信仰心は命を救うのか?「ウゲェ、お前にそんな趣味があったのかよ!?」
部屋に入ってきて早々、Deimosが大きな声を出し、Hankは眉を寄せる。
「ひいたぜ」
「お前が何を思おうとどうだっていい」
DeimosとHankの目線の先には首輪と鎖で壁に繋がれたグラント。元気があるようで首輪を外そうと床を転げ回るが身体に鎖が絡みついていきとうとう身動きが取れなくなってしまった。
「う……ちょ、首、絞まっ、苦し……飼い犬死にますよ?いいんですか?グフッ、お助け……!」
「騒がしいなコイツ」
Deimosが芋虫になったそれを靴の先でつつき遊び始める。
「お前といい勝負だな」
Hankは興味を失ったようで、マグカップを1つ、奥から持ってきて囚われのグラントを背にソファーに腰掛ける。状況に似合わないコーヒーの香ばしい香りが部屋を包む。
「俺の分も用意してくれていいのによ。気の利かない奴め」
「じゃあ私はオレンジジュースで。柑橘類でさっぱりしたい気分なんです」
「お前の分があると思うか?」
「囚われの分際で贅沢言ってすみませんでしたぁ!!」
Deimosに靴の底で押し転がされた芋虫は情けない声を上げるのだった。
黒づくめの人物にここに連れてこられてどのくらい時間が経っただろう?鎖に繋がれたグラントは暗闇の中で考える。この部屋には窓がない……窓があったとして、ここネバダにはもう随分と長いこと日が昇っていないので外の様子を確認できようができまいが参考になりはしないだろうが。とにかく外が恋しい。今なら砂埃の混ざった空気を胸いっぱいに吸い込んで咳が止まらなくなってもいいとさえ思う。
手は背中でかたく固定され外れる様子がない。首輪も外そうとすれば自分の首が絞まり苦しくなるだけ。
食事は出されず水がスープ皿に少し……暴れる体力と気力は失われていた。
グラントは目を閉じ祈る。「光」の姿を、いつか自分を救ってくれた主を瞼の裏に思い描こうとする、が浮かんでくるのはホットドッグドック、ハンバーガー……。
「あぁぁぁあ!?もうダメだ貴方の姿を思い浮かべる事すらできない!!質が悪かろうがいい、ハンバーガーが、ホットドッグが食べたい!助けてフライドチキン!!」
「まだ叫ぶ体力が残っていたとはな」
「にぎゃあいあうあ!?」
突然誰かに話しかけられグラントは身体をビクつかせる。自分を繋ぐ鎖がカラカラと金属音を立てた事にさらに驚いたグラントは転がり鎖を思い切り引っ張る。首が、絞まる。
「グエッ……」
「鎮静剤が必要か。弱りきっていると思って用意しなかったんだがな」
「だいじょーぶですおちついていますだいじょぶおちつきすぎてねてしまいそうです!」
「受け答えは思ったよりしっかりしているな」
突然目の前が眩しくなる。何をされたのかとグラントは気持ちだけ身構えるが、身体に変化はない。ただ明かりを点けただけのようだ。
眩しさに慣れてくると声の主の姿がわかるようになる。特徴的な髪型に特徴的な顔のアクセサリー……。
「ギター床に叩きつけてそうな医者って言われません?」
「何だって?」
赤いゴーグルに額帯鏡、モヒカン頭の人物は頭を掻いた。
「Hankに『生きたまま連れてこい』とは指示したが、活きが良すぎるな」
「元気があれば何でもできる!……ここから逃げる事もできるはずなんですが、どうやら元気が足りないようです。私に食べ物を恵んでください!」
「そうだな」
モヒカン頭はそう受け答えをしながら奥へと引っ込み、金属で出来た台を押して戻ってきた。回転の悪いタイヤがキュルキュルと鳴き声を出す。台の上には液体の満ちた注射器が数本と、針のついたチューブ。ドッ、と心臓が跳ねる。
「あ、あの、栄養は経口摂取で……」
「生き地獄、という言葉を知っているか?」
モヒカン頭がグラントを床に押さえつける。
「勿論味わってきましたし、私は今もその状況にあります!」
そう答えながら身体をくねらせ抵抗しようとする。しかし背中に体重をかけられ固定され、少しも動けない。
「お前はこれからさらに地獄を見る事になる……言葉通りお前を生きたまま、意識データだけを地獄に送り込むんだ」
「死んでません!?それ死んでません!?」
「お前の意識が地獄に堕ちようと肉体は無意識の生命活動を止めることはない。成功すればな」
グラントの手の甲を探るように指がなぞる。優しい手つきはむず痒く、捨てた過去を思い出させる。AAHWの戦闘員は健康でなくては務まらない。血液検査の針を怖がる同期と嘲笑。
「今まで蘇生には肉体を持った者が下に降りて彷徨うデータを探し当てる方法を取っていた。だがしかしそれには犠牲が伴う事も多かった。もし意識データだけを地獄に送り込むことができ、さらに送り込んだ意識を元の肉体に戻す事ができれば……これは我々の組織の損失を減らす為の実験だ」
「……もし失敗したらどうなります?」
「お前は永遠に地獄を彷徨う事になるだろう。私はまた協力者を連れてこなければならなくなる」
「私、協力するって言った覚えないんですが!?」
チクリ、と手の甲が痛む。もうダメだ!そう思った時だった。
激しい爆発音。地面が揺れパラパラと上からコンクリートの細かい破片が降り注ぐ。2回、3回と爆発音が続く。
「……何事だ」
モヒカン頭が手を止めるのと同時に部屋のドアが激しく開いた。
「Doc、訪問者だ」
体勢が悪いせいで確認できないが、これは黒づくめの声だ、とグラントは思う。
「何人だ?」
「ざっと数えて30人くらいいるぞ」
「こちらの動ける人間は?」
「拠点が半壊したせいでかなり減ったぞ。また引っ越しだな」
また爆発音。どうやら爆発物が今いる建物に直撃したらしく、屋根が抉れる。先程とは比べ物にならない大きさのコンクリート片が落下してくる。
「HANK!押しつぶされたくなかったら部屋から出ろ」
モヒカン頭が退いたらしく背中が軽くなる。自分もここから逃げなければとグラント思い立ちあがろうとするが鎖が、首輪が邪魔をしその場に倒れ込む。
「グヘッ……」
モヒカン頭と黒づくめがぐちゃぐちゃの建物から出て行くのを見ながら、笑う。
「どっちにしろ地獄行きじゃないですか。酷いですよ」
ただ笑う。
「地獄にハンバーガーショップはあるんでしょうか?私、お腹がぺこぺこなんです」
「せっかく助けてもらった命なのに、無駄になっちゃいました」
「ここに、あの方がいれば……」
乾いた笑い声は崩れる建物にかき消される。
とあるAAHW基地は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「眠るといい」
そう呟いて最後の敵の胸を剣で貫く神のような人物……ジェべディア・クリストフはAAHW部隊の殲滅を図っていた。これがネバダの明日になるのだとクリストフは語る。
「任務完了……」
クリストフは額の汗を拭おうとする、が自分の手が返り血で汚れている事に気がつき動きを止めた。そこに……。
「お疲れ様でした!」
突然影から1人のグラントが飛び出してくる。クリストフは冷静に右手持っていた銃を近づいてきたグラントに向ける。
「わわわっ!私ですよ!!敵じゃありません!」
「味方でもない」
「額の汗、拭いますね」
「そのハンカチを寄越してくれたらいい」
「そうですか……」
グラントは残念そうにハンカチをクリストフに手渡す。
「貴方は私の命を救ってくれた、私の救世主なんです。だからお役に立ちたいんですが」
「身に覚えがない」
「貴方が覚えてなくとも私が覚えています!私は貴方を信じる事で今ここに立っていられているんです。貴方は何度も私を救ってくださいました」
「何のかも身に覚えがない」
この噛み合わない会話はいつまで続くのか……クリストフは頭を抱えた。