向日葵の照らす国.2メネラに言い残してきたカフェに辿り着き、白いパラソルが眩いテラス席に案内される。
人を待っているため長居するが構わないかと聞けば、注文さえしてくれたら好きにして良いとのことだったのでありがたく居座らせてもらうことにした。
注文はアイスのミントティーとラズベリーとヨーグルト味のジェラートを頼む。
とにかく熱った体を冷やしたかった。
ジェラートのラズベリーは甘酸っぱく、ヨーグルトと組み合わせたことでまろやかさも出てとてもおいしかった。
魔法をかけているため、汗が止まらないなんてことはないけれど、それでも体内が冷やされて居心地よく感じる。
程よく涼しい風が入り込み、遠くに海が見えるテラス席は読書にちょうどよかった。
一冊、二冊と読み終えた時、もうそろそろ約束の二時間が経つ。
流石に腹が減ってきたのでアイスのレモンティーとシンプルなスイーツ系ガレット、白桃のジェラートを追加注文する。
それにしてもメネラが遅い。
待ちますよとは言ったものの、私をここまで待たせるとは許し難い。
先ほど店に顔を出した時も決して油を売っているわけではなく、本当に店にかかりきりという雰囲気だったし、それだけ店が繁盛しているということなのだろうが。
いつもなら待ちくたびれて文句の一つや二つ言うところだが、幸い私の手元には興味のある未読本がたくさんあるため、今回だけは責任の追求はしないでやろう。
さっと運ばれてきたジェラートとガレットを味わって食べながら、レモンティーで口の中を爽やかにする。少しだけさっきのミントティーの味が尾を引いている気もするが、頼んだもの全てがおいしかったのでよしとする。
皿を避けた時にきらりと太陽を反射してバングルが光った。
そういえばここに来てからやたらとメネラからもらったこのバングルが話題に上げられる。
腕から外して水色が美しく輝く石を光に当ててみる。日陰のパラソルの中にプリズムが散った。
石の透明度もさることながら、カッティングの技術なども一級品なのだろう。
まあ、私としては魔法に関連しない宝石はただの色付きの綺麗な石だが。
こんなに価値を見いだせない者にプレゼントされてしまったブルーダイヤモンドにすこし同情する。
確か先ほど買った本に鉱石の本があったはずだと思い、空間収納から少し取り出してページをめくってみる。
あった、ブルーダイヤモンド。
『出会える確率は十万分の一。願っても手に入らない幻の青』
私のことかな。
『極めて希少で高価であることから、人生で一度目にしただけでも幸せになれると伝えられ、貴族や大富豪などに愛されてきました』
私のことだな。
その他、ブルーダイヤモンドがどうやって作られるのか、人工で作り出すにはどれだけ難しいのか、色によって価値が違うだのなんだのと細々書いてある。
きっとメネラのことだから無色のダイヤモンドに色付けをした安物ではなく、金に物を言わせて天然モノにこだわったに違いない。
そういえば呪われたブルーダイヤモンドの噂なんてものも聞いたこともある。
地面の下でたまたま発生した綺麗な石ころに人々はさまざまな価値を見出すものだ。
我々魔法使いであれば、ある程度錬成することもできるというのに。
などとバングルと本を見ながら考えを巡らせてはある程度読み終えたのでバングルを腕にはめなおして、本を片付ける。
食べ終えた皿を通りすがりの店員に下げてもらい、半分ほど残るレモンティーで喉を潤しながら、さて三冊目は何を読もうか、と空間収納に手を伸ばした時、カフェの入り口が少しざわつく。
あちらです、と女性店員の案内が聞こえ、私の方向めがけてゴツゴツとサンダルが床板を叩く音が鳴る。
メネラは軽く乱れた頭を撫で付けながら、すこし弾んだ息を無理やり抑えて疲れた笑顔で席に着く。
「リァンさんごめん、遅くなっちゃって……」
「確かに遅い」
「すまない……」
疲れた笑顔が一瞬でシュン、と叱られた犬の様にしょぼくれた顔になる。
ここからどうやって私の機嫌を取ろうかと必死に策を巡らせているのだろう。
多少直しても走ってきたのであろう髪は乱れ、服も店で腕まくりをしていたのだろうか、先ほど服を揃えた時とは少し動きやすい様にスタイルチェンジされている。
手にも少しインクが染み付いてしまっているようだった。
暑さにやられないように魔法をかけているだろうにも関わらず、額からは汗が滲んでいた。
無言でハンカチを差し出してやると、しまったといいたげに目を見開いたあと、ばつが悪そうに額を拭いた。
「まあ、暇つぶしの手段はたくさんありましたから退屈はしませんでしたよ」
「そ、そうかい?それならよかったよ。買い物は楽しめたみたいだね」
「ええ、なかなか」
レモンティーをストローを通してずず、と飲み干し、通りがかった店員にアイスティーを一つとレモンスカッシュを一つ注文する。
ほどなくして運ばれて来た二つのグラスのうちレモンスカッシュをメネラの方に差し出した。
「レモンに含まれているクエン酸やビタミンCは疲労回復に役立ちますよ」
「ありがとう。炭酸のシュワシュワした感じもなんだか疲れがほぐれるよ。でも一日目の売り上げは昼の時点で黒字だよ」
「それは何より。何か食べられますか?」
「うん、もうお腹減って死にそうだよ……」
メネラはパラパラとメニューを見た後、生春巻きとナシゴレンにセットメニューのサラダとスープを注文していた。
先ほどまでスイーツばかり運ばれていたテーブルにどっさりとごはんメニューが並べられる。
ごはんメニューは頼まなかったけれど、美味しそうだ。
メネラはタオルで手を拭ってから「いただきます!」と元気よく手をつけ始める。
食べている姿を眺めながら、雑談がてらメネラに話を振る。
「バザールでは通常デザインと新規デザイン、どちらがより好評でした?」
「夏の国の人には新規デザインの方がウケが良かったね、観光客の人は通常の方を買って行く人もいたよ。リァンさんは?何を買ったんだい?」
「魔道具と古書に、鉱石と……ああ、香水」
「香水?」
メネラは私が並べるラインナップの中で一番浮いた香水に興味を持ったらしい。
そういえばこの匂い、どうにかしたいのだった。
「ああそうだ、メネラ。今回の旅行にもいつもの香水は持って来ていますか?」
「持って来てるけど、香水買ったんじゃなかったのかい?」
「『貴方の恋はこれで貴方の思うまま!つけすぎにはご用心!これがラブポーションです!』と熱弁されたのですが香りが好みではなくて。古書や魔道具など埃臭いものを漁っていたので臭い消しにとでも思ったのですが、どうも気に入らない」
「そ、そんなもの買ったのかい?」
私がそんな少年少女のためのおまじないのようなものを信じる人間でないことはわかりきっているのだろうけれど、おそらく私が一言一句違えず復唱したあの女性の売り文句の真似で笑っているのだろう。
ンフ、と鼻から抜けるような我慢しきれない笑いが漏れている。
笑いたければ笑っても良いのに。
「捕まってしまったんですよ、店員に。貴方のくれたバングルはやたら目を惹くらしい。いろんな人から高級なものをつけている観光客だから金になると思われているのかもしれませんね」
メネラは話を聞いて空間収納からいつものオードトワレの瓶を取り出そうとしたが、飲食店の中だから、と一旦止めた。
あとでまた借りよう。
「うーん、畑違いでも商売をしている人にはわかるのかなあ。まあ、間違いなく市場でも一級品を選んだから誰が見ても高級なのはわかると思うけど、そんなに話しかけられるとは……奪われそうになったり、危ない目にあったりしてない?」
「していませんよ。とにかく話しかけるフックにされる程度です」
「そっか、それならよかった。すごく似合ってるし、つけてくれて嬉しいよ」
メネラはにこりと人懐っこい笑みを浮かべる。
先ほど店に顔を出した時も接客のために笑っていたが、同じ笑顔でも私に向けるものとは違うな、とぼんやり感じたのを思い出した。
その間にもメネラはもくもくとご飯を食べ進めるが、その所作には上流階級出身特有の美しさが垣間見える。
じっと見ているとメネラと目が合った。
「えっと……何か?あ、これ?食べる?」
「いいえ、特に。ああいや、そういえばメネラ貴方、ピアスではなくてイヤリングなんですね。片方なくなっている」
なくなっている側を軽く指差すと、メネラはスプーンを置き、自分の耳元に手を当てては「ほんとだ!?」と驚いている。
忙しすぎて失くしたことにすら気が付かなかったらしい。ピアスでも稀に金具が緩いものはいつのまにか失くなっていたりするから気持ちはわかる。
「あ〜お店で忙しくしてた時に失くしたのかなあ?まだ思い入れができる前だったから良かったような気はするけど。
そう、イヤリングなんだよね。ピアスは興味あるんだけど穴を開けるタイミングを失い続けてるよ……」
「ピアスホール程度なら私が開けて差し上げますが」
「え、ほんとかい?冷静に考えればリァンさんは手術もできるもんね、ピアスホールくらい簡単か。ちょっとリァンさんのピアスを見ても良い?」
「構いませんが」
メネラはテーブル越しに私の耳元に指先を伸ばす。今日のピアスはゴールドのシンプルなフープピアスだ。メネラの見やすいように顔を動かすとそれに合わせて大振りなピアスが揺れる。
「うん、リァンさんが開けてくれるならピアスホール開けようかな。むしろ開けて欲しい」
「流石に旅先の外国で開けるのは衛生的に何かあってはまずいので、帰国してからになりますが。そうですね、あとでバザールにピアスを探しに行ってはいかがですか?」
「いいのかい?行きたいし、良かったらリァンさんに選んで欲しいよ!俺もリァンさんに選ぶからさ」
「後半はただのプレゼントの口実では」
「アハハ、バレたか」
メネラは何かにかこつけて私にプレゼントを贈ってくる。もうバレたもクソもないような気がするのだが、恥ずかしいのか毎回誤魔化してくるところがある。
貢ぎ体質も程々にしろと言いたいところだけれど、出会った当初から彼の持ってくるプレゼントは私にとって有用な物が多いのでわざわざやめさせるほどでもないかと思って放置している。
「では午後からはまたバザールに?」
「それが良いな、リァンさんは他に行きたいところは?」
「遺跡の近くで素材を採取したいところですね」
「了解、じゃあ急いで食べ切らなきゃ」
「食事を急ぐ必要はありませんよ」
「リァンさんと一緒に観光できる時間をこれ以上減らしたくないからね」
そう言うとメネラは残り少なくなっていたご飯をぺろりと平らげて、レモンスカッシュも飲み干した。
私も残り少なくなっていたアイスティーを飲み干して伝票を手に席を立とうとした時、確かに指で挟んだ伝票はピッと奪い取られ、いつの間にやらメネラの手の中にあった。
「ここも俺が払うから」
「そうですか、ご馳走様です」
「うん、少し待ってて」
どうせ遅れて来た埋め合わせのつもりなのだろう。基本的に私とメネラで外に出た時の支払いはメネラが担当しているので、今更特別感も何もないのだがこういう時のメネラの考えは手に取るようにわかる。
というより、あの五十年間でメネラが幸せでいたいのであれば私の機嫌を損ねるような真似はすべきではないことを学んだのだろう。
一応、割り勘でどうのこうの言うほど狭量ではないつもりだが、金銭のやり取りは面倒臭いので支払ってくれたら楽だとは思う。
そういうところも考えているのだろう。
程なくして支払いを終えたメネラがこちらにやってくる。
「先ほど話した香水、お借りしても?」
「ああ、今出すよ」
店の横、風下にあたるところに移動してメネラは空間収納を開き、見覚えのあるボトルを取り出した。
一度臭い消しの魔法で香水同士が争わないように無臭の状態にしてから、ぷしゅ、と一回分吹きかけると馴染みのある香りがあたりに充満する。
服の袖あたりをくんくんと嗅いでみれば、あの若い調香師の香水の香りはうまく消えていた。
「ふむ、やはりこちらの方が落ち着く」
「リァンさんが気に入ったのならこの香水もプレゼントしようか?」
「いえ、普段の生活では必要ありませんので結構です」
「そっか」
今は知らない、好みではない香りが体にまとわりついているのが酷く落ち着かないだけで、別にメネラお気に入りのオードトワレの香りはすぐそばにメネラがいれば、いつでもふわりと香ってくるのだから、わざわざ私まで同じ香水をつける必要はない。
「じゃあ行こうか」
「ええ、アクセサリーであればあちらですね」
メネラは自然な動きで私の手を取り、バザールの方面へ歩き始めた。
私は軽く見て回った時に良かった店舗を思い出して足跡を辿る。
メネラは今回はロングヘアだが、普段はショートヘアであり、大ぶりなフープやフックピアスの類よりはスタッドピアスが良いだろう。
男性がつけるなら小さめのシンプルな物が良い。
メネラに似合う色の石があるかどうか、連なる店を見て回るが、夏の国の特性なのか大きい石のついたものや、女性向けの大ぶりなもの、じゃらじゃらと装飾がたくさんある物が多く、これじゃない、これも違うと店を歩き渡ってばかりだった。
その時、あの鉱石を買った店を思い出す。
「あ、メネラ。寄りたい店があるのを思い出しました」
「いいね、リァンさんが行きたい店は俺も気になるよ」
メネラは手にしていた商品の会計をさっと済ませて私の方に向き直ってまた手を握る。
今度は私が前に立って彼をあの老齢の店員の元へ引っ張っていく。
今思えばアクセサリーを売るにはアクセサリーエリアから少し離れた場所に店があったわけだ。
メネラもそのことに気がついたらしく、あたりをキョロキョロと見回している。
「アクセサリーを主に店頭に並べていますが、その店はどちらかというと鉱石を販売しているんですよ。だからアクセサリーのエリアからは少し離れているのだと思います」
「なるほどね、このバザールにはそういう二面性がある店も少なくないみたいだよ」
「そうなんですね」
そうこうしているうちにたどり着いた店には相変わらず老齢の店員が店前でタバコを燻らせていた。
「おやおまえさんまた来たのかい」
「ええ、今度はアクセサリーを見に来たんですよ」
「そっちがその上質なブルーダイヤをプレゼントしたっていうダンナかい?」
「そうですね」
この場合の“ダンナ”は男性という意味だろうが、事実メネラは私の配偶者であり旦那なので特に否定する理由もない。
メネラはそれに気づいたのかニコニコしている。
「ここがそのお店なんだね、確かにアクセサリー店にしか見えない」
「なんだい、もうネタバラシしちまったのかい?」
「鉱石も取り扱っていると言っただけですよ。ワサント鉱石はここからここまでだけですか?」
「そうさね、赤褐色のやつは大抵そうだよ。オレンジやイエローでも品質に変わりはないけど茶色が一番取れやすいかな」
私は店員の説明を聞きつつ、一つ一つ手に取り、太陽にかざして光の反射を見る。イエローよりはオレンジの方が似合う気がするが、今のメネラには赤みの強い茶色がよく似合う。
大きさはあまり大きくない一粒で。
ふむ、これが良いだろう。
「これを包んでください。こっちのはそのまま。プレゼント包装は?」
「なんだいこのババアにリボン結べってのかい。仕方ないねえ」
「あはは、面白いお婆さんだね」
渋った割にクルクルと器用にサテンの細いリボンを結んでくれた店員に少しチップを上乗せして渡す。その包みはそのまま空間収納に大切にしまっておいた。
振り返ってメネラにしゃがむように伝えると、百九十ある身長を窮屈に屈ませる。
片割れを失ったゴールドのイヤリングを外し、今ピアスと共に購入したゴールドで、少し無骨なチェーンの形をしたイヤリングを飾ってあげた。
「いかがですか?」
「うん、リァンさんのフープピアスと似ててお揃いみたいで素敵だよ。太さがある分メンズデザインっぽさが出てるね」
「そう思って選びました。片割れがいなくなった方は?」
「一応持っておくよ」
メネラは空間収納に片方だけのイヤリングをしまい込んだ。本当は愛着が生まれているのではないだろうか。
一方でメネラも私にプレゼントするに相応しいピアスが見つかったらしく、店員に「良い審美眼だねえ、それはね」と見事に捕まって解説されていた。
透き通るようなライムグリーンが綺麗なピアスは私が普段つけているスタッドのピアスにそのまま四角い石が嵌め込まれたような作りで、これもシンプルだが美しい。
遠目に会計のやり取りを見守り、商品を受け取ったところででは別の場所に、と背を向けようとするとメネラから「せっかくだからつけ変えていかないかい?」と声がかかる。
店員も「鏡あるよ」と差し出してくるので、断る理由もないし、まあ確かにせっかくなのでつけることにした。
石がはまっていることで見た目より少し重たいピアスは肌の上で金色の台座と共にきらりと輝く。
「悪くないですね」
「ババアの店の品物は全部良いんだよ」
「確かにどの石も質が良くてね、すっっっごく迷ったんだけどこの石にしたんだ。綺麗だよ、リァンさん」
「それはどうも。貴方のセンスに任せておけば間違いはないでしょう」
耳の上に座るやわらかい光のグリーンのプリズムに少し見惚れる。
二、三秒眺めて満足したので、改めて老齢の店員に挨拶をしてその場を離れた。
「いいお店だったね」
「ええ。頼めば母石付きの鉱石も売っているそうですよ」
「ははあ、あのお婆さんもなかなかやり手だなあ。……リァンさん、ちなみに俺のピアスは?」
「ピアスを開ける時までのお楽しみです」
「ありがとう!楽しみにしておくよ!」
イヤリングをプレゼントしたのに、すこし不安げなメネラにちゃんと買ってあると答えて、頬に一つキスをすれば打って変わってこれから観光だというのに帰るのが楽しみだと言わんばかりの笑顔に変わる。
私の表情はあまり変わらない分、メネラが笑ってくれていると思うことにしているのでそれで良い。
どうせこれからは私の趣味にメネラを振り回すだけの時間になるのだから、今のうちにメネラが喜ぶことをしておくべきだ。
*
夕方、バザールに橙色の灯りが灯り始める頃。
私達はイルジュンベから南東にある砂漠の片隅で砂に手を突っ込んでいた。
もちろん日が傾いていることも考慮して、遺跡の案内スタッフや宝石採掘体験のテントが見える範囲の場所にいた。
地面に穴が空いているところに水を垂らし、生物の管がにゅっと出てきたところにすかさず手を突っ込んで貝を引っ捕える。
砂に埋もれている二枚貝を引っ張り出しては外殻を割って、中身を採取する。
ゴロゴロと真珠のように色とりどりの宝石の粒が出てくるのだ。
サイズはあまり大きくないし、質もあんまり良いとは言えないため、宝石商には見向きもされないが、微量ながら魔力を秘めているため、魔道具の動力源として使えるのだ。
「へえ、宝石採掘にこんな取り方があったなんてね」
「あまり知られてはいませんが、この生物は地中奥深くまで潜って生活するため、鉱石を体内に抱えていることがあるのです。そして採取に特別な制限はない」
「なんだかあっちで観光客向けにやってる宝石採掘体験がバカらしく感じるなあ」
「どちらかというと日陰で砂に手を突っ込んでいるこちらの方が馬鹿らしいと言えばそんな気もしますが」
メネラは手のひらサイズの貝に一瞬電流のような雷魔法を放ち、麻痺させたあとバカッと開いて中の貝肉を押し潰して魔力の宿った鉱石を吐き出させる。
ちなみにこの種類は貝肉に毒素を溜め込むので食べられないため、肉の部分は焼却処理をして砂漠に還しておく。
「人が埋めた屑宝石をお金払って採掘するんだよ、しかも必ず埋まってるとわかりきってるのに面白くもなんともない」
「なかなか辛辣なことを言う。あの手の採掘体験で手に入る宝石の質はたかが知れていますし、観光客は思い出を持ち帰り、商売人は捨てるしかないクズの宝石が金に変わる……ガッポリ稼げるんでしょうね」
「お金の匂いしかしないなあ……あ、これ砂金じゃないかい?」
「我々も大概お金の匂いがしていますよ。あ、蠍……」
恐れ多くも我々に威嚇している蠍がいたので、二枚貝で挟むように捕獲してついでに生体素材用の空間収納に入れておく。
その後も貝を捕獲しては割り、オパール、トルマリンやラブラドライト、ガーネット、ターコイズ、シトリンに各種クォーツ、それに大きめのサンストーンとムーンストーンが手に入った。
魔道具に使用する際、鉱石の種類によって起こる反応が変わったりするからこれだけの種類が手に入れば素材集めは終了と言って良いだろう。
あと蠍も。
「さて、砂まみれになったところで一つ提案がありまして」
「確かに動くたびに服から砂が出てくるよ。どんな提案だい?」
「ここからしばらくラクダに乗った先に、ユルトと呼ばれる大型のテントを張って砂漠の民の生活を経験することができるサービスがあるんですよ。この辺りは星も綺麗ですし、焚き火をしながら星を眺めるのも良いかと」
「最高じゃないか、行こうよ!」
「ではそのように手配しますね」
遺跡の案内人にユルトに宿泊したいと連絡すれば、あまり待つことなく二人分のラクダを用意して乗せてくれた。
夕日が地平線に沈みゆく光景を二人でゆらゆらとラクダに揺られながら無言で眺めていた。
私には昼の眩しすぎる太陽より、役目を終えてこれから休みに入る太陽の温かく穏やかな光の方が好ましい。
「美しい光景でしょう?」
「空が紫色に見えて太陽の濃いオレンジ色とのグラデーションがすごく素敵だよ。これから星も見られるんだよね?楽しみすぎる!」
「フフ、子供みたいですね」
「恥ずかしいけど本当に楽しみなんだ」
メネラは照れながら、一緒にテントで過ごせることをいかに楽しみにしているかを語ってくれた。
そういえば貴族出身で、私みたいに魔獣狩りのために野営を行うこともなかっただろうメネラにはテント泊は初めての楽しみなのかも知れない。
「喜んでもらえたのなら何よりですよ」
「ありがとう、リァンさん」
「どういたしまして」
スタッフに案内され、一つのユルトが開かれる。
簡単な机に金属のケトルとマグカップが二つ。
そして部屋にはキングサイズを優に超える大きなベッドがどどんと鎮座していた。
クッションの柄や上掛けの刺繍一つ一つが異国情緒であふれていてまさに夏の国に来たと感じさせてくれる。
一通り聞いた感じ色々揃っているようで、中心のセントラルハウスにはシャワールームがあるから使用時間を守って入ってくれとのことだった。
疲れ的には今すぐベッドに倒れ込みたいところだったがリァンの潔癖はそれを許さなかった。
「料理は素材を焼くだけのバーベキュー、まずはシャワーが先ですね」
「そうだね、あれだけ砂に手を突っ込んだし」
男性用のシャワールームは少なくとも二人で満室になることはないらしいので一緒のタイミングで入ることにした。
降ってくる水が冷たかったが、魔法で温度調整して適温にする。これは魔法使いでなければ風邪を引いてしまうのではないだろうか。
案の定メネラも「つめたっ!!」と初撃は喰らったらしい。
シャワーを終えた頃には日はすっかりと落ち、夜空には星がたくさん輝き始めていた。
外を歩くにもカンテラが必要で、炎魔法で火をつける。
ユルトに用意してあった部屋着と外散歩用のガウンを羽織ったが、やはり夜の砂漠は寒い。
ユルトから少し離れたところにある焚き火にも同じく炎魔法で着火し、暖をとる。
目の前でぱちぱちと音を立てて薪が燃えていくのを見ていると心が落ち着く気がした。
「リァンさんお腹減ってない?俺バーベキューの準備するよ」
「お任せしても良いですか?」
「大丈夫だよ、多分だいたいわかる」
「いいえ、やはり私もやりましょう。二人でやるほうがきっと楽しい」
「そうだね、二人でやってくれるなら俺は嬉しいよ」
昔取った杵柄で、バーベキューはなんの苦労もなく美味しい野菜と肉、魚のスープを食べることができた。
さらに冷えてきた気温に適応するため、カフェオレを二人分用意した。
バーベキューのあともずっと焚き火の近くに腰を下ろして空を見上げているメネラの横にすとん、と座り一つのマグカップを手渡した。
「暑いので気をつけて」
「ありがとう、カフェオレかい?」
「ええ、カフェインの摂りすぎて眠れなくなっても明日に影響が出ますから」
一人で羽織るには少し大きかったあの特大ベッドに備え付けられていたタオルケットをメネラの背にも回す。
二人で一枚のタオルケットを分けるだなんて、まるで娯楽小説の出来事のようだ。
隣に座る私の腰にメネラの温かく大きな手が回り込む。不思議と嫌ではなくて、そのままにした。
「星、気に入りましたか?」
「うん、すごく綺麗で……ワルプルギスの森でも見れなくはないんだろうけど、なんだかすごく特別な思い出になった気がする」
「貴方がバザールで頑張ったからより一層疲れた心に大自然が沁みるのかもしれませんね」
私は空間収納から今日買ったばかりのヴィンテージの星座を取り出した。
「それ何だい?絵……ではなさそうだけど」
「星図なんですが、昔のものはデザインの個性が強すぎて星座としては見づらくなっています。この星があそことあそこを結んだ星で、蛇の形をしているらしいですよ」
「わ、わかんないな……」
「わからないんですよ。それが古代の人々にはそう見えたのだから想像力が豊かだと思いますね」
一枚の星図を見るのに先ほどよりももっと近づいて、ひそめた声でも聞こえそうなほどの距離で星図と星を見比べてはくすくすと笑い合う。
時折風が吹いてサァァと砂の流れる音がする砂漠に、美しく無限に広がる星空。
見惚れている間に、メネラに抱きしめられ、唇に唇をくっつけてキスをした。
「今日は楽しかったよ、忙しかったけど俺は自分の商品にすごく自信が持てた。リァンさんが出店を勧めてくれなかったらこんなチャンスは来なかったと思う」
「買い被りすぎだと思いますが、貴方が満足した体験になったなら何よりです」
「手を繋いでバザールで買い物したのも楽しかったよ。ピアス、本当に似合ってるよ。綺麗で、できるならずっとつけててほしい」
「貴方がそう言うのならそれでも構いませんよ」
「あはは、嬉しいな。でもリァンさんの好きなものをつけて欲しいよ」
「ではしばらくこのままで」
程よく温度が下がってきたカフェオレに口をつけると、コーヒーの苦味と牛乳の甘味がうまく混ざり合い、外気温で冷えた体内を内側から温めてくれる。
「リァンさんはいっつも俺のことを楽しませてくれるよね。あの差し入れしてくれた、マジックウォーター?もよくわからなくて面白かったし、ピアスを選んでくれたのも嬉しかったよ、帰るまでの楽しみができるなんて思わなかった」
「私も貴方といると笑っていることが増えたように感じます。増えていないのかも知れないけれど、貴方が私の代わりにニコニコと笑っていてくれるから、貴方が楽しければ良いのだと思えるようになってきた」
無防備だったメネラの頬を掴み、右目の傷に差し障りがないようにぐにぐにと揉みほぐす。
本当に私と一緒にいる時のメネラは、笑いの種類は複数あれど、満面の笑みに、照れ笑い、困り笑い、たまに苦笑いやせせら笑いもあるけれど、基本笑ってばかりなのだ。
「私が貴方と同じくらい表情が豊かだと良かったんですけどね」
「リァンさんもちゃんと表情はあるよ?機嫌が良い時と悪い時はすぐわかるし、食べたものが美味しかった時は少し眉毛が上がって目が大きく開かれたりするし」
「じゃあ、今は?」
「今は……幸せそう、かな?自惚れすぎ?」
「フフ、いや、幸せですよ。一人だったらこの催し事をこんなに楽しめることはなかったと思います」
私はふわぁとあくびをして、込み上げてきた眠気のせいにして、メネラの肩に頭を預ける。
やはり、パチパチと穏やかな音を立てて薪を燃やし、ぼんやりと温かく体を照らしてくれる炎は心に安らぎをくれる。
遠くでキラリと流れ星が流れた。
「流れ星が消えるまでに三度同じ願い事をすると叶う、と言うのはご存知ですか?」
「知ってるけど、あれ難しいよね」
「今日はきっとたくさん流れるから、たくさんチャンスがありますよ」
温かな焚き火とメネラの温かな体温で本当に眠くなってきた。
あまりシャッキリと回らない頭で、メネラに話しかけ続ける。
「貴方の願いは、どうせ私関係ばかりなのだから、天に頼むより、私に直接言った方が叶うかも知れませんね」
「ふふ、確かにそうかも」
「貴方は十万分の一の、幻の青を手に掴んだ人なのだから……」
「え?」
そこから先の私の言葉は眠気に負けてむにゃむにゃと言葉にならなかった。
メネラはしばらく最後にリァンが言い残した言葉の意味を考えていたが、答えが出なかったため、満足いくまで星を眺めた後、そっと焚き火を消して、カンテラを魔法で浮かせ、リァンをそっと両手で落とさないように抱き上げてベッドに運んだ。
運ぶ途中で乱れた髪を優しく撫でて戻して「おやすみなさい」と頬に愛と感謝を込めてキスをした。
メネラ自身もこの豪華でフカフカなベッドのリァンの隣に潜り込み、元から体温が低めのリァンが冷えないよう背後からピッタリと全身で包むように抱きしめる。
今日のメネラはそれだけのふれあいで十二分に幸せだった。
翌日は海からか、ひまわり畑からか、どこからかはリァン次第だが、観光を目一杯楽しむのだから、今日は早めに眠って疲れを癒し、また明日元気よくリァンとの思い出を増やそうと静かに瞼を閉じて、カンテラの明かりをパチンと消した。