「先生が知らなくて、俺が知ってる事ってある?」
「俺に訊ねる質問として、前提が破綻していないか」
「そう? 例えば、俺が持ってる巾着の裏地の布が何処産かとか」
「公子殿の個人情報、という事か?」
「そんな大仰なものじゃないよ。今みたいな、些末な事柄だ」
「そうか。……では、そうだな……スネージナヤの……蒲公英酒に似た、……」
「酒?」
「通りがかった酒場で見かけた。酒かどうかは分からない」
「オレンジの香りがした?」
「ああ、レモンのような匂いも、少し」
「分かった。酒が苦手な人でも飲みやすい、オレンジ、レモン、リンゴの果汁を混ぜたジュースに近いものがあるんだ」
「甘そうだな」
「甘いよ。会食とかそういう場ではまず出てこないものだから、確かに先生は飲んだことなさそう」
「公子殿はあるのか」
「そりゃあ、まあ。味が濃いから毒の味も分かりにくくて、町の酒場でよく出されるんだよね」
「さぞ酩酊した事だろう」
「それはもう覿面に。七日間眠りこけた事もあったかな」
「涅槃の残り香なぞ、公子殿から匂った事がないな。本当に見たのか怪しいところだ」
「俺の家でなら存分に、ってところだけど」
「三点。誘いが下卑ている」
「辛辣! 拗ねないでよ、先生」
「拗ねていない」
「あは、まあまあ。お互い様だよ、今のはね」