12話後生還√PTSD🥞の話────視界が紅と蒼に染まっている。
気が付くと岩の上に居て、
目の前に巨大な頭がある。
その大きな目は青い涙を流していて、
こっちを睨んでいて、
でも、いきぐるしそうで、
……おわらせなきゃ、いけなくて、
妙に重い、右手を前にゆっくりと突きだす。
手には拳銃を握っている。
ずしりと重いそれを構える。
いやだ、やめろ。
人差し指が引き金にかかる。
指に冷たい感触が伝わってくる。
かってにうごくな、
これ以上動かしたくないのに、
勝手に指先が力を込めて、
ぼくは、
「ッッ!!!!!は!、……!、は………」
ゆめ。ゆめ、か……嫌な夢だ。
身体中に汗をびっしょりとかいていて、ぴたりと張り付くシャツと髪が煩わしい。
動悸が止まらない。涙が目からぼろぼろ零れていく。はくはくと浅い呼吸しか出来ない。締め付けられたように頭の奥が痛くなって、鉄の匂いがする。汗をかいているはずなのに、身体が冷えきっていて震えが止まらない。
震える右手にまだ鉄の重みとその反動が残っている気がして、ぶわりと鼻の奥に火薬の匂いが充満した気がして、思わず冷たくなった自身の二の腕をぎゅう、と抱き締める。
段々と、周りの音が無くなっていく。
なんだか、とても、悪い予感がして、
「…ぅ……っメフィスト……」
今の正確な時間は分からないが、まだ窓の外が暗いのを見るに、真夜中であることは間違いないだろう。
こんな時間に呼び出したら、彼は怒るだろうか。それとも、何かあったかと、駆け付けてくるだろうか。
……でも、もし、電話に出なかったら。
その理由が寝ていたから、であればいいが、
……確認するのが、怖い。
が、今どうしても、彼の姿を、確認しなければ、
でも、
でも、
…………
……もう、だめだ。耐えられそうにない。
召喚しよう。
震える指で書くものを探す。
…………ない!
いつもは身体の近く、どこかにしまってるのに!
「は……は……仕方ない、…ッ!」
ぶつり、と指の先を歯で噛み、血を滲ませる。
いつもチョークで描いている魔法陣を血液で描くのは、まだ試したことがない。何かしら影響が出るかもしれない。……が、今はそんな事どうでもいい。
今はただ、彼の姿を、
ズキズキと指先に走る痛みも気にせず、指から滴り落ちる血で壁に魔法陣を描いていく。
何度も何度も描いた、召喚の魔法陣。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。
我は求め訴えたり。」
一郎は震えて小さく蹲りながら、祈るように呪文を唱える。
腕を交差させ、その後掌で六芒星を形作って…
「頼む、きてくれ、メフィスト……っ!」
やがて魔法陣が光りだし、煙が上がる。
煙が人型を形作り、すぅ、と消えていく。
中から、彼の、姿が、
「っメフィストッ!!!!!」
「ッッが、あッ?!!!??、
な、ん??!!??!?
あ、悪魔くん?!!??!!
な、なにが、どうなって、!、お、おい!!」
メフィストの姿を確認した瞬間、その質量を確かめるかのように、一郎は飛び付いて抱き締める。
「おい!、お前!!!今何時だと思って!!……
……ん、おい、どうした?何かあったのか?」
寝ている最中に呼び起こされたと思ったら、急に飛び付いてきた一郎に目を見開き、文句を言おうと口を開いたメフィストだったが、震えながらひしと抱き着き離さない一郎の様子を見て、声色を変えた。
「ッ…………………」
「……おい、言わなきゃ分かんないぜ、悪魔くん。どうしちまったんだよ……なァ……」
それでも口を開こうとせず、離れようともしない一郎にメフィストは困り果て、取り敢えずずっと震えている頭を撫でてやる。
暫くそうして、少し落ち着いてきた一郎が、やっと口を開いた。
「……ゆめを、みた。」
「ん?夢?」
「………あのときの、ゆめだ。」
「あの時………ああ、そういう、事、か……」
お前が言う『あの時』。
きっとそれは、お前が俺を撃った時の事なん
だろう。
───あの時の夢をみて魘されるくらいに、
お前の中で、その光景は強く残ってしまったんだな。
「大丈夫だよ、悪魔くん。俺はどこへもいってないから。…大丈夫、大丈夫……」
そう呟くように、まるで幼い子にするように語り掛けながら、身体を揺らし、抱き締め、頭を撫でてやる。
「っ……きょうは、」
「ああ。朝までずっと隣にいるから。どこへも行かないから……」
そう言ってやると、安心したのか、一郎はすぅ、すぅ、と寝息を立て始めた。
一郎をベッドに寝かせ、毛布を掛けてやる。
そういえば、先程から僅かに血の匂いがするが……こいつ、いつものチョークが無いからって自分で血を出して俺を召喚しやがったのか!後で説教だな。……隣の机に手を伸ばせば幾らでも書くものはあるだろうに、それにすら気付かないほどに、……怖がって、焦っていたんだろうか。
メフィストは、横で座る自分の腰に手を回して眠る一郎の寝顔を見下ろす。
……それにしても、いつも感情が表情に全然出ないこいつが、あの時の夢をみて魘されて、心配になって俺を召喚してくるだなんて……
……、もっと、俺に、……
腹の奥にぞわりと黒い感情の火種が燻る。
無意識に口角が上がり、人より鋭い歯が見え隠れする。ハッと口を押えるが、その口角は下がらない。
これは、お前が血液なんか使って俺を呼び出したせいだ、一郎。
「お前は一生、その光景に囚われててくれ。
な?、一郎。」
そう呟くと、メフィストは一郎の瞼にそっと唇を落とし、毛布の中に潜り込んだ。