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    _nokeno

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    刀/夢
    桑名と豊前に狂ってる

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    12/1 DRF2024にて発光予定のぶぜさに小説の冒頭です。正式なサンプルは後ほど。
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    タイトル「刃を包んだ真綿は燃えた」
    成人向け、A6サイズ(文庫本)予定

    12/1発行ぶぜさに新刊冒頭「もし、刀の俺たちの意識にも”生まれ変わり”ってものがあるんなら、またアンタを探し出してそばに行くから」

     だからどうか泣くなよ。
     薄れる意識の中で微笑んだ。横たわる腕の中では女が鼻を啜る音がする。これが最期の時間。もう視界も朧げだ。完全に目を瞑った方がはっきりと顔を思い浮かべることができただろうに、折角得たこの身体をまだ動かせるならと懸命に瞼を持ち上げて審神者の濡れた頬を視界に焼き付けた。少し丸くて、柔らかくて、透き通った白い肌。何度も触れて、時にはこうして涙を伝わせたことだってある。

    「あるじ、」

     顔が見たくて呼び掛けた声は格好つかずに掠れていた。女がこちらを見上げて、視線を合わせたかと思えばまた顔を歪ませる。泣き腫らした瞳は可哀想なほどに真っ赤だった。漆黒の瞳は美しい水の膜を帯びており、涙に濡れたまつ毛がどこか愛おしく感じた。
     ──戦いが終わったんだ。泣くことはねーよ、主。
     そう告げたくてももう身体が動きそうにない。どうか想いが伝わればいいと、できる限りの笑みを向けた。
     顕現当初こそ戸惑ったものの、人間のように過ごすのは存外悪くはなかった。一つ惜しいのは、この先もアンタと共に居られないこと。次の世も、できることなら人間の肉体を得られますように。そんで、アンタの傍らにまた居られますように。

    「ぜったい、私を見つけてね」
    「おう」
    「ぜったい、ぜったいだよ」
    「ん……」

     なんとか声を届けようと絞り出しているうちに政府が予告した時が来る。どんなことが起きても時間というものは止まっちゃくれない。生命が生まれる瞬間も、終わりを告げる瞬間も、時の大きな川の流れの中に於いてはただの通過点でしか無いことを実感する。
    「なあ、今までありがとう、それから──」
     これが、俺と主が交わす最期の会話となった。

     ◆

     次に〝俺〟として目が覚めたのは、猫を追って転んで膝を擦り剥いた時だった。母親らしき女性に手当てをされながら漠然とした違和感に襲われる。
     誰だ、あんたは。
     主以外の女に傷を診せるという行為に不快感はあるのに、ちっせぇ身体はすぐに悲鳴を上げて母親の存在を恋しがっていた。
     血が滲む脚は驚く程に短く筋肉もなく到底疾く走れそうにはない。幼児の俺と刀の俺の意識が共存し思考はぼんやりとしている。理性を超える好奇心に駆られて試しに走ってみれば、歩幅の短さと体幹の悪さに驚いたし、頼りない足はすぐにもつれて尻からどすんと転んだ。それなのに凄い凄いと周りの人間は褒めちぎる。見せもんじゃねーっての!
     だが周囲のこの反応も仕方がない。どうやら俺は、ちょっと前にやっと自らの足で歩けるようになったらしい。
     とにかく。長期の任務における褒美かはたまた政府の情けがあったのか、今となっては確かめることはできないがめでたく俺は願い通り人間として生まれてくることが出来たようだった。
     
     ここからは俺のこれまでの人生を振り返ることとする。
     人間として生まれた〝俺〟の家族は父親と母親と、そして兄が一人。赤子からこの人生が始まり幼児期を経てすくすく成長する中、断片的ではあるが順調に少しずつ意識が融合していった。
     一度だけ母親に問いかけたことがある。俺は誰なんだと。『豊前 江(ぶぜん ごう)』。これが貴方の名前、貴方はうちの子、どうしたの。そう不思議がる母親に対し、俺はそうかと呟いた。それ以降、ひとりの〝人間〟らしくちゃんと生きていたつもりだが、作った傷が手入れで治らないことにはなかなか慣れなくてよく怪我をして帰ってきた。
     どうしてうちの子はすぐに血だらけになってくるの。いつか死んでしまうんじゃないかしら。
     遂には心配した母親に泣かれ父親と兄に叱られ、それからは無闇矢鱈に突っ込んで行くことはやめるようにした。大人になった今思い返せば、所謂落ち着きのないガキだったわけだ。
     やがて思春期を迎える頃には、身体も慣れ親しんだ等身に成長していった。自分が今どういう状況に置かれていて何をすべきなのか、そして何ができるようになったのか。一つ一つ確認して、着実に目的への距離を縮める。──俺は、ずっとたった一人の女を探していた。

     絶対見つけ出すという強い信念を持って過ごしてはいるが、人間の寿命ってのは想像していたより過ぎていくのが早かった。日々感じる焦燥感。なあ主、アンタ今どこにいるんだよ。またどっかで泣いたりしてねーか?
     毎晩、寝に就く時はあの頬に伝った美しい涙を思い出す。同じ時代に生かされているかなんてわからないが、この世界のどこかでアンタが泣きながら俺を待っている気がして胸が痛い。もし生まれ変わっているのなら、俺と同じようにアンタも俺を想ってくれているんだろう、きっと。
     そして迎えた大学二年生の春。食事会と称し両親と俺を呼び出した兄は、誰かを紹介したい様子だった。
     見慣れた兄の影から、同じく、見覚えのある姿が顔を出す。衝撃と、喜びと、動揺。
     ──兄の半歩後ろには、俺がずっと探し続けている女が、気恥しそうに立っていた。

    「紹介するよ、結婚を前提に付き合ってる彼女の──」
    「はじめまして」

     その瞬間、騒がしかった往来の喧騒は聞こえなくなった。衝撃が心を襲う。ザワザワと波立って背中に嫌な汗が浮かぶ。内蔵が潰れそうだ。
     ふわりと笑う姿はまるで花のようだと本丸の誰かが言っていた。俺には雅とか風流がよくわからなかったけど。それでも好意的な感情だけは湧き上がってくるものだから、それを素直に告げたことがある。そうすると彼女は照れくさそうに微笑み「ありがとう」と口にした。一層愛おしく感じた。
     
     なぜ、どうして。今、あの頃と変わらない笑顔と風貌で女は立っていた。華奢なくせに色々背負い込んでいたその肩を今は俺の兄に抱かれ、照れたように俯く。
     喉がまるで引っ付いたかのようだった。息もできず、声も出せない。まるで金縛りあったようだった。離れろよ、今すぐに。なんとか口を開いた瞬間、突然の春風が桜吹雪を連れて俺たちを襲った。女は驚いて顔を上げるとその花びらの行方を目で追い、そして、その奥に佇む俺を見つけ出した。
     黒曜石のように輝く真っ黒な瞳には、残念ながら、再会に驚き喜ぶような感情は一切現れていなかった。
     
    「あ、弟さん……? こんにちは」
    「────っ、」

     はじめまして? こんにちは? おい、何言ってんだよ。
     久しぶり、会いたかった、ようやく見つけた、ずっと探していた、元気そうでよかった、待たせてごめん。
     会ったら伝えたかった言葉は一言も発せずに、ただ立ち尽くしていた。言葉が何も出てこない。アンタが約束したんだろ。何考えてるんだよ。段々と絶望と怒りと悲しみが綯い交ぜになったどす黒い感情が渦巻いていく。
     知ってしまった。ひと目見て理解してしまった。──主は俺のことなんか、豊前江のことなんか覚えちゃいない。

    「緊張してるのか? ほら、挨拶」
    「…………どうも、」

     返事の無い俺に対し兄貴が眉を顰める。その場の全員の視線が集まって、咄嗟に笑顔を貼り付けて会釈をした。ぺこりと頭を下げたことで父親の朗らかな笑い声が響いて空気が和らぐ。嬉しそうに挨拶を交わす家族たち。歓迎の雰囲気が漂う、ただ一人を残して。
     拳を握る。強く。抑え込まないと吠えてしまいそうな衝動に駆られる。どうしたらいい。どうすればいい。自らに尋ねる。
     きっと、今は問い質すのは懸命ではない。事を荒立てるべきではない。それだけは確かだ。人間として生きた時間は短いものの、刀だった頃には歴代の主の元でそれなりに様々な謀を見てきていた。いつもの俺なら今すぐにでも奪い去っていただろう。でも、今の俺は『人間』で、周りもみんな人間で。
     思考を巡らせる。考えろ。昔のように疾さや力だけではもう動けない。計略を立てろ。
     視線の先では女が兄の隣で慎ましく笑っている。ぐらりと何かが煮える。おかしいだろ、こんなの。アンタは俺の女だろ。今はこの笑顔が憎たらしく見えて仕方がない。どうして忘れたんだよ、この俺を。
     確かな焦燥感、絶望感に苛まれながらも、一挙一動を見逃すまいと視線を遣る。乱れた髪を直す指先は変わらず桜色をしており胸が締め付けられた。
     あの手にまた触れられたい。「アンタのそばに帰る。必ず」。この世にこの姿で生を受け、今まで何度も呟いたこの言葉が頭の中で強く響き、より強固な決意へと成り果てたのを感じる。
     そうだ、先ずはこうして出会えたことを喜ぶべきなのかもしれない。なんたってもう探し出さなくてもいいのだから。同じ時代に、同じ人間として生きていたのだから。
     無理矢理にでも前向きに捉えれば幾分か肩の荷が降りた気がした。なんせ、あとはもう本来あるべきところに戻せばいいだけだ。刀は、鞘の元へ。鞘は、刀の元へ。それが世の理であるはずだ。
     ただ一つ変わらない信念は、俺の理性を保つための支えにもなっていた。熱くなっていた頭を鎮めて、拳を強く強く握り締め直す。
     生暖かい春風が再び桜の花びらを連れ、俺たちの間を通り抜けた。
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