邂逅最初はよく見るパターンの魔法使いだと思った。
私の噂を聞きつけて興味本位でやってくる迷惑でうざったくてスイーツだけ貪って行く、よくいる魔法使い。
彼も御多分に洩れずその類ではあった。
私特製の迷路をクリアした彼が玄関ドアを叩く前に自分から開く。
「何かご用ですか?…まあ、中へどうぞ」
扉の先にいたのは私の身長を優に超えた長身の持ち主だった。
特別気にすることでもないので、誰に対しても同じ対応の定型文を口にしながら、日当たりの良いティールームへ案内する。
正面に座る彼の目元の大きな傷跡と、胡散臭い笑顔。黒髪の隙間から見える鮮やかな青色が印象に残ったのを覚えている。
それと、迷路を妙に気に入って楽しそうに解いていたところも。
「噂を聞いて気になって来てみたんです、単刀直入にアナタと話しがしたいので暇つぶしにどうです?」
「私、噂になってるんですか?どうせ悪評でしょうね……暇潰しになるかどうかは貴方の話を聞いてみてから考えますよ。ショートケーキで構いませんか?1ピース?紅茶にミルクやレモンは?」
彼は配慮のカケラもない畳み掛けるような私の質問に嫌な顔ひとつせず、一つ一つ丁寧に答えて行く。
それがまた胡散臭さを増幅させている気もするが。
「ショートケーキ1ピースで紅茶は何も入れずそのままで大丈夫です、俺の話?こうやってもてなしてもらってるわけですし、聞いて頂ければ答えますよ」
彼に言われた通りに1ピースのショートケーキを皿に盛り付け、ストレートの紅茶をテーブルに置く。
おかわり用のティーポットも添えて、自分も席に座る。
最近私の家をカフェやパティスリーと勘違いしている人が多く尋ねてくるので、このやり取りにも慣れてしまった。
「突然押しかけてきたのはそちらなんですから、何か聞きたいことがあったのではありませんか?私は貴方の名前も知らないのに何を聞けと?」
「それもそうだ、俺はメネラ。霧雨の森で…まあ案内人みたいのやってます」
「どうも。既に知ってそうですけど私はワイナー・リァンと申します」
案内人。
たしかにあの森は私の迷路など比でないほどに複雑だ。
しかし、この目の前の男が善意で他者を案内するような人間にも思えない。暇を持て余した魔法使いのなにかしらの道楽だろう。
メネラと名乗った男は、楽しそうに目を細めて話を続ける。
「聞きたい事は色々ありますよ、迷路の事とか!ケーキの事とか!このケーキ凄く美味しいですけど何処で手に入れたんですか?」
「迷路はただの暇つぶしと迷惑人対策です。ケーキは自作ですよ。この森に長年住んでてやることなんてスイーツ作るか魔獣研究するかですからね」
正確にはあの迷路は解いている時間で、プレイヤーとなる者の魔力量や魔力パターンを測る装置でもあるが、それを初対面の男に教える筋合いはない。
暇つぶしなのも事実ではあるが。
“噂”を聞きつけておいて白々しいとまでは言わないが、ワルプルギスの森周辺でこんなスイーツを売っている店があると思っているのだろうか。
「魔獣の研究もしてるんですか?へえ、そのためにワルプルギスの森に住んでいるとか?」
「ここに住んでるのは魔法省にそう言われているからですよ。隔離、幽閉、監禁と言われる類のものです。まあとっくの昔に期間は終わっていますので出入りは自由ですが」
話を聞きながらショートケーキを一口大に切り分け、口に含んだ彼は「うまッ」と大きく目を見張る。続けて二口目を口に運んで紅茶を飲んだ。
そうでしょうとも。
私がいったい何年スイーツ作りに没頭していたのか想像もつかないだろう。
人間はおろか魔法使いが聞いても「暇なのか?」と言われるほどの年数は作り続けている。
私も紅茶が冷める前にティーカップに口をつけた。
「じゃあワルプルギスの虜囚って言われてるのはアナタで間違いないんですね。こんな美味しいケーキ作れるのに」
「その通りですが、呼ばれ方とケーキを作る技術には全く関係がないと思います。まあ賞賛はありがたく受け取っておきますよ」
ケーキを食べ終えた彼の質問に答えたりはぐらかしたり、こちらから質問をしているうちに気がつくと日が傾き始めていた。
冬の国に近いこの森は日が沈むのが少し早い。
「そろそろ森を出ないと帰れなくなりますよ」
「ああ、もうそんな時間かい?といっても魔法使いだしそんな心配しなくても…」
「心配ではなく、帰れと言っているんですよ」
「あ、そう……それはそれは失礼しました。また来るよ」
全く反省の色が見えない言葉を口にしながら席を立った彼を玄関まで送る。
小一時間話したが、彼の私に対する立ち回りのうまさに内心舌を巻く。
年齢は聞かなかったけれど、おそらく魔法使い狩りは生き延びているのだろう。
私が暗に踏み込むなというラインを引いた話には決して深く踏み込まず、引き際を弁えている。
かと思いきや、そんなことまで聞いてどうするんだというほどどうでも良いことは細々と聞いてくる。
感心するのは私が不愉快だと思わないギリギリのラインを超えてこないことだ。
あと、こういうタイプは何度来るなと言っても来る。
「次に来る時は迷路をもっと難しくします。その時はクリアできたらお好きなスイーツをご馳走して差し上げますよ」
「言ったね?次も絶対クリアしますから用意して待っててください!」
「ええ、もちろん。嘘はつきませんが、美味しすぎて私のお手製しか食べられなくなっても知りませんからね」
「それは楽しみだ、そしたら俺はそれに合う紅茶でも持ってくるさ」
「ええ、是非そうしてください。ほら、さっさと帰った帰った」
迷路一つで子供のようにはしゃぐ推定900歳の魔法使いをドアから追い出し、ようやく静かになった家の中に安堵のため息をついた。
操作魔法で食器の片付けを行い、ティールームを後にする。
この前メンテナンスしたばかりなのに、また迷路の難易度調整を行わなくては。