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    ゴ=ミ

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    ※誰ロク自陣のリン、勝手な捏造話。シナリオのネタバレは全くない。

    なーにこれ。

    華やかな8番街と黒猫 私は音楽を愛してはいない。

     小さめのステージ、中央に置かれたグランドピアノ。リンは一呼吸置いてから、指を滑らせるように鍵盤を叩き始めた。
     今日の最後の項目、『華やかな8番街と黒猫』。ある作曲家がリンの為に作った曲だった。
    「君の指はまるで街を闊歩する猫のようだ。時に慎重に、時に駆けるように、優雅に音を奏でる」
     当時幼かったリンの演奏に惚れ込み、将来を期待した作曲家はそのように語った。
     毛艶のいい黒猫が活気に溢れた街を歩いて回る。時に撫でられ、時におやつをもらい、多く人に愛されながら、自分を疑う事なく進んでいく……。そんなイメージの曲だ。
     しかし、今回リンが演奏した『華やかな8番街と黒猫』は違った。軽快なリズムが重く、低く、腹の底に響くようなリズムと音に変わっていく。確かにこれは華やかな街を駆ける黒猫だが、優雅さはない。街の喧騒から離れ、路地へと逃げ隠れる。誰かの噂話から遠ざかり、孤独へと歩みを進める。そんな旋律。
     この曲をリンにプレゼントした作曲家は、もう5年もリンの単独コンサートにきていない。共に音楽家である両親が舞台に足を運んでくれなくなって8年だ。
     昔はほぼ満席だった観客は、今はまばらで空きが目立つ。
     もう、過去ほどは期待されていない。可視化された事実がリンの胸を締め付け、鍵盤を叩く指を重くする。
     過去に抱いていた強い感情すら消え失せ、静かに音が消えゆくように、演奏を終える。そしえ立ち上がり深々と礼をする。パラパラと、観客のあちらこちらからバラけた拍手が小さく鳴る。
     どんなに期待されなかろうと私にはこれしかない……。

     私は音楽を愛してはいない。音楽に愛されてもいない。しかし、声は私を音楽へと向かわせ、縛り付ける。私も、それを受け入れるしかない。
     少し俯き気味に、ステージを後にする。
    「今回の演奏会は以上です」
     アナウンスの後、リンは少しだけ、舞台裏で涙を流すのだった。


    「お嬢様、『お友達』がいらっしゃいましたので通しましたが、よろしかったでしょうか?」
     閉演後、楽屋で休息を取っていたリンに、リンのお世話役である爺やが話しかけてくる。どうやら来客があったらしい。
    「もう……爺やなら、私に友達がいない事知っているでしょ?冷やかし?」
    「お客様がそう名乗っておりましたので、お伝えしたまでです」
     リンは特殊な家の生まれだ。両親は共に音楽家。リンの属する黒崎一家は莫大な資産を持っており、リンも金待ちのお嬢様として育てられた。そんなきっちりとした雰囲気は近寄り難い印象を与え、人はリンの事を避ける。幼い頃は似たような出自の友人がいたが今は連絡を取り合う事が殆どなくなってしまった。
     大学生活の中で友人作りを試みてはいるが、シャイな性格であるリンには一向に新しい友人ができる気配がない。
     リンには……友人と呼べる関係の者がいない。そんなリンの友人を名乗る来客者。不安になりながらも、リンは少し、期待した。過去に出会った数少ない友人の顔を思い浮かべる。そのうちの誰かが会いにきてくれたのかもしれない。
    「『お嬢様』はこの部屋か?」
     しかし、期待はすぐに打ち砕かれる。
    「えっと、え……誰ですか!?」
    「よお」
     ドアから顔を覗かせたサングラスに口髭を生やした外国人風の男は左手を挙げて答えた。
    「俺はジョニー・坂崎ハンド。アンタの将来の友人みたいなもんだ。ほら、あれだ、これで顔馴染み、ってやつ」
    「…………」
    「そう警戒されると困っちゃうぜ。立ち話もなんだし、そこ、座っていいか?」
    「じ……」
     見知らぬ男の登場にリンは絶句した。

     リンと爺やの『口喧嘩』の後、面会を許された謎の男、ジョニー・坂崎バンドはリンの向かいのパイプ椅子に、どかっと腰掛ける。爺やが紙コップを二つテーブルに並べた。
    「お茶をどうぞ、ペットボトルの物しかありませんが」
    「いや、助かるぜ」
     坂崎が紙コップに注がれたお茶を飲み干すのを待ってから、リンは問いを投げかける。
    「えっと、先程は失礼しました。それで、私に何のご用でしょうか?」
    「お前の演奏、しっかり聴かせてもらったぜ。いいもんだった。特に最後の……」
    「『華やかな8番街と黒猫』?」
    「そう、それだ」
     坂崎は曲の後半の部分を鼻歌で表現しつつ、リンの演奏を具体的に、そして熱く、言葉にしてみせた。
    「クレッシェンドをかけながらテンポを上げていく部分。駆け出す黒猫を表現したんだろうが、そこが一番印象的でよ……お前の音に、孤独と、それでもこの世界で生きていく、そんな力強さを感じとった。お前は俺の求めている音を持っているんだ」
    「はぁ……」
     坂崎が突然立ち上がる。
    「俺の名はジョニー・坂崎ハンド。この世界のロックを引っ張っていくことになる男だ」
     そして手を差し伸べる。
    「なあ、俺らと共に音楽をやらないか?今、キーボード担当を探しているんだ」
    「えっ、えっと、私、ロックは聴いたことしか、なくて……」
    「リン、お前ならやれるはずだぜ。俺がそう思うんだ。間違いない」
    「え、えっと……」
    「まあ、無理にとは言わない。考える時間があってもいい。そうだ、見学に来るか?」
     坂崎は尻ポケットの中からくちゃくちゃの紙を取り出し、何かを記した後リンに差し出した。
    「スタジオの住所と練習時間だ。暇な時に覗きに来てくれよ」
     リンが紙を受け取ると、坂崎は「待ってるぜ」と一言、去っていった。立ち尽くすリンと、となりで様子を伺っていた爺やが静けさと共に取り残される。
    「なんだったの……」
     坂崎の熱に圧倒されたリンが小さく言葉を漏らす。
     自分が誰かと音楽を?
     リンには誰かと楽器を演奏した経験がない。1人、鍵盤の前に向かい孤独に音楽を仕上げていく。それがリンにとっての当たり前であり、音楽だった。
     演奏を重ねていく度に、孤独になっていくような錯覚を覚えていた。そんな自分が誰かと共に音楽を作っていく。想像もできない事だ。
     彼のサングラス越しの期待の目を思い出す。久しぶりに受けた自分への期待は、熱く、抱えるのに精一杯なそんな想い。伝染した熱が胸を熱くさせる。
    「ジョニー・坂崎ハンド。彼はギタリストのようですね。酒場での演奏で腕を磨いてきた音楽に生きる者です。見学ですがどうされましょうか?」
    「見学、だけなら……行ってみたいかも」

     そうして、仲間を得たリンの音楽と人生に色が灯った。誰かと作り上げる音楽は何よりも楽しいものだった。この先もずっと、ここにいられたら……。リンはただ祈る。


    『The cats will go.』
     作詞、作曲坂崎の新曲は、そこそこ注目を集めた。
     動画サイトに上げたMVは初の100万再生突破。
     シェクターのメンバーの1人、リンのイメソンだと噂されているこの曲には印象的な歌詞がある。
    「孤独になんかさせやしない。これは俺らのための そう かつて1人だった 俺らのロックだ」
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