明日また陽が昇るなら 奇跡的にアラームが鳴る前に目が覚めて、仙道は重い腰を上げベッドから抜け出した。昨夜自分を散々貪り抱き潰した男は、いつのまにか隣にいない。寝乱れた髪をそのままにダイニングに向かうと、そこにはコーヒーを淹れる恋人───牧の姿があった。
「目ェ覚めたか?」
「……は」
「ひでえ声」
楽しげな声で揶揄され、あんたのせいだよ、という意味を込めて咎めるような視線を返す。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し一気に飲み干すと、やっとマシな声が出せるようになった。窓から見える空は真っ青で、小春日和の日差しが部屋全体に降り注いでいる。
「飲むだろ?」
仙道の髪に口づけを落としながら、牧がコーヒーを差し出して来る。テーブルについた仙道は、礼を言ってそれを受け取った。すっかり舌に馴染んでしまったコーヒーを口にしながら、自分の分のコーヒーを淹れている恋人を見つめる。
もう長い付き合いになるが、牧は「好きだ」だとか「愛してる」だとかを今まで一度も言ったことがない。「かわいい」だの「エロい」だのと、面映い台詞はいくらでも吐くのに、愛の言葉は一切口にしたことがない。
だが、仙道はそれに不満や怒りを感じることもない。自分とて言ったことは無いのだし、場所を問わず頻繁に落とされる口づけが「好きだ」の代わりだと、仙道のすべてを奪い尽くすかのように行われるセックスが「愛してる」の代わりだと、とっくに気づいているからである。
───妙なところで不器用なんだよな。
仙道の隣に座った牧が、カップを片手に昨日の出来事をゆったりとした声で話しかけてくる。それにおざなりな相槌を打ちつつ、仙道は春の空気に溶けていく湯気を眺めた。
日々繰り返される、牧との他愛ない会話。絶え間なく降ってくる口づけ。狂おしいまでに求められる睦み合い。自分は、存外それを気に入っているようだ。
こちらの意思などお構いなしに与えられる牧の温もりと、無尽蔵に注がれる愛情。恋愛には全く興味を持てなかった自分が、この甘ったるい日常を享受しているのは、間違いなくこの人のせいだ。
明日また陽が昇るなら、今日と同じ日になればいい。柄にもなく自分がそう願っているのも、間違いなくこの人のせいだ。
自分だけが恋人のいいように慣らされてしまった気がして少々悔しいのは否めないが、頬を緩ませ己を見つめてくる恋人に免じて許してやることにする。
明日また陽が昇るなら、きっとまた、牧とキスをするのだろう。その確信を胸に抱きながら、仙道は傍らの男の唇に、己のそれを重ねることにした。