられると思ったからだ。
首筋や肩、耳の後ろに触れて肌に吸い付き、悟浄の気が済むまで、キスして舐めて噛んで味わいたかったから。
〈三蔵で腹を満たしたくなったから〉である。
カニバリズムがしたいとか、こいつを食べて強くなりたいとかそんなんじゃなく、ただ三蔵の匂いや感触、味を感じ、反応を楽しんで全身で玄奘三蔵を堪能したい。それだけ。それ以上それ以外もない。本当にそれだけなのだ。
(そこら辺にいる三蔵なんぞ興味ねぇよ。ただ目の前にいる三蔵を骨の髄まで味わい尽くしたいだけ。それだけだろ。美味い飯と美味い酒が目の前に出てきたら、誰だって口いっぱいに頬張って腹を満たしたくなるだろ?)