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    TACHIIRI_NOT

    @TACHIIRI_NOT

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    叡智な絵をいつか描きます

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    TACHIIRI_NOT

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    割り箸って水平にして割れば綺麗に割れるらしいけど、私も人生で今まで1回くらいしか綺麗に割れたことないや。

    4分の3その日、名取は酷く疲れていた。表の仕事で人気絶頂の原作がドラマ化することになり、名取はその主役として抜擢された。台詞覚えも多く、まだ役として演じきれてない部分もあった。同時に、裏の方では妖祓いとして何件か依頼の方が名取に寄せられた為、休む暇もなく睡眠時間を削っていた。その蓄積された疲労感が溜まりに溜まっていた。
    「…久しぶりにラーメンが食べたいな」
    最近は不規則な生活をしていたこともあって、食事という食事をしていたかと言われたら思い出せない、それ程口にしていない日が続くことがあった。
    その反動でなにか食べたいと思い、独りごちながら近場のラーメン屋さんに足を踏み入れた。時刻はもうすぐ23時。こんな時間に脂が沢山のった炭水化物を食べたら翌日に障る等と考える余裕がなかった。
    注文をし、数分後に店主から渡されたラーメンが自分の前に置かれた。脂身がのったチャーシュー、豚骨の独特な香りが鼻腔をくすぐる。胃にほとんど何も入っていなかったのもあり、視覚と嗅覚で空腹を引き起こす程だった。早速食べようと割り箸を取り割ろうとした瞬間、視界の横で扉が開くのが分かり思わず反射で振り向いた。
    「…おや。これはこれは、偶然ですね名取。」
    聞き覚えのある声と、嫌でも目に入る異質な見た目はもはや知り合いと呼ぶにはあまりにも親密になりすぎた男が目の前に悠々と立っていた。
    「ま、とばさん…こんばんわ。」
    そう言葉を発した瞬間に割ってしまった割り箸は歪なほど右に傾いて割れていた。

    4分の3

    遠慮なく名取の隣に座った男、的場静司は店主に「彼と同じものをひとつ」と告げていた。名取はまさか的場に会うと思っていなかった動揺と、先に食べることへの葛藤で未だに割り箸を両手に持ったままラーメンを眺めていた。そんな名取を横目で眺めながら言った。
    「食べないんですか?ああ、私のことは気にせずお先にどうぞ。ここのラーメンは美味しいですよ。」
    「は、はぁ。ここには何回か来た事があるんですね」
    「ええ。1人の時にしか来ませんが私の隠れ名店の1つです。まさか貴方と会うとは思いもしませんでしたがね。」
    氷が入った水をカラカラ鳴らしながら話す彼は心做しか楽しそうに声を弾ませているように聞こえた。名取は返事をせずに目の前にあるラーメンを1口啜った。ニンニクが効いていて、味も丁度よく、何も入ってない胃に染み渡った。的場が勧めるだけあるなと思いながら横から感じる視線を無視して箸を進めていった。しばらくして、隣から鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いがしてきた。的場が注文したものが置かれており、彼は手を合わせて「いただきます」と隣に居てようやく聞こえるくらいの声量で呟いた。割り箸を取り両手で綺麗に割る姿を思わず眺めていた。的場はちらりと名取を見て「そんなに見られると恥ずかしいのですが」と言った。名取はハッと我に返った。
    「い、いえ、その、綺麗だなって思いまして。」
    的場は不思議そうに首を傾げていた。名取が見ていた時に少なくとも何か目につくような行動をしたつもりは一切なかった。だから綺麗と言われるような行動をした覚えがなかった。
    「綺麗というのがよく分からないのですが」
    「す、すみません。その、割り箸を綺麗に割っていたので思わず…」
    「割り箸、ですか。」
    ふと隣にいる名取の手元を見ると箸はお世辞にも綺麗とは言えないくらい右側に歪に割れていた。的場の割り箸は綺麗に割れ目に沿っていたので、比べたら自分の方が綺麗という感想になるだろうと納得し思わず笑みがこぼれた。
    「ふふ、割り箸なんて割れればいいんですよ。例え綺麗じゃなくても箸として成立するならいいじゃないですか。」
    「確かにそうですけど、今まで一度も綺麗に割れたことがないんですよね。何かコツとかありますか?」
    「コツなんて、そんなこと考えながら割り箸割ったことないので私も知りませんよ。変なところに拘りがありますね名取」
    静かに笑う隣の男に思わずムッとしながら、名取は自分の割り箸に視線を戻した。的場のように綺麗に割れたことがあったか思い出してみたが、そもそもそんな些細なことを詳しく覚えているわけもなかった。それでも、ふと綺麗だなと思ったからこそ、自分で綺麗に割れたなんて思ったことは無かったんだろうなと思った。きっとこれから先もそんな些細で記憶からすぐ忘れてしまう事を気にしなくていい。だけど、一度気になってしまったら自分の中で咀嚼出来ずにいた。そう、色々考えていたら、隣から「ご馳走様でした」と声が聞こえ思わず顔をあげた。汁ごと全て飲み干して底が見える状態で完食をしていた。名取は何故か慌てて残りのラーメンを平らげた。隣で的場は思いついたような顔で言った。
    「そんなに気になるならもう一度割り箸を割ってみては如何ですか?今度は綺麗に割ると意識しながら。」
    「……はあ??なぜそんなに無駄なことをしないといけないんですか。別に気にしてませんよ。」
    「まあまあそう言わずに。意識するとしないとでは違いますよ」
    そう言って目の前に綺麗な割られてない箸を差し出した。名取は躊躇いつつもその箸を受け取り、今まで綺麗に割ることなんて意識したことがなかったが、初めて意識しながら慎重に割った。パキッと小さく音がして、箸を見たら右側に寄って割れていた。互いに無言の時間が続き、名取は居た堪れなくなり、「さ、さっきよりは綺麗に割れましたね…」と乾いた口で呟いた。的場はふふっと笑い「やはり上手くはいかないものですね」と言って席を立ち上がった。名取もそれに続いて席を立ち上がり互いに会計を済ませて外に出た。店内と外の温度の違いに思わず身震いをしながら、的場は「では、私はあちらなので」と言った。その方向は名取とは逆の方向だったので名取も小さく会釈して帰ろうとした時、「周一さん」と、もう久しく聞いてない彼から紡がれた言葉に思わず立ち止まって振り返った。遅い時間もあって的場の表情は見えにくかったが、笑っているように見えた。
    「先程も伝えましたが綺麗に割れようが割れなかろうが、使えたらいいと私は今でも思ってます。ですが、貴方から綺麗と言われた時、こんななんでもない事にも綺麗と思える貴方にどことなく羨ましさを感じました。それと同時に、綺麗に割って良かったとも思ったので、、」
    その先の言葉が一向に続かず思わず「的場さん?」と聞いた。的場は笑いながら、
    「ふふ、なんと言えばいいのやら。突発的に話すなんてらしくないことをしました。とにかく、嬉しかったんです。ありがとうございます。あなたもいつか綺麗に割れますよ。その時私が一緒に見届けれたらいいんですけどね」
    そう一方的に伝えて踵を返しそのまま逆の方向に進んで行った。そんな的場の背中をぼんやり眺めた名取は、何となく引っかかっていた、自分でも分からない何かが少しだけ軽くなったような、そんな気がした。

    「へぇ。ここが美味しいって所ですか?」
    「そうなんだよ。初めて来た時に美味しかったから夏目にも食べさせたくてね。」
    前回といってもあれから何ヶ月か日は立っていたが、夏目を連れてラーメン屋さんに足を運んだ。中に入ると美味しい香りが漂ってきて空腹をもたらす。2人は一緒のメニューを頼んで数分後にラーメンが2人分置かれた。あの時と同じラーメンと的場と話したことを思い出し思わず笑みがこぼれた。
    「さ!熱いうちに食べよっか!」
    「そうですね。すごい美味しそうですね。」
    名取は割り箸を取り両手で割って「あ。」と思わず声を出した。「どうしたんですか?」と隣から不思議そうに聞こえ、笑いがこぼれてしまった。
    「ううん。凄くどうでもいい事なんだ。ほんとに。」
    そう言った名取の手には綺麗に割られた箸があった。
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