買い出しの帰り道、赤ん坊を抱いて歩く夫婦を見かけた。
近所の店でよく鉢合わせる顔見知りの夫婦だ。向こうがこちらを、というかハルトのことを知っていて、何度か挨拶程度に会話したこともある。そういえば、奥さんの方をしばらく見かけなかった。つまり、そういうことだったらしい。
赤ん坊なんて、久しぶりに見た。パルデアに来てからは初めてかもしれない。元気な泣き声が、かなり遠くからでもはっきり聞こえる。女の人と比べてもあんなに小さいんだなあと、スグリは幸せそうな夫婦を遠巻きに見て通り過ぎながら、不思議な感慨を抱いた。
ハルトの子どもを産んであげられたらいいのにな。
買ってきた食材を冷蔵庫にしまって、座ってひと休みしながら、ふと、そんなことを考える。
幸運なことに、ハルトの家族たちにもハルトのパートナーとして受け入れてもらえているし、自分の性別に特別不満を抱いたことはない。でも、ハルトを想うときだけは、自分も女に生まれていたらと、つい都合の良い想像をしてしまいがちだ。
(ハルトの子ども、めんこいだろうなあ)
目の形はハルトに似てたらいい。男の子でも女の子でも、きっと美人になる。スグリに似ているところを褒めちぎりながらハルトがデレデレしている顔も、容易く想像できた。ため息をつこうとして、足音が聞こえたので慌てて引っ込める。リビングのドアが開いて、ハルトが顔を出した。
洗濯物しまってきたよとソファの傍まで寄ってくるので、ありがと、と座ったままでハルトをねぎらう。素直に喜んでいたハルトが、おや?という顔に変わって覗き込んできたので、スグリは内心ぎくりとした。
「何か、心配ごと?」
かまをかけているわけでもなく相変わらず確信をもった様子で、顔に書いてあるよとスグリの鼻先を指でつついてくる。今日は前髪を上げて結んだままにしていたことをスグリは後悔した。思っていることが顔に出ないようにスグリなりに気をつけているのに、いつまでたってもこんな調子で、ハルトを欺けたためしがない。
「や、たいしたことじゃねっから……」
「たいしたことじゃないように見えなかった。僕が隠し事をしたらスグリは怒るのに、スグリは僕に隠し事するの、ずるいよ」
「う」
ちょっとむくれながら鋭く突いてくる一言に、目を泳がせていたスグリはまた、ぎくっと肩を揺らす。
「ほっといてあげられなくてごめん。でもスグリのこと、なんでも知りたいよ。君が悩んでるなら尚更、君の助けになりたい」
ハルトがしゅんとした顔をしてスグリを見つめてくる。
「うぅ……」
そんな、叱られたオタチみたいな目をされたら勝てない。
スグリは観念して、ハルトに白状した。ちょっと想像してみただけ、何かを変えたいとは思ってない、本当にたいしたことない、という旨をなんとか説明して話を締めくくったが、ハルトはそのようには思っておらず、とても真面目にスグリの言うことを受け止めたようだった。
スグリの隣に腰を下ろしてずっと話に耳を傾けていたハルトは、言いたいことを頭の中でまとめるようにちょっと考えてから、「僕は、子どもはできなくてもいいと思ってるよ。そのことはスグリも分かってくれてるって知ってる。ここまでは、いいよね?」と確認してきた。
スグリは頷く。これまで幾度となくやってきた、話し合いの姿勢。お互いに意思表示をして、そのうえで、互いの認識と意見をすり合わせていく。異なる環境で生きてきた人間同士が同じ家で一緒に住むには大事な作業だ。
「性別のことはどうにもできないけど……今の話を聞いてて、僕は率直に、うれしいなって思ったよ。スグリが今も僕との間に子どもができたらいいなって思ってくれるくらい、僕を想ってくれてることが伝わってきて、すごくうれしい」
ハルトの言葉はいつも直球だ。にこにこと、隠そうともしないスグリへの好意がこれでもかと伝わる笑顔までおまけで付いてくるから、曲解のしようがない。結婚してもずっと君に恋してるような気持ちでいるよと、以前聞いたハルトの口説き文句が頭の中で勝手に再生されて、スグリの心臓がきゅんと疼く。
「赤ちゃんはできなくても、愛は育ってるって思わない?」
ここと、ここで。そう言いながら、ハルトの手がスグリのお腹と胸に触れた。僕にとって、これ以上に幸せなことってないよ、と。
「……ハルトの、そういう恥ずかしいこと平気で言えるとこ尊敬する……いろんな意味で」
「なんか含みのある言い方だね!?」
ハルトはたぶん思ったことをそのまま言っただけだ。でもあんまりにもクサすぎて、返す言葉が見つからない。吹き出して笑っているうちに、自分がもし女ならなんてさっきまで考えていたことが、スグリはなんだかちょっとだけ恥ずかしくなってきた。
もー、とハルトも笑い出して、笑いながら、スグリの手を握ってくる。
「スグリ。僕のこと好き?」
今更言うまでもないことだけど。言葉にして伝えることも大切だよなと、ハルトを見ていると、特にそう思う。
自然と口元に浮かぶ笑みをそのままに、スグリはハルトに倣って、ハルトの手を握り返した。