電線崩壊 ピシャリと打ち切られるように電気が消えた。その辺りで落ちたのだろうと容易に想像のつく酷い音で、雷が鳴ったのだ。
こんな夜更けに停電か、真っ暗になってしまったな、という気持ちと、いや、日中だったらもっと面倒なことになった可能性もある、と冷静な考察とが頭の中に浮かぶ。だが、檸檬の楽天的な性格であれば、どちらにしたって困りはしない。
檸檬は先ほどまでパラパラとめくっていた、蜜柑が最近読んでいる文庫本をそっと卓上に戻した。激しい稲妻を走らせた空は、一仕事終えて満足し、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながらどこかへ遠ざかっていく。
停電はすぐには復旧しないだろう。弱ったな、と頭を掻く。自分の部屋ならばよかったのだが、蜜柑の部屋のどこに懐中電灯や蝋燭なんかの非常灯が準備されているのか分からない。体を折り曲げて小さな収納に手を突っ込んでみるが、何かの書類のようなものしか入っていない。次の段、次の収納と立て続けに手を伸ばすが、鍵やら、カードやら、ガムテープのような消耗品ばかりが手に触れる。
あまりにも空振りばかり続くせいで、うんざりとした気持ちが湧くのと同時に、屈んだ姿勢で動いていたために、腰が痛くなってくる。なぜ蜜柑はあんなにヒョロ長いくせに、こんなに小さな収納ばかりを部屋に置くのだろうか。
日頃であれば、檸檬は周囲の変化に敏い方であるし、少しの物音にもすぐに注意が向く。けれど今日は、まだ名残惜しげに響く遠雷や、手元に集中していたせいもあり、玄関の戸が軋んだ音を立てて開いたのに気づかなかった。靴のまま静かに部屋に上がりこみ、人影を認めるやいなや頭部へ蹴りを放った相手の手腕も称賛せねばなるまい。
檸檬はこめかみへの硬い衝撃と共に瞼の裏に星が飛び散るのがはっきりと見えた。檸檬の体は飛んでいく頭に引っ張られて、キッチンの方へ大袈裟な音を立てて転がる。慌てて受け身を取る前に、海外製の、日本の規格よりはるかに強力な懐中電灯の光を当てられ、顔の前に腕を掲げる。
「檸檬じゃないか。何をやっているんだ」
逆光でロクに顔も見えないのに、呆れ果てた蜜柑の表情が目に浮かぶようだ。
蜜柑は真っ黒な、ポンチョタイプの雨ガッパから雨水を滴らせ、安全靴もグチャグチャとした水音を立てている。暗闇の中で灯りを探して必死になっている自分の方が、よほど安全な人物に見えるのではないだろうか。
「見て分からねえのかよ。停電になったから、灯りを探してるんだ。懐中電灯とか、蝋燭とかな」
そう言うと、蜜柑はまた改めて懐中電灯を檸檬の顔に向けてくる。
「ここにある」
「分かったっての」
檸檬は痛む頭を抱えながら、蜜柑を薄めで睨みつける。
「いきなり蹴ることもないだろ」
「住人が不在の家の中で、こそこそと部屋を漁るやつのことをなんて呼ぶのか、教えてやろうか。コソ泥だ。空き巣とも言うな」
蜜柑の言い分も、もっともといえばもっともな気がした。それでも、相棒のシルエットくらいは一目でわかってほしいもんだ。
「まさか、分かってたんじゃないよな」
「なにがだ。分かってたら、同僚のことを蹴り飛ばすわけないだろう」
本当だろうか、と檸檬は訝しがる。最近、蜜柑は分かりにくい冗談を言うことに、徐々に気づき始めていた。