モブ君と体調不良恐らく10連勤ほどした連勤最終日、朝起きると鼻と喉の辺りに違和感がある気がした。ほこりとかだろうか。明日は掃除しよう、それくらいに考えて昨日残したボトル焼酎の2、3口分を飲み干し出勤するべくいつものクマサンから貰ったギアに着替える。
寄宿舎を出て狭い通路を歩く。
「……くしっ!」
くしゃみが出ると分かって堪えようとしたが止められず変なくしゃみになってしまった。鼻がむずむずする。ちょっと風邪気味かもしれない。ずっと軍にいて体を鍛えていたから地下にいる頃は風邪なんて引いたこと無かったし地上に出てからもバイトで動いているから不調なんて片手で数えられるくらいと飲みすぎた次の日くらい。それはほぼ毎日のことだけど、そういうのとは違う感じがした。
首とか触るとなんか熱を持ってる気はするが動けるし元気だしな……。
鼻をすすって再び歩く。今日はちょっと早めに寝とこうかな。バイト出れなくなったら困るし。怪我したり相手インク浴びすぎた時はとにかく寝ろって軍で教わったし。
商会の扉を開けるとまだ誰も来ていなかった。ツナギに着替えてパイプ椅子に座って待つ。二日酔いによるだるさはいつもの事だがなんか出勤しただけで少し疲労感を感じる。とにかくいつもと何かが違う。
手持ち無沙汰でテーブルの上の誰かが置いていったストローかなにかのプラスチックのゴミをいじる。思考がまとまらずぽけーっとしていた。まあ、考えることは特に無かったけど。そうこうしてるうちに全員揃ったからヘリコプターに乗る。カフェイン中毒のイカは今日の編成が良くないから比較的静かだ。この頭痛が二日酔いによるものか不調によるものか分からないが頭に響かなくていいな。
一戦、十戦、二十戦……と3歩進んで1歩下がるようなじりじりと効率悪く上がっていく評価とは裏腹に僕の体調はあまり良く無くなっていた。
まだ全然900乗ってないのにバクダンは撃ち漏らすしイクラは暴投するし挙句の果てには満潮なのに沖に向かって水没する始末だ。
「なあ、お前今日変だけど大丈夫なのか?」
とうとうヤニカスのタコに不審に思われた。僕は彼が嫌いだ。意図して手を抜いてる所と髪型さえ違えば何も思わないんだけどな。……。
「すまないな、僕は大丈夫だよ。」
まだ動ける。なによりお金を稼がないと生活出来ないし。
「……くしっ!……くしっ!」
「……大丈夫か……?」
「……大丈夫だよ。」
今のはクールに出来ていただろうか。
「体調悪いのか?」
ああ、悪い。悪いけど動ける。動けるなら大丈夫なんだ。
「ちょっと風邪気味なだけだよ。動けるし、気にしないでくれ。」
「いや、動けてないけど……。お前が満潮で死ぬとか見たことねぇよ。」
「……。」
「まあ、今回はカンスト無理だろうしほどほどにやっときゃいいんじゃねーの?」
キミが言うと非常に憎たらしいな。しかし、そうさせてもらおう。ノルマクリアしたら生存重視しておけば最低限は貰えるし治ったら2倍納品すればいい。別に僕はブロックされてないから彼らが休みの日は野良と組めばいいし。
生存重視で立ち回り出してさらに十戦ほどした。そろそろ休みたい。普段休みたいなんて思わないのに僕はとても疲れていた。動きはもう目も当てられないことになっていた。ザコちゃんと変わらないんじゃないだろうか。何とかクリアしたウェーブ3。浮き輪になってしまったがヘルプを出すのもカゴ近くに移動するのも面倒くさくてその場でじっとしていた。
上からインクが降ってきて無理やり起こされる。
「お前本当に大丈夫か?」
ヤニカスのタコがスプラシューターを僕に向けていた。ああ、彼が起こしてくれたのか。
カゴ周りではカフェイン中毒のイカがザコちゃんに吠えている。
「大丈夫だよ……。」
そう、まだ動けるから。
「いや……お前さっきよりだいぶ動き悪いし顔色も悪い。」
ふとこの間カフェイン中毒のイカが体調不良で働いてザコちゃんに向かって吐いていたのを思い出した。インクで流したっけ……。あんなことになる前に休むのが得策かもしれない。
「……帰っていいかな……。」
「その方がいいと思う。」
人相は悪いが悪いタコでは無いんだよな。ザコちゃんと話す時なんかはすごく言葉遣いに気をつけているし。
「帰って飯にしようぜ。」
丁度いつも休憩に入るくらいの時間だったのもあってタコが上空を飛んでいたヘリを無線で呼ぶ。
素直にカフェイン中毒のイカも聞き入れたようでもう一戦するとかごねずに寄ってきた。
「こいつ体調悪いから午後は無しな。」
カフェイン中毒のイカはえっ、と言いたげな顔をしたが体調不良と言われれば何も言えないのか午後のバイトが出来ないことに落胆している。
「言われてみれば動き悪かったよなぁ。」
彼にもそう思われていたのか。まあ、デス9は多いよな。
「……え、何。」
ヤニカスのタコが無線で何か拾ったらしい。
「……オカシラ……。」
地響きがして僕らの後ろの海からざぶんと何かが現れる音がした。
タツの攻撃を避けて攻撃してと縦横無尽に動いているといよいよ吐き気がしだした。ダメージを受けて体内に侵食してくるシャケインクが気分の悪さを助長したからだ。二日酔いで食べ物の匂いを嗅ぐと吐き気を助長する感覚とかなり似ていて気持ち悪い。
どうせオカシラは削り切れなさそうだ。それに不調がバレている以上役に立たなくてももう何も言わないだろう。タツから背いてアラマキの高台裏のデスポイントに行く。ヘリで吐くほど悲惨なことは無いから吐いておこうと思ったからだ。
トドメのアメフラシに晒されて視界の縁がぐにゃぐにゃしてぶわっと背中に鳥肌が立った瞬間インクと体液が混ざったものが出た。
かけだしの頃はシャケインクを体が受け付けなくてよくこうなってたっけ。シャケインクってよっぽど良くないんだな。なんて思っていると再び吐いた。ウェーブが終わる音がしたけど吐いてて反応出来ない。早くインクで流して証拠隠滅したいのに。
とりあえず立ち上がろうと思うが再び嘔吐反射が起こり蹲った体制から立てない。
「大丈夫かー、生きてるかー?」
案の定さっきから気にかけてくれているらしいヤニカスのタコが来る。
「え、うわ、吐いてんじゃん。」
タコは僕の浮き輪とその固定具を外すと背中を摩ってきた。現場で浮き輪を外すなんて本来御法度だけど僕が楽になる方を選んでくれたんだと思うと何も言えなかった。
体を触られるのはとても久しぶりな気がした。なんだか気恥ずかしいな。それにイカたちも集まってきた。そんなに集まらないでくれよ。
「ごめん、もう大丈夫。」
体内のシャケインクが全部出たのか少し楽になった。支給されたスプラシューターで吐瀉物を海に流す。
丁度ヘリが降りてきて扉を開けてくれる。いつもやかましいイカもオロオロしていた。ああ、帰りも静かそうだな……。
「着いたぞ。」
ふと気がつくと商会に戻っていた。どうやらヘリの中で寝ていたようだ。全くもってらしくない。しかも隣にいたヤニカスのタコに寄りかかってしまっていた。
「すっ、すまない!」
今日は痴態を晒しすぎだ。恥ずかしくなってくる。
「いや別にいいけど。てかお前だいぶ熱あるだろ。なんで出勤したんだよ。」
「確かに少し熱っぽい感じはしたけど元気だったからなぁ……。」
「いや、熱っぽいどころじゃねえだろ。お前に限ってバカってことはないだろ。ほら、降りれるか?」
手を差し伸べられる。一瞬トラウマが蘇ったがあの時とは違う。単純にヘリから降りるためだ。中途半端に伸ばしてしまった手を引かれてヘリを降りる。
少し震える手でもたもたと着替えておつかれ、と一言言って帰路に着く。商会裏の寄宿舎に戻るとブルゾンのまま薄いベッドに横になった。高熱なんだと自覚すると一気に体調が悪くなった感じがした。明日は出勤できるだろうか、そうぼんやり思いつつさっきまで寝ていたのに再び眠気が襲ってきて再び眠りに落ちた。