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    いさおか

    短編小説置き場

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    いさおか

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    ⚠️特殊設定注意⚠️
    ベースは清三ですが、清正と三成の娘(オリキャラ)がメインのお話です。見た目はほぼ三成だと思って下さい。
    宗茂と娘のアカン描写が一瞬出てきます。それゆえ若干、宗茂→三成っぽい感じも。
    清三的にはハッピーエンドではありません。

    ざんか。 慶長十六年夏の朝、男手ひとつで私を育ててくれた父は、肥後の屋敷で静かに息を引き取った。その日は酷く蒸し暑く、自慢の柔らかな栗色の髪はしっとりと汗に濡れ、頬に沿うようにひたりと張り付いていた。それはまだ私が十を数える年の頃の話だ。鮮明に記憶に残っているのは、意識を朦朧とさせながら私の手を取り握り締めた父が、私の顔を見ながら「みつなり」と私の名ではない誰かの名を呼んだことだった。その名を呼んだ後、父は何かを呟くように口を動かしたが、けたたましく鳴き始めた蝉の声に掻き消され、結局父が何を言ったのかは分からなかった。

     母についての記憶はない。
     物心ついた頃から、私に家族と呼べる存在は父しかいなかった。他には、父の幼馴染である正則おじさんが時々家に来たり、絵物語に出てくる美しい帝のような顔をしたお兄さんに遊んでもらった記憶があるだけだ。
     幼い頃の私は周りの子供たちが母親に甘えている姿を見てとても羨ましく思い、父や屋敷で働く従者たちに「わたしの母様はどこにいるの?」と聞いて回っては、随分と困らせていたものだった。
     私が母について聞くと皆一様に口を噤み、目を逸らし押し黙った。しつこく父に問い詰めても、毎回言葉を濁され、私は母が生きているのか死んでいるのかすら聞くことは出来なかった。成長と共に、理由は分からないが母のことは口にしてはいけないことなのだと理解し、いつしか父を含め周囲の人間に母の所在を聞くことはなくなっていった。
     ついに最期の瞬間まで父は母について語ることはなかったが、一度だけ、銀色に揺れる父の髪を見て「私と父様の髪の色は全然違うのね」と何気なく口にした時のこと。いつになく上機嫌だった父に「お前の髪色は母さん譲りだからな」と、優しく髪を撫でられたことを覚えている。あれは確か、初めて父に連れられ見に行ったどこかのお祭りの帰り道、父に手を引かれ、でこぼことした石畳の道を歩いている時の話だ。その日から、私は自分の髪の色が大好きになった。まだ見ぬ母と自分の共通点。この明るい栗色の髪が、母と私を繋ぐ全てだった。

     父が亡くなってから、身寄りのなかった私は生前父と親交のあった立花宗茂という人物の家に引き取られた。数年前に妻を亡くし、実子も無かった彼は、私を養子として迎え入れた。
     この宗茂こそが幼い頃の私と遊んでくれた"絵物語に出てくる美しい帝のような顔をしたお兄さん"だったわけだが。彼は開口一番「源氏物語を知っているかい?」と私に聞いた。本を読むことが好きだった私はもちろんその物語を知っていて、何故そんなことを聞くのかと問えば「さしずめ君は紫の上と言ったところかな。もちろん俺が光源氏でね」とのたまったので、幼心にその意味を理解し、思わず「この人でなし!」と叫んでしまった。宗茂は「ああ、そういう真面目で勝気なところ、君の母君にそっくりだ」と笑ったので、母のことを知っているのかと詰め寄ったが、やはり父と同じように言葉を濁し、うまく誤魔化されてしまった。しかしその時宗茂は、いつか然るべき時が来ればすべて話そうと約束してくれた。


     ***


     元和六年。
     父が亡くなり宗茂に引き取られてから十年の月日が経ち、私は二十歳になっていた。
     今は父と共に暮らしていた肥後国から遠く離れ、宗茂の移住先である江戸で生活を送っている。
     当初紫の上だの光源氏だの言っていた宗茂も、あれは冗談だと、私のことは本当の娘のように可愛がってくれた。
     私が望めば宗茂は新しい書物も筆も着物も好きな食べ物も甘いお菓子も欲しい物は何だって与えてくれた。そうして私は何ひとつ不自由ない生活を送っていたけれど、宗茂は決して私を屋敷の外へは出してはくれなかった。絶対に屋敷から出てはいけないと強く言い付けられ、私はこの十年間、ほぼ屋敷の中に幽閉された状態で暮らしていた。
     父と肥後で暮らしていた時もあまり外へ出たことはなかったが、それは私が幼かったせいだと思っていた。
     だが二十歳ともなればもう立派な大人で、私は外の世界のことが知りたくてたまらなくなった。同時に、父のこと、母のこと、自分の出生の秘密についても、宗茂に聞くならきっと今しかないだろうと思った。

    「然るべき時が来た」
     夜分遅くに江戸城の勤めから戻った宗茂の前に、私は腕を組み、仁王立ちをし、高らかに宣言した。宗茂は少し驚いたような顔をしたが、次の瞬間にはいつもの柔らかな笑顔に戻っていた。
    「時が経つのは早いものだ」
    「宗茂、私はもう二十歳だ。大人だ。知る権利はあるだろう」
    「なんというか、やはりそっくり、だな」
    「何が」
     宗茂は昔から掴みどころのない男だった。何を考えているのか分からない。男勝りな私に女の言葉遣いは求めなかったし、敬語も使わせず『宗茂』と呼び捨てにさせたのも彼本人だった。
     宗茂はいつも私の向こうに誰かの面影を見ていた。
    「今日はもう遅い。明日ゆっくり話そう」
     宗茂はそう言うと私の髪を撫で、おやすみ、と額にひとつ口付けを落とした。


     ***


    「お前の母の名は石田三成。慶長五年、関ケ原を中心に繰り広げられた戦の首謀者として捕らえられ、すでに処刑されている。徳川の天下を良しとせず、打倒家康を掲げ多くの者を死地に送った奸臣だ」
     俗に言う、天下分け目の大戦。父がその戦に参陣していたことは知っていた。
     けれど、まさか、母が。
     私は言葉を失った。父が亡くなる前に口にした「みつなり」という名前。誰もが口を噤み、目を逸らした母のこと。徳川の天下を脅かした奸臣。何もかもが繋がって、どくりと心臓が波打った。
    「と、まあ大罪人の汚名を被せられてはいるが、家康が没した今、随分と三成の評価も変わりつつあるな。だが、お前が産まれた頃は三成の名を出すだけでも反逆の恐れありとみなされ、最悪は処刑、お家取り潰しなんてことも珍しくはなかった。誰もお前の母君について触れられなかったのはそのせいだ。そも、お前の存在自体が危うい。もし家康にお前の存在が知れていれば、お前だけでなく、清正やその家臣、お前に関わったすべての者の命が奪われていたことだろう。わざわざそんな危険を冒さなくたって、清正は秘密裏にお前を殺すことも出来た。だが清正は何としても三成の忘れ形見であるお前を守りたかったのだろうな。必死にお前の存在を隠し、自らが死んだあとはお前を養子として迎えるようにと俺に遺言を残した。お前が清正と三成の娘だということは、俺を含め極わずかな人間しか知らない」
    「ではなぜ宗茂は、そんな危険な存在である私を徳川に売らなかった?私を育てていることが知れたら、宗茂の命も危なかったはずだ」
    「単純な話だ。俺は三成を気に入っていたからな。あの戦で俺は西軍――三成方についた。俺は三成を悪人だとは思っていない。まあ何故そんな俺がのうのうと生きて今は徳川の傘下にいるのかと言われれば、少々耳の痛い話ではあるが」
    「父も西軍に?」
    「いいや、清正は東軍だ。家康方についた。俺たちは敵同士だった」
    「なぜ……そんな、父と母が、敵同士?どうして……?」
     なぜ二人が敵として戦わなければならなかったのか、二人は夫婦ではなかったのか、聞けば聞くほどに謎は深まるばかりで、私の頭は混乱した。
     ――どうして父は母を助けてはくれなかったのだろう。
     そんな私の心の内を汲み取るように宗茂は言葉を続けた。
    「どうか清正を恨まないでやってくれ。二人とも、自分の家を、豊臣の家を守るために全力で戦ったんだ。少しだけ道を違えてしまったが、二人の目指すところは同じだった。三成を守れなかったことは、清正自身が一番悔いている」
     豊臣など、とうの昔に滅んでいる。結局のところ、父は自分の守りたかったものを何一つ守れずに死んだのだ。その滑稽さに私は笑いたくなった。
    「俺が知っているのは精々この程度で、お前が産まれるに至った経緯などは聞かされていない。というか、少なくとも俺の記憶の中にある石田三成は男だった。本当は女だったという線もあるが、俺はそうは思わない。そのあたりの事情をよく知っているのは正則か、彼らの母のような存在であった高台院様だろう」
     ――母が男だった?
     その事実に、私は頭を抱え唸った。すべてがふりだしに戻ったような気がして、いっそ何も知らない方が幸せだったのかもしれないとすら思った。
    「男が孕むなど聞いたことがない。私は本当に石田三成の娘なのか?」
    「安心しろ。百人に聞けば百人ともお前は石田三成の娘だと答えるだろう。それ程までに、お前と三成は瓜二つだ。特にこの美しさが……」
     宗茂の手のひらが私の頬を撫で、顎を捕えた。私はその手をべしりと叩き落とす。「手厳しいな」と叩かれた手をさする宗茂を後目に、少し一人で考えさせてほしい、と私はふらふらと覚束無い足取りで自室へと向かった。


     ***


     ――高台院。古くは北政所、またはねねと呼ばれ、豊臣秀吉の正妻として手腕を奮った忍びである。現在は京の高台院屋敷にて隠棲の身。

     直接血の繋がりはなかったけれど、父にとって高台院様は母のような存在であったという。宗茂によると、まだ私が産まれたばかりの赤ん坊だった頃、母の代わりに高台院様がよく私の世話をしていたらしいが、私自身にその記憶は残っていない。
     けれど、父や母を幼い頃から知っている高台院様なら、私の出生の秘密も知っているかもしれない。会って話をしてみたい。父と母のことをもっと知りたい。どうして、どうやって私が産まれたのか。聞きたいことが次から次へと溢れ出す。
     はやる気持ちが抑えきれず、私はその日のうちに高台院様のもとを訪ねる決心をした。

     荷造りを終えた夜、未だ生娘だった私は初めてを宗茂に捧げた。私が宗茂以外の男と接したことがないというのもあるが、初めてを捧げる相手は宗茂しか考えられなかった。宗茂は「清正に夢枕に立たれては堪らない」と一度は私を拒んだが、しつこく言い寄ると観念して私を抱いた。
     女にしては貧相な私の身体を抱く宗茂は、やはり誰かの面影を私に重ねていた。それはきっと母だったのだろう。それでも良かった。たとえ母の代わりだとしても、宗茂に触れて貰えることが何よりも嬉しかった。
     正真正銘大人の女になった私は、身も心も、少しは何かが変わるのではと期待していたのだけれど、翌朝まで残った下半身の違和感以外は何の変化も見られず、少し残念に思った。
     けれど後悔はしていない。私が望んだことだ。
     そして父様、どうか宗茂を怒らないでほしい。
     宗茂は、私の初恋の人なのだから。


     ***


     江戸の屋敷を出た私は高台寺に向け、寝る間も惜しんで街道を進んだ。人とすれ違う度、顔を見られないよう笠を深く被り直す。それは屋敷を出る際、お前の顔は良くも悪くもよく目立つから気を付けろ、と宗茂が被せてくれた笠だった。

    「今まで育ててくれてありがとう、感謝している」
     必要最低限の荷物を包んだ風呂敷を背負い、数ヶ月は寝食に困らないだけの小判が入った巾着を持った私は、宗茂に向かって深く頭を下げた。
     宗茂は「いつでも戻っておいで」と言ったが、私はもう二度とこの屋敷に戻るつもりはなかった。
     高台院様のところに行ったあとは、父と母のゆかりの地を巡り、どこか遠い場所でひとり慎ましく生きていこうと、そう思っていた。
     それを知ってか知らずか、宗茂は寂しげな表情をしているように見えた。
    「さよなら、俺の紫の上」
     今生の別れだというのにいつもと変わらぬ軽口を叩いた宗茂は、いつものように私の額にひとつ口付けを落とすと、笠を被せ、いってらっしゃいと、笑顔で私を見送った。

     それがつい先程のこと。それなのに、宗茂のことを思い出すともう泣きそうになる。今からでも走って戻って宗茂に縋りつけば、宗茂は私を娶り、二人で幸せに暮らしていけるだろうか。そんな甘美な想像に浸っては、それではいけないと自分を叱咤し、唇を噛み締め歩を進めた。



     ***



     初めて歩く外の世界は想像を絶するほどに綺麗だった。
     これまで書物で様々な生き物や花や草木、景色の絵は見ていたけれど、本物とは比べものにならない。
     人々の活気に溢れた城下の街並みは、静かな屋敷の中で暮らしていた私にはとても騒がしく、けれど心が踊るような気持ちになった。毎日がお祭りのようだ。
     目にする何もかもが新鮮で、江戸を出てから京の高台寺に着くまで、時々寄り道をしたりして、たっぷりひと月は掛かった。けれどそれもあっという間の日々だったように思う。

     目の前には立派な山門があった。
     恐る恐る山門をくぐり、広い境内を歩く。
     きょろきょろと周りを見回す私を不審に思ったのか、表門のあたりで掃き掃除をしていた僧侶が私に声を掛けてきた。
    「何か御用ですか?」
    「あ、えっと、高台院様にお会いしたくて……」
     そういって笠を取ると、僧は血相を変えて「高台院様!」と叫びながら寺の中へと駆けて行った。
     ややあって出てきたのは、尼僧の格好をした女性だ。
    「高台院様……?」
     私がそう呼ぶと、高台院様は目を見張り「みつ……」と言ったきり押し黙り、手のひらで口元を覆った。
     そして涙ぐみながら私の元へと駆け寄ってきた彼女は、ぎゅうっと私を力強く抱き締めた。
    「よく来てくれたねぇ、こんな大きくなって……」
     おいおいと泣き始めた高台院様の背中を、私は無言で撫でさするしかなかった。

     案内されたのは、高台寺からすこし離れた高台院様の屋敷だ。ここから毎日、寺に通じる坂を登り、夫である秀吉様の菩提を弔っているらしい。
     足腰は丈夫なの!と目尻の皺を深くし、高台院様は笑った。先まで泣いていたというのに、ころころとよく表情の変わる人だ。
     私が話を切り出すべく「高台院様」と呼べば、「高台院様なんて、他人行儀は嫌だよ」と、おねね様呼びを強要された。宗茂といい、父と母の周りには変わり者が多いのかもしれない。
    「お、おね、おねね様」
     おずおずと私がそう呼べば、「なんだい?」とおねね様はご満悦な表情を浮かべた。
    「私は、父と母のことが知りたくて、特に母のことは……」
    「うんうん、いつかそんな日が来ると思っていたよ」
     おねね様はそう言うと、部屋の隅に置かれていた漆黒の箱を引き寄せた。私の前で蓋が開けられ、その中には一冊の分厚い書物のようなものが入っていた。
    「これは?」
    「生前、あなたの母――三成が書きしたためていた、日記みたいなもの……かしら。私も中身は読んでいないから分からないのだけど。いつかあなたに渡して欲しいって言われてたの。正直、清正と三成の間に何があったのかは、私も詳しくは知らなくて、ごめんね。でもね、きっとこれであなたの両親がどんな人だったのか分かるはず。本当はもっと早く渡してあげられたらよかったのだけれど……」
     仕方ない。父が死んだ時、私はまだ幼かったし、それからは宗茂の屋敷に幽閉状態だった。下手に動いて徳川に見つかれば大変なことになっただろうし、渡す機会などありはしなかったのだ。
     私は母が残した日記をそっと手に取り、自らの胸に抱いた。母との距離が一気に縮まったような気がして、なんだか嬉しくなった。
    「おねね様から見て、父と母はどんな人でしたか?」
    「そうねぇ、清正は不器用なところもあったけど、人一倍優しい心を持っていて、仲間想い、家族想い、正義感の強さは誰にも負けない子だったわ。三成は、意地っ張りで素直じゃなくて、頭でっかちーなんて正則には言われていたけれど、それは全部豊臣のことを思ってのこと。周りには敵も多かったけど、本当はとても優しい子だった。誰よりも頑張り屋さんで、だから誰にも頼れなくて――」
     おねね様が言葉を詰まらせる。震える息が吐き出され、けれどおねね様は一度だけ指先で目元を拭うと、力強く私を見た。
    「清正も、三成も、私の自慢の子供たち!もちろん正則もね!そして私はあなたのおばあちゃん!あなたは私の自慢の孫なの!みーんな、私の大事な家族!私が言えるのはそれだけ!」
     ふいに涙で視界が滲んだ。本当は、おねね様に会うことが怖かった。自分の存在を否定されたらどうしようと、怖くてたまらなかった。けれど、おねね様は私を大事な家族と言ってくれた。
     ぼろぼろと涙を零す私を、おねね様は「あら、どうしたの?」と優しく両腕で包み込んでくれた。再会したときとは逆だ。今度はおねね様が私の背をとんとんと叩く。そして透き通るような綺麗な声で、子守唄を歌い始めた。
     なんだか懐かしいね、とおねね様は言う。
     赤ん坊の頃のことなどもう何も覚えていないはずなのに、私はその子守唄に酷く懐かしさを感じ、おねね様の言葉に何度も頷いた。



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