バレンタイン話。
(シンキラ)
薄暗い部屋で、ぼんやりと画面の光が目に入ってくる。
カタカタとキーボードを打つ手は、いつものような速度は無く時折ピタッと止まって、頭を抱える様に片手で髪をくしゃと握り締めた。
煮詰まった思考に、これはもうダメかと諦めようとした瞬間、部屋のコール音が鳴り響く。
「隊長、シンです」
返事を返す前に扉が開いて不機嫌そうな顔をしたシンが現れた。
なにか彼を怒らせるような事をしただろうか? そんな事を考えていると、つかつかと苛立った様子の足音を立てながら、デスク前にやって来たシンの顔をぼんやりと見詰める。
「⋯⋯キラさん、また徹夜しましたね?」
静かなシンの言葉に、あれ? と首を傾げる。ゆっくり視線を画面端に移動させ、時計を見ると7:00を示していた。
「⋯⋯」
またやってしまったのだと分かり、あははと乾いた笑いが漏れた。
「⋯⋯俺言いましたよね? ちゃんと休んで下さいって。目の下また隈作ってるし」
「うっ、ご、ごめん⋯⋯」
シンはキラを心配して休めと言ってくれていた。それに対して、キラも分かったよと返事をして自室へ戻ったのだが、思い出した事を早く仕上げてしまおうとプログラムを開いたのが間違いだった。
いつもの集中力のせいで時間を忘れてしまい、気が付けば朝だった。着替えもシャワーすら浴びず、食事も部屋にいつも常備していた栄養バーで済ませていた為、机の上にはそのゴミが捨ててあったのをシンは溜息をつきながら捨てていた。
「キラさん。ちょっと口開けてください」
「ん?」
てっきり怒られると思ったのになんだろう? と口を開けると、ポンっとシンに口の中へ何かを入れられた。
「⋯⋯ん」
口の中にじわりと広がる甘味。これは⋯⋯。
「⋯⋯チョコ?」
「そうですよ。今日バレンタインなんで、誰よりも早くキラさんに渡したかったんです」
「⋯⋯バレンタイン⋯⋯そっか⋯⋯」
すっかり溶けきって無くなったチョコは美味しかった。
「⋯⋯ごめんね、僕用意してない」
バレンタインなんて全く頭になかったから用意も何もしてないよと謝る。
「いいですよ。勝手に貰うんで」
シンの言葉の意味が分からなくて顔を上げると、シンに突然キスをされた。
「んっ!?」
入り込んできた舌に、無遠慮に口腔内を舐め取られる。
すぐにリップ音と共に離れたシンは、ニッコリと笑って「キラさんとのキス、チョコの味で美味しかったです」なんて悪びれることも無く言いのけてきた。
「な、っ、シンっ!?」
突然の事に顔が赤くなったのを感じ、文句を言おうとしたらシンはさっさと部屋の入り口に逃げていた。
「渡したい物も貰いたい物も貰ったんで、一旦戻ります! あ、艦長に半休貰ったんで、今からちゃんと寝て下さいね!」
また来ます! と手を振って出て行ったシンを見送るしか無くて、立ち上がっていた椅子に力なく座り直す。
「⋯⋯もう。シンのバカ⋯⋯っ」
こんな事をされたら眠るに眠れない。
少し熱の灯った身体を冷ます為にシャワーを浴びる。熱も収まり大人しくベッドに横たわると、限界が来たのか睡魔が襲って来て大人しく身を任せる。
(チョコ、ちゃんと用意しよう⋯⋯)
そんな事を考えながら目を閉じた。