お菓子をくれなきゃ悪戯するぞモニカの場合
「えっと……お菓子をくれないと、悪戯します!」
カボチャの形をした容器を両手にモニカはアイザックに向かって口にする。普段ならばそんな事口にはしないが今日は特別な日。そしてキッチンでアイザックは既に今日のおやつにと……いつもよりも色とりどりのお菓子を作っていた。その中にはモニカの好きな砂糖衣を纏ったクッキーも存在している。
そのクッキーたちをカボチャの容器に入れて貰えれば良いだけだ! とモニカは思っていた。
しかし、モニカの思いとは裏腹にアイクは少し考えた素振りを見せた後、蕩ける様な笑みを浮かべる。右手を胸にあて、少しかがんで視線をモニカに合わせる。優し気なその目には何処か期待を込めた眼差しで——。
「お師匠様は、僕に一体どんな悪戯をしてくれるんだい?」
とんでもないことを口にした。
「はひっ⁉」
思わず手にしていた容器を落としそうになったが慌てて掴みなおす。一体これはどういう状況だろうか、まさか悪戯を希望されるとは思っていなかった。
と、言うよりも悪戯をされている……? と思うのは気のせいだろうか。
ぐるぐると思考を巡らせていると肩を震わせ、笑うのを我慢しているアイザックの姿がモニカの目に映った。やはり揶揄われていたのだと気付きモニカの顔は真っ赤に染まる。
あうあう……と口をモゴモゴさせながら容器ごと手を上下にパタパタと動かす。
その姿にアイザックは遂にフハッと息を吐きだし、笑い始めた。
目尻にうっすら涙を浮かべたままゴメンと口にし、一つずつカボチャの容器にクッキーを入れるのだった。
「…………」
そんなやり取りを人間の姿に化けたネロがアホらし……と思いながらも口にはせず先に用意されていたクッキーを口に放り込みながら眺めていた。
アイザックの場合
「お菓子をくれないと悪戯するよ?」
今日は特別な日だ。普段ならばそんな事を口にはしないが、この日くらいは構わないだろう。さて、どんな反応をみせてくれるのかとアイザックはモニカを見ると、何やら考え込んでいる様子だったが、コホンとわざとらしく咳をし、格好いいお師匠様の顔をつくる。
「……わかりました!」
「…………うん?」
「いつも、アイクに作って貰ってばかりでは悪いですから、今日は私が作ってみます、ね!」
「…………えっと、モニカ?」
「ですから、アイクはウィルディアヌさんから送られてきた、お仕事を片付けてきてください!」
ウィルディアヌさんを困らせちゃメッ! ですよ。と付け加え、アイザックはキッチンどころか二階に追いやられる形に。
「……あーあ。どうなっても知らねーぞ」
「…………」
終始やり取りをみていたネロはアイザックと一緒に追いやられた。解せない。
ベシッと尻尾で床を叩きアイザックを睨みつけるが、当の本人もまさかこんな展開になるとは思っていなかったのだろう。何も言い返すことなく頭を抱えていた。
やる気に満ちたお師匠様を止められる筈もなく、時折聞こえる物騒な物音と、モニカの独り言にアイザックはただモニカが怪我をしませんように……と祈ることしか出来なかった。
キッチンの惨状と出来上がった物体X
にアイザックが「………………わあ」と口にするのは数時間後……。
※物体Xはアイザックがニコニコ顔で平らげ、ネロ先輩は逃げました。
ネロ先輩の場合
「とりくう……おれ、とりと? ……えっと何だけ? 確かそんな感じの……。とにかく、菓子をよこせ! 甘いのもいいけどしょっぱいのも寄越せ。あと肉——」
主張激しく、ネロは猫の姿でソファーの上でジタバタ、ゴロゴロ暴れては前足でテシテシ叩く。
言いたいことは何となく解かるが、ほぼほぼ合ってない。確かに今日は特別な日だがネロの要求は、はっきり言って普段と何ら変わらない。
一体どこで得た知識なのかと思いもしたが、こう見えても読書家でもあるネロだ。きっとまた入手した本に書いてあったのだろう。
この家で最年長である筈だが人外に人間の常識は通用しない。モニカとアイザックはちょっと呆れた眼差しをネロに向ける。
「ネロ、ソファーの上で暴れないの。メッ!」
「あと、埃も舞うからやめてくれないかい?」
二人揃って畳みかけられてネロは更にジタバタと暴れだすが二人はネロに構うことなく各々の作業に戻ってしまった。こうなってしまえば変なところで似たもの師弟は無視を決め込むことをネロは知っている。
構ってもらえず拗ねたネロは「つまんねーの」と一言口にしてソファーから降り、本棚の間に挟まる。そんな姿ネロの姿を見て、モニカとアイザックは顔を見合わせ思わず苦笑してしまう。
そうしてモニカは広げていたレポートを片付け、アイザックはテーブルを綺麗に拭いてから手際よく料理を並べていく。
「ネロ」
モニカに声をかけられ、何だよ……と不機嫌さを残したまま振り向くとテーブルの上にはケーキにクッキー……ネロの好きなチーズが練りこまれた塩味のものに飲み物。
アイザックがオーブンの中から鳥を焼いたものを中央に置けば完成だ。
先程までの不機嫌さなど御馳走の前に消え去る。ネロがいつもの自分の席に着くと同時に目の前に置かれた皿の上にアイザックは切り分けた肉を乗せるのだった。