同窓会 久しく参加していなかった、神奈川県国体メンバー同窓会なんても参加する気になったのは、同じくその同窓会にほとんど参加していなかったあの仙道が出席する、と聞いたからだ。学生時代から徹頭徹尾マイペースを貫き、付き合いは悪くないものの、興味の持てない催しには一切参加しないことで有名だったドライな男がどうして出席する気になったのか、興味が湧いたからだ。
高校を卒業して3年。卒業後都内の大学に進学しそこでもすぐにスーパーエースとして名を馳せている男───仙道は、騒がしい座敷の奥で、同じく大学生になった三井の絡み酒の被害に遭っていた。あからさまに「まいったな」と顔に出している男がおかしくて、遅れて会場に駆けつけた牧は声に出さず笑った。「珍しい奴が来た」「全然変わらねーなこいつ」「こっちで飲めよ」などと掛けられる声におざなりな返事をしつつ、座敷の奥に向かう。
「三井、あっちで赤木が呼んでたぜ」
「ああ? 赤木が?」
おぼつかない足取りで席を立つ三井を見送り、牧は仙道の隣を陣取った。赤木が呼んでいたなんて真っ赤な嘘だが、問題は無いだろう。適当な酒を注文し、隣で胡座をかく仙道に話しかける。
「久しぶりだな、インカレの表彰式以来か?」
高校の頃から上げている黒髪と、甘い相貌の中に芯の強さを感じさせる凛々しい目鼻立ち。喧騒の中、静かに酒を飲み干す端正な横顔。牧を見つけると、ぱっと浮かぶ人懐こい笑顔。全てが牧の知るそのままの彼だった。
「そーですね、あの時はごちゃごちゃしててゆっくり話せなかったすもんね」
「同じリーグでもそこまで試合しねえしな」
お互いの近況報告を終え、手酌で酒を呷る。バスケットの話題以外にも、昨年から始めた一人暮らしの生活について牧が話すと、興味があるのか仙道が乗ってきた。高校入学から家を出て一人暮らしをしていた仙道のことだ、まだ不慣れな牧の話が面白いのかもしれない。
深い声で名前を呼ばれ、酔っているのか少し潤んだ瞳で見つめられて、何故か少し心臓が跳ねる。
仙道とこうしてじっくり会話をするのは、牧が高校を卒業して以来だった。高校時代は試合や国体の練習会でよく顔を合わせて、取り留めもない話題に興じていたのを思い出す。
学校も学年も違うとはいえ、牧と仙道はよく気が合った。性格が全く違うことが良い方向に作用したのだろう。
気まぐれであてにならないように見えて、実は誰よりチームのことを考え誰よりチームに尽くす男だ。おおらかで温和に見えて、牧に真っ向から向かってくる度胸も気概もある。誰にも言ったことはなかったが、そんな彼と他愛もない話をすることが、一緒にプレイすることが、合同練習で一番の楽しみだったことも思い出す。
周囲は勝手知ったる懐かしい顔ぶれで皆やかましく騒いでいるが、牧と仙道の席だけは、凪のように穏やかだった。
「お前、こういうのにほとんど来なかっただろ、……何で来る気になったんだ?」
「ああ、魚住さんにたまには顔見せろって言われたんで……ちょうど今日は暇だったし」
そういえば、赤木の隣で楽しそうに酒を呑む魚住を先程見かけた。なるほど、先輩に引っ張られて来たのか。
「牧さんこそ、忙しいからあんまり来ないって聞いてましたよ。何で今日来たんすか?」
少しずつ酒を呷りながら、仙道が問う。
「あ? ……ああ、おれは会いてえ奴がいたからな」
それはお前だ、とは何となく言えなかった。自分でも、どうしてこの男に興味が湧くのか分からなかったからだ。
牧が溜息混じりに答えた言葉に、仙道は意外そうな表情を浮かべ、こちらをまじまじと見つめ返してきた。それが存外可愛くて、牧は目を細めた。仙道の子供っぽい顔を見れただけで、ここに来た意味があったと思えた。
何故、今も昔もこの男がこんなにも気になるのだろうか。
昔の面影を残す仙道の横顔を見つめていると、懐かしい疑問が数年ぶりに頭を擡げてくる。
何故、高校時代この男から目を離せなかったのか。何故、この男の動向をいつも追ってしまうのか。何故、この男が出席するから、という理由で同窓会に行く気になったのか。
牧が酒の回った頭でぼんやりと思いを巡らせている内に、隣の男は立ち上がり、帰り支度を始めてしまった。
「なんだ? もう帰るのか?」
「実は明日午前中から移動なんですよ、寝坊したら洒落になんねー」
「はは、寝坊癖は相変わらずか?」
仙道が遅刻常習犯だったことを思い出し、牧はコートを羽織った男をからかう。もう少しだけこの男の隣にいたかったが、引き留める言葉が見つからない。どうして引き留めたいのかも分からない。
すると、仙道はそんな牧を見下ろし、いたずらっぽく瞳を輝かせた。
「知ってました? 牧さん」
存外負けず嫌いな男の、してやったり、という笑みだった。
「オレ、昔あんたのことが好きだったんですよ」
「………………は?」