セiフiレのひぐちょからゆちょになる話3深夜2時。
家の玄関が開く音がする。
兄貴が帰ってきたのだ。兄、脹相は寝ている俺を起こさぬよう静かに居間や自室を行き来する。
そのまま自室に入ったようで、外で風呂を済ませてきたのだと分かる。
こんなのは今に始まったことじゃない。
脹相とは一回り以上も歳が離れている。俺が思春期を迎える頃にはもう兄貴の悪癖は始まっていた。
それについて度々二番目の兄、壊相と言い合いをしていたが、いつの間にか壊相も黙認するようになっていた。
たぶん、俺たち兄弟は何となく分かっていたのだ。長兄にのしかかる重圧と、彼が守るべきーと思っているー下の弟達では満たしてやれない空洞を。
脹相を好きだと自覚したのは中学生の頃だ。所謂そういう画像や動画や漫画で見知った知識を、脹相の首筋に残る赤い痕により初めて生身のセックスを意識したのだ。脹相は弟の前で性を匂わせないように努めていた。だからあれは本当にたまたまだろう。その後しばらくはネックの高い服を着ていたから。
高校に上がってすぐ、俺は脹相に告白をした。性的に意識をした相手というのもあるが、心の底から、この強くて弱い兄を守りたいと思ったのだ。脹相の俺に向ける視線が、他の弟たちに向けるそれとは違う意味を含んでいるということに気付いたのもある。タイミングも血塗の兄さんが自立して二人暮しを始めた頃だった。
寂しくなったな、と呟く脹相と二人きりの夕飯を囲んでいた時、俺は思い切った。
「俺もう、脹相に寂しい思いさせたくねえ」
「悠仁もいずれ一人暮らしを始めるだろう。お兄ちゃんはその時が来たら応援するぞ」
「や、そういうん、いいから」
「うん?」
脹相が箸を口の前でさ迷わせ首を傾げる。
可愛い。
「俺こっから通えるとこに進学するか就職するし、この家出ないから」
「…そうか?俺に遠慮せず、好きな進路を選「俺お前のこと好きだから」」
「…お兄ちゃんも悠仁が好「恋愛感情だから」」
「えっちしたい、の好きだから!」
一世一代の告白だった。顔から火が出そうだった。この兄はとぼけたところがあるからハッキリ言わないといけない。俺は畳み掛けるように続けた。
「脹相が俺を『そういう』目で見てるの知ってる。俺もそういう目でお前を見てる。俺、脹相を幸せにしたい、寂しい思いさせたくないしフラフラさせたくないし守ってやりたい、一人の男として見て欲しい。」
そこまで言ってハッとして口を噤んだ。これじゃ末弟のいつものわがままだ。ガキみたいな自分が嫌になる。しかし言いたいことは伝えたのだから、あとは相手次第だ。玉砕覚悟。
「…悠仁の気持ちは嬉しい、俺も確かに、そういう目で見てたんだと、…思う…すまん、お前が成長するにつれ、その…好みな感じになってきたというか…気持ち悪いな…」
「嬉しい、続けて」
「俺の『病気』は知ってるだろう…?これは多分、他人じゃどうにも埋まらないモノなんだと…」
「意味が分からん」
「俺は精神的に病んでいる部分がある。体だけでもと求めても他人じゃどうにも埋まらない。だが弟の悠仁なら…」
そこまで言って脹相は俺の身体を視姦するように眺めやがて視線が絡み合う。脹相は薄く開いた口からため息を漏らし、瞳は薄く幕を張り目尻を下げる。雌の顔だった。なんて顔をするんだろうと、生唾を飲み込み、これに流されては他と一緒だ、と握り拳に爪を食い込ませる。
「俺とそういう風な仲になってくれるってこと?その…恋人に…」
言い慣れない言葉に自分で言って自分でドキマギする。しかし脹相は一度ガクッと項垂れ、ぎりりと歯を食いしばった。次に顔を上げた時には兄の顔になっていた。
「悠仁は弟としても大切だ。お前の未来を壊すわけにはいかない。お前はまだ未成年だ。仮に恋人同士になったとしても、悠仁が成人するまで俺はお前とそういうことはしない」
一度あんな顔をしておいて、こんな風に突き放すなんて。俺はこめかみが脈打つのを感じた。深く息を吐いて吸って5秒数える。家の中でなら何をしてもバレないだろ、とか、キスだけでも、とか、それで止められるかとか、色々グルグルと頭が思考する。全て甘えだ。何より万が一事が明るみになった場合罰せられるのは脹相の方だ。それだけは俺にとっても最悪の事態だ。
ただ、一つ、なんとかこれだけは泣き出したいくらい願いたい事がある。
「分かった…でも、じゃあ…他に行かんで…ずっと、すげー妬けてた…」
「…それは…」
「それも難しいんよな?じゃあこうして。誰か、特定の人作れよ。その人に俺のことも伝えて、俺が成人するまで限定だって。もう危ないことやめて、俺が安心して大人になれるようにして。…お願い…」
最後、涙腺が緩みそうになり、ぐっと唇を噛む。散々弟ムーブをかました気がするが、せめて惚れた人の前でかっこ悪い顔は見せたく無かった。
脹相は苦しそうな顔で、俺の提案を呑んだ。
こうして歪な三年間が始まった。
続く…?