転生オメガバゆちょ1脹相が物心つく頃にはもう「それ」があった。周りとは違うということは幼心に分かっていたし、あまり言葉にするのも得意ではないので誰にもその前世の記憶について話したことはない。そのまま大人になっていく過程で、記憶に居る「あの子」はどんどん遠い記憶になっていく。
前の世界とは違い、脹相の体には第二の性が与えられたお陰で将来は大方決まっていた。だからこそ早く「あの子」のことは忘れて、今生に集中しようと思った。けれど、そうしようと思うほど、最期の業火か彼への焦燥かは分からないが、胸の奥が焼き切れそうに痛むのだ。
α性の家系に産まれたΩ。家柄は良いので幼い頃から良縁を求められるものの、いつもあの子がチラついてピンと来る相手も居なかった。Ωに人権など無いぞ、選ぶ立場では無いと言われ続けて28年。Ω性だった母は早くに亡くなり父は蒸発。下の兄弟三人と親戚に引き取られたものの、三人兄弟中脹相だけがΩ性で、α性の弟達とは違い働きに出ることも無かった。
「兄さんはちょっと笑っていた方が素敵だよ」
何時だったか、すぐ下の弟がそう言っていた。なかなか貰い手のない兄を慮り、優しい弟はそう言ったのだ。確かに自分は少し強面かもしれない。脹相はそう思い自分の顔を触ってみるが、あの子以外に作る微笑みなど無かった。
そもそも、Ω性でも男性体より女性体の方が選ばれやすい。Ω性の中でも珍しい筋肉質で大柄な自分には貰い手も無いだろうと脹相は溜息をつく。幸い、弟二人は前世の塊がそのままで。脹相と違い前世の記憶は無いようだが傍に居られることが嬉しかった。彼らが良い相手を見つけて幸せになるのを見届けられる。そのうち子供も出来るだろう、甥でも姪でも将来このまま自分は未婚のままなら、彼らの子守り役をする気で脹相は日々を過ごしていた。
そんな矢先だった。年毎に減っていた縁談の話が久しぶりに来たのは。急遽決まった話らしく、相手の名も分からぬまま、家の仕来りに従い、着流しに羽織りに身を包みとある料亭へと赴いた。
仲介をしてくれる親類の叔父と二人、しばらく待たされた。約束の時間になっても来ない相手に叔父が痺れを切らした頃、バタバタと大きな足音が二つ、個室へと近付いてくる。
「遅くなってすみません!」
現れたのは明るい髪色の青年と似た顔立ちの大柄な壮年の男だ。見覚えのある二人に脹相の目はめいっぱい開かれる。
叔父が相手の仲介に文句を言うが、あの人を見下したような目付きで、「お前のところの残り物を貰ってやるんだ、文句を言うな」と酷い言い様だった。
「で、どうなんだ?」
「え?まだお話もしてないのに分かんねーよ!」
相手の会話は脹相の配慮が何も無いが、二人の間柄にある空気に思わず少し笑ってしまった。親子では無さそうだが、甥と叔父と言ったところだろうか……。
「男性体より女性体がいいと思うがな……」
「俺は気が合えばどっちでもいいの!失礼だからもう喋んないで」
「はあ……お前がいいなら何でもいいがな、さっさと決めろ」
青年は人好きのする笑顔で、改めて自己紹介をしてくれた。
「初めまして、虎杖悠仁です」
*
あの後、彼らは軽く会食をしたが仲介同士の空気が悪く、脹相はあまり食べた気にならなかった。唯一救いだったのは悠仁が持ち前の社交性で場を和ませたことだ。あちらの仲介はやはり悠仁の叔父と言っていたが、おそらく前の世界の宿儺だろう。彼は記憶が無いらしく、性格は相変わらずだが甥に対する愛情のようなものは感じた。
会食後、少し二人だけの時間を設けられ会話をしたが悠仁も記憶は無いようだった。脹相はそれが寂しくはあったが、出会えたことが嬉しくて、同時にこの性に産まれたことを初めて幸運だと感じた。
前世では悠仁とは複雑ながら兄弟であり、且つ体を繋げる関係でもあった。あの二重の愛情が懐かしく、脹相はずっと焦がれてきた。
今生ではこのままあの愛に身を焦がして死ぬのかと思っていたが、悠仁がα性としてΩ性の脹相の目の前に現れた。何とかして取り入りたいと考えるが、恋愛の駆け引きなど無縁だった脹相は連絡先を交換するので精一杯だった。悠仁は脹相より五歳年下だった。溌剌とした笑顔が可愛い青年で、脹相が前世で初めて出会った時とは違い、持ち前の性格が全面に出ていて眩しかった。悠仁がお喋りするのを聞いているだけで胸がいっぱいになり、何時間でもそうして居たかった。
脹相が帰宅すると、弟の壊相が兄の顔付きだけで縁談の結果を察したらしく、デートは何時かと聞いてきた。脹相はようやく、今生が回り出したという心持ちだ。