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    メネリァン

    向日葵の照らす国.1森の中でもギラついた太陽が眩しく、木漏れ日というには少々目に痛いほどの陽射しが肌を刺す夏のこの頃。
    ワルプルギスの森は普段の鬱蒼とした森の印象はなりをひそめ、昆虫や蝶が舞い飛び、ジワジワと蝉が鳴いて否が応でも夏を感じさせてくる。
    私は日課であるトレーニングを終え、まだすこし眠たそうにのそのそと動くメネラが作った朝食を食べる。
    本日のメニューは私が焼いたバターロールにエッグベネディクトとりんごのサラダ。果樹園で採れたフルーツのミックスジュースだ。
    一応作ったメネラが席につくのを待って、手をつけはじめる。

    「そういえば貴方、夏の国の催し物には参加しないんですか?」
    「え?ああ、そうだ。一緒に行こうって誘おうと思ってたところだよ」
    「そうではなくて」

    流石に回数を重ねるとメネラの行動パターンを読むのは難しくない。彼は季節ごとの催し物には必ずと言っていいほど首を突っ込むし、私を連れて行きたがるから、声がかかるのはわかりきっていた。
    私の言葉を待つメネラに続けて質問をぶつけてみる。

    「夏の国のイルジュンベでは毎年大規模なバザールが行われるではありませんか。貴方の店はそれに出店しないのですか?」
    「出店かあ、見に行こうとは思ってたけど、参加はあんまり考えてなかったな」

    エッグベネディクトの黄身をナイフで割りながら、メネラは意外にもそう答えた。
    とうの昔に労働や雇用契約とはおさらばした私には彼の事業についてあれこれ口出しする気はないが、メネラはいささか商売根性が足りていない気がする。
    貴族の出身とはいえ、己の手で作り出したペンやインクを販売して生計を立てているのならそういった全国各地から人が集まるバザールは良い商売の場だと目をつけていてもおかしくないと思っていたのだが。
    私はバターロールを手に取り、一口サイズに千切って口に放り込む。やわらかな食感とほのかなバターの香りが香ばしい。今回も良い出来だ。

    「出店すれば良いのに。売れるでしょうよ」
    「リァンさんがそう思ってくれてるのは嬉しいな。確かに悪くないかも」

    私の一声でやる気を出す癖に、自分では思いつきもしなかったのだからやはり金を稼ぐための商売というよりは趣味の延長線なのだろう。
    それでも趣味で作ったものが他人に気に入られ、金を払う価値があると認めてもらうのは職人にとっては嬉しいことなのではないだろうか。
    メネラの作るペンは羽ペンやガラスペン、万年筆まで多岐にわたる。インクもペンも一人一人ヒアリングを行なってその人に合わせたものを制作するのだから、その場で商品を売り買いするバザール向きかと言われると難しい。
    とはいえその見た目の美しさと書き味は私が良いと思えるのだから、審美眼が確かな人には喜ばれるはずだ。

    「でも出先でオーダーメイドって難しいんだよね、時間がかかるから」
    「オーダーメイドではなく、先に何点か作品を作って持っていく形式ではダメなのですか?もしくは受注だけ受けて後で郵送するとか」
    「ダメじゃないけど……リァンさんがそこまで言うの珍しいね」
    「常々貴方の作る文具は、それなりの価値が認められるだろうと思っていたので。むしろ商売っけがなさすぎて勿体無い」
    「あはは、俺からすればいろんな人が喉から手が出るほど欲しがるリァンさんの知識や蔵書も世間に公表すればいいのにって思うけどね。でもそこまで俺の作ったもののこと認めてくれてたんだ、それならせっかくだし出店してみようかな」
    「良いと思いますよ。私の蔵書と知識は値段の付け方が難しいのでいいんです」

    メネラは「ごちそうさまでした」と食後の挨拶を終え、魔法で食事済みの皿を片付ける。
    私もちょうど食べ終えたので皿をメネラに任せ、いつも通り食後の紅茶の準備をする。
    茶葉を選び、ティーポットを選び、お湯の沸騰とカップを温めるのに炎魔法をほんの少しだけ使用する。丁寧に手順を踏んで茶葉の香りと味をしっかりと引き出して、最高に美味しい一杯を淹れる。
    メネラを見ればちょうど洗い終わったようだったので、お茶の準備ができたと声をかけて先ほど座っていた定位置に操作魔法でカップとソーサーのセットを着地させる。

    「うん、今日の紅茶も美味しいよ」
    「それはどうも」
    「話を戻すけれど、そもそも夏の国のイベントにはリァンさんも来てくれるんだよね?」
    「行こうとは思っていますが、貴方の店を手伝うつもりはありませんよ」
    「うん、それは構わないよ。ただ、リァンさんがいくのかどうか聞いてなかったと思ってね」
    「そういえば出店の話しかしていませんでしたね。とはいえ貴方は私がうんと言うまで粘るでしょう。なんなら半ば無理矢理連れていくまである」

    「む、無理矢理ではないと思ってるんだけど……」と言葉を濁すメネラに、ふっと口角が緩むが、口元に持っていっていたティーカップで見えなかっただろう。

    「もちろん行きますよ。ただ、普段は閉鎖されている遺跡が見学できるらしいのでそれを目的に行くつもりです。バザールも何か掘り出し物がないか漁るくらいでしょうか。他に貴方が観光したい場所があるならお好きにどうぞ」
    「よかった、じゃあひまわり畑とか、海とか、行けるところ全部一緒に行こう!」
    「そう言うと思った」

    これもメネラのお決まりのパターンだ。
    そうと決まれば情報収集を始めなければ。
    メネラが出店するとなると開催まであまり時間がない。きっと今までの前日にトランクと空間収納に物を詰め込んでフラフラと遊びに行く旅行とは準備も収集する情報も何もかも違うのだろう。

    「じゃあ俺はとりあえず店に顔を出して、出店のこと伝えてくるよ。そのあとはきっと持っていく作品を作るのに集中することになると思う」
    「承知しました。構いませんよ」
    「ごめんね、帰ったら細かいことは話すから」

    善は急げとティーカップを魔法で片付けて、メネラは楽しそうに外へ出ていった。
    私はといえば、まだ紅茶は残っているし、夏の国でどう快適に過ごすかのプランを練ることにした。
    避暑地向けの服は持っていないし、エチエンヌ夫人に仕立てがてら夏の国について聞いてみるのも悪くない。





    「リァンさんごめん、イルジュンベのバザールの初日は流石に店舗にいないといけなくて……丸一日ではないんだけど、最初の数時間くらい」
    「初出店ならオーナーの判断が必要なのは想像に容易いですよ。私もバザールを見て回ることで時間は潰せるでしょうし、多少なら待ちますよ」
    「リァンさんと一緒に観光に行きたいから、遺跡とか先に行かないで待っててくれるかい?」

    そんな捨てられた上に雨に濡れてクンクン鳴いてる犬のようなしょぼくれた顔をしなくとも、私が提案者であるバザールでの仕事をこなしている配偶者を置いて颯爽と観光に行くほど鬼では無い……つもりだ。

    「わかりました。飲食店も多いみたいですし、貴方の体が空くまでは観光名所には行かずに雰囲気の良いカフェでも探して待っていますから」
    「ありがとう!でもこれから持っていく品物の制作に入るから、普段よりリァンさんの顔を見る時間が減っちゃうんだよ……」

    前途多難だな。
    私から提案しておいて何だが、メネラの商売に首を突っ込まないということは、制作においても手伝うことは何も無いということなので、必然的にメネラが一日のノルマを終えて労働から解放された時にしか私に会う時間がなくなるということだ。
    それだけメネラ一人の作業工程が多く、専門性が高いという証拠でもあるが、メネラにとって私に会えないのは死活問題らしい。

    「毎日見てるんですから少しの間くらい我慢すればどうですか?」
    「これから毎日頑張らなきゃいけないからこそ毎日見たいんだよ」

    わかる?と言われても私には私の顔の価値がよくわからないのでわからない。
    言葉にせずとも理解していないことが伝わったのか、メネラは肩を落としながらも今後の予定を組み立てる。

    「まあ初回は欲張らずに小規模でやろうってことで、スケジュールに余裕はあるから、手が空いたらリァンさんの顔を見に行くようにするよ。もし出かけるときは一声かけて欲しいな。集中してたらノックに気がつかないかもしれないし、そのときは勝手に入って」
    「わかりました」

    その日からメネラは自室兼工房に籠り、様々なペンやインクを試作しては本制作に入り、量産とまではいかないがすぐに売り切れてしまわない程度の在庫を作っていた。

    メネラが制作を始めてから二日目、私はふと思い立って素材の入っている空間収納を開き、手を突っ込むと“あの木材”がまだ少し残っていた。
    メネラは保有している魔力量が低く、長時間続けての魔法の使用が困難である。
    彼の商売やデザイン、制作に口を出すことはできなくても私にも何かしてやれることがあるのでは無いかと思いつき、私はその木材を長さ二十五センチほどの杖に加工して魔力効率を良くする魔法をかけた。
    杖には材料の木材と使用者に相性があるという噂も聞くが、メネラが私の父の遺骨を取り込んだ呪いにかかっている今、父に関連するこの木材はメネラにうまく馴染むのでは無いだろうか。
    うまく馴染めば色々と都合が良いだろう。
    それに、普段からくだらないものを渡しても満面の笑みで喜ぶメネラのことだから、仕事に打ち込んで疲れている時に私からプレゼントしたとあらば犬なら尻尾が千切れるほど喜ぶのでは、と考えてその場面の想像のしやすさに少し呆れが含まれた笑いが漏れる。

    作業効率を上げられるなら早めに上げたいだろうとメネラの自室のドアをノックすると、ある程度距離を空けて「どうぞー」とあまり覇気のない声が聞こえてきた。
    気がつけば時刻は夕方に差し掛かっている。
    私が杖を作り始めたのはほんの三十分ほど前なので、朝から作業をしていたメネラは疲労困憊なのだろう。
    顔にも疲れの色が浮かんでいる。

    「進捗はいかがですか?」
    「うーん、やっぱりこんな短期間でたくさん作ることって初めてだから大変だよ。失敗も多いし。でも楽しいよ、やってみたかったデザインや使いたかった素材を使って実験も兼ねてるんだ」
    「楽しそうで何より。これ、差し入れです」
    「え、何だい…?杖……?」
    「ええ、魔力効率が良くなるように補助用の杖を作ってみました。必要でしたら備品の魔力回復ポーションも使っていただいて構いませんよ」
    「あ、ありがとうリァンさん!本当に嬉しいよ!結構繊細な魔力コントロールが必要な作業もあるからきっと役に立つよ!すぐにでも試したいところだけど、お腹減っちゃって……」

    ぐうぅ、とメネラのお腹から空腹を訴える音がする。
    何も私とて今すぐ使ってみろと言っているわけではないので、もちろん食事を優先すべきだが。

    「私も杖を作っていたので料理はしていませんね」
    「ご飯作ろっか」
    「そうですね」

    メネラの疲れ切った顔は温かいシチューと美味しい白パンでずいぶんと血色が良くなり、作業に戻る前に一度シャワーを浴びて湯船に浸かって温まってはどうかと提案すれば素直に従ってサッパリした顔で戻ってきた。

    「うん、これで今日のラストスパートも頑張れそうだよ」
    「あまり根を詰めすぎて現地でヘバらないように」
    「アハハ……そこは本当に気をつけるよ、ありがとう」

    メネラは「リァンさんの補充だけさせて!」とよくわからない言葉を言い残し、たっぷり三十秒ほど私を抱きしめて、何度かキスをしてから名残惜しそうに部屋に戻って行った。

    メネラに続いて私も就寝準備を済ませ、今日は読書をして寝ようかと思ったが、なんとなく、これまたふと思い立ったのでその本を片手にメネラの部屋を訪れる。ノックをすると、夕方より元気そうな返事で入る許可が降りた。

    「リァンさん、どうかした?眠れない?」
    「いいえ、あなたがどういった魔法で作業しているのか興味が向いたので見にきました。飽きたらそこのベッドで本を読みますし、眠くなればそのまま寝ていますからお気になさらず」
    「今日はリァンさんと一緒に寝られるってことかい?嬉しいな。杖もすごく調子が良いよ、使い始めてから細かなミスが減ったのがわかるんだ」
    「杖はまだ魔法の使用が安定していない人の補助用具と思われがちですが、ある程度慣れた者でも仕上げのような微調整をするのに使うことはままあります。木材も冬の国でとってきたものを使用していますから馴染むのでしょうね」
    「ま、またあの木材使ったの?そんなポンポン使っていいのかい……?」
    「大切にとっておいてもただの木でしかありませんからね」

    メネラの部屋の椅子をずずずっと引っ張り、作業をしているデスクの隣に腰掛ける。
    机の上にはさまざまな素材やそれを加工するための道具が散らばっているが、私には細かいことはよくわからない。
    言われてみれば、メネラの自宅兼工房や店を見学した際には見たことのない形や材質のペンが完成されたものの置き場所に置いてあり、比較的明るくキラキラした装飾を好む夏の国では人気が出そうだなと思った反面、いつも通りのシックで玄人好みのペンもいくつか出来上がっており、普段の仕事に追加して新しいことに挑戦しているというのは確かなようだ。

    「リァンさんに見られているとなんだか緊張するよ」
    「ものづくりに関してはほとんど素人ですからお気になさらず」
    「いやいや、あのタイピンの作りの細かさは素人の技術じゃなかったと思うよ?」
    「じゃあそうかもしれませんね」

    私の興味がない返事にメネラはふふ、と柔らかく微笑んで作業に戻る。
    少しずつ魔法を使っては様子を確認してもう一度魔法をかけては確認してを繰り返す様は職人そのものだった。
    見られていると緊張するだなんだという割に、一度集中を取り戻したメネラは真剣に手元を見つめ、杖を握りしめて微細な調整を施している。
    地味な作業ではあるものの、ペンの制作に取り組むメネラは見ていてなかなか飽きなかった。
    持ってきた本は今日は日の目を見ないかもしれない。

    カリカリ、シャカシャカと控えめにティノがドアを開けろと催促する音がしたため、集中しているメネラの代わりにドアをあけてやる。
    『一緒に寝ろ』というので「今日は一人で寝てください」といえば、ご丁寧に私の部屋から私が編んだ籠ベッドを引きずってきたらしい。
    飼い主に似て案外寂しがり屋な猫だ。
    仕方がないので籠ベッドを拾い上げてメネラの寝室へ持って行く。

    「メネラの邪魔はしないように」
    『寝るだけ』
    「寝るだけならどこで寝ても大差なくないですか?」
    『変わる』
    「さようで」

    寝ぼけて間違えて踏まないような位置に籠ベッドを配置してやれば、小さな前足で中に敷いてある布団を掘って形を整えて、くるりと身体を丸くしてフワァとあくびをした後、眠りについた。
    なんとなくその姿を見てつられてあくびをする。
    寝室からメネラを覗いてみれば、その集中はまだ続いているようだったので、私はティノに続いてメネラのベッドに先に入って眠りについた。

    翌日、ガッチリと馬鹿力に身体をホールドされてメネラも無事に作業を終えて眠りについたことを知った。
    足元ではティノが朝ごはんをよこせと鳴いているし、私の日課もこなさなくてはいけない。
    馬鹿力で絞められる腕をなんとか引っ剥がして、ベッドを出る。
    メネラの部屋のカーテンは閉めたまま起こさないように部屋を出て、ティノの朝ごはんを用意し、今日もまたトレーニングをこなしてからメネラを起こすことにした。
    食事の時間は多少ずれても問題ない。





    夏の国。イルジュンベ、バザールにて。
    日差しが肌に刺さるのを直に感じる熱気に溢れたこの町で、何もこんな狭い場所に所狭しと人を寄せ集めなくても良いのではないかと思うほどの人が集まっている。

    「リァンさん!店の準備してる間に、敵情視察がてら少し見て回ってきて良いって言われたから夏の国用の服を買いに行こう!俺が選ぶよ!」
    「ではそのように」

    バザールのスタッフが入り口で配布していた紙には販売されている商品ごとにジャンル分けされたマップが記載されており、衣料品のコーナーを目指して歩く。
    メネラは人から私を守る様に前を歩き、自然な流れで私の手を取る。はぐれてはいけないとかいうのだろうけれど、きっと手を繋ぎたいだけだ。

    衣料品の店が立ち並ぶゾーンは色とりどりでさまざまな模様の衣服が売っており、私は視覚情報の多さに圧倒される。
    その間にもメネラは人混みを縫う様に進み「これは?」「これはどう?」「これも似合うな」「これもいいね」と私のものばかり選んでいる。
    エチエンヌ夫人が事前に「こんな感じの雰囲気が似合うんじゃないかしら!」と手渡してくれたデザイン図をもとに選ばれているらしい。
    一応選択権は私に委ねられているため、何着か提示されたものの中からピンときたものを選び、これまた自然な流れでメネラが会計をする。
    魔法を使ってその場で着用すれば、確かに日差しは遮られる上に風通しは良く、いつもの服より涼しくて快適だった。
    私が新しい服に袖を通している間にメネラも自分のものを選んだようだ。
    私はメネラに「隣を見ています」と告げて、アクセサリーを売っている店を見て回る。
    エチエンヌ夫人のデザイン図をもとにピアスとネックレスを購入し、ふと目に入ったレンズが四角く大きなピンクとオレンジのグラデーションがかかったサングラスを一つ手に取った。

    「お客さん、このサングラスは陽の光から目を守ってくれるんだ。お客さんみたいな青い瞳の人には夏の国の日差しは眩しいよな」
    「ええ、そう思っていたところです。試着しても?」
    「もちろんだ」

    軽く髪の毛を払ってサングラスを掛けると、確かにずっと目を顰めていたのが楽になる。見た目ではそこまで機能的に見えなかったが、紫外線のカット率は高いらしい。

    「これも追加で」
    「あいよ、ありがとさん」
    「あ、支払いは俺が。あとこれと、これも追加で」
    「メネラ」
    「おお、なんていいお客さん達なんだ。たくさん買ってくれて嬉しいぜ」
    「リァンさんが買うってことは品質は確かだろ?俺も気に入ったのがあったからさ」
    「良いと思います」

    この店の店員にもその場で身につけていく、と値札だけ切ってもらい、ピアスとネックレス、サングラスを身につける。
    メネラはターコイズの様な色の石のついたネックレスとイヤリングを購入していた。

    「あれ、リァンさんはサングラス買ったの?」
    「日差しが眩しくて」
    「ああ、確かに。すごく似合ってるよ」
    「貴方は平気なんですか?」
    「うん、まあ眩しいけどそこまでじゃないよ」
    「それなら良いですが」

    やはり瞳の色が眩しさを大きく左右しているのだろう。
    あとは人混みの流れに沿って進み、良さげな靴屋でサンダルを購入した。
    エチエンヌ夫人のデザイン画とメネラのコーディネート力のおかげでほんの1時間で全身コーディネートが揃った。支払いは全てメネラ持ちだが。

    「やっぱり現地で買うと素材が違うのかなあ、長袖でも涼しいね」
    「日差しがありますから肌露出は少ない方が、と聞いたことはありますね。我々には魔法がありますからあまり関係ありませんが」

    一段落ついて、メネラを見た時に気がついた。

    「……青くない」
    「俺の服かい?夏の国だし、たまには暖色も良いかと思って」
    「赤や白の服は熱がこもりにくいそうですから、良い選択かと」
    「ありがとう!」

    ニコニコと嬉しそうに笑うメネラは、しっかりバザールを楽しんでいるようだ。
    家を出る頃は疲れが取れきってない顔をしていたので少し気を付けて見ていたが、なんとか持ち直したらしい。

    「それでは店に戻りますか?」
    「うん。そうさせてもらうよ、いつもの店と出店じゃ勝手が違うだろうし、いつもと違うものも販売してるからね。一応マニュアルも用意はしたけど不安だから早めに戻るよ。お昼には自由になれるはずだから!」
    「はいはい、待っていますから行ってらっしゃい」
    「なるべく早くいくからね!お金足りてる?」
    「むしろ減ってませんよ」
    「じゃあ行ってくるよ!」

    今までの衣料品の買い物はメネラが支払っていたのだから私の手持ちの金には何も変化がない。
    和気藹々としたバザールの人混みを長身の男が人を避けながら進んでいくのを見送って、スタッフにもらったマップを見直す。
    とりあえず古書店と魔道具を中心に扱っている店から虱潰しに見ていくことにした。
    衣料品エリアからは少し離れているため、引き続き衣料品をぼんやりと眺めながら目的のエリアまで進んでいくことにした。

    ひらひらとしたカラフルな布に、染め抜かれた細やかな模様。手編みのレースや珍しい色の鉱石のアクセサリーが視界を埋め尽くす。
    目が行ったものをなんとなく眺めていると、ここぞとばかりに老齢の店員が話しかけてくる。

    「お兄さん、アクセサリーをお探しかい?おや、でもすでにずいぶん良いのをお召しだね」
    「先ほど数件先のお店で購入しましたよ」
    「それじゃなくてさ、腕のやつだよ。こりゃあ結構な値段がするだろうね」
    「そうなんですか?」
    「なんだい、その価値を知らずに身につけてるのかい?」
    「貰い物ですので」
    「ババアの目から見てもその宝石一つでここに出てる商品全部買えるくらいの値段はするだろうね。ハハハ、どうだい?」
    「いえ、結構です。アクセサリーは足りているので」

    カハハ!とカラカラ笑う老齢の店員は「そりゃ残念だ!」と冗談だと分かりきったことを言う。
    たとえ本気で言われようとメネラからもらったこのバングルを手放すつもりはないが、そんなに価値があるものだったとは。
    老齢の店員はひとしきり笑い終えたところでまた私に話しかけてくる。

    「ところでおまえさん、イルジュンベには来たばかりかい?」
    「ええ、さきほど着いたばかりです」
    「そうかいそうかい、暇ならババアの豆知識でも聞いていかないかい?この通り客が寄り付かなくてね」
    「取り扱っているのが茶色い石の地味なアクセサリーばかりだからじゃありませんか?よくみれば黄色やオレンジにほかの色もありますが、パッと見て半分が赤褐色に見えますが」
    「いい観察眼だね。一応エメラルドやサファイア、ガーネット、アメジスト、アクアマリンと色々揃えてはいるんだがね」

    老齢の店員はぴかりと目を輝かせた。
    まずい、見たままをそのまま伝えただけだが店員を焚き付けてしまったか。
    バザールなどの店員は街の店員と違って知識を喋りたがるものだ。

    「この石は“ワサント鉱石”っつってね、夏の国の中でもとある鉱山でしか取れない希少な宝石なんだ。これを太陽の光にかざすと本当に綺麗でねえ、太陽の石って崇められた時代もあったんだよ」
    「ということは貴女がその鉱山の持ち主というわけだ」
    「おや、本当に鋭いね。あんまり大きな声で言わないでおくれよ」
    「でも売れていなければ意味がないではありませんか」
    「おまえさんみたいな研究者っぽい気難しそうな奴がやってきては数百グラムとか母石付きのをどっさり買って行ってくれるのさ。アクセサリーはババアの趣味だよ」
    「なるほど。なかなかの商売上手ですね」
    「ってことで一つどうだい、思い出にでも」
    「この鉱石、箱売りはされていますか?」
    「あるよ、裏にね」
    「ではそれを一箱」
    「まいど」

    希少価値もさることながら、一箇所の鉱山でしか採掘されていない石が太陽の石だと呼ばれて崇められていたとあらば、なにかしら魔法がかかっていたり魔力が宿っていたりする可能性が高い。
    そうでなくとも、何かを作るときの選択肢として欲しかった。
    老齢の店員は箱に書かれた値段よりほんの少し安い金額で売ってくれた。曰く「ババアのきまぐれ」だそうだ。
    細々とした素材をしまっている空間収納を引き出し、その箱をそっとしまう。こういう時荷物が増えないので魔法使いは何かと楽である。
    空間収納を閉じる前に箱からちいさめの石を一つ取り出して、ポケットにしまってから、その店を後にした。

    次に目指すのは古書店である。
    このワサント鉱石について書かれている文献などが見つかれば良いのだが。





    古書店も魔道具店もあるだけ全てじっくりと目を通し、気になるものや目にしたことがないものは片っ端から購入した。
    太陽の国の言語で書かれた功績の図鑑があったからそれも買っておいた。ワサント鉱石について載っているのは確認済みだ。
    そのほかにも太陽の国の文化や植物、魔法使いについての本や魔術書など様々な本が適正価格からぼったくり価格までいろいろあったので、ところどころ値段交渉で喋り倒しながらなかなか良い買い物ができたと思う。
    特に若い男が店主をしていた古書店は全体的に値段が安く、まとめ買いしたことで値引きもしてくれた。その中には原本や初版だとしたらとんでもない価値のものもあったが、黙って購入した。
    その店だけでざっくり十冊は買ったかもしれない。
    ふう、と一息ついたところで喉が渇いていることに気がつく。
    ギラついた太陽でいつもよりわかりやすいが、今が正午だろう。

    たまたま目についた先でマジックウォーターと書かれた、金属のタルに氷がいっぱい入った水が売っていた。
    一体何がマジックなウォーターなのか気になるがその水がかき混ぜられるたびにカラカラと小気味良く鳴る氷の音に喉がごきゅ、と鳴った以上抗えなかった。

    飲んだ結果、ただのバナナ味の水だった。
    だが、水分補給には悪くない。
    きっとメネラはあくせく働いて私以上に水分補給の暇などないのだろう。
    追加でもう一本購入し、両手にマジックウォーターを持った状態で、メネラのいるバザールのテントに戻る。なんとなくバザールを満喫している馬鹿観光客感が否めなくてやや複雑だ。

    予想通り、メネラの店はなかなか繁盛していた。値段は安くないため買う客は多くないようだが、店の前に見物の人だかりができている。
    私は店の裏の通路を通り、たった今商品説明を終え、購入してくれる客を他の店員に任せて裏に引っ込んできたメネラに声をかける。

    「お疲れ様です。大盛況ですね」
    「ああリァンさん、ごめんね迎えに行けなくて。まだしばらく手が離せなさそうで……」
    「構いません。どうせ水分補給もしていないでしょう?これ、マジックウォーターというらしいですよ」

    片手に持っていたマジックウォーターあらためバナナ味の水を手渡すと、汗が滲んだ顔でありがとうと微笑んで受け取ったあと、ゴクゴクと半分ほど飲み干して「バナナ……?」と呟いていた。
    バナナで間違いない。

    「何時ごろになりそうですか?」
    「うーん、明言はできないけど今から一人ずつお昼に行かせて……ざっと二時間くらいかな……」
    「わかりました、このマップのこの店。評判が良いカフェなんですよ。スイーツだけでなく食事も取り扱っているので私はそこで本を読んでいますから、焦らないでおいでなさい」
    「ありがとう、本当に待たせてごめんよ」
    「バザールの出店を勧めたのは私ですからね。その代わり売り上げは黒字で」
    「あはは、頑張るよ!」

    ちらりとバザールのテント裏の在庫を見やれば、午前中だけで今日の分の半分以上は減っている。なかなか好調な売れ行きなのではなかろうか。
    メネラの体が空いたら普段のデザインと、新しいデザインとどちらがより売れたのかなど聞いて見たいところだ。
    そんなことを考えながら店舗の裏を出て、カフェを目指して歩く。

    雑貨のエリアを抜ける手前、ごちゃごちゃと細かいものを売っているお店に目が止まる。
    一歩足を止めた瞬間待ってましたと言わんばかりに若い女性店員に声をかけられる。

    「お兄さん、香水興味ありませんか!?」
    「化粧品の類は別に」
    「え、待ってめっちゃ綺麗なバングル!しかもおしゃれ〜!これバザールで買ったんですか?」
    「……いえ、以前プレゼントでもらいました」
    「ええっこれ超高そう!すごいプレゼントもらってますね!ウチの商品なんて目に入らないかぁ……」

    よく喋るタイプの店員だ。しかも香水より先にバングルに食いついている。セールストークをするにしてもどうなっているんだ。

    「あっ、す、すいません。アタシ駆け出しの調香師で、練り香水とかアロマとか色々あるんですけど」
    「へえ」
    「ウチの売りはなんと言ってもこれ!つけると恋が思い通りに!魔法の香水!!!その名もラブポーション!」
    「ふぅん」
    「実はアタシ魔法使いでもあって、これが結構話題なんです!出店は実は今日だけで……試すだけでもどうですか?!お兄さんはフローラル系よりは爽やかなやつの方が合うかな…」

    ラブポーションだのマジックウォーターだの胡散臭い名前がよく目に入るな。
    なんだか捕まってしまったので暇つぶしに相手をしているが、私も魔法使いなのでなんとなくかけてある魔法はわかる。
    というより魔法使いなのに私のタトゥーの放つ呪いの気配には気がつかないのか。
    まだ若い魔法使いなのかもしれない。
    それか香水で鼻が麻痺しているかのどちらかだ。
    頭でぼんやり別のことを考えながら聞いていたらテスターを手渡され、まあ悪い香りではないし古書と魔道具を漁ってきたから体がやや埃臭い。それを誤魔化すと思えば良いか、とぷしゅ、と香水をかぶる。

    「貴方の恋はこれで貴方の思うまま!つけすぎにはご用心!これがラブポーションです!」
    「では一ついただきます」
    「え!ほ、ほんとですか!正直お兄さんラブポーションとか興味なさそうなのに!嬉しい!」
    「まあ効果は半信半疑ですが、今少し埃くさいので」
    「いい香りで上書きしちゃってください!ありがとうございましたー!良い一日を!!!!」

    こういう接客は買ってしまう方が解放が早い。
    10ミリリットルの小さな香水瓶を空間収納にしまう。市販の香水瓶に手作業で夏の国の伝統模様が彫られているのがなかなか芸が細かいが、テキトーに勧められるがままに買ってしまったのがよくなかったかもしれない。
    時間が経って肌に馴染んでからがあまり好みの香りではなかったのが残念だ。

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