手向け海に隣接した町リップルタウンにて、一人の住民が何かに気付いて動きを止める。それに呼応するように他の住民たちもコソコソと動き出したり、そそくさと家の中に入っていった。
住民の視線の先には、この世界に似つかわしくない風貌をした背の高い人物がいた。潮風がふわりと流れ、赤いマントを靡かせる。それに反応して目元を引き攣らせ、彼は実に嫌そうなため息と共に小言を吐いた。
「…潮の匂い…ハァ…ここは嫌いだ。さっさと用事を済ませるか」
赤い髭に銀色に輝く身体。右手には赤い布の巻かれた槍を持っている。その立ち姿は世辞にも良い姿勢とは言えないものだ。
髭を軽く撫で、その人物───ヤリドヴィッヒは住民の様子を気にかけるでもなく歩を進めた。
彼は一体、如何様な理由でここへ訪れたのか。
それは遡ること少し前。彼の所属する【カジオー軍団】はボスであるカジオーの命を遂行する為に奔走していたのだが、このワールドに居た【英雄気取り】にカジオー含め全員が打ち倒された。
敗者となってしまったカジオー軍団。英雄サマの勝利を祝うパレードにて、部下達は文字通りカジオーから鉄槌を食らった。…一人を除いて。
唯一鉄槌から逃れたのは武器世界及び武器工場に繋がる門であり、番人であるカリバー。そんな彼はカジオーが倒された後、砂塵となり風に拐われるように消えてしまい行方知れずとなった。
皆はカリバーがそのまま死んだのかと思っていたのだが、昨日の夜突然カジオーが「カリバーはまだこのワールドのどこかに居る」とのたまい、探すこととなった。
ヤリドヴィッヒはユミンパ、ケンゾール、オノレンジャー達と手分けして探すこととなったのだが、嘗てカリバーが刺さっていたクッパ城にはおいそれとは近づけないだろう。
それにあの城は歪な形の岩山の上に建っていた。消えたカリバーはその岩山の肌を転げ落ちて海に落ちた可能性もある。つまり、捜索範囲には海の中も含まれている。
しかし、自分は…というかカジオー軍団は基本的に海が苦手だ。理由は身体がサビるから。ならばどうするか、と考えた際直ぐに頭に浮かんだのがあの憎らしい【ヤツ】の顔だった。
この町の岬…というより近海には、仲良くは無いのだが海に関して何かと都合の良い輩が居る。
非常に癪だが、海の得意なアイツにカリバーを探すのを手伝わせようとヤリドヴィッヒは考えた。…それがリップルタウンに再度、彼が訪れたいきさつだ。
「あの時アッチのワガママに付き合ってやったんだ。多少はこっちに協力してもらわないと…割に合わんわな、そりゃ」
思い出す、あの時の事を。パレードが終わった後、自分の仕事の邪魔をしてきたあの忌々しい鮫男が近づいてきた。
敵対する者だというのに声をかけて来て「オマエのやり口は気に入らねえが実力は評価してる」「今からサシで勝負しねぇか」などとほざき馴れ馴れしくも肩に手を置いてきた。鬱陶しいので「オレにメリットが何も無い事なんざしたくない」「特にお前のような生臭い魚とはお断り、匂いがつく」と言ってやるとヤツは目を細め(多分怒っていた)こちらの首元を引っ掴かみ、そのまま海へ落ちた。
気がついた時には奴が住処としている沈没船の中だった。「勝負するまで陸には帰さねぇ」と言うものだから仕方なく相手をしたが、カジオーの八つ当たりを食らっていた上に苦手な海を経由したせいで、思い通りに体が動かず負けてしまった。
『オレさまの勝ちだ。しっかし…思ったより大した事ねぇな?期待ハズレだぜ』
『…海水で身体が思うように動かなかった。それにカジオー様からの鉄槌でダメージを受けてたし、まず体調が万全を期していなかったんだ。そんなんに勝ってよくもまあドヤ顔できるな、お前』
『…よく動く口だな。そんなにオレさまに負けたのが悔しいか?負け惜しみなんてオトコらしくねぇぞ』
『全部事実だ!ったく、次は負けねえからな!』
『へぇ、言ったな?楽しみにしとくゼ!』
思わず奴に対して『次は負けない』と言ってしまった。別に無視しても良かったが、アレに負けたままなのは普通に腹立たしい。故にそれ以降、時折奴のいる海の底まで訪れる事となった。
事実、今まで暇を見つけた際に奴をぶちのめす為に何度かここには来ているのだが…今日はあの鮫との勝負ではなく、あくまでもカリバーの捜索がメイン。しかし、万一に喧嘩を売られた場合は買う心積りだ。
とはいえカリバーが今どういう状態なのか、皆目見当もつかない。カジオーの「どこかに居る」という言葉が間違っているとは言わないが、消えたあの巨大な剣が海に落ちたのなら経過日数的にも、もうとっくに全身錆びまくって役立たずになっていそうだ。仮にそんなものを探し当てたとして、我が主君は一体どうするつもりだろうか。
「…ま、いいか。アイツがどうなってようが関係ない。オレは上司に媚びへつらうだけ…」
今の現状では出世もクソもないんだがな、と小さく自嘲しつつ岬へと向かう。岬に足を踏み入れた途端、ヤリドヴィッヒは視界に映りこんだ【異物】に対し、思わずピタリと歩みを止めた。
岬の波打ち際のすぐ近く、見覚えの無い物と見覚えのある物の二つがあった。
一つは小柄な丸太二本とロープによって作られた十字形の物。それの手前には小さな花が一輪添えてあった。
確かこれは『墓』と呼ばれる物だ。生者が死者を悼み、弔いの為に作るもの。過去に訪れた異世界で似たような物を見た記憶がある。
……そしてもう一つ。へし折れた朱色の柄、先端が三つに分かれた銀色の槍。それが墓のすぐ傍の地面に突き刺さっていた。
「…こいつは」
怪訝な面持ちを浮かべながらそれに近づき手を伸ばす。
柄を握って地面から引っこ抜こうとした時「オイ」と海の方から声がした。
少し首を伸ばしてその方を見ると、青と白のストライプ柄のバンダナを巻いた輩…ジョナサン・ジョーンズの子分の一人だ。顔を合わせたかどうかは覚えていない、子分達は外見がよく似ているため自分にはさっぱり見分けがつかない。
海面から顔を出したまま近づき、岩場にしがみついて「それは親分の物だぞ」と嫌そうな顔をするので、そんなことは分かっていると言いながら柄から手を離した。
「…しかし丁度良いところに来たな。聞きたい事がある」
「何だ」
「……何でこれがここに刺してある」
顔を動かしながらそう問うた。カリバーの事も聞かねばならないが、それよりもどうしてもこれの事が気になった。
へし折れている理由も、墓の傍に刺してある理由も。
「まさか死んだのか?あの殺しても死なない野郎が」
へら、と笑いながら問いかける。奴とは何度か手合わせをしたが、非常にタフで粘り強かった。
そんなヤツが獲物である三叉槍をへし折られた挙句に死んだなどとは思えない。どこの誰とも知らない奴に殺されるようなヤツだとは思っていない。
しかし子分の反応は怒るでもなく、黙りこくって俯いているのみだった。
冗談交じりの気持ちで吐いた言葉だったが、事実である可能性が浮上した以上茶化したままではいられない。改めて、子分に同じ質問をかけた。
「……本当に死んだのか?」
子分は俯いたまま「ああ」と呟いた。
「親分は数日前に死んだ」
────ジョナサン・ジョーンズが死んだ。
子分によると過去に討伐したという人喰い鮫が生きていたらしく、ソイツが復讐をしに来たという。ジョナサン・ジョーンズは勿論応戦したが、その人喰い鮫は随分強かったらしく結果は相打ち。
人喰い鮫は鼻柱に三叉槍を喰らった後にジョナサン・ジョーンズの身体の下半分を丸ごと喰いちぎった。しかしそれでも尚あの鮫男は死なず、ダイヤモンドカッターで人喰い鮫をブツ切りにして三つの肉塊に変えたという。しかしその際の出血が大きな原因となり、ヤツはそのまま命を落とした…との事だ。
「相打ちねぇ。実にタフなアイツらしい最期だな」
改めて簡易的に作られた墓を見る。質素でなんの捻りもないが、過去に侵略した異世界で見た物とよく似ている。あの時は荒野に沢山作られていた覚えがあるが、この墓は作りやすいのだろうか。今まで墓なんぞ作った事がないので分からない。
ただ、墓の下には死者の亡骸が埋められている、というのは知っている。あの鮫もこの十字形の墓の下に埋まっているのだろうか。槍の先端を地面に差し向け、トントンと叩いて問いかける。
「アイツは埋まってんのか、ここに」
「いや、親分の亡骸は海底に沈めた。自分が死んだら海に沈めろって…それが親分の望みだったから。
…墓なんて要らないって言ってたけど、オレらは…せめて形だけでも弔いたくて…」
悲しげな顔をして俯く子分。その「弔いたい」という感情がヤリドヴィッヒには分からなかった。
しかし上司に媚びを売るのが得意な彼は空気を読むのが上手い。しんみりした雰囲気を出しつつ、本来の目的に移ることとした。
「…そうかい。……アイツに頼もうと思ってた事があったんだが…お前に頼んでもいいか?」
「……何だよ、勝負なら引き受けないぞ」
「違うわ。ここの海に剣が流れ着いたりとかしてないか?オレ達の仲間でな、今探してる最中なんだよ。こういうヤツなんだが」
持ち直した槍の柄部分で地面にカリバーの似顔絵を描く。赤と黒の配色があってそこは海の中でも多分目立つこと、大きさや意識の状態は分からないこと等々の情報を伝えた。
陸に上がった子分はしばらくじっとそれを見つめたが、首を横に振った。
「見てないな。これ、あのクッパ城にいた奴だよな?あのあたりの海流に乗ってここまで流れ着く可能性はゼロじゃないけど…バカデカいままならまだしもなあ。
万が一小さくなってんだとしたら…その大きさの目安がないんじゃ探すのは途方がしれないぜ。オレ達も別にいつもヒマってわけじゃないし…」
「……そうかい、そりゃ残念。じゃ、オレは帰るとするかな。アイツも居ないし、もう二度とここには来ないさ」
聞くべきことは聞いた。こんな潮風が吹き続け体を蝕んでくる場所に長居する必要もないので、さっさと踵を返し帰路に着こうとすると背後から「待てよ」と声をかけられた。身体を捻り振り返ると、子分が文句ありげな目でこちらを見上げていた。
「オマエが親分の事を毛嫌いしてんのは知ってるけど…もう来ないって言うんなら、最後くらい親分に別れの言葉とか手向けとかしてやろうって気は無いのかよ。一応、沈没船と陸の行き来で世話になった身だろ」
「…生憎、オレの生まれた武器世界には死者を弔うだの偲ぶだの、そういう文化が無いもんでね。世話になったのは事実だが、元を辿れば全部アイツのせいだぜ?アイツがオレを攫うような真似しなけりゃ、そもそも世話にすらならんかったわな。
つーわけで、お前の言うそんな気持ちは微塵もない。…終わりか?話は。終わりなら帰る」
子分は何も言わずじっとこちらを睨んでくるだけだった。再び踵を返して岬からリップルタウンに向かう途中、波の音に紛れて小さく「薄情な奴め」という言葉が聞こえた。
「……なんとでも言え」
新しい拠点に帰ると、他の奴らはまだ帰ってきていないようだった。カジオーの姿も見当たらないが、恐らく最近作った新しい簡易的な鍛治部屋に篭っているのだろう。
身体に触れると、潮風の影響で少しベタついている。このまま放っておいたらサビてしまう、手入れをしなければなるまい。さて、必要な物は何処にあったか…と部屋の奥へと歩みを進めた直後、背後から「なんだもう帰ってたのか」と声がした。
振り返るとそこには小さな二人…いや三人組と言った方が正しいだろうか。ケンゾールとそのお供のホッピング、それからオノレンジャーの紅一点、ピンクが居た。
「海じゃ見つからなかったか」
「……ああ。どうやら、そっちもダメだったみたいだな」
「誰かさんのせいでクッパ城に唯一繋がる橋がぶっ壊れてて、まだ直ってないから行くに行けなかった。今オレ達を振り回してる誰かさんのせいでな!」
「空路もダメ。こっちの話に全然聞く耳持たないんだもの。まあ…オノフォースで近づいたら警戒されるのも無理ないわよね〜。だからって魔法で攻撃してくるのはどうかと思うわ。私達何もしてないのに」
今頃レッド達がオノフォースの点検と修理に当たってるわ、と少し疲れた様子で語るピンク。
ケンゾールとオノレンジャーは一番カリバーが発見される可能性の高いクッパ城付近の捜索に向かったのだ。だが結果はこの通り。頭に元が付くとはいえ我々が侵略者であった以上、あちらは素直に話を聞き入れてくれない状況のようだ。
全く、面倒な事になっているものだ。小さくため息を吐き再び奥へと足を進め、鉄を手入れする為の品を取った。ケンゾールにも要求されたので同じ物を手渡す。
ピンクは入口近くにあった即興の鉄製椅子に座り身体を伸ばしていた。
しばらく室内の三人でダラダラと中身のない会話を交わしていると、くたびれた様子でオノレンジャー(ピンク除く四人)が入ってきた。相手から食らった魔法攻撃が強かったらしく、凹みがどうの、傷がどうのとブツブツ文句を垂れていた。
それから数時間後、頭に葉っぱを何枚か絡めた状態でユミンパが帰ってきた。どうやらビーンズバレーで迷子になっていたらしい。土管多すぎニャ!虫多いニャ!と怒りながらそのまま割り振られている自分の寝床に突っ込んで行った。ふて寝するつもりらしい。
明日は何処に探索しに行くかをユミンパを除く七人で話し合った。
カリバーが居る場所として最有力候補たるクッパ城に立ち入るためには、城主であるクッパと話を付けなければならない。その為には配下の軍団員辺りをとっ捕まえ話を付けさせるのが早いだろうという結論に至り、それぞれ思い思いの場所へと向かう事となった。
自分の寝床に戻ると、ふと潮の匂いがした。マントに匂いが染み付いているのだろうか。ヤリドヴィッヒは迷惑そうにマントを見つめて顔を歪めた。この匂いの件はまた後日考えることとしよう。
自分は何処へ行こうか、他の奴らとなるべく被らない方がいいな…と思考しているうちに眠りについた。
次の日。ヤリドヴィッヒは探索メンバーの誰よりも早く目覚め外出した。厳密にはブーマーが自分よりも先に起きて外で刀の稽古をしていたのだが、彼はこの拠点の護衛としてドルトリンク、メーテルリンクと共にここに残る事となっている。
あの武士がカジオー軍団の敗北後、稽古を怠っている所を見たことは一度もない。自分も誰かと手合わせでもしようかと思ったが、真っ先に浮かんだ顔はリップルタウン近海にある沈没船の主だった。
だがヤツはもう居ない。
この世の何処を探しても。
(……何考えてんだオレは)
軽く頭を振って浮かんだものを散らす。ヤツの事はどうでもいい、今は何処にクッパの配下である軍団員を探しに行くかを考えねばならないのだから。
行先は何処にするか。キノコ城の方にでも行くか?
それともカントリーロードから行けるというモンスターたちの町モンスタウンとやらに…いや、行き方がわからん。
ならビーンズバレーから行けるマシュマロの国にでも行ってみようか?あそこには確かクッパと共に旅をしていたフカフカした見た目のヤツが居たはずだ…などと考えながらヤリドヴィッヒは歩みを進めた。
───そして現在。彼は自分自身に呆れ返っていた。
適当に考え事をしながらフラフラ歩いていたら、昨日も訪れたリップルタウンの岬に到着していたのだから。
ここには何も無い。あの簡素な墓以外は、何も。
墓に目をやると、墓前に赤い塊が置かれているのに気づいた。近づいて確認すると、それは赤い包装紙に包まれた桃色と薄い黄色の二種類の花束だった。自分がここに訪れるまでの間に、誰かがここに弔をしに来たのだろう。
「…多分アイツらだな。噂話でも流れたか?キノコ城からここは距離あるだろうにご苦労なこって。英雄サマも大変だわなぁ」
ふん、と花束を見下ろしていると少し強めの風が吹いた。海からの風が銀色に輝く身体とマントを何処かへ攫おうとするかのようにぶつかってくる。また潮の香りがマントに染み付いてしまうではないか。
いい加減この潮風にもうんざりしていると、ふと過去にマントにニオイが染み付いていると愚痴を呟いた時の情景が浮かんだ。
──『別にイイじゃねぇか。オレは好きだぜ、このニオイ』
…今日の朝からずっとだ。ヤツの事がサビのように張り付いて離れない。
正直ヤツが死のうがどうでもいい、自分の出世に関わる訳でもないし。
そう、どうでもいいはずだ。
だというのに自分はここへ再び足を運び、今こうしてコイツの墓の前に立っている。
まさかコイツが死んだことに対し、無意識にショックでも受けているのか?いやいや、そんなまさか。確かに話を聞いた時は少し驚いたが、それ以上の感情は抱かなかった。
では何故自分はまたここに訪れたのか。
…それが分からない。
「……またお前のせいか?」
またコイツのせいで自分はこの海に引き寄せられているのだろうか。
…死者となったコイツに思う事なんぞ何も無いのだが。何も無いのに訪れているのだから、コイツのせいかもしれない。
「まさか死んでもまだオレと戦いたいのか?生憎だがオレは死人の起こし方なんぞ知らんぞ。……戦ったことはあるが」
墓に向かって独り語りかける。
過去に見た事があるので死者の亡霊というものが実在しているのは知っている。もしかしたら見えないだけでヤツも案外すぐ傍に居るのかもしれない。
「どうせ死ぬならオレに殺されりゃ良かったのにな。きっとスッキリしただろうよ、オレが。キキキキキ!」
勿論返事はない。岬に打ち付ける波の音だけが響く。
「……スッキリしねえな、本当に」
ジョナサン・ジョーンズは、自分が知らないうちに知らないヤツに殺された。その事実がどうにも腑に落ちないというか、何故か気に入らない。
「情けねえな、ジョナサン・ジョーンズ。なんで死んじまったんだ」
直後、そんな言葉が自分から出てきた事に驚いた。
本来ならば自分とこの墓の主は今まで訪れた世界と同じように、殺すか殺されるかの関係に留まるに違いなかった。だというのに個人的な交流を持った。
そのことが原因なのか、自分の中には無かったであろう「誰かの死を悼む」という感情が湧いた。
カジオーの異世界侵略の為の武器に過ぎない自分にとって、あまりにも不要なモノだ。…この感情はここに捨てて行くべきだ。
無意識下とはいえ自分は死者を悼み想い、ここに足を運んだのだろう。だがこの感情に区切りを付けるにはどうすれば良いのか。
ふと、昨日子分に言われた事を思い出した。
「…………手向けか」
それは区切りを付けるに丁度良い行為では無いだろうか。しかしカジオーの手で作られた武器達にそんな文化はない。武器達にとっての死は破損と同じ、壊れたのなら新しく作り直せばいい。誰かが破損したところでいちいち悲しむような奴は一人もいない。
ただ、自分達以外の「生物」はそうにもいかない。一度失われた者は二度とこの世に帰らず、作り直すことなど出来ない。
今まで散々他の世界で暴れ、奪ってきた側だからこそ、よく分かっているつもりだ。
誰かを弔ったり、手向けのモノを与えた事は今まで一度もない。あるのは誰かにとって大切に想うものを奪う事だけだ。
手向けの品として妥当なのはやはり花だろう。しかし、それで良いとは思えなかった。というかこんなヤツのためにわざわざ贈る花なんぞ用意したくないし、当人も花なんぞ欲しかないだろう。
ならば何が良いのか。この墓の主と自分を強く結んでいたものと言えば、【戦い】だろう。それに関係するものを贈るというのは…悪くないと思う。
だが手向けるのに丁度良い物が何も思い当たらない。はてさてどうしたものか。
────気がつくと水平線に太陽が沈み始めていた。
前に見たのは鮫に逃げる事を妨害され、マリオ一行と戦った時。夕焼けのオレンジ色に照らされて揺れる海を見るのも、これが最後だろう。
しゃがみ込んでいたヤリドヴィッヒは、よっこいせと小さく呟きながら立ち上がり墓を見下ろした。
「じゃあな、ジョナサン・ジョーンズ。
オレはもう帰る。昨日も言ったけどな、もう二度とここには来ない。
……そいつはくれてやる。ありがたく貰っとけ」
踵を返し帰路に着くヤリドヴィッヒのマントを潮風が穏やかに撫でる。その風を彼は大人しく受け入れた。
岬に取り残された墓前には来た時と変わらず、赤い包装紙に包まれた花束と一輪の小さな花。
…そして、墓には赤い小さな布が巻かれていた。