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    tomug782192

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    tomug782192

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    父水

     いつものように水木の朝支度を見るでもなく、背を向けて幼い我が子と遊びながら時を過ごす。
     幼い我が子と遊ぶゲゲ郎の後ろで寝巻きからシャツに袖を通してスーツへと着替える水木の気配を感じながら、幼子を我が腕の中に抱く瞬間が何故だかとても心が落ち着いた。
    「ゲゲ郎」
     そう声をかけられて振り向いた先には、既に着替えが終わった水木の姿がある。
     その姿を見て思わず表情を綻ばせたところで、鬼太郎がじたじたと少しばかり暴れて水木の方へと手を伸ばすと、水木が膝を折って鬼太郎の手を取った。
     むぎゅ、と強く指を握られる感覚に水木が笑い、その表情を見るでもなく今しがた自分が掴んだものが何か妙に物珍しいものだとでもいうように、じっと熱心に見つめてはまたぎゅうと握りしめて輪郭までしっかりとその目に焼き付けたがるように見つめている様にゲゲ郎が鬼太郎の背を撫でた。
    「水木の手が気に入ったようじゃの」
    「とはいえ、このまま握られてちゃ仕事に行けないな」
     水木の言葉に少しだけ顔をあげると「休むか」そう問いかける声に「誰かさんの御飯の為に働いてるんだがな」とそう続けられた言葉に「それは仕事に行かねば不味いのう」と返すと「ちゃっかりしてるな」とばかりに水木が少しだけ笑った。
     鬼太郎の指を水木の指から離させて、玄関で水木を見送る際に鬼太郎の手を取って緩く揺らしていると戸を開けようとした水木が一度だけ振り返り、二人の側へと戻ってくると父にされるがままに手を振っていた鬼太郎の手を取った。
     不思議そうにしている鬼太郎の顔を見つめ、少しだけ表情を和らげると頭をやんわりと撫で
    「早く帰ってくる」
     水木の言葉に少しだけ目を見開いてから表情を緩めると
    「良かったのう、早く帰ってくるのが楽しみじゃの」
     そう抱き抱えられている鬼太郎へと越えをかけると、まだはっきりと理解はしていないのか不思議そうに水木の顔を見つめる様に二人して少しだけ表情を和らげたまま鬼太郎を見遣ると、水木の方が先に視線をあげて
    「じゃ、行ってくる」
    「早うお帰り」
     いつもと同じ挨拶をして見送ると、戸が閉まる音の後にぽんぽんと鬼太郎の背を撫で腕の中にいる我が子へと視線を落とすと
    「さて、今日は何をしようかのう」

     サァッと雨が降る音が聞こえた。
     ぽたぽたと軒を雨雫が濡らす音が聞こえたかと思えば凄まじい勢いで雨が軒を叩くのに時間はかからなかった。
     まさしく驟雨、というべくして激しく降り注ぐ雨を窓から眺めながら、まだ仕事に没頭しているであろう男のことを思う。
     夕過ぎまで晴れていたかたら、傘は持っていないだろう。
     今時分に戻ってくれば恐らくはずぶ濡れになってしまう、どこかで傘を調達するという術があれば良いがそれもせずに鞄を傘代わりにして帰ってくるような気もした。
     ちら、と壁に掛けられた時計へと視線を向けると時計の針が随分と夜も更けた時刻を指し示していたが、この時間に水木が帰ってくるとは思えなかった。
     早く帰ってくる、という言葉とは裏腹にこのところ仕事が立て込んでいるらしいことは十分に理解していたし、その中でも、早く帰宅するべく水木がそれ相応、いや、それ以上に努力をしていることは見なくてもわかる。
    (言葉を違える男ではないが)
     それでも違えざるを得ない場合もある。
     人というものはとかく色々と難しい、人というべきか、人間社会というべきかは定かではなかったが、どちらにせよ同じことだった、妻も人の生活に紛れて仕事をしていた頃は同じようなことがあった。
     千真と違うところがあるとすれば、水木の仕事には接待というものがあり、往々にして帰宅が遅くなることもあればそれ以外にも問題を抱えて戻ってくるkとおも多いが、それはまた別の話である。
     ともかく、今日はもう少し時間が経過しなくては戻ってこないであろうことは明らかで、水木を待ちくたびれたように既に鬼太郎はと言えば、うつらうつらと船を漕いだかと思えばそのまま瞼を閉じて寝入ってしまっていた。
     小さな子供用の布団を敷き、そこで寝息を起てて眠っている我が子を見つめるうちに、さて、と自分もごろと横になりかけたところで、ことん、と音が響いた。
     窓を叩く雨音は勢いを増していたものの、激しく窓ガラスにぶつかるというわけではなくただ静かに濡らしていくような妙な静けさのようなものがそこにあった。
     窓ガラスを濡らしては流れていく雨へと視線を向けてから、そこから、つ、と視線を離すように横にしかけた体を起こすと、そのまま部屋を出て階下を一度だけ眺めた。
     既に家人は寝静まってしまっているらしく、階下は暗く、人の気配は微塵もしなかった。
     そう、人の気配は。
     ことん、ともう一度だけ音がする。
     玄関の戸を叩くでもなく、微かに触れる程度の音が響き、恐らく戸の向こうに人ではないものがいるのは明らかだった、別段、その気配に臆したわけでもなく、それどころか見知ったとでもいうべきかよく知った気配がそこにいることにじっと階段の上から玄関の戸を見据えてから、音も起てずに階段を降りた。
     玄関の前で立ち止まると
    「招いて欲しいか」
    「古式ゆかしい方法を取ったまでのこと、招かなくとも入ることくらい容易い」
    「聞き慣れた声じゃが、お主、違うのう」
     戸の向こうで影が揺れたように見えた。
     いっそ荒々しく戸をこじ開けてくるかと思いきや、その予想に反して戸の隙間から滲み出るように水が染みてきたかと思えば、音もなく戸が滑るように開いた。
     小指一本の隙間が開いたかと思えば、後は容易く戸が開き、雨音と雨の匂いが一気に部屋の中へと押し寄せてきた。
     玄関先に立っているのはネズミである。
     見慣れた小男がそこに立ちながらも、醸し出ている雰囲気はやはり男が知っているネズミのものなどではなかった。
     それを見たところで動じた風もなく玄関先にいるネズミから少しばかり視線を逸らすように、どこか疲れでもしたように頭を垂れると
    「お主が来るといつも雨が降る」
    「不浄を嫌うのでな、仕方がない」
    「人の里が穢れておるというならば、わざわざ出向く必要もなかろう、早く帰らぬか」
     帰りはあちらじゃ、とばかりにすっと人差し指で開け放たれたままの玄関の向こうを指し示す姿にネズミは少しだけ可笑しそうに笑うと
    「久方ぶりに訪ねてきたというのに、随分とご挨拶だな」
     久方ぶりとはいうが実際のところは半年も経たずの来訪ともなれば、ご挨拶も何もないだろう。
    「少しばかり失礼するぞ」
    「失礼されては困るんじゃが」
    「酒なら持っておるぞ」
     そう言いながらごそごそとやけに膨れていた懐から徳利を取り出すと、ほれ、と眼の前に差し出すように徳利を差し出して見せた。ちゃぷんと、徳利の中で酒が揺れる音が響き
    「どうにも体は臭いが、こやつ、なかなか良いものを持っておっての、これは天狗の酒じゃろう」
    「ネズミが持っておるものを勝手に」
    「こやつも勝手に私の水を持って行こうとしたぞ、その代償じゃ」
     なるほど、とそう思う。
     何故、ネズミの体を拝借しているのかと思ってはいたが大凡のところは掴めたような気がした。昔からの手癖の悪さと儲け話への弱さが祟り、現在、身を持って罰を受けているというところらしかった。
     尤も、体を一時的に借りられているという状況が罰になるかどうかは甚だ怪しい部分があった、こうして秘蔵の酒を勝手に飽くまで呑まれるということは罰でしかなかった。
     ちゃぷ、とまた眼の前でもう一度だけ徳利を揺らしてから視線を少しだけ落とすと
    「招かぬか」
    「一杯くらいなら付き合うても構わんぞ」
     男の言い様にネズミが肩を揺らして笑うと顔をあげて
    「一杯で構わぬ」

     雨は相変わらず穏やかに降り注いでいた。
     その中で壁にかけた時計が小さく音を起てて時を刻んでいたが、ふとした瞬間からその音も遠くなった。
     ネズミが居間へとあがり、共に男が食器棚から取り出したお猪口で酒を酌み交わし始めてから雨の音が少しばかり大きくなり時間を刻む音が遠くなった。
     流れていく時間もどこかゆったりとしたものへと変わり始めた頃
    「人と共に過ごすということは楽しいか」
    「楽しいか楽しくないかで言えば、随分と楽しい」
     男の言葉に肩を軽く揺らして笑うと
    「懸想もしておろう、それが故に甘美なのか」
    「そういう訳ではないが、ただ水木と共におるのは楽しい」
     言葉を交わすだけでも、楽しい。
     穏やかに心が解れ、何気ないことを共有するのが楽しい、そこに恋心が絡みついていないかどうかと問われれば恐らくはそれも作用しているというのが答えだろう、だが、それを差し引いても水木と共に語らい、時間を過ごすことは何よりもの楽しみになっていた。
     それをこの男に、男というべきなのか、それとも本来の名で呼ぶべきかはわからないが、ともかく隣にいるネズミにそう告げたところでわかるまい。
     妖怪の多くが理解をしないのと同じように、理解されようもないことをそれでもどこか知りたがるように質問を口にしてきたのは、少しばかり意外でもあった。
    「そうか、それは良かった」
     そう言いながら酒の入ったお猪口を傾けてから「しかして」と続けると空になったお猪口を軽く指先で弄ぶように揺らしながら
    「長くは続くまい」
     そう口にした言葉に男の目がネズミへと向かった。
     まるでその視線が自分へと向けられることがわかっていたかのようにネズミの目が男の方へと向けられ、別段笑うでも、不快そうにするでもなくただ静けさだけを湛えたままでいる姿を見つめていると
    「長く共に居たいとは思わんのか」
     その質問に少しだけ目を見開いた後に目を伏せていた。
     言わんとしていることが何なのか続きを聞かなくとも、問い返さずともわかる。
     幽霊族の血には人間を妖怪へと変える力がある、自らと同等、いや、同等までは行かなくとも人ではなくならせるには十分な力が秘められている、共にいたいと願うならば血をわければそれが叶う。
     引きずり込まないのか、そう言われているのである。
     それを考えなかったわけではない、微かにも脳裏を掠めなかったと言えば嘘になる、だが
    「儂は、あの男を好いておるのでな」
     半ばそれは願いにも近い。
     己が体内に流れる血が人間に作用すれば人間を妖怪とも人ともつかないものへと変貌させる能力を持っているが故にそう願わざるを得ない。
     好いているが故に共に居たいと願いながらも、好いているが故に人として生涯を終えて欲しいと願っている。
     どちらに心が傾くでもない、人である水木を好いたが故に出来うる限り共に居て、そして出来ることならばその目が伏せられる時まで共に居たいと思っている。
     人ではない身に変貌させてまで、共に居たいとは思わなかった。
    「なるほど、人を妖怪にするには抵抗があるか」
     可笑しそうにネズミが笑った。
     違うと否定したところでネズミの体を借りている存在にはわからないだろう、理解をしようと思ってここに来たのかと一瞬思いはしたが、この調子だと揶揄いに来たと言ったほうが正しいのかもしれなかった。
     一頻り、幽霊族の男が口にした言葉が酷く可笑しいと言うように笑ってから隣に座っている男へと目を向けると
    「お主、相当惚れ込んでおるのう」
    「そうでなければ、ここにはおらん」
    「認めるか」
    「否定したところで、全てお見通しじゃろう、誤魔化すだけ時間の無駄じゃ」
    「確かに、だが、私の楽しみはお陰で減ってしまったぞ、お主があの人間に惚れ込んでおらんと口先だけでも否定するのを看破してやる楽しみというものがあったのに」
    「既に見抜いておって何を言う」
    「確かに確かに、しかしな、人は瞬きする程の時間しか生きられぬ、未来永劫生きておるような顔をしながら傍若無人に振る舞い、その実、枯れ葉が地に落ちるよりも早う死んでしまう、だというのにそんな者に惚れてしまってどうするつもりか」
    「それこそが強みじゃろう」
     今まで楽しげだったネズミが一瞬口を閉ざしてから、少しだけ不思議そうに瞬きを繰り返すと首を緩く捻った。
     その様を見るでもなく、くい、と酒を煽ると空になったお猪口へと徳利から酒を注ぎ、今度はちびりと舐めるように酒を呑んだ。
    「強みだと」
     ようやく言葉を思い出しでもしたようにネズミの口から出た言葉に答えるように頷いてみせると
    「儂らと違うて短い時間を必死に生きておる、儂らが精一杯生きていないというわけではないが、それでも流れる時間が限られているからこその懸命さというものが彼らにはある」
    「言葉を間違えるものではない」
     ネズミの言葉に視線をそちらへと向けると、口元から伸びている髭が気になるのか指先で緩く摘んでは離す仕草はどこか髭を丁寧に撫でつけているようにも見えた。
    「お主の目に見えておる人間はあの男だけ、あの男がひたむきに生き、そして死んでいく様を見たいだけだ」
    「長く生きるものの定めというものじゃ、別段、水木が死ぬところを見たいと思ったことは一度足りともない」
    「己が腕の中で最愛のものが息を引き取る様はさぞかし胸を打つものがあるだろうな、その甘美さに、お主が抗えるとは思えん、死というものは」
    「お前は知らぬと思うが、儂は一度体験しておる」
     一瞬、水神が口を噤んだ姿を見据えながら
    「死というものは快楽などではない、甘美さも何もない、残される者の傷がどれだけ深くなるものか、お主にはわからんじゃろう」
    「ならば何故傷を負おうとする、甘美でも快楽でもないというならば、何故長く共に生きさせず、ありままでおらそうとするのか」
    「傲慢だとは思わんのか」
    「傲慢?」
    「そのように、人の生死すらも操れる気になっているところが傲慢だとは思ったことはないのか」
    「神相手にそんなことを言うのはお主くらいだ」
     神、そう自分のことを称する存在に理解が出来るはずもない。
     男の言い分も、神だと称した水神の言葉も彼らの理屈で言えばどちらも正しく、そして等しく理解しがたいものが存在していた、それを擦り合わせようとは思わなかった。
     互いに生きる道が違う、寄り添えるものが異なっている、言葉を重ねるのは半ばそういう生き方をしている妖怪もいるということを告げる為のものでしかなかった。
    「傲慢なお主にはわからぬかもしれんが、儂は神でも何でもない、人の生死を操るなど傲慢でしかない、儂が惚れたのは今の水木じゃ、人を捨て共に生きて欲しいなどとは願うておらん」
     穏やかながらもはっきりとした口調で言い切った姿に水神が少しだけ目を見開いてから、少しばかり今しがた聞いた言葉を咀嚼するように視線を男に向けたまま、瞬きを数度繰り返してから、まるで頭痛を覚えでもしたように額へと手を添えた。
    「人に惚れ込むというのは、そういうことなのか」
    「何故興味を持つ、お主は人に対して感情を持っておらんじゃろう」
    「ある程度はな、だが、人と共に在るのでな、ある程度は」
     そう言ってから一度だけ言葉を切ると
    「あの男の体、死してから貰い受けても構わんぞ、あれは馴染が良い」
    「お主が来る前に荼毘に伏してしまうことにする」
     ふ、と僅かに水神が笑うと額から手を離して
    「惚れておるな」
     何度目になるかもわからないその言葉に頷くように目を伏せると、ああ、とそう答え
    「惚れておる」

     雨音が少しだけまばらになり始めた頃にまた時間を刻む音が戻ってきた。
     くんくん、と水神がネズミの衣服の袖を嗅ぐような真似をしてから顔を顰めて首を横へと振った。
    「しかし、この体は臭う、あの男は人間だというのに酷く心地が良かったが」
    「半妖じゃからの、お主には合わぬところがあるかもしれんのう」
     なるほど、とどこか納得したように腕を下ろすと
    「さて、帰るとするがあの者にも達者でと伝えてくれ」
    「珍しい」
    「あの体は良い身体じゃ、いずれもう一度借り受けたいと」
    「却下じゃ」
     にべもなくそう断る言葉に少しだけ可笑しそうに笑うと、では、とそれだけを口にして、くるりと背を向けたかと思うと手を触れずに玄関の戸が開いた。
     戸が開いた先に広がる暗闇は、まるでぽっかりと異形のものが口を空けているようにも、或いは別の場所へと通じる入口のようにも見えた。
     その入口を細い雨が細い針を散らしでもするかのように降り注いでいる。
     暗闇の中へとゆっくりと吸い込まれていくようにネズミの姿が戸から一歩出た瞬間、かくんっとネズミの体がまるで糸が切れでもしたように崩れ落ちかけて、あれ、と声が響いた。
     きょろきょろっと忙しなく周囲を見渡したかと思うと、くるりと振り向いた先で男が上り框にいる姿を見た瞬間に、ひっ、と何やら恐れでもするような声をあげて
    「ににににに兄さん! こんなところで何してるんで」
    「ここは水木の家じゃ」
     みず、と考えるように首を捻ってから思い当たったらしく、ああ、とそう声を漏らすとぺちんっと額を叩き
    「なんっでこんなところに」
    「こんなところとは? お前まさか、また何か良からぬことを」
    「しししししてませんてば!」
     ぶんぶんっといっそ音が鳴るほどに首を振ったかと思うと今度は揉み手までして、愛想笑いを顔に貼り付けると
    「と、とにかく、ここに用事はないんでここいらで失礼」
     を、と言いかけた声と
    「ただいまー」
     とどこか疲れたような声が重なり、ひっ、とまたネズミが悲鳴のような声をあげてびくっと背筋を伸ばしたのを、お、と少しだけ不思議そうに水木が見遣り
    「あれ、お客」
    「ち、違うんで! 客なんぞでも何でもないんで! じゃ! これで失礼しやした!」
     勢いよくそれだけを告げるとそそくさと去っていた姿を見送り、ふうむ、とそう思わず顎を撫でつけながら声が漏れた。
     ネズミが消えた先を不思議そうに見送ってから、視線をゲゲ郎へと戻すと
    「何だ、遊びにでも来たのか」
    「いや、良からぬことでも算段しておったのじゃろう」
     納得したような納得していないような顔をしたまま中へと入ってくると、もう一度だけ外を見てから戸を閉めた水木の体はやはりゲゲ郎が思った通り、鞄からスーツまでぐっしょりと濡れそぼっていた。
    「風邪をひかんようにせんとな、銭湯にでも行くか」
    「ああ、いいな、それ、松の湯ならまだ開いてるだろ」
    「ちと遠いが、まあ、良いか」
     腹は減ってないのか、風呂上がりの方が美味い、などとそんな会話を交わしながら玄関へと降りて下駄を履き、水木の手から濡れた鞄だけを貰い受けるとそれを上り框に置いたところで、すぽん、と傘を差す音が聞こえた。
     その音に振り返ると、先に外に出た水木が傘を差したまま
    「相合い傘とでも洒落込むか」
    「また濡れてしまうぞ」
    「構わんさ、どうせ通り雨だろ」
     その言葉に少しだけ表情を緩めると、水木の手から傘の柄を貰い受けるように水木の手に触れてからするりと離れた傘の柄を握りしめると
    「悪くないものじゃの」
    「だろう」
     ゲゲ郎を少しだけ見上げてきた視線に少しだけ表情を緩めると、からり、と戸を閉める音の後にゆっくりと歩き始める靴音と下駄の音が重なった。
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