「……きみ、」
ファウストの低い声が沈黙を破る。
まじまじとファウストが視線を送る先。それは、晶の首筋だった。
「すみません。怒られる準備は出来ています……」
晶の頼りない声に、ファウストははぁ、と息を吐く。
「……新しくキスマークをつけて上書きすれば、今きみについているキスマークは消える。そうだな?」
「……って、魔女さんは笑いながら言ってました……」
晶の首筋に浮かぶ、赤いキスマーク。それは、街に出かけた際にいたずら好きの魔女に魔法でつけられたものだという。
「魔法使いには気をつけろと僕はいつも言っているのに……。言い訳はあとで聞くよ。まずは、きみのそれを消すのが先だ。見ていられないからな」
手袋越しの、ファウストの指先。それがつぅと晶の首筋を這って、同じ場所を紫の瞳がなぞるように見つめた。その瞳は凍るように鋭く、けれど奥底で炎がゆらめくようだ。部屋を満たす空気が張り詰めて、晶は肩をふるわせる。
そんな晶のことなど気にも留めていないように、ファウストの鼻先が晶の首筋に寄せられた。
少しでも晶が怖がるようなことは絶対にしない。けれど、今のファウストは――怒っているのだ。
「……先に言っておくが、僕は恋人にキスマークをつけるなんて、趣味じゃない」
そう言って、ファウストは晶の首筋に唇を当てる。
薄い肌の熱さを確かめるように、ゆっくりと吸い付く。限りなく優しく何度もキスを落としながら、ファウストは晶の腰に回した腕を強く引き寄せた。
柔らかさだけを伝えるようなキスが続いていく。それは、キスマークをつけるような強さのキスではなかった。焦らすような熱い吐息が晶の喉に落とされて、いたずらに吸い付いた水音が跳ねる。
「あ、の……ファウスト。はやく、終わらせてください」
顔を真っ赤にした晶がねだるようにふるえる声をあげた。
「こっちのほうが趣味なんだ」
囁いて、ファウストがもう一度キスを落とす。くすぐるような蠱惑とともに。
「……でも、そうだな。そろそろ終わりにしよう」
ファウストは晶を抱き寄せる腕に力をこめる。片方は腰に、片方は晶の頭の後ろに。
晶の首筋に遊ぶように落とされていたキスは、途端に姿を変える。――まるで、別物。優しさなんて言葉は似つかわしくない。激しさを伴う欲望の具現化だ。
「……っ、」
ファウストの唇が強く首筋に吸い付いて、晶がぴくりと小さく後ずさる。
けれど、晶は身動きが取れなくなった。支えるように抱かれていたファウストの両腕にぎゅっと力が込められている。
「……こら。動かない」
暴力的なまでの熱さが、晶を襲った。強く吸い付く唇、湿る首筋。呼吸さえ定かではなくなるような、肌の痺れ。
きつく痛めつけたファウストの唇が離されると、晶の首筋に魔法でつけられたいたずらのキスマークが消えた。真新しい赤い痕――ファウストがつけたキスマークだけが残っている。晶の顔はそんな痕よりも赤い。
ファウストは思わずごくりと喉を鳴らした。
恋人の肌を傷つけてまで独占欲を満たすような、そんな行為に魅力は感じない。今後もするつもりはない。
それでも、晶の首筋に残る赤い痕と――なにより、彼女が顔を赤らめる姿がファウストの理性を焼くように揺さぶり続けていた。