あ●いきつね(実在の企業様とは無関係です!)あーかいきつねと緑の●●●♪
そんな能天気な歌と共に画面に映った仏頂面の男とその周辺を飛び跳ねるポンポコ。
「どうなんだこれ……」
花道は顔を引きつらせていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
昨年、花道のやきもちに応えた流川が発した「俺をキツネと呼んでいいのは桜木だけ」発言は世界中をかけめぐった。
それは実質の交際宣言だったからだ。
翌日から「ハナだけのキツネなんだな!」「あのcold manをキツネちゃん呼びできるなんていいなー!」等々、身近な連中にからかわれまくったのはどういうわけだか流川ではなく花道のほうだった。なにせ流川をからかったところで真顔で「そー。俺はあいつだけのキツネ」と真剣に答えるだけで面白くないのだ。
もっと打てば響く相手でないと楽しくない。というわけで花道はいい餌食だった。
「今日はあっちも帰宅してるんでしょ。キツネちゃんによろしくねー」
「ひゅ~愛されてんねぇ!」
「だーーー!!おめーらは知ってただろうが!」
そう、二人の関係はチーム関係者や友人たちならば知っていた程度の話であり、公言していなかっただけで秘密にしていたわけでもないのだ。だが、だからこそ見せつけられた感が強く「お熱いことで」などと祝福まじりに揶揄っているわけである。
わかっている花道も照れてわたわたするだけで、周囲はその反応が楽しいからやめられない。言う方も言われる方も結局幸せなのだから。
そして太平洋を渡った先の母国でもこの発言は駆け巡った。
犬猿の仲と言われていた二人が実はカップルだと知らされ蜂の巣をつついたような騒ぎになった。湘北のOBや安西のもとにも取材が押し寄せたが「知ってましたが」「昔からあんな感じでしたし」「バスケに関係ねーし」とあっさりとスルーされ、流川の両親からは「ふたりとも身近な方々には隠してませんよ?」と暗にお前らは外野と示されてはそれ以上は突っ込みようがなかった。
とはいえ高校時代からずっと続く関係、しかも熱烈な「俺はあいつだけのもの」発言のおかげで「流川選手があんなに一途だったなんて」「うらやましい~」「俺も桜木選手からキツネちゃんって呼ばれたい……」という方面での盛り上がりは天井知らずの勢いだった。
そこに目を付けたのが某企業だった。赤いユニフォームを着た流川=赤キツネ。話題性も抜群。見た目も抜群。これはいけるんじゃね?という打算はさすがの商売根性だった。
むろん最初、流川は断った。
「俺はあいつだけのキツネだっつってんだろーが」という、けんもほろろの対応にそれでも商機を諦めるわけのない企業は、将を射んとする者はまず馬を射よという格言のとおり「キツネ」呼びの唯一の権利者である花道に狙いを変えた。
「弊社は今後、日本でのバスケの普及活動を行ってまいります」
「そのためにも是非!現役で活躍される流川選手にイメージモデルを引き受けていただきたいのです」
「もちろん、桜木選手のスポンサードもさせていただきます」
自分へのスポンサードはともかく、バスケの普及活動という自分たちにとっても願ったりの提案には心が揺れた。
「もちろんお二人の母校である湘北高校への支援もさせていだきます」
「資金が足りずに困っている学生への奨学金支援もいたします」
これが決定打だった。
花道が大学進学にあたって最大の関門は足りない学力だったが、次に問題だったのが資金だった。学費だけではない、生活費も自分で稼がなくては18歳を迎えた花道をもう誰も養ってはくれないのだ。
手厚い奨学金制度がなければ、どれほどバスケで将来有望であろうとも夢はあきらめざるを得なかっただろう。幸い花道は周囲の手助けのおかげで奨学金制度にアクセスすることができた。だが、夢を諦めた子供たちも多かったはずだ。
「キツネ。やってみてもよくねーか……?」
「めんどくせぇ」
「でも、困ってる子供たちがもしかしたらこれで助かるかもしれねぇ。俺、断れねぇよ。おめーを使うみてぇで悪いんだけどよ……」
「……どあほう」
「わりぃ」
「そーじゃねーもっとかわいく」
「は?」
予想外の返事に困惑する花道に流川の手が伸びてくる。
赤い頭を両手でつかんでちょっとだけ首をかしげさせる。腕を自分の首に回させて抱き着くように誘導する。花道はされるがままに「?」マークを飛ばしている。
流川がヨシと一人勝手に納得した様子で花道の腰を抱き込んできた。
「おねだりしろい」
「ああ!?」
「じゃなきゃやらねー」
「てめーなぁ!」
この体勢で「かわいくおねだり」がご要望と気が付いた花道は真っ赤になった。すでに流川のなかでは「かわいー」のだが、せっかくの可愛い花道を堪能するチャンスを逃すようなオフェンスの鬼ではなかった。
ジーーーーっと目の前で見つめる流川の目線は「おねだり、かわいくしろい」と無言で要求している。
「……ぐっ、お、お願いシマス?」
「ちげー」
ふぬぬ……と真っ赤な顔のまま唸る花道は彼の唯一のキツネにはすでに可愛く見えて仕方がない。思わず頷いてしまいそうになる。だが(まだまだ)と自制する。もうよく分からない我慢比べだ。
一方で花道は必死に可愛いってなんだ!?可愛い???と脳内をフル稼働させる。日本でかつて見たアイドルたちを思い出しながら捻り出した答えは。
おもむろに流川の首に回された両腕のうち右手だけを引き抜いた。人差し指を立てて流川の唇にちょんと当てる。自分は小首をかしげて少しだけ上目図解になる。頬は真っ赤になったまま、恥ずかしさのあまり潤んだ目で。
「ダメ?」
流川は快哉をあげた。心の中で。
よくやった俺。頑張った俺。無表情の頭の中ではリンゴーンとチャペルの鐘が鳴り、鳩が飛び、色とりどりの花びらが舞い散り、祝福の日差しが天から差し込んだ。
ハレルヤ!
この幸せよ永遠なれ!
固まったままの流川にダメだったか、やっぱり俺って可愛くない……?とじんわり涙がこぼれそうになっていた花道は腰に回っていた流川の腕が徐々に力強くなっていることに気が付いた。
ん?
グイグイと抱きしめて、もっといえばゴリゴリと当たっているものが股間にある。目の前の鉄壁の無表情はまったくかわらないくせにほんのとり頬がピンクになっている。そのうえ目が。目が……
「こえーよお前!」
ギラギラと捕食対象を狩る猛獣さながらの有様で、鼻息まで荒くなっているのだ。
「お前のその有様をファンの皆様がみたら、二度とcold manなんて呼ばれねーだろうよ……」
呆れながら言った花道に流川の唇の端が不敵にあがった。
「おめー以外に見せていいのかよ?」
俺がスタッフと話し込んでただけで嫉妬してるくせに?というニュアンスを多分に含んだ切り返しに、反論できず悔しさにプクーと頬を膨らませた。
「ああ、もうてめーほんっと可愛いな」
「……俺見てそんなこと言うの、おめーだけだキツネ」
「それはよかった」
膨らんだ頬に唇を寄せてアムアムと甘噛みしてくるキツネはよく懐いた犬のようで可愛らしい。お礼に真っ黒な髪をくしゃくしゃと撫で回してやる。ふと、花道は腰に回った逞しい腕に自分の身体が宙に持ち上げられるのを感じた。互いに同じだけのサイズの二人であるから、軽々とはいかないがそれでも足はしっかり宙に浮いた。
「やるのか?」
「どっち?」
「CMもセックスも?」
「おめーがおねだりするなら」
「じゃあ両方とも」
クスクスとご機嫌に笑い出した花道をしっかりと抱えて、寝室にむかってのしのし歩く流川の背中はやる気がみなぎっていた。
さて、そんな日から4カ月。
シーズンが始まってすぐという時期にそのサンプルは送られてきた。流川は遠征中。花道だけがいる家で荷物を受け取り、送り主の企業名からだいたいのところは察した花道は断りもなく勝手に封をあけた。
中身は円盤状のメディアがひとつ。そして赤い例のカップ麺が段ボール一杯に入っている。
同封されていた案内をみるとCMのサンプルをお送りしますとのことである。
あの日、流川にオネダリを要求された日。
結局ベッドのなかでも散々っぱらオネダリを要求され、口にだすのも恥ずかしいあんなこともこんなこともしたし、最終的には上に乗って「やるって言えよぉ……!」などと半泣きで泣きごとを言いながら腰を振る羽目にもなった。
それはさておき自分の努力の結晶でできたCMである。
自分のために恋人が苦手な部類の仕事をした愛の証でもある。
つまりこれは自分のものである。
という雑な三段論法で花道は本人に断りもなく再生機に円盤をぶちこんだ。
現れたのは
あーかいきつねと緑の●●●♪
という明るい歌と画面内を飛び回るたぬきのキャラクター。
そして。
「ウマイッス」
というお手本のような棒読みを披露するキツネ耳の生えた流川の白皙の美貌だった。
「どうなんだこれ……」
こんなんで売れるのかよと顔をひきつらせた花道はだがしかし、半年後に大ヒット御礼として、カップ麺10年分を受け取ることになることをまだ知らない……。
ちなみに最終的に前年比11倍の売上を記録し、流川キツネはその後数年間、同社のイメージタレントになった。らしい