フニフニ? モフモフ? ××××……?(加筆版) ある日の昼間。サザンドール、モニカの家の一室での出来事である。
シリルの前には猫の姿のネロが、モニカの前にはイタチ姿のピケとトゥーレがいた。
「触ってもいいだろうか……」
「な、撫でてもいいですか?」
律儀に許可を得た上で、シリルは肉球の感触を、モニカはイタチの毛のモフモフした感触を堪能していた。
その光景をアイザックは少し離れた場所から眺めていた。平和な光景だなーと見つつ、そろそろお茶の準備をしようかと考えているとモニカが毛皮のモフモフを撫でながらアイザックの方を向く。
「アイクは、フニフニとモフモフどちらの触り心地が好きですか?」
ネロの肉球の感触は大好きだがこのモフモフも捨てがたいとモニカは思った。きっとシリルもそうなのだろう、ネロの肉球をフニフニしながらアイザックの方を見る。
「マスター……」
アイザックが口を開くよりも先に、アイザックの契約精霊であるウィルディアヌが反応する。白いトカゲではなく人の、執事姿の彼は精霊特有の無表情でありながらどことなく不満げに見えた。
「……小動物に変化できず、申し訳ありません。精進いたします」
それは以前にも聞いたことのある台詞だ。
「……うん。僕はまだ何も言っていないのだけれども?」
「……」
「えっと……もしかしてあの時の言葉を根に持ってる?」
「……」
アイザックの言う『あの時の言葉』とはセレンディア学園に在学中の言葉だ。ウィルディアヌは主人であるアイザックの問いには答えない。輪郭がぼやけ、白いトカゲに姿を変えてアイザックの身体をよじ登る。
「……水の上位精霊は幻術が得意なのだろう? なら……」
シリルは小動物にも変化できるのでは? と言いたいのだろう。ウィルディアヌは動きを止め、もの言いたげな目をし、シリルを一瞥したが、ただそれだけ。何も言わず動きを再開しアイザックの服のポケットの中へと収まった。
ウィルディアヌの行動を見守りしばし間が空き、モニカとシリルは目と目を合わせた。口ごもるシリルに、頷くモニカ。
——モニカ、この話題は殿下の上位精霊の前では禁止だ。
——わかりました、シリル様。
器用にフニフニとモフモフの感触を堪能しながら、会話せず意思疎通を図る二人を眺め、アイザックは是非そうしてくれと口にはせず、ポケットの上からウィルディアヌを宥めるかの様にポンポンと叩くのであった。
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「…………それで」
「……うん?」
「マスターが毛並みの良い小動物の方がお好みと言うのでしたら、その姿に変化いたしますが?」
昼間のやりとりの事を気にしているのだろう。未だに拗ねているのかウィルディアヌは白いトカゲの姿でポケットに収まったまま、顔を見せることなく、己の主人に問いかける。
アイザックはクスクスと笑い、ポケットの中にいるウィルディアヌを摘まみ上げて手の甲に乗せてから顔の高さまで持ってくる。
「とんでもない! 僕はその姿の君が好きだし、可愛いと思っているのだけど?」
それはまぎれもなく本心からの言葉だ。
アイザックは幼い頃から小さな蛇やトカゲが好きで動きをよく眺めていた。爬虫類特有の目も好きだ。
だが種によっては触れたりする……ただそれだけの事でストレスになり、弱って死んでしまう事も知っていたので捕まえようなんて事も考えず、自然の中であるがままの姿を眺められるだけで良かったのだ。
……ただ爬虫類が好きというのは他の動物——犬や猫、鳥などに比べてかなり少数派、中には苦手だと感じる人も一定数いるという事も理解している。だから公言せずにいた。
——だって『好きな物』を否定されるのは、やはり悲しい。
この契約精霊はそれを理解しつつも不満があったらしい。
上位精霊であるウィルディアヌと本物の小さなトカゲでは質感や体温は違うのだろう。だが、それでもこうやって触れられる喜びは本物なのだ。
「君を不安にさせたことは謝るよ。……すまなかった。だからもう、そんなに拗ねないでおくれ?」
そう言ってアイザックは丁寧な、優しい手つきで白いトカゲの背を撫でるのだった。