愛妻の日/前日譚 ルイスがバラとチューリップを主に使った花束を手にして帰宅したのは冬中月の最終日の事。任務はどうしたのかとロザリーが訊ねると、新たな七賢人となった後輩に任せたらしい。
「今日が妻へ感謝の気持ちを伝える日だと口にしたら快く引き受けてくれました」
上機嫌に語る姿に「そう」と、素っ気ない返事をしてしまうが何気ない日も大切にしている事が嬉しくて堪らない。
「ロザリーいつもありがとうございます。……愛していますよ」
花束を抱えたまま、ロザリーの手を取り指先に口づけをひとつ。次は頬に触れるか触れないかのタイミングで——。
「ルイス、花を生けるのが先よ」
花束を奪い取りロザリーはくるりとルイスに背を向ける。丁寧な言葉も花束も勿論嬉しい。しかし粗野な口調で言ってくれたらもっと嬉しいのにと思ったのは内緒だ。
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「愛妻の日ですから、花束を贈って日頃の感謝を伝えようと思うんです」
と、口にしたのは愛妻家のルイス・ミラーだった。
本当は任務が入っていた筈だが、王都から離れた場所である為に、その任務を新七賢人であるサイラスに押し付けた上で、この台詞である。
押し付けられた当人は——
「家族や友人は大事にしなきゃならねぇからな。断る理由が無ぇ。めいっぱい奥さんに感謝を伝えて過ごしてくれ」
大真面目に返し、任務へと向かった。
真面目過ぎやしないか? と、誰もが思ったが、口を出しすぎると「なら、あなた方が行かれますか?」とルイスから言われるのは目に見えていた為にそっと後輩であるサイラスを見送った。誰しも我が身は可愛いものである。
サイラスが今回断らなかったのは己が新人であるのも理由ではあるが、口にしていた言葉に全て起因しているのだろう。竜害の多い東部の人間は家族や友人との繋がりを大事にする習慣や風習が他の地域よりも根強くあるのだ。
任務へと出掛けたサイラスを見送り、ラウルはルイスに声をかける。
「なぁなぁ、ルイスさん」
「何です?」
私は忙しいんですと意味合いも込めてギロリと睨みつけると、ラウルは苦笑しながらも言葉を紡ぐ。
「花束を贈るんだったらウチで見繕っても構わないぜ?」
「……は?」
「王都の花屋でも種類はそこそこあるだろうけどさ、ローズバーグ家の庭園や温室はもっと種類も豊富だし、じっくり見れるぜ? なんだったら包装も自分でできるし」
……よくもまぁ、ここまで気が回るようになったものだ。人として出来た友人がいるとこうも変わるものかと感心する。そして、この男のいうことも最もなので今回は好意に甘える事にした。
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「好きなの選んでくれて構わないからさ」
「元よりそのつもりですよ」
ローズバーク家は特にこの男は、王城の庭園の手入れをしているのはよくある事で、品種改良で生み出されたものや大貴族の庭園の植え替えや室内を飾る花を選ぶなんてこともしている。それだけに種類も豊富な上、季節から少しずれた花も多くある。
いくつか品定めをし目に留まったのは淡いピンク色をした一重咲きのチューリップだった。
「〈茨の魔女〉殿、先ずはこのチューリップを頂きたいのですがよろしいですかな?」
構わないぜと口にしながらルイスが指さしたチューリップをラウルは視界に入れて数度瞬きする。
「えーっと……ルイスさん、知っててそれを選んだのか?」
「私が花言葉を知っているのが以外だとでも?」
婚約するよりも以前。まだ付き合い始めの頃、ロザリーに贈る為に覚えたのだ。
こてりと首を傾げながらルイスを見るラウルに、知っていて何が悪いという思いを込めギロリと睨み付けると少し焦った様子で「あー……違う違う」と口にしながら手をブンブンと横に振る。
「そのチューリップさ、『ロザリー』って名前なんだよ」
ラウルの言葉に鋭く睨みつけていたルイスの目が少しだけ開いた。
「…………」
ルイスの様子からすると偶然だったのだろうか。
「あー……えっと、バラにも同じように『ロザリー』って名前のがあるんだけど……」
どちらも同じ淡いピンク色になってしまうけど……と思いつつ、どうする? と訊ねる。
そしてきっとそれを選びそうな気がするとも確信めいたものも感じていた。
「……見せていただきましょう」
「わかった」
こっちだぜ。と、先を歩き、バラが咲く温室へと向かう。
かくして『ロザリー』と名のついた二つの花とグリーンをルイス自ら丁寧に包装し、大事に抱えて王都の自宅へと戻るその姿をラウルは見送った。