平日 私の名前は「ミド・セゼル」お父さんの転勤がきっかけで一時期はタイに行ってたんだけど、1週間前にようやく日本に帰ってきた。
私、日本人なんだよ?お母さんが中東の人だから、こんな名前なんだ。友達からはミドって呼ばれてる。今年の春から小学四年生として日本の学校に行けるなんて、なんだかワクワクする。
「ミド、部屋の片付けは終わった?」
「うん。終わったよ。ママ。」
私のママは優しくて、時々怒りっぽいの。でもママの言うことに私はいつも図星なんだよね。
「ミドも大きくなったわね。前はこ〜んなに小さかったのに。」
「もう、私はそんなにチビじゃないんだから。からかわないで!」
「ごめん、ごめん。それよりも、ミド、この家の周りのこと、覚えてる?タイに行く前も私達、ここのご近所に住んでたのよ。」
「え?そうだったっけ?覚えてないや。」
「あなた、近所のお兄さん達によく遊んでもらってたじゃない。」
近所のお兄さん…?
「あなた、そのお兄さんと初めて会った時すっごく気に入ってね。離そうとすると大泣きしたんだから。」
「え、えぇ…恥ずかしいよ。でも、確かにそんな人いたような気がする。」
ママの言うことはまんざら間違いじゃ無い気がした。なんとなく覚えてる。赤毛のお兄さん。それと、金髪のお兄さん。名前は…なんだっけ。
「引っ越してなければ住所がわかるわよ。あってきたら?ミド。」
「えぇ!?嫌だよ!恥ずかしいもん…」
「行ってきなって。お兄さん達もミドの大きくなった姿みたら驚くよ」
そんなこんなで、私はそのお兄さん達に挨拶に行くことになった。
「…ここかな?」
ママに持たされたお菓子の箱を持って私はお兄さんの家の前に来た。その家は確かに、見覚えがあった。
なんだか、不思議な気持ちで私は玄関のチャイムを鳴らした。
「はい。どちら様ですか?…って、
もしかして、ミドちゃん?」
扉を開けたのは、赤毛のお兄さんだった。華奢な体格だけど、肉付きは整っていた。
「はい。ミド•セゼルです。タイからこの町に帰ってきました。これ、お菓子です。」
「えっ、あっありがとう!ミドちゃん、大きくなったね。僕のこと覚えてる?」
「実はあんまり覚えてなくて。」
気まづそうに話す私にお兄さんは優しく話してくれた。
「そうだよね。だって、5年も前のことだもん。よかったらお茶でも飲んでってよ。このお菓子、一緒に食べよう。」
「あ、あの…名前、なんでしたっけ?」
「僕は木村・ライト・アキ。ライトでいいよ」
ライトくんの家は古くて、小さな平屋だった。けれど、そこそこ掃除はされていて別段汚い訳では無かった。畳のリビングにはちゃぶ台がおいてあって、私はそこでライトくんがお茶を入れてくれるのを待っていた。
私が持ってきたお菓子はパウンドケーキなんかが入った焼き菓子セット。お茶を待ちながらお菓子を食べる。…美味しい!
「美味しそうに食べるね。はい。お茶」
出されたお茶を飲んで口をまったりさせる。暖かな紅茶の香りが鼻の奥を通って広がっていった。
「美味しい」
ライトくんは少し微笑んでからお菓子を食べ始めた。
お菓子で満足していた私だけど、一つ気になることがあった。
「ライトくんは1人暮らしなの?私、あんまりライトくんのこと覚えてないけど、前はお母さんと2人で暮らしてなかった?」
ライトくんはお茶を飲む手を止めて話し始めた。
「そうだよ。確かに僕は病気の母さんと2人暮らしだった。母さんを看病しながら、高校に行っててね。ミドちゃんもよく遊びに来てくれたよね。」
私はコクンとうなづく。
「母さん、亡くなったんだ。4年前に。だから今はこの家で1人で暮らしてる。」
ライトくんは変わらぬ笑顔でそう言った。でも、声は何処か寂しそうでポトンと落とし込めそうな静けさがあった。まるで、全ての悲しみを受け入れるかのように。
「ライトくんは寂しくないの?」
思わず聞いてしまった。
どうしてだろう。ライトくんのあの声に、あの言葉に、胸が苦しくなった。
「…寂しいよ。すごく、寂しい。」
私は少し俯むく。
「でもね、今はミドちゃんが居てくれるから寂しくないよ」
「本当?ほんとにそう、思ってるの?」
どうしてだろう、私、ライトくんと話すの5年ぶりなのに、どうしてライトくんが寂しそうだとこんなに辛いんだろう。
「ミドちゃん、心配してくれてありがとう。僕は嘘はつかないよ。君が帰って来てくれて、この家に挨拶に来てくれて、本当に嬉しいんだ。それに、僕は1人ぼっちじゃないからね。」
そう言ってライトは私の頭を優しく撫でてくれた。
ピンポーン
その時、ライトくんの家のチャイムがなった。一体誰だろう。
「もしかしてレトかな、ミドちゃん、ちょっと待っててね。」
ライトは玄関の方に向かった。レト。レトという名前もなんだか聞き覚えがある。たしか、ライトくんといつも一緒に勉強してた金髪の人。
「ミド、久しぶり。」
その人は私の名前を呼んだ。
「レトさん?」
その人は小さく頷いた。
「大きくなったな。私が日本にいたときは、まだこんなに小さかったのに。」
そう言ってレトさんは手でジェスチャーをした。
「そんなに小さくないです!」
「ははっ。わかってるよ。大きくなったなミド。」
レトさんは私を見つめた。どこか物悲しそうに。
「今日はどうしたの?改まって。」
ライトくんはレトさんの分のお茶を淹れようとリビングに面した台所に向かった。お湯が無いことに気づいたのか、ヤカンをコンロにかけはじめる。
「実は、この春から東野小学校という所でALTとして勤務することになったんだ。それで、出来ればこの家に居候させてもらえないかと。」
「僕は全然構わないよ。レトは家族みたいなもんだし、母さんも喜ぶよ。でも、アメリカの家は大丈夫なの?」
「いいんだ、あの家は。実際、私には帰る場所が無いからな。」
ライトくんはレトさんのその言葉に何も言わず、ただじっと聞いていた。
なんだかよくわからないけど、私が居ない間に色々あったみたい。
まって、東野小学校って、
「私が通う小学校じゃん!!」
「え、そうなんだ。よろしく、ミド。」
昔よく遊んで貰ってたご近所さんにこれから教わるなんて、なんだか複雑な気分だ。
「ミド、君は覚えているかい?」
急にレトの声色が変わった。
「え?何がですか?」
「私たち、違う世界で、違う形で出会えて、本当に良かった。」
えっ
レトさんのその言葉。私、知ってる。
どうしてかわからない、今初めて聞いたはずなのに。それに、少し違っていた様な気がする。
「わたしたち、ちがう世界で、ちがう形で…。」
「違う形でなんだって?」
ライトくんが淹れたてのお茶を準備して隣に座っていた。
「わぁぁぁぁぁぁっっっ!!
なっなんでもないです!!れ、レトさんが言ってて!!」
「あぁ、レトが好きな小説のセリフか!よく言ってるよね。僕も好きだよ、そのセリフ。なんだかわからないけど、
とっても懐かしいような感じがしてね。」
赤面の私に優しく微笑むライトくんの表情に、やはり、ほんの少しの寂しさを感じた。