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    メネリァン

    紆余曲折押し問答霧雨の森から秋の国の魔法使いの街に出かけた際。とうに日は沈み、ガス灯が石畳を照らす飲食店が立ち並ぶ通りを歩いていた時、一際客入りの良い賑やかな店を見つけたので立ち寄ることにした。

    カランカランと鉄のドアベルが軽快に来客の情報を響かせる。
    この店は軽食やおつまみ、アルコールを提供しているバーだったようで、店内は仕事終わりの男女で賑わっていた。
    メネラはカウンター席に座り、サラミやチーズなどの軽くつまめるものとワインを注文した。
    提供された酒の肴をつまみつつ、ぼんやりと考え事をしながらグラスを傾けていた時、近くのカウンター席に移動してきた赤ら顔の男2人が興味深い話をしているのが耳に入った。
    ちょうど暇をしていたし、その2人はかなり飲んでいて上機嫌そうだったので接触を試みる。

    「でよ、ワルプルギスの森に近づくなっていうのは魔獣の他にもヤベェ魔法使いがいるって噂がガチだかららしいぜ」
    「ホントかよ、どうせガセだろ?」
    「面白そうな話ししてるね、俺にも聞かせてよ」

    急に話しかけてきた190cmの体格の良い男ことメネラに怯える事もなく、酔っ払いの2人組は顔をぐるりとこちらに向けた。
    こういう輩は酒を飲ませておけば口を開く。
    マスターに「彼らにおかわりを1杯ずつ頼むよ」と伝えれば、怪訝な顔をしていた2人は途端に気を緩めた。

    「おぉ兄ちゃん、悪いな!」
    「ありがとよ、んでなんだっけ?」
    「ワルプルギスのヤベェ魔法使いって何だい?」
    「あー、それか。それなあ。俺の知り合いに魔法使いがいてよ。ソイツがワルプルギスの森には虜囚がいるから近づくなってうるせぇんだ」
    「そうそう、てか元から人間は立ち入り禁止なんだけどな。俺たちは行きそうだから止めたとか言ってよ!」
    「余計なお世話だっての!俺らだってまだ死にたくねえよ!」

    ギャハハ、と品のない笑い声を立てている2人を心は冷ややかに、顔はにこやかに見守りながら話の続きを促すために、自分の残っていたつまみの皿も差し出した。

    「そうだ、よかったらこれも食べてよ」
    「気前がいいな、兄ちゃんは魔法使いか?」
    「そうだよ」
    「おー、秋の国ってか魔法使いの街だと人間に友好的なやつとそうでないやつ半々って感じだけど兄ちゃんは?」
    「嫌いだったらこんな人の多い場所に来ないさ」
    「それもそうか!」
    「だな、これもありがたくいただくぜ!」
    「どうぞどうぞ」

    にこにこと愛想よく接していれば、彼らは完全にメネラに気を許し、人間である自分たちよりも魔法使いである分年上である可能性が高いメネラに対し『兄ちゃん』と呼び方を変えることもせず、そのワルプルギスの虜囚と呼ばれる魔法使いについての話をたくさん聞かせてくれた。

    「ワルプルギスの虜囚ってのはなぁ、えーとアレ。なんつったっけ」
    「魔法使い狩りだろ、その時代に人間も魔法使いもとんでもない数殺しまくったイかれ野郎って話だぜ」
    「今もワルプルギスで夜な夜な出会った人間を殺して回ってるって話だ」
    「それは面白いね」

    へえ、と何気なく相槌を打てば、おしゃべりな酔っ払いその1は真っ赤な顔でまるで怒ったようなふりをして話を続けた。

    「面白いことあるか、急に出会ったら人間には抵抗手段がねえってことだぞ」
    「それは確かにそうかもしれないね、だからこその立ち入り禁止なんだろうけど」
    「森から出られないってのが唯一の救いかもな」「いや虜囚ってもう森から出られるらしいぞ」
    「流石に嘘だろ、別のやつは虜囚の亡霊だとか言ってたぜ」
    「化けて出たいのは虜囚に殺された方だろ!」
    「それはそうかもね!」
    「だよなぁ!?」
    「じゃ亡霊説は嘘だな」

    次から次へと出てくるワルプルギスの虜囚に関する噂話は、まとめようにもとにかく『魔法使い狩りの時代から存在している』『たくさんの人を殺して投獄された』『今も噂は絶えないが真偽は定かではない』と言ったところだった。
    メネラは懐から手帳を取り出し、今し方まとめた信ぴょう性がありそうな情報をスラスラと澱みないペンの走りで書き出していく。
    メネラの主な居住地である霧雨の森からワルプルギスの森へはどう頑張っても数日はかかる。
    路銀に問題はないが、箒の移動になるため自分の魔力量も加味して中継地を含めた移動ルートを頭の中で考える。
    その間にも2人はあーだこーだと虜囚について話し続けていた。
    噂に夢中になっている割に、さして恐れているわけでもないのはきっと存在を信じていないからだろう。
    ゴシップ記事と同じ様にただの娯楽として消費して楽しんでいるだけだ。
    本来はそれで良いのだろうけれど、自分はそれでは満足できない。
    メネラはパタン、と手帳を閉じて、マスターに何枚かの紙幣を渡して会計を済ませる。

    「じゃあ俺がその人の所に行ってみようかな」
    「おいおい、死んでも知らねーからな?」
    「やめときな兄ちゃん、会いに行ったところで男か女かも分かりゃしねえし、生きてるかもわからねえんだぞ」
    「構わないよ、これでも魔法使いだからね。いなかったらいなかったって確信が得られるし、見つけられたら見つけられたで噂が本当になって面白いだろう?」
    「ま、まあ…確かに?」
    「これは奢ってもらった酒の礼代わりだが、そうやって面白がって探しに行ったヤツの中で“居た”って明言してる人間はいねえって話だぞ」
    「ふうん、じゃあ俺が第一号ってわけだ。俄然面白くなってきたよ」

    酔っ払い2人は、キョトンとした顔でお互いを見つめ合い、しばらくした後メネラに向き直り大きなため息をついた。

    「本当に何があっても知らねえからな?」
    「大丈夫、わかってるさ」
    「魔法使いってのはみんなこうなのかねぇ」
    「兄ちゃん、まあ……なんだ、また一緒に飲もうや」
    「ありがとう、ひとしきり探し終えたらまた来るよ」

    すっかり酔いが覚めたらしい2人になんとも言えない目で見送られ、バーを後にする。
    騒がしい酔っ払いではあったけれど、人間にしては魔法使いに対する偏見もなく比較的穏やかな2人だった。
    メネラが戻るまで彼らが要らぬ心配をしていると思うとやや滑稽にも思えるが、こんなに興味をそそる話題をくれたのだから、約束通りまたこの店に顔を出そうと店の名前と場所も手帳に書き込んだ。

    「さて、何が見つかるかな」







    メネラという男に執拗に追いかけられ始めてから早1年。
    面白半分で屋敷にやってきたやたら体躯の良い魔法使いの男に、あれやこれやと無遠慮に聞かれ、はぐらかすのも面倒で逐一答えてやれば、いつの間にやら毎日の様に通い始めた始末だった。
    出会ってからすぐにカフェで一悶着あったため、何度かはリァンの意思で招いたわけではあるが、なにがどうしてこうなった。
    リァンの頭脳を持ってしてもメネラはかなり理解不能だった。

    今日も今日とていつも通りと言わんばかりに玄関の前に立つ巨漢を迎え入れ、いつもの場所に座らせ、いつもの様にスイーツと紅茶を振る舞う。
    相手がほとんど毎日と言っても過言ではない日数で通い詰めていることを除けば、今までの来客と対して変わらない。
    ああ、あと一つ。

    「リァンさんって付き合ってる人とかいるのかい?」

    口説かれるようになった。

    「この家で私以外の人間を見たことがありますか?」
    「ないね。じゃあ俺が立候補してもいい?」
    「ダメです。貴方をそのような目で見たことはありませんし、恋愛自体興味ありませんので」
    「そうか、残念だな。でもそこに積まれてる本に恋愛小説とかもあるよね?」

    目敏い。

    「人の家を隅々まで見るのは不躾だと思いますが。書店で本を購入する際に必要としている本だけ買うとつまらないので、新書で目に止まったものを片っ端から買って読んでいるだけですよ。
    ジャンルを気にしていないだけです。蔵書を探せば専門書から絵本までありますよ」
    「へえ、やっぱり読書家なんだ。おすすめの本とかあったら教えてくれないかい?」
    「これ」

    積まれた本の中から一番興味がなかった本を一冊手渡した。

    「えっと……明らかにまだ読んでないよね?」
    「読んでいなくともおすすめすることは可能では?」
    「ハハ、手厳しいな。『人を不快にさせない話し方』ねえ……」
    「おすすめですよ」

    読んだことはないけれど。
    多分これからも読まない。なぜ買ったのかすら覚えていないため、本当になぜここにあるのかがわからない。
    おそらく人気ナンバーワン書籍かなにかだったのだろう。

    「これ、もらってもいいってことかい?」
    「ええどうぞ。差し上げますよ」
    「読んだら感想を話しにきてもいいかな」
    「興味ありませんねえ」
    「じゃあどんな本だったか要約したのを話すよ。もちろん手土産も持ってくるし」

    はあ、と肺の中が空っぽになりそうなため息が出た。
    ああ言えばこう言う。
    かなりキツめに当たっているはずなのだが、どこかを境にやれ「好きだ」だの、やれ「付き合ってくれ」だのと喧しくなったのだ。
    これで断るのが何度目かもわからない。
    毎回律儀に紅茶や本、限定スイーツに最近は魔法薬などに使える素材を持ってくるので、貸し借りを無しにするためにもこちらもスイーツを振る舞い話す程度はしなければならない。
    最近は屋敷の入り口を隠すための迷路もどうせ突破されるのだから難易度を調整するのもバカらしくなり、彼が訪ねて来た時は玄関口まで直行できるようにした。

    「そういえば、太陽の国と冬の国の国境近くの月の国の街で有名なスイーツ店があるらしいんだけど」
    「リューナのことでしょうか。立地があまりよくないのですが、質が良いため通う客は多いですね」
    「さすが、知ってるんだ。じゃあそこで2名以上限定の特大スイーツが出るのは?」
    「……貴方を連れて行けと?」
    「うん、一緒に行けたら嬉しいなって。そんな目で見ても可愛いだけだよ」

    リァンは心底嫌そうな目でメネラを見やる。
    逡巡の後、再び息を限界まで吸って、限界まで吐き切る。これを深呼吸と呼ばない場合はため息と呼ぶ。
    ため息をつくと幸せが逃げると言うが、幸せが逃げているからため息をつくのではないだろうか。
    否、この場合鴨が特大スイーツを食べる機会を背負ってやって来たと考えるべき。
    そうなれば答えは一つ。

    「良いでしょう」
    「やった!楽しみだな、予約入れておくよ」
    「日程はお任せします」
    「もちろん!」

    メネラは私を揺動しようと画策する胡散臭い笑顔から一転して、幼い子供がプレゼントをもらった時の様に無邪気に笑って見せる。
    こうやって時に有用な情報を手に入れてくることもあるから無碍に扱いきれないのだ。
    殊更人数指定やカップル指定のあるスイーツに関しては、メネラ以外の人間を頼ることができないため、弱みを握られ続けている様な屈辱感は拭えない。

    結局あっという間に日程は決まり、月の国へスイーツを食べに行った。
    今回は特大ということで2人以上を推奨していただけだったが、リァンであれば1人で食べ切れる範囲内の量だった。
    相変わらず味も使っている材料も申し分なく、それでいてたくさんの量があっても飽きない工夫も凝らされていてとても楽しめた。
    テーブルの向こうでニコニコしているメネラは何がそんなに楽しいのか、リァンには全く理解できないままその日はワルプルギスの森まで送られて屋敷に帰る流れとなった。
    メネラの考えなど、理解する気も毛頭ないのだが。





    別の日。

    「リァンさん、飲みに行かないかい?」
    「酒は飲みません」
    「それじゃあご飯でも」
    「外食も好きではありません」

    もはやこのしつこさにも慣れ始めた。
    プランAがダメならプランB、プランC、D、Eと提案を断ると次の提案、その提案を断ると質問攻めに合い、また提案。

    「じゃあ自炊してるのかい?」
    「スイーツ作りが自炊と呼べるのなら自炊なんでしょうね」
    「え、ひょっとして夕飯もスイーツなのかい!?」
    「そうですが」
    「もっと野菜とかお肉とか栄養取らないと!」
    「フルーツは食べていますし、乳製品もとっています。長年これで生きて来ているので大丈夫です。足りないものは魔法薬で補えばよい」

    リァンの返答を聞いたメネラは「えぇ〜……」と間抜け面でポカンと口を開けていた。
    彼は聞いた限り食を楽しむタイプのようなので、リァンのような食生活が受け入れられないというのもわからなくはない。異端である自覚はある。
    ただ、興味を引いたのが料理ではなくスイーツ作りだっただけなのだ。

    「俺と付き合ってくれたら朝昼晩作るよ?」
    「自炊できるんですね」
    「まあ簡単なものしか作れないけど、リァンさんのためならどんなメニューだって覚えてみせるさ」
    「必要ありません」
    「今回もズバッと断られたなあ……」

    今回も、というのがそもそもおかしいのだ。
    リァンが今までかじった恋愛小説では告白シーンが何度も何度も繰り返されるという展開はなかったはずだ。
    恋愛小説において重要なのはリアリティであるとするならば、告白のセオリーは1回か多くても2回。
    こんなに何度も告白されるのはおかしいはず。
    リァンの感じている疲労と面倒臭さも間違いではないはずだ。

    「いい加減諦めていただけますか?」
    「いくらリァンさんの頼みでもそれはできないな」
    「そもそも私に何を求めているんですか?」
    「何かを求めている……っていうのはまた違うのかな、リァンさんが別の人の手に渡ってしまうのが怖いんだ」

    一体何を言ってるんだこの男は。
    なんだ急にポエムみたいなことを言い始めて、自己陶酔にでも陥っているのか?
    リァンは“自分が他人の手に渡ってしまうこと”の意味がわからなかった。
    リァンの中で自分は絶対的に自分のものであるからだ。

    「先日も言いましたがこの家で私以外の人間を見たことがありますか?」
    「ないよ、でもそれは俺がいる日の話だろう?他の日は何人か見かけたことあるよ、邪魔したら悪いと思って訪ねないで帰ってるんだけどさ」

    ああ、どうせニルルやリリアイディス、魔法省の人間のことだろう。
    いくら嫌だと言って森の中に居を構えていても人付き合いというものは完全に消えはしない。
    なんならリァンの作るスイーツの匂いに釣られて屋敷を訪ねてくる非常識な人間や魔法使いも多々いるのだ。
    メネラのように、虜囚の噂を聞き付けてやってくる者も。

    「……貴方、暇なんですか?」
    「俺の用事はここに来る事だからね、暇ではないさ」
    「わざわざ辺鄙な土地にあるこの家に来て、お茶と他愛もない話をして帰るだけでは暇ではないと言い切るのは少し難しいと思いますけど」
    「あはは、そうかい?」

    そうだと言っているのに、この男は私の話を真面目に聞きやしない。
    延々と堂々巡りする会話に頭が痛くなってきた気がする。

    「そうだ、この前上質な絹糸を探してるって言ってたよね?たまたまマーケットで良いのを見つけて買っておいたんだ。これなんかどうかな」

    メネラは唐突に話題を切り替えたと思いきや、空間収納からいくつかのかせの絹糸を取り出した。
    差し出されるがままに受け取ったが、確かに手触りも良く、糸の細さも均一で光沢が美しく一目見ただけで絹糸の中でも高価な物であることは明確だった。

    「言っていましたし、これだけたくさんあれば十分ですが……よく覚えていますね」
    「リァンさんのことはなんでも覚えてたいし、喜んで欲しいからね。喜んでもらえたかい?」
    「ありがたいとは思いますが、手間が省けた程度ですね」
    「うーん、素直な感想。そういうところも好きだよ」
    「さようで」

    ありがたいのは本当なので、リァンはある程度品質を確かめた後、素材の空間収納に大切にしまっておいた。
    いい素材が手に入ったのだから、本当ならこのまま研究室に駆け込みたいところなのに、来客のメネラの質問に足止めを喰らう。

    「あの絹糸、何に使うんだい?刺繍や織物とは思えないけれど……」
    「仕方ない、お礼がわりに教えて差し上げましょう。糸に魔力を吸収させて、傷跡を縫った際に回復魔法を長持ちさせられるような縫合用の糸を作りたいんです。最後は回復魔法が切れると同時に人体に溶け込んで、抜糸の必要がない物を作りたいと思っています」
    「へえ!すごいものを作ろうとしてるね、もし出来たとしたらどうするんだい?」
    「どうもしませんよ。自分で使うだけです。怪我した魔獣に使うこともあるかもしれませんが」
    「そう言えば魔獣を研究してるんだっけ、その割に見かけたことないけど……」
    「研究室はありますが、外に行けばいくらでもいますからね」

    単純なメネラはそっか、と納得したのか諦めたのかわからない返事で話を終わらせた。
    その少しの間を取って、これでこの男を諦めさせる。

    「帰るのなら一言言っておきたいのですが」
    「え?」
    「何度来られようと貴方と恋愛ごっこをするつもりはないし、貴方が何を話そうと私は今この時も時間を無駄にしていると思いながら返事を返すだけですよ」
    「……すまない、迷惑をかけたいわけじゃなかったんだけど……そうだよね。ごめん、今日は帰るよ」

    席から立ち玄関から森の外へと向かう2メートル近い巨躯の背中がいつもより小さく見える。遠ざかっていくのを横目で見ながら明日以降は静かに過ごせるのだと思うと清々した。

    以降、彼が姿を見せることはなく、これで諦めただろうとリァンは確信した。

    これがワイナー・リァンの最大の判断ミスと言っても過言ではないだろう。







    ワルプルギスの虜囚ことワイナー・リァンに猛烈に振られたその日の夜。
    何度も振られているからキツイ言葉というより、彼の自分なんて眼中にないという態度がなかなかにメネラの精神を蝕んでいる。
    メネラはしばらくぶりに暖色のガス灯で照らされた石畳を歩き、鉄のドアベルを重々しく鳴らした。

    「おっ!兄ちゃん!!!久しぶりだなあ、生きてたか!!!」
    「おおっ!!!よかったぜぇ!!まぁココ座んな!!!!」
    「アハハ、覚えててくれたのかい。せっかくだしそうさせてもらうよ」

    メネラが席につくなり、今日も酒で赤ら顔の酔っ払い2人はメネラの背中をバシバシと叩く。
    2人と会うのは2回目だというのに、本当にメネラの生還を喜んでくれているらしい。
    そりゃ自分で教えた情報で人が死んで喜ぶ人はなかなかいないだろうけど。
    ただ、このほんの小さな心の傷を、この2人の騒がしさで一時的に見ないふりができるのだからちょうどよかった。

    「ワルプルギスの虜囚はどうだったよ?」
    「結構長い間来ねえから死んだかと思ったぜ」
    「ああ、それね……やっぱり居なかったよ。ワルプルギスの森の人が住めそうなところを回ってみたけど、それらしい人は見つけられなかった。ただやっぱり人間に敵対心を持っている魔法使いは多いから入らないほうが良いだろうね」

    酔っ払い2人はビールを煽り、ぐびりと飲んでからまたあの下品な大声でギャハハ!と笑って見せた。
    何がそんなに面白いんだろうか。

    「ハハハ!!そんな真剣に探したのかよ、ホントすげーな兄ちゃん!!!」
    「しかもアレか?なんかやたら凹んでんのは見つかんなかったからか???虜囚がいなくて残念だったな!!!」
    「本当に残念だけど、見つからないから凹んでるわけじゃないよ。今口説いてる相手がいるんだけど、なかなか本気にしてくれなくてね」

    酔っ払い2人は虜囚の話より、メネラの恋愛話の方が興味が出たようだ。
    ほうほう?とまるで人生の先輩面をしながら前のめりで続きを促してくる。
    他者と比べるものでもないが、メネラもそこそこ恋愛経験は豊富なのでこの酔っ払い2人にもらうアドバイスなどないと思うのだが、まあ愚痴を吐くにはちょうど良い。

    「恋愛興味なし、俺に興味なしとは最初から言われてたんだ。でも諦められなくて何度かデートに誘ってプレゼント渡したり話したりはしてくれるけど今日はそれすら迷惑だって言われちゃってね……」
    「そりゃあとんでもねえ女狙ってんな……」
    「いやあ、でも俺もカミさんに最初はこっ酷く振られたぜ。気持ちわかるよ。凹むよなあ……」

    酔っ払い特有の感情の上がり下がりで感傷的になったらしい酔っ払いその1がズビ、と鼻をすすり始めた。
    この男、既婚者だったのか。

    「兄ちゃんお前それ、虜囚にかまけてる場合じゃねえだろ。宝探し遊びの傍で口説いてるから本気が伝わらねえんじゃねえか?」

    虜囚=口説いている相手なのでそれは違うのだが、虜囚は居ないことにしたいから話を合わせておく。
    もし虜囚の存在が知られてリァンさんの家が野次馬に囲まれたりするのは避けたいし、狙ってくる輩なんていたら呪いをかける必要ができてしまう。

    「それはあるかもね、でも虜囚はあくまでも要因の一つでしかないというか……」
    「やっぱ本人にその気がないのが問題だよな」
    「兄ちゃん、どのくらいの頻度で相手に話しかけに行ってたんだ?」
    「え、行ける時はほぼ毎日……?」

    酔っ払い2人は飲みかけだった酒で咽せてゴホゴホと咳き込み始めた。
    そんなにおかしいことだろうか。

    「それは通いすぎだろ、ウザがられるわそれは!」
    「兄ちゃん限度ってもんがあるぜ……」
    「そうかな?だって会わない間に誰かに取られたら嫌じゃないか」
    「だからって嫌われてたら意味ねーだろうが!?」

    酔っ払い2がジョッキの中身をゴクゴクと飲みきり、勢いよくマスターにおかわりを頼む。
    メネラもこの前と同じワインを1杯頼もうとしたが、酔っ払い2人に「今日は俺たちが奢ってやる!」と言われて注文はビール3杯に変わった。
    まあ、いいか。

    「いいか兄ちゃん、焦る気持ちはわかるぜ。アンタのことだからプレゼントもデートもちゃんと相手のこと見て良いとこ選んでんだろ」
    「俺なりに良いものを選んでるし、一応喜んでくれてはいるよ」
    「女は本当に嫌な奴からのプレゼントなんて受け取らねえから、まだ諦めんのは早ぇぜ」
    「つっても全然諦めてなさそうだけどな」
    「うん、そうだね」

    全く諦めてはいない。
    今まで950年間生きてきてこんなに人を好きになったのは初めてだ。
    氷みたいに冷たく鋭い青色の瞳に、透き通った白い肌、白と黒の髪は艶やかで、たまに横髪を耳にかける動作が色っぽくて好きだ。
    リァンさんの全てを知りたいし、喜んで欲しいし、あわよくば触れたい。
    以前少し手が触れ合っただけでパシン、とはたき落とされて「ああ、すみません。他人に触れられるの嫌いなんです」と言われたので、それ以来は触らないようにはしているが、自分が諦めてしまった後に誰かがリァンさんを口説き落として恋人みたいに触れ合っているところを想像するだけで──パキ、と木製のジョッキの取っ手が壊れてしまった。

    「おっと」
    「に、兄ちゃん落ち着け?な?」
    「だ、大丈夫だって、イケメンだしアンタ身なり良いから金持ちだろ?俺らと違って学もありそうだ。その女だって素直になれないだけさ」
    「残念ながらその人は顔も金も気にしないんだよね」

    マスターに新しく入れ直してもらうと同時に、ジョッキの弁償のお金を渡しておいた。
    控えめなマスターは「経年劣化だよ」と言ってくれたが、トドメを刺したのは間違いなくメネラだったので少し強引に渡しておいた。

    「そ、そうか……でもまだチャンスはある、素直になれない女にはやっぱ一旦引いてみるしかねえよ」
    「そうだ、押してダメなら引いてみろってな」
    「やっぱりそう思うかい?」
    「毎日通ってたらそりゃ女だって自分の時間が欲しくなるってもんさ」
    「1ヶ月くらい会わない時間を作るんだよ。その女がその1ヶ月で他の男と付き合うほど気が軽かったら兄ちゃんはこんな悩んでないだろ?」
    「それもそうだね」

    確かに。
    最初こそワルプルギスの虜囚なんてどんな巨漢なんだと思っていたが、実際会ってみればメネラよりも小さく細く、本当に人をたくさん殺したのか?と疑問に思うほど冷静で殺戮を楽しむようにも見えなかった。
    あれだけ美人でスイーツ作りが上手で、興味深い話をたくさん教えてくれる人が今まで恋人の1人も作らなかったというのだから1ヶ月ぐらいは平気だろう。

    「俺は焦ってたのかもしれないな、他の人に取られたくなさすぎて」
    「そうだぜ、女を口説く時は常に男が余裕を持ってないとな!!」
    「懐にも余裕がないとな!!」
    「俺らと違って兄ちゃんならそこは大丈夫だろ」

    焦っていたのかもしれないけど、焦りよりもリァンさんと話すことが楽しくて毎日通っていた方が大きい。
    彼の知識量はただ1400年をぼーっと生きてきた魔法使いとでは雲泥の差だ。そのメネラにはない知識や経験を聞くのが大好きだ。
    これはあくまでもメネラの勘だけれど、魔法使い狩りの一件以外にもきっとリァンさんはいろいろと面白いことを知っているはずだ。
    今日だって、機嫌が悪くなければ研究室を見せてもらいたかった。
    リァンさんは好きな事の話をしている時は、メネラのことなんて見えてないと言わんばかりに楽しそうに話すから、その横顔を見るのが好きだった。
    うーん、やっぱりしばらく会えないのは辛いな。

    「1ヶ月くらい会わないとして、その間ってどうしたら良いと思うかい?」
    「会いたくなるのをどう我慢するかってことか?」
    「そりゃあ……働きまくるしかねえだろ。間違っても風俗とか、他の女と飲みに行ったりしたら風の噂であっという間に広がるからな」
    「そっか。うん、じゃあそうしようかな」

    最近は工房もあまり触れていなかったし、今日からは霧雨の森に戻って、しばらく仕事に没頭しよう。
    リァンさんはよく何かを書き残しているから、次に会う時は俺の作ったペンを差し入れしたいな。
    黒い手袋の上からでもわかるスラリと長い指が俺の作ったペンとインクで綺麗な文字を書き連ねていくところを見ていたい。
    きっと「視線が鬱陶しい」とか言われるんだろうけど。

    この空いた期間でリァンさんが喜ぶようなプレゼントやスイーツ店をリサーチしよう。
    何度嫌と言われてもやはり諦めきれない。
    会わないと決めただけでこんなに寂しくて会いたくなる人なんて初めてなのだ。
    どこかで聞いた言葉だけれど、会えない時間が愛を育てるとはよく言ったものだ。

    メネラは手帳を開き、カレンダーの来月の今日と同じ日に丸をつけた。
    次に会うその日を指折り数えて待つのも新鮮で良いだろう。
    魔法使いにとっての1ヶ月なんてあっという間なはずなのに、今だけは100年先かのように待ち遠しい。
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