「指一本、触れさせない」 仕事の用事で書類を複製する必要ができた。依頼主が書類を一部しか持参してきておらず、檸檬の分が足りなくなったためだ。
たしかに、契約には蜜柑一人しかやって来ていない。とはいえ、コンビを組んでいる者たちだと分かって依頼をしてきていて、書類が一人分しかないのは、あまりに無作法ではないだろうか、と思わないでもないが、請けてしまったものは仕方がない。
たしか、コンビニにはコピー機が設置されていたはずだ。運良く駐車場の広いコンビニを道の脇に発見した。昼過ぎで、車はまばらだ。なるべく車の少ないところに駐車して、書類を片手に入店する。入り口近く、雑誌のラックの側にコピー機が設置してあるが、既に先客がいた。大学生くらいの青年で、課題のレポートの出力でもしているのか、機械から吐き出される紙は、すでにダブルクリップで留めるような厚みに達している。
暇つぶしに、雑誌ラックから興味もない週刊誌を取り上げてパラパラと捲る。事件、醜聞、アイドルの写真が交代で並んでいる。連載小説の中途半端な回に目を通す。コピー機からはまだがしゃりという駆動音が響いてくる。店内の菓子や惣菜を眺めて、戻ってきても、コピー機の単調な音は変わず店内に響く。
「おい、まだかかるのか」
痺れを切らして青年に話しかけると、青年は弱ったな、というように眉を下げる。真面目そうな顔で、本当に困ったように指先でコピー機を軽く叩いた。
「まだかかるんです、すみません」
「三枚だけコピーをとらせてくれたらいいんだ。それ、途中では止められないのか」
「たぶん、無理だと思います。枚数分の小銭入れちゃったし。申し訳ないんですが」
コピー機にはUSBメモリが差し込んであった。今時のコンビニのコピー機には、そんな機能まであるらしい。持ってきた書類をただ印刷するだけならともかく、これでは抜くに抜けないのかもしれない。
青年がもう一度、もう少し強くコピー機を叩いた。すると、ピゴゴ、としか表現しようがない、子供向け番組のロボットの起動音にも似た異音が上がった。
「あ」
青年は焦ったようにさらに二、三度叩く。紙の出力が止まった。止まったと思ったら、今度は元栓の壊れた水道のように勢いよく紙が飛び出してくる。うわわ、と控えめな悲鳴をあげて青年は飛び上がる紙を手で押さえる。蜜柑も目の前に飛んできた紙を一枚キャッチしてやった。論文らしい。どういう意味なのか分からない数式がところどころに注釈で添えられている。青年はバラバラに掴んだ紙をページ数を確認しながら揃え、蜜柑の手から一枚受け取ると、論文の束の後ろの方へ差し込んだ。トントンと端を揃え、興奮したように目の前に掲げる。
「あっ、あっ!でもすごいですよ!あと二、三分はかかるところだったんです!こんなにすぐに終わるなんて思わなかった。よければあなたの書類もコピーしましょうか」
「指一本、触れさせない」
うんざりして店を出た。レジの店員は何も気づいていない顔で、ありがとうございました、と機械的に声を出した。
どうすべきか。桃の店のコピー機でも借りるべきだろうか。