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    Ac_bluefox

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    Ac_bluefox

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    尻切れトンボ。
    炎司逆行モノで自分ならどう書くか気になって書いたもの。

    燈炎、ホー炎、焦炎にいつかなる…予定。今のところ燈炎のみ(🍰は気持ち…?自分的にはそこまでではない)
    他も出るかも知れない?

    【炎司愛され 逆行もの】□エンデヴァー視点
    〘1章〙

    償えただろうか。
    今際の際。目を瞑るときに浮かんだ言葉は、誰かへの投げ掛けのようで結局、己への問い掛けだった。
    そうと分かったからか、……この震えた声は……夏雄か。夏雄から「結局自分しか見えてねぇな」と言われてしまった。
    次に冬美が「お父さん、元気でね」と少し汗ばんだ額を布で拭ってくれた。この視線は冷だろうか?静かに側に居る。結婚も子供についても、戦いへの背中押しも、燈矢を止めたことだって。お前には本当に世話になった。
    遠くからドタドタと足音が聞こえてから、力いっぱいに襖を開けた音がした。

    「ハァ、ハァ……親父は?」

    ……焦凍か。約30年前にAFOは倒したものの、この個性社会で簡単にヴィランがいなくなるわけでもない。焦凍はあの戦いから帰還し、今もヒーローとしての活動を続けている。昨日もそれでパトロールだったはずだ。
    俺はと言えば定年を超え、事務所は事務員たちに引き継いだがヒーローを続ける選択をした。決戦に出た残党をひとり残らず片付ける、その状態で家族を見ること。それが俺に課せられた償いの一つだと思ったからだ。
    ただ、ダツゴクを含めると多大な数であったこと、AFOやヴィラン連合との戦いの傷、凡人が超人の代わりに継いだ繰り上がりのNo.1をある程度保持していたことへの重圧、…他にも諸々と事情があり、ダツゴクは全員刑務所に戻した後にヒーロー業の継続困難なガタが来て5年前に退職を余儀なくされた。

    「多分……最期だよ」

    冬美の言葉で現実に引き戻される。まだお前の言葉を聞いてない。焦凍、お前には生まれて…いや生まれから、俺に振り回されて生きていた。身勝手なことを言うが。それでも、生まれてきてくれて

    「俺が継いでく、後に継いでく。お前の罪は親父のだから背を負わねぇが。俺達で作った平和は……後にも継いでく。任せてくれ」

    右腕の人体として残っている部分を力いっぱい握られた。
    義手をつけるためのプラグ装置がカチャリと音を立てる。
    仕事をするときにはモタモタしていると周りに不便をかけると右腕に義手をつけていたが、燈矢の最期の姿に右腕が無かったことから引退後も罪を忘れないようにプラグは残しても義手は付けなくなった。
    顔は見えなくても、腕を掴む力が、声が、穏便に焦凍自身の頼もしさと力強さを伝えてくれる。

    「あ……りが、と…ぅ……」

    迷惑をかけた。ここに居ない燈矢にも。俺の都合で始めて、傷つけておいて身勝手な想いだが、お前たちに出会えて本当に良かった。
    生まれてきてくれて、ありがとう。

    個性社会の特異点をNo.1ヒーロー エンデヴァーとして向き合った轟炎司の人生の幕は閉じられた。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    炎司はパチリと目を開けた。

    目が『開く』? 人の形を持って地獄に来たんだろうか。
    それにしても、代わり映えのしない天井。いや、寝る前までに見た天井よりは湿りっけや汚れが少なくてキレイな気がする。

    左手を握り、開いてみる。目に見える位置に持ってこれる。身体が動く。
    右腕を根本から動かしてみるとその先も存在した。
    右腕がある……? 20数年は離れていた感覚だからかなり違和感がする。身体を起こすにしても、肘の存在を忘れて二の腕の真ん中あたりで持ち上げたつもりになり、目線が思ったよりも高くなって驚いた。そうか、こんなものだったか……。
    布団を持ち上げて身体を見るとハリがある筋肉が見える。流石に5年もヒーロー業をしておらず、縁側でぼんやりとすることが多くなっていたから筋肉も衰えて、老化により肌も掠れてたはずだ。それが弾力もハリもある筋肉になっている。
    全盛期に戻されているのか?と思うには若々しい肉体だった。
    地獄らしからない……ここが死後の世界なら、燈矢は居るだろうか。

    遠くからバタバタと足音がして、襖が力強く開けられた。

    「お父さん、朝だよ!!朝のトレーニングしようよ!」

    襖の方を見て、固まってしまう。
    そこには赤毛の少年、在りし日の燈矢が足をパタパタと忙しなく動かしながら、俺の返事を待っていた。

    「何、ぼーっとしてるの!もう6時だよ!トレーニングしようよ!それでね、お父さん。今日も仕事終わったら、個性訓練付き合ってよ!」

    燈矢はパタパタと忙しない動作のまま近づいてきて、俺の右腕を引っ張った。

    こんな夢を、走馬灯を見ても良いのだろうか?
    俺は犯した罪に見合わない幸せな終わりを迎えた。それに加えて良いんだろうか。いや、ここから突き落とされるかもしれない。
    俺の罪が詰まった『荼毘』になる燈矢、ただ頼ることしかしておらず一人悩む冬美、優しいが故に周りを見て自分を試みて苦しむ夏雄、高校生になるまで俺を恨みそれだけを考えるようになっていた焦凍、俺の野望に付き合わせ壊し、14年もの間病院で過ごすことになった冷。俺が燃やした火を消さないままにしたせいで、巻き込まれたヒーロー、市民たち。
    ここから見せられるんだろうか…。そうであれば見なければならない。向き合うんだ、轟炎司。

    「お父さん!」

    右腕を引っ張っていた燈矢が更に力を入れて引っ張る。
    燈矢の、腕……。
    俺は反射的に燈矢の腕を掴み上げた。火傷痕は……ない。

    「?!痛いよお父さん」
    「っ!すまない!!」

    息子の苦しむ声が聞こえて即座に手を離す。
    燈矢は、自分の腕を擦って「痛かったなー!」とわざとらしく声を出した。

    「わ、悪かった…。どうすればいい……」
    「悪いと思うなら、朝のトレーニングに個性訓練も入れてよ!でさでさ!今日こそ必殺技、教えて?」

    キラキラとした目でこちらを見てくる燈矢は何度も何度も思い返した顔で。4歳のときで間違いないだろうか。個性が発現して程なくして、髪が白くなっていき、氷の個性に合った体質も浮き彫りになっていっていた。
    目の前に居る燈矢は、白髪もない赤毛をふわりと動かして俺にねだってくる。
    待て。今、腕を掴めなかったか?これは過去の振り返りではないのか?
    不思議に思いはしたが、眼の前の燈矢は俺が考える時間を待てないのかまた足踏みし始めた。

    「……必殺技はまだ早いな」
    「えー!でもお父さん以上の火力が出せるんだよ!それにオールマイトを超えるなら早く覚えなきゃ!」
    「うっ……」

    燈矢の一字一句が己に刺さる。焦凍曰く、荼毘……燈矢の技は殆どが俺を真似たもので俺以上の素質があるという俺の言葉を励みに身に着け続けていたそうだ。

    「と、燈矢。それなら、火力の調整をする訓練にしよう」
    「なんで? 強くならなきゃいけないのに」
    「そのためにもだ。いいか、No.1ヒーローになるには技を市民に当たらないように調節してこそになる」
    「うん」
    「また、敵にも過度な攻撃は出来ん。無傷で捕らえられるならそれがベストだ」
    「うーん」
    「俺達、炎の個性では広範囲での制圧が得意であり、避難誘導が……ゴホン。炎の個性は広い場所や守るべき人がいない場所なら使いやすいが、人が多い場所では人に当たってしまうから使いにくい。なら、どうするべきか」
    「火を調節したり、コントロールする?」
    「そうだ。よく分かってるな」

    冷に似てさらりともふわふわともした髪を撫でると、先程までの不機嫌そうな顔は収まり、ニカッと歯を見せて上機嫌に笑った。

    「へへ、だってお父さんの息子だもん」
    「そうだな。お前は俺の自慢の息子だ」
    「!」

    燈矢は、目を見開いてこちらを見てくる。何かあっただろうか?と首を傾げていると、更に機嫌を良くしたようでスキップでもしそうな勢いのまままた俺の腕を掴む。

    「放すなよ」
    「うん?うん。絶対離さない」

    燈矢の返答を聞いたあと、燈矢のごと腕を持ち上げてもう片手で燈矢を抱える。

    「トレーニングに行くか。今日はトレーニングを短めにして、個性の調節をしよう」
    「! やったぁ!早く!早く!」
    「こら、服を引っ張ると危ないぞ」

    この日から、燈矢とは少しずつ炎の調節する特訓を始めた。もちろん始めは炎の消し方からだ。
    また、訓練にできる限り指南するためには、俺が唯一オールマイトを越えていた事件解決数はできるだけ落とさぬままでスケジュールを調整する必要があった。こればかりは見逃してしまえば、生前に起こらなかった事件も起こり得る。敵は何を引き起こすか分からない。効率から目を逸らし、実績を落せば、人の命が落ちる。手は抜けない。雇う人数、時間を調整して一人ひとりの負荷を軽減し、俺自身の就業時間も減らし、帰って食事を食べたら他家族の分も残してもらっていた食器を洗い、燈矢が眠る1時間前には訓練に入れるようにした。
    その間に燈矢の髪に白髪が入るようになり、まだ完璧に調節出来ていない炎は燈矢の肌を焦がした。

    「デザインじみたことは、ね。……できる限り、燈矢くんには個性を使わせないで下さい」

    火傷の傷と個性の耐性を見てもらいに病院に行けば、忘れられない言葉があの時の医者から飛んでくる。
    分かっている。分かっていた。これが長い走馬灯であっても行動できるなら少しでも変えてやりたかった。自分の罪を消すかのようで狡いやり方だとしても。この時に火が消せるなら消しておきたかった。



    「個性の訓練。やめたほうが良いと思います」
    「冷……」

    燈矢も冬美も寝た後に、冷と今日の診療結果について話をすることにした。
    冷を見ると、これだけは言っておかねばならないと子供を守る母として退く気はないと意志の強い瞳で俺を見ていた。

    「……と、言いたいけれど、あの子は貴方に見てもらいたいから諦めきれないと思う。炎の調整が早く出来ればいいのだけれど……それを終えるのにどれくらいかかるの?」
    「今の調子では火傷しない程度にするまで早くて1年はかかるだろう」
    「……ねぇ」
    「なんだ」
    「あなた、それだけ見てられる?」
    「……時間は作る。燈矢が怪我しないように、俺が見る」
    「じゃあ私にも時々見させて。冷水や氷を準備してるだろうけれど、それでも足りなかったら私が冷やします」
    「冷、お前の」
    「貴方が私の“個性”を目当てに結婚したことは分かってます。冬美のお世話もあるけれど、燈矢は貴方の子であり、私の子でもあることは話が別。結婚したばかりの時は聞いてもらえないかもと思っていたけれど、……なんだか今の貴方なら話を聞いてくれそう……そう思ったから。ねぇ、私の提案聞いてくれる?」

    生きてる間にも感じた冷の芯のある強さ。俺はあの時も助けられて、また…

    「私の心配をするなら、冬美のことも見てくれる? 今は燈矢のことでいっぱいいっぱいなんだろうけれど、冬美も貴方の子で、冬美の成長が燈矢にも影響するかもしれない。兄妹がいたら助け合えるかもしれないから私は二人目の妊娠を同意したんです。今は燈矢も貴方もお互いしか見れてないから、父である貴方が率先して変わらなきゃ」
    「そ、そうだな。……冬美のことはその通りだ。いつもありがとう」
    「……一つでも聞き入れるなんて貴方らしくない。ふふ。でも、聞いてくれて嬉しい」

    クスリと微笑む冷の表情にドキリと心臓がなる。
    ああ、そうだ。またやってしまっていた。ここ最近は冷の笑顔を見ていなかった。無理をさせてしまったことを反省し、燈矢のことも話し出す。

    「燈矢のことも世話になる。訓練時は声を掛ける。都合の良いときにでも来てくれ」
    「私の子でもあるって言ったでしょう? 二人であの子達を見ましょう。……それともう一つ、燈矢のことなんだけれど」

    「お父さんたち、何話してるの」

    寝ていると思っていた燈矢がダイニングの扉を開けて、ちらりとこちらを見ていた。身体を入れるまでもなく、目だけで両親二人を交互に見る。柔らかく垂れ気味の燈矢の目が今は座っており、ゾワリと背中に悪寒が走った。

    「今後について話していた。燈矢はどうした?」
    「のどが渇いちゃって」
    「あら、じゃあお水でいい?」
    「ん」
    「燈矢。お前も関わる大事な話だ。ここに座りなさい」
    「ん」

    燈矢と向き合っている中で少し分かったことがある。
    口を尖らせた時の燈矢は何か不満があるときだ。今回の場合は、冷と話していることを隠し事だと思っていて仲間外れにされているのが嫌なのかもしれない。
    誤解を解くためにも冷がグラスを出し水を注いでいる中、俺は隣の椅子を自分側に向けそれに座るように促し、身体を燈矢の方に椅子ごと向けた。燈矢は嫌がること無く、促した椅子に座り、こちらに目線を合わせないにしても耳はこちらに向けて聞く体制はあるようだった。
    少し冷たい燈矢の両手を包むように持つ。

    「燈矢。個性を使うと火傷してしまうのは、自分でも分かってるな?」
    「っ!!!」

    冷がビクリと体を動かし、二人の様子を見つめる。
    燈矢は目を見開いてこちらを睨みつけ、手を握っていた俺の手を掴んだ。先程まで冷たかった手に明らかに人肌の温度ではない熱がこもっている。

    「お父さん。僕、出来るよ…?少し位の火傷なんて我慢できる。ね、お父さん、訓練止めるとか言わないで。僕、越えられるから。オールマイトを越えてNo.1になれるよ。お父さん、だから」
    「ああ。お前には素質がある」
    「なら!!!!!」
    「そうだ、燈矢。お前には素質がある。だからお父さんたちと考えていこう。今後も火の調節の訓連をしていく。その間で他にも火傷も負うだろう。それのためにも時々冷にも訓練場に来て冷やしてもらうつもりだ」
    「何言ってるんだよ、僕一人で出来るよ!」

    俺の目を見て必死に訴える燈矢の手を少しばかり握り返す。
    その一つの行動で燈矢は黙る。俺の威圧で怯んだわけではなく、手を握ったことで押し黙った。そのままではオールマイトを超えられない。俺が決めた燈矢の夢を叶えることは出来ない。察しが良いんだ、この子は……。

    「燈矢。俺の事務所にも俺を冷やしてもらうためのチームが居る。これはその人たちとの協力訓練でもあるんだ。それに俺も小さい頃は火の調整に苦労した。氷水が入ったバケツに入って訓練もしたくらいだ」
    「お父さんも……?」
    「ああ。だから冷にその役をやってもらう。……冷の個性ならお前の火傷もある程度まで冷やせる。最小限にはするつもりだがお前自身を傷付ける行為だ。それでも」
    「やる!!僕ならやれるよ!!」

    やれるか、じゃない…。ただ、この歳の、生まれてきてから俺の願望を知ってる燈矢がそれを聞いてもあの時の二の舞いだろう。生きてる時の冷の話では『本当にヒーローになりたいのか、お父さんに縛られてるように見える』と言った所で憤慨して瀬古杜岳に行ってしまったと聞いた。

    「燈矢」
    「なぁに、お母さん」

    燈矢はグラスに水を注いで持って来た冷に笑顔で応えていた。
    よく見ると、自分と俺の分も注いでくれていた。
    顔を綻ばせた燈矢の反応を見て、片手を解き、冷に軽く会釈をして水を飲む。

    「本当にヒーローになりたい?」
    「え」

    今度は俺が燈矢の手を少し強めに握ってしまう。
    突然冷えた空気に飲んでいたグラスを音が鳴らないように置き、燈矢の顔を見た。表情が抜けている。まずい。あの時のようには

    「No.1を超えるヒーロー、に、」
    「そうじゃなくて、燈矢はヒーローになりたい?」
    「……」

    ぐつぐつと。握った手の異常な熱が伝わってくる。俺よりも高い火力のそれは正直、熱耐性が高い俺でも熱いと感じるほどだった。

    「冷…っ、これ以上は」
    「貴方は燈矢を見て」

    パキキ…と音がしてそちらを見れば、床と椅子を伝って俺の手ごと燈矢の手は氷に覆われては蒸発していた。燈矢の炎は暴発する手前だ。いくら氷を纏っても蒸発してしまう熱がこの子の手から出ている。
    俺が冷を見ていると冷は燈矢を見てと目線で俺を見るべき方を促す。燈矢の手から体へ視線を動かすと、燈矢は荒く速まる動悸に合わせて息を吸っている。顔を見れば、道を失った迷子のような目で涙を浮かべ、質問をした冷ではなく俺を見ていた。

    「燈矢……」
    「お父さん。そう、だよね? No.1を、超えるヒーローに、僕、なれるんだよね?」
    「燈、」
    「お父さんが作ってよかったって。思えるヒーローに、なれるんだよね? 僕で良かったって。僕ならオールマイトを越えて、お父さんが望むヒーローに、なれるんだよね?」
    「……」
    「答えてよ!エンデヴァー!!!」
    「…………ッ!」

    赤子の焦凍を襲った時の燈矢がリフレインして喉が詰まる。あの時の目だ。あの時、俺が逸らした目だ。……見るんだろ、冷とも約束をしただろう。何よりも
    荼毘に、生きていたときの燈矢に、次は俺が見続けると言っただろう。

    「なれる。お前なら」
    過去は最高傑作だと謳い、雄英で真っ当に心身共に鍛えられ、俺も助言を入れた焦凍でさえ、火力も桁違いで一目見て技を覚えたお前を止めるのに苦労した。

    「だからこそ、」
    No.1の座に座ったことがある俺なら、今なら分かる。強さだけではあの席には到底座れない。俺がNo.1になろうともオールマイトの存在が、安心を求めた市民の声が、そこの座にオールマイトを縛り付ける。

    「強さに縛られた『俺』でなく、」
    AFOと闘った今なら、若者の未来を守りたいと願った俺なら分かる。ヒーローが守るもの。それは若者の未来を、選択肢を、閉ざさないこと、脅かす存在から守ることだ。

    「今の俺と……今のフレイムヒーロー エンデヴァーの姿を見てくれないか」
    強くあるというのは俺の原点でもある。己の弱さを覆い虚勢を張ってでも、未来を潰させないということだ。

    「…………今の、お父さんを見る」
    「ああ、見ていてくれ。それでいつか、お前がどんな人間になりたいか教えてくれ」
    「……分かった」

    燈矢は声を抑えてはいるものの泣き止むわけでもなく、静かに俺と目を合わせてくれていた。
    そうだ、今の俺を見ていてくれ。そして、俺もちゃんと言葉にしよう。

    「見ているからな、燈矢」
    「ずっ、…ヒュッ、う……うんっ」

    我慢していたものが決壊したのか、声に震えが混じり、涙を流した燈矢を抱き締める。炎を今にも出しそうだった手の温度はいつの間にか普段の冷たさに戻っていた。
    燈矢は炎の個性を持ちながら、氷の耐性の方が強く、熱耐性が自分の火力に合わない身体だ。だが、燈矢の最期に火事場の馬鹿力とはいえ、冷の氷の個性も発現させていた。身体の奥深くに眠るものがあって、この手は冷たいのだろう。
    火事場の馬鹿力は個性の覚醒とは違い、死地に至った時にしか発動できないものだから、燈矢は焦凍の半冷半熱の様には使えない。だから、別物である覚醒を促しても、きっと氷の個性は出ないだろう。覚醒なんてしてしまえば、それこそあの瀬古杜岳の火事のように炎に耐えられない己が身を焼くだろう。
    燈矢の小さい身体を抱きしめて誓う。今度はそうはさせないからな。

    「見ててね。お父さん」
    「ああ、見てるぞ」

    燈矢に水を飲ませ、俺が抱き締めてから離れようとしない燈矢を寝かせために部屋を出ようとしドアノブを回す。ダイニングの扉を開ければ、静かに涙を流している冬美が扉の前に立っていた。どうも先ほどの声で起きて、この話を聞いていたらしい。ああ、また冬美に我慢をさせてしまっている。
    未だに離れない燈矢を片腕に移動させ落とさないようにしてから、冬美の目線に出来るだけ合うようにしゃがむ。
    生前に小学生の教師である冬美が教えてくれたことだ。「お父さんは身体が大きいんだから、子供にそのまま話したら怖がっちゃうよ」No.1になりたてでファン層や市民への接し方が分からなくなっていた時に教えてもらった。本当は椅子に座らせたいのだが…今の冬美は動けそうにない。

    「冬美……どうした?」
    「とうや兄の、っ大きい声がして、っひ、一人、部屋で…きーてるのが、っこ、っひ、」
    「ありがとう。ゆっくりでいいんだぞ」
    「っひゅ、……ぅ……こわ、こわかった」
    「すまなかった、冬美。気遣ってくれてありがとう」

    空いた片腕で冬美の頬から涙をすくう。いつもは熱いから嫌と退かそうとするが今はその余裕もなくされるがままに冬美はボロボロと涙を流していた。

    「あなた、これを」
    「ありがとう」

    冷が後ろからタオルとティッシュを持ってきてくれた。冷もいつもなら冬美を抱き上げて慰めていただろうが、今は俺が冬美も見ることを見守っているんだろう。
    冷から受け取ったタオルを出来る限り優しく、ティッシュで鼻をかませ、鼻周りを拭き、流れてくる涙を拭う。
    そこから30分は経過しただろうか。
    冬美も泣き疲れ、俺に体を預け寝てしまい、片腕で支えていた燈矢も気づけば寝てしまっていた。

    「お疲れ様。今日はありがとう」
    「お前もありがとう、冷。これからも……不甲斐ない夫だが宜しく頼む」
    「ええ、こちらこそ。私も見てますから。ヒーロー」
    「ああ」

    流石にしゃがんだ体制から冬美も燈矢も起こさないように抱き上げるのは困難だと判断して、冷に冬美を任せて子供部屋に連れて行く。

    今頃になるがこれはただの走馬灯じゃないようだ。
    過去の出来事を都合よく捻じ曲げられる走馬灯。そんな都合の良い夢の、いや、この世界のこの子達と今から生まれる彼等の為に踏み出そうと決意した。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    〘2章〙
    焦凍と燈矢とホークス、オールマイト(もはやメモ)

    あれから数年経ち、冷とも良好な関係のまま三男目の出産に立ち会い、そして子供たちと同士の始めての顔合わせの日になる。
    ここに居る夏雄と焦凍の誕生は結局のところ俺の希望を貫いたに過ぎない。生前では俺の野望と燈矢を止める手段として冷に強要し、彼らが誕生した。今回は彼等にもう一度会いたい……とは言えないが、頭を下げ、後二人欲しいと言うと、彼女は優しく家が賑やかになるのは嬉しいからと条件付きで承諾してくれた。条件と言っても、燈矢や冬美をおろそかにしないようにという以前の俺が出来ていなかった当たり前の事だった。
    今の燈矢の髪は毛先に赤毛が入る程度になったが、本人も意欲的に訓練に入り込んでくれたお陰で不安定さは残るものの炎の調節は順調に進み、出力を一時的に上げても炎を自らの意思で消せるようになっている。
    身体的能力である炎のコントロール、即ち精神に直結した“個性”の制御は理性を制御することにも繋がることから、燈矢に理性的な余裕を持たせられるようになった。

    「「「しょーと?」」」
    「そうよ、焦凍って言うの。よろしくね」
    「よろしくね!!お姉ちゃんの冬美だよ!」
    「よ、よろしく、しょーと」
    「……」

    冬美と夏雄が生まれて間もない弟に正反対の挨拶をしている中、燈矢が焦凍を見て固まっている。
    理性的な判断や余裕が生まれたとはいえ、まだ小学生だ。幾らあの時と違って今は俺が訓練をしていようとも、察しの良い燈矢は半冷半燃を持って生まれただろう焦凍の誕生を少しばかり危惧しているようだった。俺は冷とアイコンタクトを取り、燈矢を抱き上げて目を合わせる。

    「お父さん、僕……」
    「どうした、マイヒーロー」
    「!」
    「……例え焦凍に訓練が必要になっても、お前とも個性訓練をやっていく。お前が良いなら着いてきてくれるな?」
    「着いていかない!お父さんも追い越す!」
    「はっ、やってみろ。No.2の壁の厚さを思い知らせてやる」

    歯を見せてニカッと笑った燈矢に同じ笑顔で返す(返したつもりだ)。
    さっきとは打って変わってご満悦になった燈矢は抱き上げられたまま、ぱたぱたと足と手を動かす。兄弟の中ではまだ小柄だが、それでも8歳と大きくなっている燈矢は片手で持ち上げるには難しく、両手で抱えるほどで暴れると流石に危ない。

    「見ててね、見ててね、お父さん!僕、強くなるからね!」
    「燈矢が望むなら幾らでも」
    「僕、お父さんみたいな……それでNo.1も越えたヒーローになる!なりたいから! だから見ててね、お父さん」
    「あ、ああ……ああ!頑張ろう」

    燈矢の突然の宣言に驚きながらも答えた。
    見てるぞ(愛してるぞ)、燈矢。
    感極まって抱き締めると、「苦しいって」と小さな抗議の声が聞こえた。少し力を緩ませ、その代わり力いっぱいにこの幸せを噛みしめる。そんな報われて良い人生ではなかった。前の世界では、燈矢を、焦凍を…家族を、俺の原点を忘れてただ力を求めて大勢を不幸にした。それは忘れてはいけない事実であり、呪うべきは己の弱さであることも忘れてはならない。
    俺達を静かに見守っていた冷が優しく微笑む。彼女の瞳も曇らぬよう、俺は立ち上がろう。そして、眼の前に広がるまるで星の輝きのような眼たちを曇らせないよう、俺の原点とこの時間――新たな原点を忘れず、俺も強くあろう。
    弱い己を燃やし、焦がし尽くし、彼らの未来を守ると誓おう。

    「険しい道だぞ」
    「だーいじょうぶ!僕にはお父さんも居るし、お母さんや夏くんたちもいるから!」

    そう言って俺の首を短い腕で回し頬をくっつけてきた。まだまだ未発達で柔らかい頬が俺のゴツゴツとした頬にくっつく。

    「チクチクしていてぇー」

    髭が刺さって痛いようだが止める気もなく、俺も甘んじて受け入れた。
    足元を見れば夏雄が俺のズボンの裾を引っ張っている。

    「どうした、夏雄?お兄ちゃんか?」

    両手で燈矢を支えたまましゃがんで目を合わせる。
    燈矢と仲が良い夏雄は楽しそうな兄の姿になにか思うところがあったんだろうか。夏雄は、ただ何かを要求する目を向けてくる。特に俺に対して、自分の考えをあまり口に出さない。
    前の世界の態度を改め夏雄にも目を向けているつもりなのだが、どうしても積極的に来る冬美やヒーロー志望で難しい調節も必要な燈矢に構いがちになっていることも原因の一つだろう。

    「…………」

    静かに待つ。本当は選択肢を用意したほうが良いかもしれないが、俺にそこまでの技量がなく、ただ待つことしか出来ない。
    夏雄はその空気に耐えられなかったのか、そわそわと目を泳がせてからつぶやいた。

    「……おれも、だっこ…」

    ナツォオオオオオオオオォ!!!!
    喜びのあまり叫びそうになった己を叱咤し、努めて冷静に。冷静に!!燈矢をどうにか片手で抱えられるようにして夏雄を抱えられるスペースを作る。
    幸い燈矢は俺の首に手を回したまま離れない。一言燈矢にこの手は離すなよ?と了承を得て夏雄に腕を伸ばした。

    「夏雄。俺の肩を掴んでくれるか?」
    「ん」

    目を合わせてはくれなくなったが、言ったとおりに肩に手を回してくれる。そのまま夏雄を俺の腕に座るように促して夏雄の位置が決まったところを確認して、立ち上がった。

    「ひょっ…」
    「と、動きが早すぎたか。すまない」

    夏雄はガタイが俺に似たようでまだ幼くてもある程度の身長がある。

    「夏くん、下を見ちゃだめだぞ」
    「わたしもやってー!」
    「た、たか、…でも、う、わか、わか、わ、かった!」
    「本当に大丈夫なのか……冬美はもう少し待っててくれ。燈矢、降りてくれるか?」
    「え、ヤだ」

    最近の子育て本に、長子だからと我慢させることは良くないと聞いたが、抱えた順番を考慮して夏雄があとだから燈矢に譲ってくれるか聞いてみる。その返事は即答で、イヤイヤと首を横に振られてしまった。燈矢はずっと俺の首にくっついているのでふわふわとした髪が……少し擽ったい。
    こういう感触には慣れておらず続けられると辛いんだが、今は耐えるしか他にあるまい。

    「お、俺がおりゅ、降りるよ」
    「夏雄は今だっこしたばかりだろ?我慢しなくていい」
    「う、うん……」
    「えー!じゃあ、俺が降りるから肩車して!!」

    結局登り木の様になった俺を見て冷が吹き出す。
    子供たちも彼女も笑ってくれているから良いが、細心の注意を払っていても少し危ない。視線だけでも逃げるように冷の手元の焦凍を見るとこちらをじっ…と見ている。しょ、焦凍も抱えてみたいが今はどうしても無理だ。やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ……!

    因果応報というべきなのか、瞬時に出た言葉にあの時の冷を思い出す。こんな笑える空間でもない、皆が泣いていて悲痛な目をするしかなかったあの頃の、

    「お父さーん?」

    頭上にある燈矢の顔を見ようとし、上を向くと頬を掴まれ固定される。
    燈矢は俺の目をじっと見つめて三秒、やっと行動に出た。

    「……隙有り」
    「ぐッ!!」
    「燈矢!」「わわっ!」「わぁ!!」
    「だぁ?」

    燈矢が不意に首に巻き付けた足に力を込め、首を絞める。敵相手を想定して首を締められたあとも動けるように特訓していたおかげであまり状態を変えずにいられた。と言えども危険なことに変わりなく、子どもの無邪気さ故の行動だが首を絞めるのは危ないとあとで教えなければならないな…。

    「ぐぬッ!…ぅ、燈矢…後で話がある」
    「だってお父さんに隙があったのが悪いし」
    「とぉや?」
    「はーい」

    ふむ……これはヒーローになるならそれなりの状況判断とやってはならない事の区別もそろそろ教えるべきか…。一瞬のゆらぎで怖い思いをしてしまった冬美と夏雄をゆっくりと下ろし、びっくりさせたな、とそれぞれに声をかけた。

    「お父さんは大丈夫?」
    「ありがとう。なんでもないぞ。…燈矢、一つ話を」
    「危ないからそんなことしちゃだめ、だろ? 分かってるよ」
    「なら何故やったんだ」
    「やりたかったから」

    この子は……このまま行けば、違う理由から敵に成りかねない。ならば、ヒーローを目指しているなら前から考えていたことを提案してみることにする。

    「ヒーローになりたいなら」
    「好きにしちゃいけませんだろ」
    「そうだな。理解はしてても止められないのか」
    「……」

    不貞腐れた様子の燈矢を宥めようとする。
    このまま駄目だからと抑えることは簡単だ。だが、抑圧された感情は爆発し、想像も絶する悪意に漬け込まれてしまえば世界を巻き込む悲劇になり得ることも身を持って知っている。
    ならば、やりたい方向を一緒に探せば良い。別の道も目を向けられるか試し続けよう。選択肢を増やす、未来を守るというのはそういうことも入っているのだから。

    「じゃあ、燈矢。そういったものは別のやり方で発散してみないか。もしかしたら出来るかもしれない。今回のも、もしかしたら動き足りないのが原因かもしれん」
    「なにそれ」
    「……冷、この前話していた“アレ”のことなんだが、燈矢に話してもいいだろうか」
    「そうですね。色んな人と関われるし、……燈矢も小学生だからそろそろ良いと思います」
    「そうか、ありがとう。燈矢、お前が俺のような…俺を越えるヒーローになりたかったら、俺の仕事を近くで見る気はないか」
    「……え!良いの?!」
    「ああ、ただしパトロールとかではなく、事務作業や出動時のみになる」

    そこから内容についてを燈矢には分かりやすくなるよう質問形式もかねて話すが、要は事務所の宿泊施設の一部を改変し、事務員の子供たちが遊べる空間を作ろうと現在画策中であり、燈矢に子供側のテスターとして入ってもらいたいということだった。
    この企画は気配りができるオニマーや子持ちの事務員を中心に企画と運営方針を定めている。子どもの面倒を見るだけでなく、幼いからこそ必要な“個性”制御の指導も必要になってくるが、こうなると資格やヒーロー公安委員会に許諾を得ねばならないため、長期にわたり画策していたのがそろそろ実践に持っていけるくらいになった。
    また、子供たちの通常の面倒を見てもらうのは保育士にし、出来る限り事務員の負担にもなりすぎない様にするつもりだ。

    「そ、それでもいい!行きたい!」
    「分かった。明日は放課後空いてるな?……なら、学校が終わったら迎えに行く。良ければ感想も聞かせてくれ……冬美と夏雄は…」
    「アタシはいい!お家に帰る」
    「俺も…別に」
    「分かった。すまない冷、家政婦を雇おうと思うが…」
    「ええ。焦凍の事もありますし、お願いします。でも、燈矢も連れて行くなら早めに帰ってきてくださいね」
    「ああ。そうする」

    ーーーー

    あれから赤子であった焦凍も5歳になり、燈矢は中学生、冬美と夏雄は小学生になった。
    そして、今日は忘れもしない“あの日”だ。
    ――瀬古杜岳での大火事。 
    今回は燈矢の訓練に付き合っているがもしものことがないように放課後は事務所に燈矢を呼び、今日は対処の出来る施設と大人が居る中に居てもらうことにした。

    事務所に設置検討となっていた保育室と“個性”指導の企画は無事許諾得て実行に移していった。
    多忙な事務所とはいえ、ヒーローたちが集う場。子供が好きな事務員も多く、来るときは制限時間を入れてもいいかと務めている保育士から苦言を呈されることにもなった。……俺もその中の一人として。
    だが、燈矢は他の子達より大きいからか早くヒーローになるためか、保育室にいるよりも訓練場に居ることがほとんどだった。暇など無いが、少しでも時間が空いた時に燈矢の様子も見に行った。
    事務所内にいる冷却班も待機で手の空いている者が燈矢を見てくれており、他にも炎熱系や幼い頃に力を持て余し危険が生じた過去を持つ者が燈矢の体質と意志を尊重してよく見てくれている。

    「そうそう!掴みはバッチリね!じゃあ次は炎を身体の中に一塊だけ作ってみて。それを体の外で凝縮して…放つ!……お、丁度それが出来る奴が来た。お疲れ様です!エンデヴァー!」
    「バーニン。面倒をかけている」

    今日の師匠はバーニンだったようだ。彼女は待機中に燈矢の特訓によく付き合ってくれている。彼女の“個性”に基づいたハツラツとした性格と物怖じせず誰とも話し、戦況や対人も視野の広い彼女には新人教育担当を任せることも多く、その一環として見てくれているようだった。

    「エンデヴァー、燈矢くんがまた技を一つ覚えたんだ」
    「見て見てお父さん!!炎を…固めて……ほら!」

    手のひらで一度炎を固め、手を開いてその炎を見せてくれた。
    外気に触れ、その炎はすぐに消えたが攻撃に転じるならイグナイテッドアローの前段階だろう。攻撃ともなるとそうなるが、耐火性の手袋と火力を調整すれば瞬発だけでなく、持続的に周りを照らせる炎を作ることも出来るだろう。燈矢の通常火力自体が俺以上ではあるが、炎熱系にしては炎の耐久値が低い身体。それでも火傷も無く発動できる様になったのは最近でよくここまでやってくれている。
    ただ、燈矢が望む超火力の攻撃は体外で溜めたとしても身体へ負担がかかることから、瞬発的に高威力の炎を出し、短期決戦タイプの方向性へと上手く導いてくれている事務員たちに感謝しか無い。

    「凄いじゃないか」
    「でしょ?イグナイテッドアローを覚えたいんだ」
    「む、本当にそれだったのか」
    「お父さんの技を覚えたい」
    「そうか。バーニン、少し俺が見てもいいか」
    「勿論!私も聞いていい?」
    「無論だ」

    燈矢にせがまれたのもあり、一度見本を見せることになった。
    標的は眼の前の訓練用の人型の的だ。
    標的の目標部位を確認し、右手の手の平に炎を灯して掴む。その間も炎を炎で包むように燃やし、熱量を加えて槍状に変え、標的を定めて…放つ!
    ボォっ!と大きな音を立て、質量を持った炎が目標の腹部分に当たる。人工皮膚を応用した的は炎で包まれること無く、腹部分に赤い焼き跡を残して炎の矢は跡形もなく消えた。

    「諦めが悪く、足止め程度で拘束できると判断できる敵、硬化や石などの燃えない敵に対しては火力を上げてもいいが、人型・自然系の敵には熱を込めすぎると身体を焼き、足止め以上の効果をもたらしてしまう。そこには注意しろ。それと、熱量を加えるか炎の層を作り圧縮し、矢の形を広がらないように。微々たるものとはいえ、空気抵抗で定めた目標に当たらないことも考慮しろ。バーニン、貴様の熱は形が広がりやすい傾向にある。的に当てるにはその広がり方と風速と風の向きに気を付けろ。燈矢は俺のやり方ではお前の体を身体傷つける。二度目の熱量を上げるタイミングを投げる瞬間に変え、その瞬間に20%程の出力で圧縮できるようにしろ」
    「火傷はへっちゃらだよ」
    「火傷がへっちゃら? フンッ、それではダメだ。身体のダメージから意識が朦朧としてしまえば戦闘不能になり続けるつもりか? 今日はできましたが、一週間はお休みです、では洒落にならんぞ。それに意識朦朧としてもお前の火力なら敵を倒せるだろうが、制御の効かない炎はチーム戦では使えず、置いていかれる。この先で俺を超えたいなら長期戦やチーム戦も視野に入れろ」
    「……分かった」

    「エンデヴァー!やっぱりここに居ましたか、次の予定の準備をお願いします」
    「む。それでは行ってくる」
    「いってらっしゃい!」
    「ん」

    事務員に呼ばれ準備に向かおうとするが、燈矢の反応が気になる…ヒーロー業を優先しているかもしれない…踵を返して燈矢の前に立った。

    「……予定は?」
    「俺が予定から帰ったら高出力での稽古もしよう。その時間なら次の予定もない冷却班も帰って来る。それまで出力を上げるタイミングを掴めるようにしておいてくれ。お前なら出来る」
    「そう、なの?」
    「ああ。今は仕事があり、冷却班をここには連れてこれない。それまで待っててくれ」
    「約束だよ!ぜーったい破らないでね!」
    「ああ、約束だ。では行ってくる」
    「はーい!いってらっしゃ~い!」

    感情の切り替えをし、燈矢は手を大きく振った。
    振り返ればバーニンに向き直り、小さな火力でタイミングを掴めるようにしていた。
    燈矢がもしも俺の事務所に入ったら、冷却班とは世話になるだろう。そうでなくても今後はチーム戦はとても重要となる。これから起こり得るAFO・死柄木との戦いに荼毘ではなく、ヒーローとして参加するなら尚更だ。



    “予定”というのはオールマイトとの対談だった。生前では、今日行われる予定はなかったのだが、AFO・OFAの存在とこの世界でのそれらとどれくらい差異があるのか調べが付き、丁度いいタイミングで対談の話が来たので乗ることにした。調べはしたが、そこまで大きな差があるわけではなく、この長く俺に都合の良い世界は“俺に都合が良いまま”進んでいるようだった。この話をしたことで荼毘以外の弔等のヴィラン連合の運命が変わり、ネジ曲がった後にどうなるか分からないが、だからこそ、今日、そしてこれから未来にあのAFOと対面しないためにもこの世界のオールマイトとの情報共有が必要だった。


    「HAHAHA!わぁたぁしぃがあー!エンデヴァーと一緒に来たぁ!!!」
    「おとましい!!」
    「今日はよろしくお願いしますー……。それじゃあそれぞれの楽屋に案内します。すみませんがもうしばらく待機してて下さい」

    ディレクターに引かれているが仕方あるまい。
    俺がNo.1になって奴の身を置いていた場所を知り、チームとして共闘し、奴の敵を知ったとしても俺からすればコイツの存在自体が癪に障る男だ。奴への気持ちは変わらん!
    割り当てられた楽屋に行き、荷物を置いてからオールマイトの楽屋に行く。

    コンコン
    「オールマイト、今時間空いてるか」
    「っえぇ?!?エンデヴァー」

    ゴンッ!
    突然開けられたドアからオールマイトが音速で飛び出し、その石頭を俺にぶつけた。鼻が痛い……チッ!これだからコイツは!

    「ああ。ごめんよ、エンデヴァー!怪我は無いかい?!」
    「この程度どうということは無いっ!!!」
    「そ、そうなのかい…?」
    「構うな!廊下で話す気は無い。楽屋に入れろ」
    「OK!ささ、中に入って!テレビ局の人が用意してくれたお菓子でも食べながら話そう!」
    「んな、悠長にしてられるか!話し終わったら帰る」
    「そんなつれないこと言うなよー!」

    オールマイトに会って二度目の舌打ちをしそうになったが、時間が勿体無い。一呼吸してから、中に入る。

    「で、話ってなんだい。君のことだからとても重要なことだろう」

    オールマイトは楽屋の扉を閉めると突然人が変わったように声を沈めた。

    「……お前の“個性”OFAとAFOについてだ」
    「へ……?」

    その反応も無理はない。
    現在のオールマイトは噂で増強型の“個性”かと予測されるだけで公式に“個性”を明かしていない。尋ねられてもはぐらかす。
    だが、OFAが力を与える“個性”が知れれば、結果的にAFOが架空の存在ではなく実在し力を授けてくれると分かり、彼の下僕は増えていくだろう。今はオールマイトという圧倒的な力があるからこそこそとしているが、超常黎明期に戻るような、全面戦争後の惨劇を今起こされるなんてそんなもの溜まったもんじゃないから隠しておくべきだ、というのは俺も同感だった。

    「ワン・フォー…すまない、何のことだか」
    「しらばっくれるな。貴様に受け継がれてきた個性“OFA”のことだ」
    「HA‐HA!エンデヴァーこそ君らしくないジョークだな。そんなおとぎ話みたいな“個性”」
    「ヒーローの志村奈々。貴様の前任だったそうだな」
    「……どこから聞いたんだい?」

    動揺を隠しきれていないが、敵意を向けること無くオールマイトはどこから話が流れたのか出処を探ってきている。俺も既に10年はヒーロー活動に専念しているからか、敵と認識していないのだろう。ハンッ、つくづく癪に障る男だ。

    「未来と言っても間違いじゃない」
    「まるでサーの様だな、話したのは彼ではないだろうけれど」
    「俺は誰からも聞いとらん。志村については俺が調べただけだ。だから彼女のことは名前と“個性”が浮遊、既に故人であることしか分からん。俺を信用するのはお前次第だ」
    「そうだな……ああ、君を信じよう。君はそんな冗談をほかでもない僕に言う人間じゃないと思っているよ」
    「ソリャドーモ」
    「さて、その事でなにか問題があるのかな」

    キュッと音がなりそうな機敏な動きでヤツは俺の向かい側の椅子に座り、水を飲む。
    顔の窪みで目元が見えないが輝く2つの瞳がこちらを静かに見る。探るというよりも己の誠意を真っ直ぐにぶつけてくる視線。やはり、どうしても好きになれん。

    「……とは言ったが未来を他者に話し、変えた所でどこまでの皺寄せや被害・支障が出るかは俺もまだ分からん。だから、緊急性の高いものをピックアップして話すことにする」
    「分かった。それでお願いするよ」
    「これから未来にAFOとの決戦がある。AFOをその前に止められればいいがおそらくそれは無理だろう。それにヤツの性格から戦力を蓄え、こちらが持っている情報や選択肢を少なくしてからでないと動かず、行方をくらます可能性が高い。全く不本意だが、そのためにも最低限の情報共有ともなる。今からその決戦の主要となり貴様に縁がある敵と俺に縁がある敵のことのみ話す」
    「僕に縁がある……?」
    「先ほど名前の出した前任の、御子息についてだが……」

    まずはAFOとの最終決戦について暈しながら既にAFOの手の中にいるだろう死柄木弔もとい志村転弧について出自と経緯を話した。この世界で俺が志村孤太郎の家に訪れた時には既に家は半壊し、立入禁止区域となっていた。外から見ても庭に大きなヒビが入っているのは確認できたものの、転弧本人は見つけられず、近辺にも見つからなかったため行方知れずとなっている。
    そして、既に監視下にある荼毘――轟燈矢について。今、道徳と抑制させてしまっていた“個性”の使用を調節して出力する訓練中であり、彼を一人の人間として俺が見ることで落ち着いているが、前の世界でAFOに目をつけられていたことを踏まえて油断ならないことを伝えた。もしも『荼毘』が現れれば……いや、そんなことは無いが、……今は良くても結果が変わらないとは言い切れない。それに時々……いや、これはよしておこう、注意しておくことに越したことはない。
    その話を聞いたオールマイトの手が次第にフルフルと震えて全身に行き渡り、終いには机と床をカタカタと揺らした。

    「オールマイト、落ち着け」
    「落ち着いるさ、早く彼を助けるためにもね。だから、今ここで留まっているんだ。エンデヴァー、この話は他に誰に」
    「まずは震えを止めろ。尻が落ち着かん」
    「そ、むぅぅぅぅ……」

    少し唸るとオールマイトは殺意を消し、逆にソワソワと動き出す。コイツの性格上、早く助けたくて仕方ないのだろう。

    「お前が他の誰に教えているかは俺は知らん。だから貴様以外には誰にも話していない。そして、助けると言っても既にAFOの術中にいる奴をか?今の貴様とはいえ、急いでは事を仕損じるぞ。お前は奴がどれだけ尻尾が掴みにくいか分からんやつでもないだろう」
    「そうだ。彼は狡猾で巨悪、おまけに慎重ときた!しかし、私はもう知ってしまった。彼等は私の手が届く一人になったんだ」
    「フンッ、怒りや怨みでは術中にハマるだけだ」

    右腹の今はありもしない傷が痛む。AFOとの最終決戦の時に奴から火事現場で燈矢を先に見つけられていたと聞いたとき、怒りに任せて力を奮い隙を突かれた。その後文字通り地に落ち、ホークスや雄英生の耳郎と常闇に負傷を負わせた経験が痛みになって俺に忘れるなと説いてくる。

    「それと転弧を匿っている場所、他の囲いも居るのかは知らん。他の細かい話は別日に話せるか。警察とも連携を取れれば良いが…」

    ちらりと奴を見れば、いつものヘラヘラとした顔でニコリと笑った。

    「警察なら塚内くんなら問題ない。彼と連携を取れるよう、私から打診しよう」
    「なら、そちらは任せた。俺はサイドキックと共に捨てられ子探しの強化や……公安への呼びかけの方に力を入れる」
    「ああ、チームプレイとなるとやはり君は頼もしいな!」
    「貴様は一人で全てをこなしすぎだ、馬鹿者。周りにいるやつを見て少しは自分を労るんだな」
    「……変わったね、君」
    「あ?」

    そこで丁度ドアをノックする音がする。
    オールマイトはこちらに視線で確認してなら許可を出す。

    「オールマイトさーん、スタイリングの…エンデヴァー?!」
    「なんだ、俺が居ては悪いか」
    「いえ!問題ないのですが……えっと、エンデヴァーもこちらでしますか?」
    「せん!!!俺は帰る!」
    「えー、私は別に構わないよ。あ、メール交換しよう、エンデヴァー」
    「せん!!!!!塚内を通せ!」
    「それはやりにくいだろぉ、じゃあ後で聞くからね!」

    オールマイトの窪みで見えない目…おそらくウィンクをして出てきた星を払う。しかし、ヤツの言う通り個人の連絡手段は持っていたほうが楽だろう。連絡表を見るたびに苛立つだろうが背に腹は代えられん。対談終了後、連絡先を交換した。時間は日暮れとなったが帰って訓練をし、夜パトロール前に燈矢を車田に任せれば問題ないだろう。
    建物を出て、すぐの所に車田が待っていたためそちらに向かう。

    「ねえ、エンデヴァー!あんな話の後だけれどさ、今度は普通にお茶でもしよ!」
    「貴様とか? 個性事故で性格反転したとしても行く気はないな」
    「え、それって本当は行きたいってこと? 今日空いてる?」
    「それほど変わらんということだ!! そして、今日は息子の特訓だ!」
    「なら、私も入っていいかな?」
    「は?」
    「君の息子さんも『そう』なんだろう? 私は手に届く全ての人間を助けたい。顔くらい覚えておきたいし、一度話しておきたい。どんな子が目をつけられるか君の話である程度絞れたけれど、まだ情報は絞れそうだから」
    「勝手にしろ。車田!忌々しいがこの男も乗せる」
    「……ケェー!暑苦しい車内になるな!」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    エンデヴァーヒーロー事務所

    「何度見てもでかいね!!!」
    「子供の感想か!車田、1時間後に燈矢を連れて来る。そのまま燈矢だけ家に連れて行ってくれ」
    「ケェー!こどもの世話ったぁな!アンタも丸くなったもんだ!」
    「…そうだな」

    道路の至る所からパシャパシャとシャッター音が聞こえてくる。くそ!後ろの男があまりにも目立つ!オールマイトの横を通る時に軽くぶつかり、視線を合わせ、顎で受付を指す。

    「チンピラみたいだね」
    「焼くぞ貴様」

    事務所に入り、受付嬢に挨拶をすればぎこちない声が返ってきた。すれ違う事務員全員が全員挨拶は返すが皆、口を開き、俺とオールマイトを交互に見る。それも仕方あるまい。俺のオールマイト嫌いは市民に噂程度で流れていたとしても、ヒーロー側で見ていたらこれほど分かりやすいものはない。それでもコイツは困惑している事務員一人一人に元気に挨拶を返す。
    冷却版の一人に声を掛け訓練場に入れば、今も数人程度訓練しているのが見え、奥の射撃エリアに燈矢とキドウが居た。

    「エンデヴァー!おつ、は?!」
    「お疲れ様!!!」
    「お、お疲れ様です、オールマイト……」

    事務員たちは正気でも失ったのか、病院に連れていくべきか?とも良いそうな目でキドウは俺を見た。そんな目をするな、すこぶる正気だ。
    燈矢は口を大きく開きオールマイトを見つめている。その姿を見て、黒い感情が己を取り囲む。燈矢もオールマイトに感化されるのではないだろうか…いや、諦めただろ。No.1の重みで分かっただろう、そんなもの。黒く出た靄を散らすように深呼吸を一度して、燈矢に近付く。

    「燈矢、コイツがオールマイトだ」
    「君が燈矢くんか!はじめまして」
    「は、はじめ、まして……」
    「燈矢、お前との訓練を……燈矢?」

    燈矢がオールマイトを見て固まったままだった。
    確か昔「推している本人を目の前にして固まる人もいる」とホークスから聞いたことがある。その話に焦凍もデクがそうなると言っていた。ということは、もしかして燈矢はオールマイトの隠れファンだったのか……?

    「何でコイツがいるの、エンデヴァー」
    「ん?」

    俺の野望を抱えさせられた日々を思い出してしまったのだろうか、燈矢の口調が粗く、目付きも険しい。その目線に耐えきれなかったのか、オールマイトはそろそろと俺に近づいて耳打ちをした。

    「……私、この子になにかしてしまったかな」
    「いや、これに関しては貴様は何も」
    「お父さん、1時間後にはパトロールでしょ?時間が無いよ」
    「む、そうだな。今日の訓練はオールマイトも見学する。オールマイト、ここは他の者の邪魔にならなければ好きに見て構わない。俺は燈矢の訓練に入るから好きにしておいてくれ」
    「折角だから私も燈矢くんを見るよ!」

    課題の確認をするとまだ粗削りとなるがタイミングを掴みかけていた。子どもの成長速度とはかくも速いものだ。それに流れてくる物体のタイミングを予測して軌道を変更するキドウと自分の炎髪を掴み戦うバーニンが指導者に入っていたのも良かったのだろう。もう少しタイミングを掴めるように助言、実践させ、それを反復する。15分間隔で休憩を挟んで燈矢の身体を傷つけない程度で進めていった。
    二度目の休憩に入り、床に座っている俺の右隣にドカリとオールマイト座って話しかける。

    「燈矢くんは掴みが速いね、君に似てるのかな」
    「俺は濃密に反復して覚えている分、センスもある燈矢よりも遅い。よもや貴様、本当は嫌味でも言いに来たのではあるまいな」

    顔周りの炎を一段と燃やし威嚇する。

    「いやいや!作戦を聞いてる時の君と似てるのかな?と思ってね。そういう時の話を読み込むときや教える時の注意点って君はどうしてるのかな、後学のために聞いておきたい」

    在りし日の言葉と重なる。しかし、あの時よりもコイツに対して知っていることも増え、そのことを聞きたい理由も分かっていた。
    OFAは人に紡がれる“個性”。オールマイトからデクへ継承していたようにその性質から次世代に継ぐ必要がある。グッと手を握り、胸を張って絶対的な態度を見せつける奴が下手に聞いてくる。好かん理由はこういうところにもある。

    「注意点か。相手の状態、戦闘面を教えるならどこに体が傾いているかなどを見ること、そのために解剖学も少し覚えておくと良い。あとは」

    「ェ゙エンデヴァーーー!」
    「ぐっ?!」

    突然オールマイトと俺の間に影が見えたと思えば右肩に衝撃が走る。見やれば、声の主である燈矢がぺったりとくっついていた。燈矢は早生まれだからか小柄だが既に中学生。日々の訓練もあり、周り子の中でも筋肉がついた体になっていた燈矢の突進は流石に痛みが走った。

    「さっきのさ、炎のタイミングどうだった?」
    「それは休憩後と言っただろう。しっかりと水分を取って身体を冷やせ」
    「口頭で聞くくらいは良いだろ? ね。身体は冷やしながら、頭で考えればいいだけだから」
    「むぅ…そうか……しかし、脳も休める必要がある。今はそっちに専念しろ。“個性”は気持ちにも直結する。炎を使う俺達は内部にも外部熱がこもりやすく、酸素が薄くなり思考力の低下も招きやすい。一度冷静になり形成を立て直すくらい癖をつけておけ」
    「はぁーい」

    納得したようで俺とオールマイトの間に座り込む。キドウからペットボトルを受け取った燈矢はそのまま中の水を仰ぎ、2/3程中の水を空にした。

    訓練も終わり燈矢を車田に任せ、パトロールへ赴く。
    車田に預ける時に相当反抗されたが、早めに済んだとしても今日は夜9時が限度だろう。対談収録に時間を費やしたのだ。その分も含め、念入りに街を見なければならない。燈矢に今日は訓練は夜の無しで久々に一緒に寝、朝の筋トレを共にする約束でなんとか了承を得て帰ってもらった。この約束があれば問題ないだろう。

    「大変だね、子育て」
    「冬、…長女のほうがぼんやりとしている時があるから、アレでも燈矢は察しが良くて見やすい」
    「そうか。そんなときに悪いんだけれど、今週末話せるかい?」
    「……待て、カレンダーを見る」
    「OKOK、敵の気配がないから構わないよ」

    何故かオールマイトと共にパトロールをすることになった俺は腰にあるポーチから手のサイズに合わないスケジュール帳を取り出す。たしか今週の日曜日は家族で山に出掛けるはずだ。着いてから17時までは冷は別行動になり、その間はママともなるメンバーで景色を見たりお昼を取るのだという。今日は俺が見ると言ったのだが、あなた一人では危なっかしいと一蹴され、それでも食らいついたが微笑まれてごまかされた。まだ冷に甘やかされている現状を打破したいのだが、子育てに苦手意識がある俺はそれを理由にまだ逃げているところがある。その一歩がまだ踏み出せていない。

    「「!」」

    遠くで敵の音を感知し、スケジュール帳を仕舞う。オールマイトも同じく動き出し、二人で同じ方向に走る!

    「ハッハーーー!!!!今日はあのエンデヴァーが居ないって…エンデヴァー?!」
    「誤情報に惑わされたな、馬鹿め」
    「段取り組んでおいたぞ!」

    走っている間に近くにいたキドウが現場に付いており、キドウが組んだ包帯に向かって炎を放つ。キドウの“個性”によって曲げられた炎は敵の行き先を遮り、逃げ場所を封じた。今日のパトロールは対談という時間が決まっている予定あったため時間が特定されやすく、いくら優秀なサイドキックが居ようとも、……オールマイトがいる時代でさえやらかすやつがいるので時間は特定されぬよう、正誤が取りにくいように一般市民に流す。ヒーローネットワークを見てしまえば分からんでもないがそれを見れるのはトップヒーロークラスだ。簡単に情報を得られるわけでもないが釣られた餌にまんまと掛かる阿呆もこの様に居る。

    「んなのありかよ!げ、オー…」
    「ッースマーッシュ!!」
    ドゴッ!

    道を封じている間に跳躍の準備をしていたオールマイトが人間離れした飛距離とパワーで敵に圧勝した。その勢いで敵が眼の前にある炎に突っ込まんよう、炎を消しキドウたちにその場を任せた。

    「ナイス連携だったね!」
    「勝手に連携していただけだろ、俺とキドウだけでもやれた」
    「でも、スピード解決に被害者0だろ? 君もそういうのは好きだと思うんだけれど」
    「フン」

    鼻を鳴らし相槌はしておく。
    パトロールも終え、オールマイトには金曜の深夜に約束を取り付け(警察やサー、冷にも許可を得た)、その場を解散、帰路に着いた。 

    「おかえりー、お父さん」
    「…かえり」
    「ただいま、冬美、夏雄」

    今日は冬美と連れられた夏雄がぱたぱたと玄関にやってきた。仕事カバンを玄関に置くと冷の真似をして、冬美の身体には少し大きい俺の仕事カバンを持って同じ様にパタパタとどっかに行った。

    「燈矢兄、…凄く楽しみにしてたよ」
    「そうか、夏雄もありがとう」
    「ん」

    どうも冬美は燈矢の機嫌が良いのが嬉しいらしく、そしてそれを見て喜んでいる夏雄の頭をなでた。
    ダイニングに向かえば、冷が料理を出している最中であり、箸と用意されていた晩飯、居間に直行していた冬美、夏雄、冷、恐らく居るであろう燈矢と一応焦凍の分のグラスを大きな盆に乗せ、持って行く。

    居間の裏の廊下を盆を持って通る。この廊下を曲がること無く先に行くことはあまりなくなった。中学生男児だからとからあげは多めに入れ人一人分の食事を仏壇前に供えていたあの日を思い出す。
    今日はその“命日”だった。
    この日をあの大火事を見ること無く過ごしているこの都合の良い世界に感謝する。

    あとは曲がって居間に向かえば良い廊下の先に、“燈矢”が座っていた。



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