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    tennin5sui

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    ゆるゆる果物版ドロライ:お題「舞台」

    #マリビ
    malibi
    #ゆるゆる果物果物版ドロライ

    鏡板の松 縁側から眺めると、塀に沿って盆栽がいくつも並んでいる。大半は松だ。いくつかは梅や楓なんかで、色付くさまが鑑賞者には見目麗しく写るものだが、今は季節外れの風に晒されて白っぽく乾いて見えるので、檸檬には違いなんてさっぱり分からない。
    「邪魔だ」と簡潔に述べて、蜜柑が檸檬の背中を箒で叩く。大人しく、既に蜜柑が掃いた辺りに移動すると、淡々と縁側から埃を掃き出していく。
     別段、掃除をサボっている訳でなはない。流しなんかの水周りは軽く清め終えたし、埃の掃き出しを申し出た蜜柑が、未だ掃除を続けているだけだ。一人で単純な作業をしているのもつまらないだろうな、と思って、話しかけてさえいる。いっそ、親切だと言えるのではないだろうか。


     そう思うのだが、蜜柑から感謝の念は感じられない。二人でしばらく、この古臭い日本家屋に暮らすのだから、もっと愛想よくしてもいいのではないだろうか。
    「箒ばっかり持ってても、つまらねえぞ」
    暗に、会話でもしようと水を向けてみる。振り向いた蜜柑は少し険しい顔をして、
    「こんな埃だらけの部屋で、寝られると思うのか?」
    と冷たく言い放つ。
    「小さい糸クズのことを、埃って言うんなら、まあ、埃だらけかもしれないな」
    「これは糸クズじゃなくて、枯れ草だ。チクチクして寝れやしない」
    「縁側で寝たら風邪引くぞ。俺も昔、ベランダで寝てたら夜になってて、ひどい熱が出た」
    「どれだけ嫌かっていう、喩えみたいなものだ。本当に寝るわけじゃない」
    じゃあどういうわけなんだ、と問いただしたところで、冷え切った顔から何らかの本の引用が出てくるのが目に見えていたので、やめた。その代わりに、蜜柑の脚を引っ掛けて、思い切り倒してやった。


     箒を持ったままの蜜柑が受け身も取れずに背中から倒れる。よほど俺の動きが素早かったんだろうな、と感心しながら、起き上がれないように体重を掛ける。
    「よかったな、掃除しておいて」
    檸檬の下敷きになりながら、のしかかってくる体重をはね除けようともがく。すると、ムッとした顔をのせた蜜柑の首が、おかしな方向にぐんにゃりと曲がった。
    「すげえ痛そうだな、それ。そんな見た目じゃ、子供が怯えるぞ」
    都市伝説だ、都市伝説、と囃す。


     初めて首が捻じ曲がったところを見た時こそ驚いたが、既に見慣れてしまって、怒りながら捻くれた頭を支える蜜柑の様子はコミカルだった。もっとも檸檬も額の一部が陥没しており、黒々と空いた穴からはぬるついた血液が滴っていて、およそ子供に見せられる顔はしていない。
    「おまえも、こんなに不気味にならなかったとはいえ、それなりに怖いぞ」
    垂れる血液は、増えもせず、減りもせず、一定の量を保ち、それでいて地面に水溜りを作るようなこともなかった。それが、動画の繰り返し再生のようで、不気味らしい。


     なんだか分からないまま、二人ともここにいた。ただ、この家でしばらく暮らさなくちゃいけないんだな、ということだけが、どういうわけだか実感としてあった。
     二人には死後の世界だとか、そんなおとぎ話の隣人みたいな知識はない。蜜柑が辛うじて、そういえば人は死んだら中有とかいう場所に四十九日いるんだったか、と大正末期頃の小説に出てきたのを思い出した。
     どうやら死んだらしい。そうじゃなくっちゃ、こんな悲惨な状態でうろちょろできるわけがない、というのが檸檬の感想だ。
     そういうわけで、二人はこの家に四十九日間過ごさなくてはならない。


    「四十九日っていうと、一ヶ月ちょっとか」
    すっかり抵抗を諦めた蜜柑を抑えつけながら、考えてみる。長いな、とも思うし、結局蜜柑を五年ほど一緒にいたのかと思えば短いような気もする。
    「まあ、週に一回、トーマス君を見ると思えば短いか」
    「金曜日はカレーの日、みたいだな」
    えらく呑気なことを言うな、頭取れちゃったからかな、と少し心配になる。
    「毎週カレー食うのを、そんなに楽しみにしてたんだっけ」
    気を遣って聞いてみると、いかにも、違う、という顔をする。違うのか、と思う。


     捻れた蜜柑の顔が、縁側の方へ向く。つられて檸檬も顔を向けるが、やはり松の盆栽ばかりが置いてある。
    「いい形をしてるな、あの盆栽」
    「趣味がジジイくせえな、蜜柑」
    「ちょうど、鏡板みたいに見える。能の」
    「そんなもの見たことねえよ」
    見たことはなかった。けれど本当は、何となく言いたいことは分かった。幹がちょっと捻れていて、古風だなと思ったのだ。
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