眩しい光を眺めていた。
西の仕立て屋くんが用意してくれた煌びやかな衣装に身を包み、華やかなダンスホールを二階から冷やかすように眺めている。酒を片手に、腕はだらしなく手すりに引っ掛けて。ダンスホールでは、精霊たちが手を取り合って踊っていた。
隣にいるファウストも同じようにオルヘルの衣装を着て、横顔をダンスホールの煌びやかな光に照らされながら、じっと階下を眺めている。
「あんたも踊ってみる?」
踊る精霊たちを指差して、ニヤリと口角を上げた。
アルコールが心地よく沁みている。身体も頭も、口も軽くなってしまったようだ。滑るように出た言葉は世間話の延長線、軽い舌に乗せてなんとなく言ってみただけ。きっとファウストは「踊らない」と言うだろう。でも多分、少し笑ってくれるはずだ。そんな、小さな甘えのような取り留めのない問いかけだった。
ファウストは横目に俺を見て、ゆるく目を細める。求めたものが返ってきたことに、既に身体に沁み込んだアルコールがより一層深く、心まで溶け込んでいく気がした。
「踊ろうかな」
ぽつりとファウストの口から出てきた言葉は意外なものだった。ファウストの胸を飾る金のブローチがシャンデリアの光を反射してきらりと瞬く。
「え、まじ?」
まさか、そう言うとは思わなかった。自分が踊るより、誰かが踊るのを眺めている方だと思っていたのに。ファウストもかなりアルコールが回っているのかもしれない。
ファウストは手すりから身を離し、つま先を一階のダンスホールへ繋がる階段の方へ向けてゆっくりと歩き出す。
「ほら、きみも」
首の動きだけで、一緒に来るように誘ってきた。
「ええ……」
情けない声を出しながらも、だらしなく手すりに乗せていた腕を引っ込めてファウストの方へ向き直る。
「俺、踊り方とか分かんないんだけど……」
首の後ろを掻いて、もごもごと口を動かした。
踊り方が分からなくて躊躇しているのは本当だ。こういうカチッとした社交的な雰囲気の場所には慣れていないし縁がなかった。それに、正直踊りたいわけではない。俺は自分が踊るより、誰かが踊るのを見ていたい方だ。その方が性に合っている。それでも、誘われたときに「俺はいいよ」と断る言葉が出なかったくらいには、心が躍っていた。溶けこんだアルコールが、わずかな期待を膨らませていく。今日くらい、踊るのも悪くないと思っていた。
「教えるよ。僕はきみの先生だから」
先生だから、と言ったときの皮肉めいた声色は明るい。それに俺の頬が緩んで、薄く息が漏れる。
ファウストの後ろについていく。コツコツと響く革靴の音とともに、一階のダンスホールへ。ホールは眩しいほどのシャンデリアの光に満ちていて、そこを満たす空気さえ煌びやかに飾られている気がした。穏やかな曲調の旋律が繰り返し流れていく。慣れない雰囲気に、やっぱりちょっと場違いだな、なんて、今ここに立つ自分に違和感を覚えた。
ファウストは歩みを止めることなく、ホールの真ん中まで進んでいく。
「先生、そんなど真ん中に行かなくてもよくねえ……?」
慣れない眩しい光に、なんだかそわそわと居た堪れない気持ちになった。
「きみは今日の主役だろう。主役らしくしてもらわないと困る」
淡々と告げるファウストの瞳はまっすぐにこちらを見ている。シャンデリアの光が紫の瞳の中で輝いて、二つの小さな星空が出来ていた。ファウストの瞳は重たい前髪のせいで、いつもはよく見えない。けれど今日は、魔法舎のスタイリストの手で施されたヘアスタイルのお陰で、目元がよく見える。
「あんただってそういうの苦手なくせに」
ファウストが慣れないヘアスタイルに「顔が少し見えすぎる」と言って、照れながら髪をずっと触っていたのを思い返す。誕生日とはいえ、主役という立ち位置に戸惑うのは俺もファウストも同じだった。
ふ、と微笑みながら、ファウストが手を差し出す。ファウスト先生の特別授業が始まるらしい。ダンスホールの真ん中、降りそそぐシャンデリアの光を一身に浴びながら、その手を取った。まだ、光が眩しすぎて目が慣れない。ぎこちない身体は、踊りに向いていない。それでも、心は踊ることに満更でもなかった。この授業が終わるときには、眩しさを少しは受け入れられるようになるかもしれない。そんな淡い期待を夢に見ていた。