血潮に滾る性質でもないし、戦闘に高揚を見出す性質でもない。必要に駆られれば武器を取り、必要に駆られなければ手に取らない。それだけの事。かといって、タルタリヤの立場上、望む望まざるに関わらず、武器を取る事が強制される場面も多かった。組織に属する以上仕方なしときっぱり割り切れる時もあれば、僅かな煩悶を覚える事もある。
時に、必要の有無はともかく、一分たりともちくりとしたものを抱えない事だってある。たとえば、璃月から離れた場所で賊に刃物を向けられた時だ。少し痛めつけて、捕吏に突き付けて、はいおしまい。そうされるだけの肝の小ささが賊にあるとは限らない。相手が横柄の粋を極めた者であるのなら、手にかけてしまう事だってある。死なせないように、という心遣いなど持ってやる義理などないからだ。
「そういえば先生と一緒に戦ったの、初めてじゃないかな」
「そうだな、公子殿の戦い。見事だった」
「くすぐったいな、先生こそ。返り血一つ浴びてない」
タルタリヤは苦笑しながら、血糊がべったりとはりついた双剣を横に振り払ってから空に消してみせた。消えそびれた蒼の欠片が、宙にふよふよと滞留する。その美しい欠片達は、地に倒れぴくりともしない賊の腥い血臭と綯交ぜになりながら、ふわふわと風に流れて消えていく。
「普段は文官然としてるのに」
「進んでそうしているつもりはないが」
「だよねえ」
鍾離の手からも、槍が消えた。賊の連中ときたら、一見ぼんやりとした気配すらある鍾離に油断した可能性もありそうだ。タルタリヤは地に伏した彼らに溜息を吐いた。人を推し量れない癖に、よくもまあ生き延びてこられたものだ、と。確かに鍾離は細身の体躯ではあるが、体運びや挙動の隙に至るまでが洗練された肉体のそれだった。武道を嗜む者ならば、並の者ではないと気が付くのは容易だったろう。
「差しで先生と戦って生き残った人っているのかな」
「公子殿は同じ質問をされた事が?」
「やだな先生、俺は博愛の人だよ。そんな事訊かれだってしないって」
「……」
「何か言ってよお」
冗談めいたタルタリヤの言葉の返答はなかった。軽口に呆れでもしたのだろうか、鍾離はふ、と小さく息を吐いた。
「俺と武器を交えて、生き残った者がいるかどうか知りたいか」
「……え、教えてくれるの」
「質問で質問を返すのはどうだかな」
「ああ、ごめんなさい、ごめんって。興味あるなあ、先生のそういう話」
再び、鍾離は小さく息を吐く。今度は浮かれた笑いの気配が混じったものだった。鍾離は腕組みをしていた腕をゆるりと解いて、右の二の腕に左の人差し指を立てる。
「刺突の傷跡。細い針の様な剣だった」
「……へぇ」
「それから、此処」
今度は右肩の輪郭に指を立てる。
「撫で斬りにされた。肉を削がれる痛みはもう御免だな」
「そんな大振りのを食らったの。想像できないな」
次は左の太腿をつん、とつつく。
「外側からざっくり斬られた。動脈が傷ついたのか、大層な量の血が出た」
「手当が間に合ってなかったら、致命傷だったんだろうね」
そして最後に、胸板の中央を差した。
「心の臓を、掠めた」
それだけ言って、鍾離は口角を少しだけ釣り上げて悪戯じみた笑みを浮かべた。タルタリヤは一瞬言葉を失ってから、ぱちぱちと瞠目する。貫かれたのだろうか、斬られたのだろうか。或いは、矢が突き立てられた?
「見てみたいな、それ」
冷たい声音だった。放ったタルタリヤ自身ですら、自分の唇から零れた言葉だと思えない程に。
「見える傷跡かどうかは分からないぞ」
「見てみない事には、何とも。在るのか無いのかも分からないよ」
「俺の言葉が嘘か本当か、試してみるか」
「良いのかな。そろそろ日が落ちる頃合いだけど」
「良いとも。公子殿のそのような顔を見ては、な」