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    メネリァン

    変化するもの2 俺がリァンさんの家を離れる時、何度振り返ってもリァンさんは玄関からずっとこちらを見送ってくれていた。
    これ自体はとても嬉しくて、早く帰りたくてたまらなくなってしまったが、その嬉しさとは裏腹にほんの少しの違和感と嫌な予感が脳裏をよぎった。
    その時はリァンさんもだいぶわかりやすく愛情を返してくれるようになったな、なんて呑気に構えていたけど、今思えばこの行動がすでに彼の内面に変化が起きる予兆だったのかもしれない。
    彼の複雑で難解な思考と心中をなかなか読みきれない俺には、帰ってきてあの惨状を見るまでことの重大さが理解できなかった。

    変化すること自体は良いこととされている。
    しかし、良い変化もあれば悪い変化もあるし、リァンさんの場合は良い変化に付随する形で悪い変化が起こってしまったみたいだった。

    俺が帰宅したその日。
    ティノの足を拭き終えて荷物を運ぶ俺の後ろをついて来ていたはずのリァンさんは二階へ上がる階段を上り終えた頃、フラフラとした足取りで自室へと向かっていった。

    「フラついてるけど、大丈夫かい?」
    「大丈夫です」

    目線は合わなかったけれど、はっきりとした答えが返って来たから心配ないのだろうと荷解きに時間を割いたのがよくなかったのかもしれない。何にも気がついていなかった俺にできることなんて何もなかった。

    簡単に荷解きを終えて、文字通り寂しさを覚えたリァンさんを目一杯甘やかそうと部屋を訪ねると、ノックをして待てど暮らせど返事が返って来ない。
    聞こえなかったのかと思ってもう一度叩いてみてもやはり返事がない。
    鍵もかかっていなかったし「入るよ」と一声かけて彼の自室へ足を踏み入れた。

    最初に気がついたのは、部屋に篭ったむせ返るほどの魔力の香り。
    普通ではないことは容易に察することができた。
    次に気がついたのは、啜り泣く声。
    しかしその声の主が見当たらないと思えば、ベッドが人間一人分しっかりと膨らんでいた。
    この時点でも、彼の傷の深さを知る由もない俺は、ただ心配を募らせることしかできなかった。

    「リァンさん、どうしたんだい?」

    声をかけてベッドに近づこうとした時、足に何かがあたる。彼がいつも履いている靴だった。
    綺麗好きな彼が部屋の中に乱雑に靴を脱ぎ捨てている。
    これはただ寂しさを紛らわせるための行動や八つ当たりなんかではない。
    明確にリァンさんに何かよくないことが起きている。根拠に乏しく、直感にすぎないが、今まで彼が涙を流しているところなんて見たことがなかった。
    俺は散乱した靴を拾い集めてベッドのそばに揃えて置き、ベッドの空いている部分にそっと腰掛ける。

    「ねぇリァンさん、どうしたの?具合が悪い?それとも俺が何かした?」

    近寄って顔を見ようと布団に手をかけた時、その手を力強く跳ね除けられた。

    「見るな!僕に触れるな!!!」
    「わ、わかった、見ないし触らないよ」

    見えているかはわからないが、明らかに普段と様子の違うリァンさんにむけて両掌を上げて見せる。
    泣いているところもそうだが、一人称が僕というのも聞いたことがない。リァンさんは仕事や相手を問わず一人称は“私”しか使っていなかった。
    違和感と疑惑が強まる中、こんもりと山状になった布団を見つめるしかできないでいた。
    よく耳をすませれば、彼は涙声で嗚咽混じりに何かを呟いている。

    「僕が……あんなことをしなければ。僕は取り返しのつかないことを……お父さんは僕を…」

    お父さん。
    そういえばリァンさんは付き合う付き合わないで長い間押し問答をしていた時に「父親を殺すような異常者と関わらない方が良いですよ」と言っていた気がする。
    その時の様子ではいつも通り後悔なんてしていない、自分がやりたかったからやったというふうに読み取ったが、それならなぜ今更後悔しているのだろうか。
    とにかくこのむせかえるような魔力をどうにかするには、リァンさんを落ち着かせるしかない。見るな、触るなと言われてしまったけれど明らかな異常事態では彼の言葉に従うことはできなかった。

    「大丈夫、大丈夫だからリァンさん。ここにはリァンさんを責め立てる人は居ないよ。お願いだから顔を見せてくれないかい?」
    「違う!僕が、僕を許せない。許せない…許せない、でも何もできない…もう全部遅い…」

    ガバッと俺の言葉に噛み付くように布団から出て来た姿は、想像とは全く違う姿のリァンさんだった。
    道理で声が幼いと思った。部屋に魔力が充満してるのもそのせいだろう。
    なぜなら彼は今、幼児退行してしまっていた。
    心も、体も。

    「あの時、僕が、馬鹿なことをしなければ!でもその時に気がついていたならこんなことには…気が付いていなかったから、仕方なかった?そんな理由であの人を殺したのか?くだらない理由で?くだらなくない、その時点での私には!お父さんのこと好きだったくせに……」
    「リァンさん……」

    譫言のように繰り返される自責の念と自己保身の自問自答はまさに葛藤だった。今の彼には俺なんて見えていないのだろう。
    何がリァンさんをそうさせたのかはまだわからないが、さっきまで普通だったのだからこの短時間で何かが起きたとしか考えられない。
    いま目の前にいるリァンさんは幼児と言っても差し支えないほどに幼くなってしまっていた。
    えぐえぐと大きくしゃくり上げながら泣き、瞳からぽろぽろとこぼれ落ち続ける涙は止まる様子がなく、その表情は苦悶に満ちていた。

    リァンさんは過去に父親を殺してしまったことを、今になって悔いている。
    これは自分で自分を責めているのだから、彼が彼自身の中で折り合いをつけて解決するしか方法がない。

    今の俺にできることは、とにかく彼を落ち着かせて話をしたければ聞いて、寄り添うことだけだ。
    普段のリァンさんみたいに的確に言葉を投げかけるなんていう器用な真似はできないから。

    「そうか、触っても大丈夫かい?」
    「ゔん…」
    「ハグでも俺が出来ることなら何でもしよう、それともホットミルクとかの方がいいかな?」

    ハグと単語を出した後、ふとんの山からニョキッと細くて白い子供の両手が飛び出てくる。
    かろうじてその小さな手に引っかかっていたいつもの黒い革手袋が床にパタパタと落ちた。
    拾い上げてベッドサイドのテーブルに置いておく。
    俺はリァンさんのベッドに座り、ふとんの中に手を突っ込んで子供の体を持ち上げるようにしてリァンさん本体を引っ張り出す。
    軽い。あまりにも軽いし、小さい。
    ズボンもベルトを緩めることなく、まるで抜け殻のようにベッドに置き去りにされている。
    年齢的に小学校すら行っていないような年頃ではないだろうか。

    「ホットミルクは?」
    「いらない……」
    「そっか」

    話しかければ、ちゃんとした返事が返ってくるほどの正常さは取り戻せて来たらしい。
    触れても良いと言われたので、普段よりも随分と短くなった髪と頭を撫でて抱きしめる。
    子ども一人分が膝の上に乗っているとは思えないほど軽い。

    「リァンさんは、どうして泣いているのか聞いてもいいかい?」
    「寂しい」
    「どうして?」
    「お父さんが、いなくて。好きだったのに、僕が殺した。殺さなくてよかったのに、殺した」
    「辛いなら思い出さなくても良いんだよ」
    「お父さんを殺した自分が、嫌。優しくしてくれたのに。でも、変えられない」
    「だから余計に寂しいんだね」

    またぐすぐすと鼻を鳴らして俺の腕の中で泣き始めてしまった。でもさっきよりはマシになった気がする。
    小さな彼についてもわかってきた。
    リァンさんはさっき玄関で「私は寂しかったんですね」と言っていた。
    それはきっとリァンさんの感情の芽生え、自覚だったのだろう。
    幸か不幸か、この半年で募らせた寂しいという感情を自覚したが故に、彼の養父に対しての寂しいという気持ちも溢れ出してしまったのかもしれない。
    そして、その寂しさの原因を作り出したのはリァンさん自身であり、自己嫌悪に陥った彼は己を責めすぎるあまり魔力の暴走を起こし、その暴走した魔力は本人の意思を無視してリァンさんの体をお父さんと馴染みの深い子供の頃まで戻してしまったのだろう。
    この部屋に充満する魔力はその際に発生したものか、精神と肉体の不調で魔力の調節がうまく行っていないかのどちらか、またはその両方だろう。

    俺が考える片手間に、少しでも彼が安心するようにと抱き締めながら背中をとんとんと軽く叩いていたのが効いたのか、目元に涙を溜めてはいるものの小さなリァンさんは腕の中で静かにすやすやと眠りについたようだった。
    どうやら泣き疲れたらしい。
    せっかく眠ることができたのなら、とベッドに戻そうとすると俺のシャツの胸元をがっちり掴んでいたものだから、引き剥がすのも心苦しくなってそのまま幼いリァンさんを抱えて二人でベッドに横になった。

    もしリァンさんがどうしても辛いと言うのなら、俺の手で記憶を曇らせたり、消したりすることは可能ではあるけどきっと彼はそれを望まない。
    さっきより幾分か和らいだ表情で眠る小さなリァンさんに触れて魔力量を測れば、予想通り通常時に比べて激減していた。
    元々少ない俺の魔力量では大して足しにならないだろうけど、手を握って少しずつ魔力を分ける。
    こうして眠っている間に彼の中で溢れ出した寂しさと後悔に決着がついて、翌朝には戻っていることを祈るしかできない。
    俺に魔法使いの陥る状態異常についての知識が豊富であれば、何かできたのかも知れない。
    前に俺が魔力が蝕まれる呪いにかかった時も、魔獣のせいでリァンさんの魔力に異常が起きた時も同じことを思った。
    その時はリァンさんに魔獣と魔力回復についていろいろと教えてもらったけれど、それでもまだ足りない。
    現にこうして目の前で起きている異常に対処できていなかった。
    こんなに自分が不甲斐なくて、自分が無力だと感じることはない。
    自分自身に憤りを感じながらも、今たらればを思ったところでこれこそ現状がどうにかなるわけじゃない。
    むしろ、負の感情は小さなリァンさんに影響を与えかねないと思い直して、思考を霧散させる。
    寝ているリァンさんの頭を撫でながら、起きていてもまた余計なことを考えてしまうだけだ。
    俺も瞼を閉じた。
    長距離移動をして返って来た後すぐだったので、瞼を閉じるとすぐに眠りに入ることができた。
    ティノも心配しているのか、途中でリァンさんの部屋に恐る恐る入って来たが、あれはあれで気遣いのできる猫だからベッドに上がることはせず、床のラグの上で香箱座りをしてまるで番犬のように眠っていた。





    どれだけの時間眠っていたのかわからないが、目を覚ました時にはとっぷりと日が沈んでいた。
    帰ってくる前に朝食を食べたきりの胃は限界を訴えている。共鳴するかのようにティノも腹を鳴らして目を覚ました。
    未だベッドの上で丸くなって眠っている小さなリァンさんは目を覚ます気配がなかったので、そっと起こさないようにシャツを握り込んでいた手を解いて布団をかけ直して寝かせておいた。

    「ティノはリァンさんの隣にいてあげて。ご飯の用意ができたら呼ぶから」

    ティノは聞いた途端にさっきまで俺が寝ていた場所に体を丸めて、ふすんと鼻を鳴らした。
    まるで俺が邪魔者みたいじゃないか。
    俺に対してやたら不遜な態度を取る猫だが、リァンさんには従順みたいだからそういうところは信頼ができる。
    姿が違ってもちゃんと認識しているみたいだし。
    ティノがベッドに移動しても小さなリァンさんが起きないのを確認して、音を鳴らさないようにドアを閉める。
    リァンさんに増設してもらった俺とニルルさんが使う食事専用のキッチンは旅立つ前と同じくらい、もしくはそれ以上にピカピカに保たれていた。
    もしかしたら、俺の思い上がりかもしれないけど、ひょっとしたら、やる事がなさすぎてキッチンの掃除にも全力で取り組んでみたんじゃないか、なんて思って「考えすぎか」と独りごちる。

    リァンさんが再びスイーツしか食べない食生活に戻ることを見越して、食材はある程度買い込んできて正解だった。
    ティノには今日だけ魔獣肉ではなく鶏肉で我慢してもらおう。
    もしもリァンさんが夜中に起きた時お腹が減っていたら困るから、簡単なサラダとすぐ温められる栄養たっぷりのスープを作ろうと決めた。





    あの後、小さなリァンさんは横で寝ていた俺の方がもし一生このまま目覚めなかったらどうしようと心配で眠れなくなるほどこんこんと眠り続けていた。
    ほぼ丸一日寝ていたリァンさんは、翌朝になって起きても続いている体の幼児退行に関してはさして驚いていないようだった。
    昨日と打って変わってやけに落ち着いているところを見るに、中身は元に戻ったみたいだ。

    「……おはようございます」
    「おはよう、気分はどうだい?」
    「良くはないです」
    「だよね。スープあるけど食べれそう?」

    返事をする前に、小さなリァンさんの胃がぐぅと返事をした。青白い顔に少し赤みがさす。
    昨日のものではあるが、残しておいたスープを温め直して食べさせた。
    その後、小さくなったリァンさんが屋敷を動き回るには服も靴も何もかもサイズが合わなくて、仕方がないからいつも寝巻きの上に羽織っているガウンを着てもらって俺が手となり足となり世話を焼きまくった。
    この屋敷は幼児が歩き回るには厳しいだろうと善意から抱き上げての移動を提案してみれば、思っていたより反発されなかった。
    いつみたいに合理的だから提案に乗った、というよりはぼんやり生返事だった気がする。
    それからリァンさんの体が元に戻るまでしばらくぼーっと何かを考えていたり、物思いに耽っていたり、元気がない状態がしばらく続いた。

    一週間ほどでリァンさんの体も元通りになり、生活も普段通りになった。
    これで全て解決かと思えば憂鬱そうに窓の外を眺めたりしているのは、しばらく経っても変わらずだった。
    まるで何かがすっかり抜けおちてしまったかのように。

    「リァンさん、紅茶でも淹れようか?」
    「ああ……そうですね。お願いします」

    いつもならお茶請けにスイーツを用意すると動くはずなのに、それすらも忘れて物憂げに窓の外を眺めている。

    「えーと……スイーツは何か食べるかい?」
    「ええ、昨日焼いだクッキーが残っていたはずです。それと……」
    「わかった、取ってくるよ。それと?」
    「冬の国に行こうと思うんです」
    「それはまた随分と急だね。詳しく聞きたいけど、お茶しながらでどうかな」
    「構いません。手伝います」

    どうやらリァンさんがずっと考えていたのは、この冬の国へ行く計画のことだったらしい。
    これがもし、もっと思い詰めた様子で言われていたら余計心配になったけれど、どちらかというとふっきれた様子だったからきっと大丈夫なんだろう。
    それはそれとして、この様子だと前にスイーツの市場調査と魔獣の現地調査に行った時のように一人で行くつもりだろうから、勝手に旅立たれる前に俺も行くと言っておかなければならない。
    一人で出かけるのだけは絶対に阻止しなければならない。

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