忘れ草に一雫。*1話 ー 箱入り娘*
「またバイクで人はねたアルか。」
「いや…これは事故でぇ………」
人の声が聞こえる。男が一人、
「事故でも人をはねた事には変わりないでしょ!!……死んでないといいですけど……」
「ふ、不謹慎な事言うんじゃねぇよ新八ぃぃッ!!!」
いや二人。それと女の子が一人。
数分の記憶が飛んでいる。何をしていたのだろうか。
無我夢中で逃げていたのは思い出せたが、その後の記憶は真っ白である。
「…息はしてるみてェだな。」
見慣れた白髪が見えた。否、銀髪と言った方が正しい。
”きっと彼女だ。“
直感でそう思った。
「お雪さんッ!!!」
「「「!?!?」」」
ガバッと起き上がると、目の前に三人の家族が見えた。
一人は銀髪天パの締まりのない顔をした男。一人は冴えない眼鏡の男。そして最後は透き通る肌をした目の大きな女の子。
彼女に見えたのはこの死んだ目の男らしい。嫌な間違え方をしてしまった。
「っ!!…しっ、失礼しました……」
咄嗟に頭を下げると、慌てて眼鏡の男の子が口を開く。
「いえ!あ、えぇっと……あ、あの、体は大丈夫ですか……、?」
「体?……………まさかッ!?!?」
「違ァァァう!!!断じて違ェからな!?!?」
無いだろうとは思っていたが、彼の言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「にしても、お前身なりは随分な貴族階級じゃねぇかコノヤロー。」
「ッ……!!!」
この男、観察力がある。
何処の生まれかは分からないが、相当場を踏んできた人間だと言う事は分かった。
周りより裕福な家庭で育ってきたので、服の生地は多少良い物だ。それを真っ先に気づくとは。
「それに荷物。なんでこんな大荷物で何処行く気アルか」
「……………」
いい言い訳が思い付かない。黙り込むのも怪しいが、嘘を重ねても逆に怪しく見える。何も言うことが出来ないもどかしさにきゅっ、と唇を噛み締める。
「まぁまぁ、別にいいじゃないですか。何かお困りのことがあれば、何でも言ってくださいね!」
メガネの男の子がそう言って話の矛先を変えてくれた。深堀はしてこないみたいだ。
それにしても、なんでも手伝ってくれるとは、この人たちは随分優しい人らしい。
「何でも…ですか、?」
「金を出せばな。」
前言撤回。酷い人達だ。
「ちょっと銀さん!言い方気をつけてください!」
「へーへー…。」
雑に手を振り払う真似をし、仕方なさそうに口を開く。
「その〜、なんだ?俺たちゃ万事屋っつー所謂何でも屋やってんだ」
「何でも屋?」
聞きなれない職業だ。奉仕活動という事で良いのだろうか。そう心の中で思いながら首を傾げると、彼は悩ましげなため息をついた。
「だから、金さえ払えりゃ助けてやるよ」
助ける。その言葉にピクっと体が反応した。
助ける。
何処まで?
「………………ださい……」
ぽつりと言葉を零す。
「え?」
「家を…安心して暮らせる家庭を下さい…」
「!!」
視界がぼやけた。いつの間にか目から雫が零れ落ちた。
この人たちの雰囲気は、家族のような温かさをもっている。
だからこそ胸が苦しい。わいわい騒げる友達も、愛してくれる家族さえいない。そんな自分は孤独だと、言われているような気がした。
「お……お金は沢山あります……。なのでッ」
「ちょちょ…ちょ待て。家はともかく、家庭までは知らねえよ。家出して来たんじゃねえのかお前」
「家出……。」
帰る家があればどんなに幸せか。
心の黒い部分がどんどんと広がっていくような気分だった。
初対面の人に、家族が死んだなんて言えない。けれど、言わなければただの家出少女と思われる。
言葉が喉の奥でつっかかる。ボロボロの服の裾をぎゅっ、と握りしめる。
「…そんなに言うならここで働けば良いアル。」
「え?」
「は?」
「……へ?」
「だから、ここで働いて住めば、家も職も家庭も全部揃うネ。」
鼻をいじりながら軽く話す彼女の言葉を、頭の中で繰り返す。
「ちょ待てよ!何勝手に銀さんの許可なく決めてんだ。お前この前働き出したばっかじゃねえか。」
「まず仕事すらないですよね銀さん」
「お金、ほんとにいっぱい持ってるアルか?」
「え?え、うん…」
お金は家のお金すべてを持ってきた、いや持たされたというのが正しいのだろうか。
「てことで銀ちゃん、コイツに家賃払ってもらえば良いアル」
銀髪の彼は、考え込むように顎に手を当てた後、素早く顔を起こした。
「…!!ナイスだ神楽!!それじゃあここで働いてもらおうか………。」
不気味な笑みを浮かべ、二人がジリジリと寄ってきた。
「ちょ、まだ追いつけないんですけど…あの…」
迫り来る恐怖に少し声を震わせながら、真珠は話すが、まだ彼らは足を止めない。
「ちょっと!!お客様なんですからそんな勝手に決めちゃだめでしょーが!!」
メガネの彼が声を張り上げ、二人を止めた。助かった。
本当に?
本当に助かったのか。
これ以上に美味しい話があるのか?
彼女の言う通り、お金さえ払えば家も職も家庭もある。
今日初めてあったばかりだが、助けてくれた恩もある。
引き下がっては行けない。
誰かが告げてくれたような気がした。
勇気を出して、はっきりと伝える。
「こっ……ここで働かして下さいっ……!!!」
声が裏返った。あれは冗談だったのかもしれないという恐怖が後から込み上げ、怖くて、前が見れなかった。
トン、と肩に感触が伝わる。
「どこの千と千尋の神隠しですかコノヤロー。」
「んじゃ決まりアルな。」
「……あまり仕事ありませんけどね」
「ほら履歴書かけ履歴書。そんな下ばっか向いてねぇでよ。」
一瞬何が起きたのか脳の処理が追いつけず、ぽかんと口を開ける。その姿が面白かったのか、三人がくすくすと笑い始めた。
「何ぽかんとしてるアルか」
「私……ここにいていいんですか……」
「ちょっと〜、君が言ったんだよ?ここで働かしてくださいって。ほら早くかけ。じゃねえともうすぐでババアが来る。」
頬に冷たい感触が来た。
「…ありがとう……ございます…!!」
これは嬉し涙だ。
苦しくない。心が温かい。
「しっかり働いてもらうからな?」
「……はいっ!!」
こうして、私は万事屋となったのである。
そして―――――――、
「銀時!!今日こそ家賃払って貰うからねッ!?」
「やっべ…おいテメエ名前は!?!?」
「え……?…き…‥」
「き?」
「……い、いや。し、真珠ですっ。」
「真珠……真珠か。いい名前だな」
「え?あ……ありがとうござい……」
「てことで真珠、金出せ。」
「は?」
万事屋としての初めての仕事は、滞納家賃返済だった。